気候変動の影響 注1)
~すでに生じている影響/将来予測される影響~
自然生態系における影響のメカニズム
自然生態系における気候変動の影響の概略は、下図に示すとおりです。気候変動は、分布適域や生物季節の変化、ならびにこれらの相互作用の変化を通じて、生態系に影響を及ぼします。また、自然生態系への影響は、生態系から人間が得ている恵み、すなわち生態系サービスを通じて、農業・林業・水産業や国民生活、産業経済へも波及することが特徴です。
人間社会は、食料や原材料の供給、極端な気候現象による被害の緩和、水質や大気の質の向上、文化的・美的価値など、生態系が提供するさまざまな生態系サービスに依存しています。気候変動等の影響により、これらを支える生態系が変容すると、生態系サービスが劣化するおそれがあります。
自然生態系への気候変動の影響は気候変動影響評価報告書にまとめられており、最新の報告書は以下のウェブサイトで確認できます。
出典:第3次気候変動影響評価報告書(環境省, 2026.2)
自然生態系への影響
1 陸域生態系
1.1 高山帯・亜高山帯
気温上昇や融雪時期の早期化等の環境変化に伴い、高山帯・亜高山帯の植生分布、群落タイプ、種構成の変化が起きています。森林限界の急速な上昇、高山帯へのイノシシやニホンジカの侵入、高山湿生植物群落の衰退等が確認されている他、ササ類やハイマツなど高山帯において分布の拡大が確認されています。絶滅危惧種のライチョウの営巣環境への影響も懸念されています。
将来、高山植物群落の開花時期の早期化と開花期間の短縮化により、花粉媒介昆虫の発生時期とのミスマッチのリスクが高まると予測されています。
1.2 自然林・二次林
過去の気候変動に伴い、森林の多くの樹種はより涼しい北の地域や標高の高い場所へと分布を広げている可能性があります。また、ブナは標高の低い地域で新しい個体が育ちにくくなっていることが示唆されています。さらに、気温上昇の影響により、落葉広葉樹が常緑広葉樹へと変わりつつある地域も見られます。
今後このような分布の変化がさらに進み、21世紀末までに現在の分布適域が縮小または消失することが予測されています。特に、本州中部以西では、その傾向が強くなると予測されています。
1.3 里地・里山生態系
気温の上昇によるモウソウチク・マダケの分布上限および北限付近での分布拡大が報告されています。竹林の拡大は、光環境の変化により植物の発芽や成長を妨げ、森林の生物多様性の低下や生態系サービスの喪失を招くおそれがあります。
将来、モウソウチク・マダケは高緯度・高標高へ分布がさらに進み、生育適地が北海道南端まで広がると予測されています。一方、アカシデやイヌシデなど里山の二次林は、低標高域や西南日本で分布縮小の可能性が指摘されています。
1.4 野生鳥獣
すでに、日本全国でニホンジカやイノシシの分布が拡大していることが確認されています。シカの生息適地は42年間で約2.7倍に増え、国土の約7割に及ぶと推定されています。背景には積雪の減少があり、植生や農作物への被害などの影響が生じています。
将来、ニホンジカの生息分布域は拡大し、21世紀中頃には全国の9割超に及ぶと予測されています。これに伴い、苗木の食害や成木の樹皮剥ぎ被害も全国的に広がると予測されています。
2 淡水生態系
2.1 湖沼
湖沼では、水温が高い状態が続くと、表面の水が冷えて重くなり沈むことで生じる水の上下の入れ替わり(鉛直循環)が弱くなります。その結果、深い層の水は長い間空気に触れなくなります。一方で、水中の有機物は微生物によって分解され、その過程で酸素が消費され続けるため、深層には酸素の少ない水がたまっていきます。このような貧酸素状態は、多くの生き物にとって厳しい生息環境となり、底生生物の死亡や、魚の分布や種類の変化を引き起こします。
実際に、琵琶湖(滋賀県)や池田湖(鹿児島県)では、暖冬の影響により循環期の遅れや衰退、さらには消失が発生し、湖底の溶存酸素が低下する傾向が確認されています。これらの影響も一因となり、湖沼の生物種の個体数の減少などが報告されています。
今後、富栄養化が進行している深い湖沼では、水温の上昇による鉛直循環の停止や貧酸素化がさらに進み、それに伴う貝類などの底生生物への影響や、富栄養化の一層の進行が懸念されています。
2.2 河川
河川水温の上昇により、生物の分布や個体数に変化が生じています。トビケラ類の高標高への移動や、アユの遡上数の減少、繁殖時期や成功率の変化などが報告されています。また、洪水の増加により魚類の流下や死亡が増え、底生生物や沿岸生物にも影響が及び、河川生態系全体への影響が広がっていると指摘されています。
将来、気温や水温の上昇により、水生生物の生息域や個体数の減少が予測されています。
2.3 湿原
一部の湿原では、湿度の低下や蒸発散量の増加、積雪深の減少などにより乾燥化が進んでいることが指摘されています。尾瀬湿原では、洪水による氾濫が池塘(湿原の中に点在する小さな池状の水たまり)周辺を攪乱し、水生無脊椎動物の減少につながったと考えられています。
