ココが知りたい地球温暖化 気候変動適応編
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マングローブ林には様々な機能があると聞きました。
気候変動に対して期待できる機能はありますか?

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回答者:井上 智美
井上 智美
生物多様性領域
環境ストレス機構研究室
井上 智美

マングローブ林森林資源や漁業資源を安定的に供給してくれるほか、物質循環や地形形成機能など、様々な機能を持っています。台風・ハリケーン、海面上昇などに対する防潮堤の機能が高いことや、面積あたりの炭素貯留量が高いことから、気候変動適応と緩和の双方において重要な生態系です

1. 暖かい地域の干潟にできる樹林群

マングローブ林は、潮の満ち引きによって干上がったり冠水したりする熱帯・亜熱帯の潮間帯(干潟)にできる樹林群です。世界地図でマングローブ林を見ると、熱帯・亜熱帯地域(北緯35°と南緯40°の間)の沿岸を縁取るように分布している様子がよく分かります(図1)。自然林として最も北に位置するのはバミューダ諸島(32°20`N)、最南端はオーストラリアのコーナー湾(38°45`S)です。日本の伊豆(34° 38`N)には、種子島から移植されたマングローブ植物が群生していて、定着の最北端と言われています。いずれにせよ、「暖かい」ことがマングローブ林の成立に関係していそうですが、なぜ暖かい地域にしか見られないのかについては、科学的な解は得られていません。暖かいだけではなく、「潮間帯」という条件も必要なので、その分布面積は限られています。世界中のマングローブ林を合わせると15 万2,361km2 あると推定されていますが、これは世界の熱帯林(1700 万km2 以上)の1%にも満たない面積です。多くの植物は、海水では水が吸えずに萎れてしまって育たないのですが、マングローブ植物はi ) 細胞内に浸透圧調節物質(カリウムなどの無機イオンや低分子量有機化合物など)をためることで海水から水分の吸収を可能にする。ii ) 過剰に吸収した塩分を葉にある「塩類腺」とよばれる器官から排出する。iii ) 過剰に吸収した塩分を古い葉にためて葉ごと落葉させる。といった塩分に対する耐性機構を持っていて、潮間帯でもすくすく育ちます。このような海水への適応に成功している維管束植物は、マングローブ植物のほか、わずかな草本植物と海草しかありません。

図1:世界のマングローブ林
緑色の箇所がマングローブ林
赤実線は赤道、赤破線は北緯35°と南緯40°を示す
出典:生物・生態系環境研究センターのウェブサイト

2. マングローブ林の機能

日本では沖縄や鹿児島といった地域に限られており、ややめずらしい生態系ですが、熱帯・亜熱帯の国々では当たり前にある生態系で、特に沿岸域で生活をする人々はマングローブ林と共に育ち、生活をしています。マングローブ林は森林資源や漁業資源を安定的に供給してくれるほか、物質循環や地形形成機能など、様々な機能を持っています(図2)。近隣の村などでは、マングローブ林に生息する魚やカニの捕り方、燃料や建築材のための伐採ルール、嵐や高波から護ってくれるマングローブ林の役割など、マングローブ林と共に生きるための大切な知恵が大人から子供へと伝えられています。日本のようにあまりマングローブ林がない地域でも、スーパーに並んでいる魚介類や、ホームセンターで購入できるバーベキュー用の炭など、マングローブ林から得られたものが沢山あり、実は私たちの生活も恩恵を受けています。

図2:マングローブ林の生態系サービス

3. マングローブ林の機能は気候変動適応と緩和の双方で重要

気候変動適応の点で最も注目されているのは、マングローブ林の沿岸保護機能です。気候変動の影響で温暖化が進むにつれ、台風やハリケーンの規模や発生頻度が変化するのではないかと心配されるようになりました。さらに、温暖化によって氷床が解けたり海水が膨張したりすることで海水面が上がって来ているという報告もあります。海水面が高くなる潮汐のタイミングに台風やハリケーンが襲来すると、高波・高潮となって沿岸域に甚大な被害をもたらします。台風やハリケーンの通り路になっている沿岸地域では、毎年、シーズンになると低気圧がどこにあって、どのくらいの規模なのかを注視するようになります。そもそも、沿岸の林には海からの風波を緩衝する防災林としての機能がありますが、マングローブ林はこの機能が特に高いと言われています。マングローブ植物の形態的な特徴の一つである地上根が入り組んだ林内の構造が抵抗となり、海からくる風や波があっという間に減衰するというわけです(図3)。マングローブ林の近隣の村では被害が少なかったけれど、マングローブ林を伐採してしまった場所では甚大な被害がでた、という経験談も少なくありません。今後、気候変動によって台風やハリケーンの威力が増大するとしたら、マングローブ林の防波堤としての機能はますます重要になってくるでしょう。

実は、マングローブ林は気候変動緩和の点でも注目を浴びています。温暖化は、人間活動によって放出される二酸化炭素によって大気中の二酸化炭素濃度が上昇することに起因しています。ここ10年ほどの研究調査によって、マングローブ林の土の中には大量の炭素がためられていることが明らかになってきました。面積あたりの炭素貯留量で比べると、熱帯林の6-10 倍の炭素が溜まっているという報告もあります。なぜマングローブ林の土壌に炭素が多くたまっているのか、はっきりとしたことは分かっていないのですが、マングローブ植物の光合成速度(植物の葉で大気中の二酸化炭素が有機物に変換される速度)や落葉速度(古い葉や枝が土の上に落ちる速度)が他の生態系と比べて特に高いわけではないことから、塩分の高い土壌中の有機物分解速度(葉や枝、根などの有機物が微生物によって分解され、二酸化炭素やメタンガスとなって大気に放出される速度)が比較的遅いことに起因しているのではないかと考えられています。土壌中にたまっている炭素の年代を測定してみると、数千年も前のものが見つかることもあります。マングローブ林の土の中には、とても長い時間をかけて炭素がためられているようです。この大量の炭素が、都市化や農地開発を目的としたマングローブ林の伐採によって大気中に放出されてしまうと、温暖化をさらに後押しすることになってしまうかもしれません。一方で、マングローブ林の保全や植林は大気中の二酸化炭素を長期間土の中にとどめることにつながるので、気候変動緩和策として期待されています。

図3:マングローブ植物の地上根による防波機能
さらにくわしく知りたい人のために

1)環境問題基礎知識「マングローブと環境問題」国環研ウェブサイト

2)マングローブ生態系探検図鑑 馬場繁幸(監修)、長島敏春(写真)偕成社、2017

3)マングローブ入門―海に生える緑の森 中村武久、中須賀常雄 めこん、1998

公開日:2021年11月22日 最終更新日:2021年11月22日

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