北海道の湿地では、流域からの土砂や栄養塩の影響により、草本から木本への遷移や蒸発散の増加が予測されています。さらに、降水量や地下水位の変化により、高層湿原(主に雨水によって養われ、地下水の影響をほとんど受けない湿原。栄養分が乏しく、ミズゴケなどが堆積して地表が周囲より盛り上がるのが特徴)の植物群落への影響も懸念されています。
3 沿岸生態系
3.1 亜熱帯
海水温の上昇により、沖縄地域ではサンゴの白化現象の頻度が増加しており、2016年には石垣島、西表島周辺の海域で大規模な白化が発生しました。さらに、亜熱帯性サンゴの分布は房総半島以南や九州西岸・北岸へと北上しています。また、西表島では、海面上昇に伴う冠水頻度の増加が原因とみられるマングローブの立ち枯れも確認されています。
4℃上昇シナリオでは、21世紀末までに水温上昇と海洋酸性化の影響により、熱帯・亜熱帯の造礁サンゴの生育に適した海域が日本近海から消滅すると予測されています。マングローブについては、海面水位の上昇による分布域の縮小や内陸側への移動が予測されており、後背地が構造物等で分断されている場合は影響が悪化するとされています。
3.2 温帯・亜寒帯
日本沿岸の各所で海水温の上昇に伴い、低温性の種から高温性の種への遷移が進行しています。亜熱帯性の造礁サンゴの分布北上と海藻藻場の衰退が観測され、海藻藻場からサンゴ群集への移行が進行しています。
将来、海水温の上昇に伴い、より高温性の種への移行が想定され、それに伴い生態系全体に影響が及ぶ可能性が予測されています。水温上昇や海藻や海草などの植物を主に食べる魚の北上により、21世紀中頃には藻場の劣化やサンゴ群集への置き換わりが予測され、沿岸水産資源への影響が懸念されています。
4 海洋生態系
日本周辺海域(親潮域、黒潮域、混合水域)において、植物プランクトンの現存量と一次生産力の減少が始まっている可能性があります。海洋の亜表層域(水深100m~1000m)では溶存酸素量が継続的に減少し、日本周辺海域のほぼ全域で貧酸素化が確認されています。これは、海水温の上昇により酸素が溶けにくくなることに加え、水が混ざりにくくなって深い層へ酸素が届きにくくなることや、有機物の分解による酸素消費が進むことが要因と考えられます。さらに、水温上昇に伴い、日本各地で海洋生物の分布や生態への影響も報告されています。
今後さらに植物プランクトンの現存量に変動が生じる可能性が予測されており、海洋酸性化については、特に北極圏や南極圏の生態系や炭酸カルシウム骨格・殻を有する軟体動物、棘皮動物、造礁サンゴが影響を受けやすいと指摘されています。
5 生態系サービス
サンゴの白化や湖の結氷期間の短縮など、主に供給サービスや文化的サービスへの影響が報告されています。また、平均気温の上昇、極端な気象現象の増加、海水面の上昇が、種の分布・生物季節・個体群動態・群集構造・生態系の機能等、生態系や生物多様性の多くの側面にすでに影響を及ぼしています。
今後気候変動により、サンゴ礁の観光・漁業・防護機能などの生態系サービスの減少が懸念されます。さらに、紅葉や開花時期の変化、砂浜や高山景観の価値低下など文化的サービスにも影響が及び、海洋酸性化や水温上昇により漁業・養殖業にも大きな経済損失が生じると予測されています。
6 生物季節
植物の開花の早まりや動物の初鳴きの早まりなど、動植物の生物季節の変動について多数報告されています。
将来、ソメイヨシノの開花日の早期化や落葉広葉樹の着葉期の長期化、紅葉開始日の変化や色づきの悪化など、様々な種への影響が予測されています。影響は個々の種にとどまらず、種間のさまざまな相互作用に及ぶことが予測されています。
注1)本節の内容は、主として「第3次気候変動影響評価報告書」(環境省、2026年)を基に、その記述を抜粋・要約するとともに、必要に応じて弊所専門家の知見等を踏まえて整理したものです。
気候変動への適応 注1)
~自然生態系に与える悪影響を低減するための適応策~
適応の基本的な考え方
自然生態系分野における気候変動適応では、気候変動により生態系が長期的かつ不可逆的に変化していく可能性を踏まえる必要があります。そのため、影響を人為的に抑え込もうとするのではなく、生態系そのものが環境の変化に対応できる力(順応性)を高めていくことが基本的な考え方です。この考え方に基づき、以下に主要な取組を整理します。
| モニタリングの実施・継続 | 気候変動による生態系や種の分布等の変化をより的確に把握するため、長期的なモニタリング等の調査を実施します。 |
|---|---|
| 調査・研究の推進 | 気候変動による生物多様性及び生態系サービスへの影響を把握するため、分析・研究を推進するとともに、的確な情報発信・共有を通じて科学的知見の集積に努めます。 |
| 気候変動以外のストレスの低減 | 気候変動以外のストレス(開発、環境汚染、過剰利用、外来種の侵入など)の低減に取り組み、健全な生態系の保全に努めます。適応策の実施に当たっては、生物多様性への負の影響の回避・最小化に配慮します。 |
| 生態系ネットワークの構築 | 生物が移動・分散する経路を確保するとともに、保護地域の拡充や生物多様性の保全に資する地域の設定を進めます。あわせて、都市の小規模な緑地や里地里山の農地など、身近な自然環境も含めた生態系ネットワークの形成を推進します。 |
| 積極的な干渉の実施 | 生物多様性の損失や生態系サービスの低下による悪影響が著しい場合に限り、限定的な範囲で、現在の生態系・種を維持するための管理、生息域外保全、気候変動への順応を促す管理等の積極的な干渉について、慎重に検討します。 |
| 将来予測を踏まえた施策の立案・推進 | 生態系の保全に関する施策については、気候変動影響の将来予測を考慮し、必要に応じて保全目標、保全対象、保全手法等の見直しを検討します。自然環境の変化を継続的に観察し、その結果に合わせて柔軟に対策を見直しながら進めていくための、協力の仕組みを作ります。 |
基本的な項目別適応策
1 陸域生態系
原生的な森林や希少種が生息する森林の保全管理を推進し、特に影響が懸念される高山帯等での重点的なモニタリングを実施する必要があります。
気候変動への順応性が高い生態系を維持するため、保護地域等による国土全体での生態系ネットワーク形成を図ることが重要です。また、従来実施されてきた気候変動以外の要因による生物多様性損失への対策も、適応の視点を加えて、優先順位をつけて実施することが求められます。気候変動の影響を和らげることが期待される地域の保全強化も重要です。
森林土壌からの二酸化炭素排出(土壌呼吸)の増加など、物質収支への影響については未解明な点が多いため、調査・研究を推進する必要があります。
2 淡水生態系
陸水生態系では生物種の絶滅リスクが増大しているため、重要な陸水域での長期かつ重点的なモニタリングや、水域の連続性を確保し、生物が往来できる生態系ネットワークを形成することが重要です。また、従来の生物多様性損失への対策も、適応の視点を加え、優先順位をつけて実施することが求められます。
具体的には、湖沼では水温上昇による水質悪化(アオコ増加等)、河川では冷水性魚類の生息適地減少などが予測されるため、個別の状況に応じたモニタリングと対策が求められます。
特に、高山帯・亜高山帯の湿原における積雪量減少による湿原縮小については緊急性が高いと認識し、適応策の開発・普及に取り組む必要があります。
3 沿岸生態系
気候変動の影響を受けやすい干潟、藻場、サンゴ礁などにおいて、長期的なモニタリングを重点的に実施する必要があります。沿岸域は河川を通じて陸域の影響を強く受けるため、流域全体を視野に入れた管理が重要です。
様々な目的を持つ海洋保護区などを効果的に配置・連携させ、沿岸生態系の連続性を確保した生態系ネットワークの形成を図ることが求められます。また、従来の生物多様性損失への対策も、適応の視点を加え、優先順位をつけて実施することが重要です。
4 海洋生態系
日本近海では大幅な環境変化が予測されていますが、海水温上昇や酸性化が生態系に与える影響には不明な点が多く、特に沖合域は科学的情報が不足しています。そのため、海洋保護区や生物多様性の観点から重要な海域において、モニタリングや将来予測を充実させることが必要です。
沿岸同様、様々な目的の海洋保護区を連携・配置し、生態系ネットワークの形成を図ることで、気候変動への順応性が高い生態系の保全・再生を目指します。また、従来の生物多様性損失への対策も、気候変動適応の視点を加味して優先的に実施することが求められます。
5 生態系サービス
NbSなど生態系サービスがもたらす多様な社会的便益について、定量的な評価や可視化を進めるとともに、気候変動による便益の変化や社会的影響に関する調査・研究を推進し、科学的知見を蓄積することが重要です。これらの知見を基に、生態系サービスを持続的に享受するための方策を検討し、地域における具体的な取組の実装を促進していく必要があります。
気候変動に伴う花粉媒介昆虫の分布変化や、昆虫の発生時期と植物の開花時期のずれによる送粉サービスへの影響が懸念されていることから、希少種に限らず普通種も含め、生息地の規模と連続性を確保することが求められます。
6 生物季節
生態環境の変化や気候変動の影響を把握するためには、生物季節の変化を継続的に観測することが重要です。こうしたデータは科学的基礎資料となるだけでなく、四季を感じる文化的価値も持つため、市民参加型の調査も含めて継続的なモニタリングが求められます。
種の分布や個体群の変化をより的確に捉えるという観点からも、長期にわたる調査を継続して行うことが重要です。
注1)本節の内容は、国が作成した「気候変動適応計画」を基に、その内容を抜粋・要約するとともに、必要に応じて弊所専門家の知見等を踏まえて整理したものです。
生態系を活用した適応策(EbA)
生態系には様々な機能があり、提供される便益は「生態系サービス」と呼ばれています。生態系サービスには、食料や木材などの供給、気温の調節、水の浄化、自然災害リスクの軽減、文化的・精神的な質の向上など様々なものがあげられます。気候変動に対する全体的な適応戦略の一部として、生物多様性や生態系サービスを活用することを「生態系を活用した適応策(EbA:Ecosystem-based Adaptation)」と呼びます。
自然の力を利用するこの方法は、一度に複数の課題に対応でき、地域の生活の質向上など多面的なメリットがあります。費用も比較的低く、リスクの変化に応じて柔軟に実施できる利点も備えています。具体例として、森林の適正な管理により土砂災害防止機能を高める取組や、サンゴ礁の保全や海岸林の整備で台風・高潮の被害を和らげる取組などが挙げられます。また、災害リスクの高い地域で開発を控えて自然のまま保全することで、人間が被る災害を減らすこともできます。
具体的な事例等
| 森林の保全・再生による防災 | 森林が持つ水源涵養や土砂止めの機能を強化する取組です。山地ではスギやヒノキの単一植林地を、風害に強く保水力の高い広葉樹を混ぜた森林に転換していく試みが進められています。これにより、気候変動に伴い頻度や規模の増大が懸念される豪雨・台風による土砂災害や洪水のリスクを低減します。また荒廃した里山を再生して自然のダムとして活用し、平地への急激な水流出を抑える対策も取られています。 |
|---|---|
| 沿岸域での生態系による減災 | サンゴ礁やマングローブ林、干潟などを保全・再生活用して、高潮や津波から沿岸を守ります。例えば沖縄ではサンゴ礁の白化を防ぎつつ海岸侵食を抑えるプロジェクトや、九州などで干潟を再生して高潮緩和と水質浄化を図る試みがあります。マングローブ林は高潮の勢いを低減し、内陸の居住地を守る効果があります。 |
| 都市部でのグリーンインフラの導入 | 都市部では、公園・街路樹・屋上緑化など都市の緑を増やすことでヒートアイランド現象や豪雨時の雨水排水対策に役立てる取組がEbAとして注目されています。例えば街路樹や生垣は夏の路面温度を下げ、クーラーの使用抑制によるエネルギー節約効果もあります。雨水は植栽帯や貯留池を兼ねた公園で一時貯留することで内水氾濫を防ぎます。都市景観を潤し住民の憩いにもつながるため、適応効果と合わせ多面的な利益を生みます。 |
世界的にもEbAは推進されており、日本の適応戦略にも取り入れられています。国家適応計画では、森林・農地の多面的機能やグリーンインフラの活用など自然を活かした施策が位置づけられています。経済・社会両面で有効なEbAは、人口減少社会の国土強靱化にも資する極めて重要な取組と評価されています。
しかし、EbAには効果を定量化しにくい、効果発現まで時間がかかる、広い土地が必要になる場合がある、といった課題も指摘されています。これらの課題には研究の進展や工夫によって改善が図られつつあります。今後、科学的知見を蓄積しながらEbAの導入を進めることで、自然と共生した持続可能な適応が期待されます。
EbAの利点と課題、地域での導入のポイント、導入手順や具体事例については、「生態系を活用した気候変動適応策(EbA)計画と実施の手引き」に詳しく掲載されています。
【利点】
複数の課題の同時解決につながる
住民のQOLや地域の魅力に寄与する
脱炭素などグローバルな目標の達成に貢献できる
低コストで導入できる
状況の変化にあわせて柔軟に対応できる
将来に幅広い選択肢を残せる
【課題】
機能の定量化が容易でない;しかし研究・技術が急速に発展中
機能発揮まで長い時間がかかることがある;既存の生態系活用で短縮も
広い面積が必要な場合が多い;一方で人口減少により合理的な地域づくりが可能に
出典:生態系を活用した気候変動適応策(EbA)計画と実施の手引き(環境省, 2022), 02生態系を活用した適応策の利点と課題, p.9-13よりCCCA作成
また、生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)について詳しく学びたい方には、環境と災害リスク削減のためのパートナーシップ(PEDRR)と天然資源開発センター(CNRD)が開発したEco-DRRに関するMOOC(大規模公開オンライン講座)が無償公開されています(大学院修士課程レベル、英語)。また、2022年に総合地球環境学研究所Eco-DRRプロジェクトにおいて、PEDRRとCNRDが開発した修士課程モジュールに関連する資料の日本語訳版が公開されており、参考にできます。
ネイチャーポジティブと気候変動適応
近年、気候変動対策の失敗や生物多様性の損失は、世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書で高いリスクとして指摘され参考1)、TCFDやTNFDコラム1)といった、気候変動や自然資本(森林、土壌、水、大気、生物資源等、自然によって形成される資本(ストック)のこと)に係るリスクが企業経営に及ぼす影響を評価・開示する動きが国際的に活発になっています。自然の損失を止め回復基調に乗せる「ネイチャーポジティブ」は、気候変動への緩和策と適応策の両面に貢献しうる取組みと言えます。この記事では、ネイチャーポジティブと気候変動対策(特に適応策)との関係、関連する概念、具体的な対策とその留意点、自主的取組を支える認証制度等の動向について紹介します。
ネイチャーポジティブと気候変動適応の関係
ネイチャーポジティブは、2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」参考2)で、2030年ミッションとして掲げられた目標です。
同戦略において、ネイチャーポジティブとは、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」、と定義されています。そして、そのネイチャーポジティブを実現する五つの基本戦略の一つとして、「自然を活用した解決策(Nature-based Solutions(NbS)」が挙げられ、「自然の恵みを活かして気候変動緩和・適応、防災・減災、資源循環、地域経済の活性化、人獣共通感染症、健康などの多様な社会課題の解決につなげる。」ことを掲げています。(詳しくは令和5年版環境・循環型社会・生物多様性白書 第1部第2章第3節を御参照ください。参考3))
一方、気候変動適応計画(2021年10月閣議決定)参考4)では、第1章第1節の「目標」の項で、次のように自然を活用した解決策の考慮について触れています。
人口の減少やアフターコロナなどの社会経済的視点に加え、自然の性質を活かして災害をいなしてきた古来の知恵にも学びつつ、土地利用のコントロールを含めた弾力的な対応により気候変動への適応を進める「適応復興」や NbS(Nature-based Solutions:自然を活用した解決策)といった新たな視点についても考慮することが重要である。
自然を活用した解決策の中でも、生態系の機能を気候変動適応に活かす取組を、Ecosystem-based Adaptation(EbA)と呼びます。気候変動適応計画に掲げられた国の施策でいうと、森林や農地などの多面的機能の活用、グリーンインフラを活用した防災・減災や暑熱対策などがEbAに該当します。また、気候変動により自然生態系が劣化すれば、人間生活にとって不可欠な広範な生態系サービス(あるいは自然の寄与ともいうコラム2))が損なわれます。
EbAとNature-based Solutionなど関連する概念
EbAに関連する概念として良く取り上げられるものに、以下があります。
- NbS(Nature-based Solution):社会課題に効果的かつ順応的に対処する方法で、自然および改変された生態系を保護し、持続可能に管理し、回復させることで、人間の福利と生物多様性の両方に利益をもたらす行動(IUCN,2016)参考5)
- Eco-DRR(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction):生態系を活用した防災・減災
- グリーンインフラ:グリーンインフラとは、自然の多様な機能を活用した社会資本であり、将来にわたり持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくり及びウェルビーイング向上に貢献するもの。これは、人と自然の関わりから形成されるものであり、戦略的な計画、持続的な維持管理、幅広いステークホルダーの参画などを通じてより大きな効果の発現が期待できる。(グリーンインフラ推進戦略2030, 国土交通省, 2026年1月)参考6)
これらの関係を図に示すと次図のとおりです。
これらの取組の中には、ネイチャーポジティブになるもの、ならないもの、いずれも考えられますが、一般的にはこれらNbS、EbA、Eco-DRRはいずれもネイチャーポジティブと両立させやすいアプローチと言えるでしょう。気候変動リスクには対応できたが別のリスクを上げてしまった、ということにならないよう、実際の対策を進めていくためには、トレードオフを適切に管理し、関係する様々な目標・課題対応へのシナジーを最大化する取組が重要です。
2023年4月、日本生態学会の生態系管理専門委員会では、グリーンインフラ・NbS に関する国内外の動向や考え方を整理、自然の資源や機能を持続的・効果的に活用するための生態学的見地からのポイントを議論した結果として、「自然の賢明な活用を目指して:グリーンインフラ・NbSの推進における生態学的視点」参考7)と題した提言を発表しました。同提言では、地域計画や事業の立案・実施に関わる実務家や研究者に向けた「グリーンインフラ・NbS の推進において留意すべき 12 箇条」が提案されています。実務を担当される皆様には、是非リンク先から原文を御一読下さい。
また、事業者が、生物多様性の保全や自然資本の持続的利用を目指す際に参考になる資料として、「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-」(環境省, 2023年4月)参考8)があります。
このガイドラインには、生物多様性に関する最近の動向(事業者に関する生物多様性・自然資本への依存と影響、リスクと機会等の解説を含む)、実際に取り組むに当たっての基本的プロセス、定量的な影響評価・目標設定の方法等が取り込まれています。
2023年5月に開催されたG7広島サミットでも、気候変動、生物多様性の損失及び汚染を3つの世界的危機と述べ、ネイチャーポジティブ経済への移行促進、企業が漸進的に生物多様性への負の影響を削減し正の影響を増大させることを求める旨が合意されており、事業活動を行うに当たり気候変動と生物多様性に配慮し対処することの必要性がますます高まっています参考9)。
気候変動適応とその他の課題とのシナジー・トレードオフ
IPCC AR6 WGII報告書参考10)は、「適応は、農業生産性、イノベーション、健康と福祉、食料安全保障、生計及び生物多様性保全の向上に加え、リスクと損害の低減など、複数の追加的な便益を生み出しうる。」と述べています。
下図では、森林ベースの適応策やアグロフォレストリー(植林と農業又は畜産を組み合わせた複合的な土地利用システム参考11))、生態系管理と生態系の接続性(生態系ネットワークの保全・再生)は、緩和との相乗効果が高く、その確信度も高いものと評価されています。
一方で、同報告書では、例えば、農地を森林に転用する場合などは飢餓をなくそうとする世界目標(SDGsゴール2)に対して便益と不利益が混在していると評価されているなど、トレードオフの存在も指摘されています。
「気候変動の代表的な主要リスクに対応するために実現可能な気候応答と適応オプションが多様に存在し、緩和とのさまざまな相乗効果を伴う。
短期的かつ地球規模で 1.5°C以下の地球温暖化に資する気候応答や適応オプションと緩和の多面的な実行可能性と相乗効果」
各ネイチャーポジティブ技術の概要、留意点、期待される効果、活用事例
自然を活用した適応策の事例について、ネイチャーポジティブに貢献し得るものについて、気候変動影響との関係、期待される効果、適用上の留意点、適用事例を整理して「国内外の適応策事例集」に掲載しています。(下表から個別の事例にリンク。)
| 生態系区分 | 技術の種類 | 適応策の区分 |
|---|---|---|
| 森林・草原生態系 | 森林の計画的な管理 | 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 |
| 採石場跡地等での緑化 | 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 草原の保全・再生 | 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 農地・農村生態系 | 耕作放棄地の再湿地化 | 水環境・水資源 / 自然生態系 |
| 屋敷林の保全・再生 | 農業・林業・水産業 / 自然生態系 | |
| ため池の保全・活用 | 農業・林業・水産業 / 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 都市生態系 | 雨水貯留・浸透空間の整備 | 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 |
| 空き地の維持・活用 | 国民生活・都市生活 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 屋上緑化・壁面緑化 | 国民生活・都市生活 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 街路樹の維持・活用 | 国民生活・都市生活 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 陸水生態系 | 湿原の保全・再生 | 水環境・水資源 / 自然生態系 |
| 氾濫原湿地の保全・再生 | 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 沿岸・海洋生態系 | サンゴ礁の保全・再生 | 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 |
| マングローブ林の保全・再生 | 自然災害・沿岸域 / 水環境・水資源 / 自然生態系 | |
| 砂丘・海岸林の保全・再生 | 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| 干潟の保全・再生 | 水環境・水資源 / 水産業 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系 | |
| アマモ等の海草藻場の保全・再生 | 水環境・水資源 / 水産業 / 自然生態系 |
導入を支える社会的仕組み:認証制度等の例
環境省の環境ラベル等データベースを見ると、環境負荷低減に資するモノやサービスの選択を支援する情報として、様々な環境ラベル(マークや目印)があることが分かります。その中には、この記事で紹介してきたネイチャーポジティブな取組に関係する認証(例えばFSC®認証(森林認証制度)参考12)や海のエコラベルと呼ばれるMSC認証参考13))などが見られます。
また、民間緑地の評価認証制度としては、SEGAS:社会・環境貢献緑地評価システム((公財)都市緑化機構)参考14)、JHEP:ハビタット評価認証((公財)日本生態系協会)参考15)、ABINC:いきもの共生事業所認証((一社)いきもの共生事業推進協議会)参考16)などがあります。
さらに、緩和の分野では、 REDD/REDD+(森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減;途上国での森林減少・劣化の抑制や森林保全による温室効果ガス削減に経済的なインセンティブを付与する取組。)参考17)などとも絡んで、削減量を評価する取組が京都議定書の時代から脈々と開発・実施されてきており、Jクレジット参考18)などの制度として発展してきています。
一方、適応についてみると、ISO14091:2021(Adaptation to climate change – Guidelines on vulnerability, impacts and risk assessment) 、ISO14093:2022(Mechanism for financing local adaptation to climate change - Performance-based climate resilience grants –Requirements and guidelines)参考19)などのガイドライン規格はありますが、それに関する第三者認証の制度は整っていません。しかし、「(特定地域の)水源涵養」や「不動産のレジリエンス」などの分野別認証は見られます。
このように分野別の取組はあっても、生物多様性と緩和策や適応策などを組み合わせて評価する制度の開発は黎明期にあります。以下に添付した資料では、令和4年度の調査事業の成果から、生物多様性の正味の増加を評価・認証しようとする英国の生物多様性ネットゲイン政策参考20)、NbSの効果を評価・認証しようとするVerra VCS/CCBS参考21)、 The Peatland Code参考22)、Jブルークレジット参考23)、フォレストック認証参考24)などの先進的な事例の概要を紹介します。
コラム1:TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)及びTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)
気候変動は、多くの企業にリスクと機会をもたらします。金融分野では、気候変動は、物理的リスク、賠償責任リスク、移行リスクの3つの経路から金融システムの安定を損ない、金融機関の脅威になるとの認識が広がりました。このような認識の下、2015年4月、G20財務大臣・中央銀行総裁会議は、主要国の中央銀行や金融監督当局、金融関係の基準策定主体などが参加する金融安定理事会(FSB)に対し、「官民の参加者を招集し、金融部門が気候関連問題をどのように考慮できるかをレビューする」ように求めました。これを受け、FSBは、2015年12月、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures : TCFD)を設立しました。TCFDは2017年6月に最終報告書を公表し、気候関連リスクと機会による、財務上の影響を把握して財務報告書等で開示するよう各企業に求めました。その後、多くの企業・政府・国際機関・民間団体がTCFDへの賛同を表明し、取組は瞬く間に広がりました。特に日本は世界第一位の賛同数を誇り、さらに2021年のコーポレートガバナンスコードの改定により、2022年4月からプライム市場上場企業には「TCFD又はそれと同等の枠組みによる開示の質と量の充実」が求められ、実質義務化された形になりました。
自然資本や生物多様性の分野でも、自然の損失によるリスクを金融面から把握して情報開示を行おうとする動きが開始されています。商品の原材料や各種サービスの多くは、自然の恵みによって支えられています。したがって、自然の損失は、経済活動への大きな脅威となります。加えて、事業活動は、その自然の恵みの持続可能性に影響を与えています。このため、2021年6月、事業活動における自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価するための枠組みを構築する自然関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Nature-related Financial Disclosures:TNFD)が発足しました。TNFDでは、2022年3月に試行版がリリースされ、2023年9月に最終提言が公開されました。関係者の努力により、このTNFDの枠組案を様々な言語で見られるWebサイトが開設されており、日本語でも閲覧することができます。
参考文献
コラム2:自然の恵みと気候変動適応
2019年に公表された「IPBES生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」政策決定者向け要約参考25)のキーメッセージには、自然と自然の寄与(NCP)について、以下のように記しています。
- 自然(Nature)は、生物多様性や生態系、母なる地球(Mother Earth)、生命システムなど、人それぞれに違う捉え方をされている概念を包含する。
- 自然の寄与(nature's contribution to people:NCP) は、 生態系の財やサービス、自然の恵みのような概念を包含する。
- 自然と自然の寄与(NCP)は、人間の存在と良質な生活(人間の福利、自然との共生、母なる地球と調和した豊かな生活など)に欠かせない。
NCPは、自然がもたらすもの、とも翻訳されます。下図は、NCPの種類と、それを維持する自然のキャパシティが1970年以降どう推移しているかの傾向を示したものです。Regulating NCP(大気質、水の量と分配、災害と極端現象等:調整サービスと生息地サービス)、Material NCP(エネルギーや食糧、原材料等:供給サービス)、Non-material NCP(学習・インスピレーション、アイデンティティや身体的・心理的経験:文化的サービス)に将来の選択肢の維持が挙げられています。
コラム3:図 自然の寄与と動向
政策決定者向け要約(IPBES, 2019, 環境省及び(公財)地球環境戦略研究機関による日本語訳, p.25)
参考文献一覧
- 参考1)第18回グローバルリスク報告書2023年版(世界経済フォーラム, 2023)
- 参考2)「生物多様性国家戦略2023ー2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~ (令和5年3月31日)」(環境省, 2023年3月)
- 参考3)令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書, p.41-50, 第 1 部 総合的な施策等に関する報告, 第 2 章 持続可能な経済社会システムの実現に向けた取組, 第 3 節 自然再興(ネイチャーポジティブ)
- 参考4)「気候変動適応計画(令和3年10月22日閣議決定、令和5年5月30日一部変更閣議決定)」(環境省, 2023年5月)
- 参考5)Nature-based Solutions to address global societal challenges(IUCN(Editors: E Cohen-Shacham, G Walters, C Janzen, S Maginnis), 2016)
- 参考6)グリーンインフラ推進戦略2030(国土交通省, 2026年1月)
- 参考7)自然の賢明な活用を目指して:グリーンインフラ・NbSの推進における生態学的視点(日本生態学会生態系管理専門委員会調査・提言部会, 2023, 保全生態学研究 p.1-15)
- 参考8)生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-(環境省, 2023年4月)
- 参考9)G7広島首脳コミュニケ(2023年5月20日)(仮訳)(外務省, 2023年5月), <気候>・<環境>, p.8-14
- 参考10)気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第2作業部会報告書 政策決定者向け要約(環境省による確定訳)(環境省, 2023年6月)
- 参考11)パラグアイにおけるクリーン開発メカニズムの仕組みを活用した農村開発手法の開発 アグロフォレストリーマニュアル(国際農林水産業研究センター、2010)
- 参考12)Forest Stewardship Council®
- 参考13)Marine Stewardship Council
- 参考14)社会・環境貢献緑地評価システムSEGES(Social and Environmental Green Evaluation System)
- 参考15)ハビタット評価認証制度 JHEP認証 Japan Habitat Evaluation and Certification Program
- 参考16)いきもの共生事業所認証ABINC( Association for Business Innovation in harmony with Nature and Community)認証
- 参考17)炭素市場エクスプレス(環境省二国間クレジット制度(JCM)情報発信プロジェクト) 市場メカニズムの国際動向 REDD/REDD+
- 参考18)J-クレジット制度(J-クレジット制度事務局)
- 参考19)ISO 14091:2021 気候変動への適応 — 脆弱性、影響、リスク評価に関するガイドライン
- 参考20)Biodiversity net gain (Department for Environment, Food & Rural Affairs, UK)
- 参考21)Verra
- 参考22)The Peatland Code(IUCN National Committee United Kingdom, Peatland Programme)
- 参考23)Jブルークレジット®(ジャパンブルーエコノミー技術研究組合 Japan Blue Economy association)
- 参考24)フォレストック認証制度について(一般社団法人フォレストック協会)
- 参考25)IPBES生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約(IPBES, 2019, 環境省・IGESによる日本語訳)
なお、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)は、2012年4月、生物多様性の保全と持続可能な利用、長期的な人間の幸福と持続可能な開発のために、生物多様性と生態系サービスの科学と政策の接点を強化することを目的として設置された独立の政府間組織。

