グリーンインフラとしての麻機遊水地の保全活用とその副次的効果

掲載日 2022年3月18日
分野 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
地域名 関東(静岡県)

気候変動による影響

巴川は静岡県の中央部に位置する二級河川(注1)で、この巴川流域では高度経済成長とともに市街化が進み、台風などの大雨によって浸水被害が発生するようになりました。特に昭和49年7月7日から8日にかけて発生した「七夕豪雨」では、床上、床下浸水家屋 26,156 棟、浸水面積 2,584ha、一般資産等被害額 213 億円の甚大な被害が生じました。近年でも「平成15年7月豪雨」「平成16年6月豪雨」や「平成26年10月豪雨」により流域各地で内水による浸水被害が発生し、家屋浸水や主要幹線道路の冠水などが生じ、社会活動に大きな影響が生じています。

取り組み

昭和49年7月7日から8日にかけて発生した「七夕豪雨」を契機に、巴川では総合治水対策事業として流域全体で治水対策に取り組んでいます。本事業の一つとして、治水機能と公園機能を有する多目的な遊水地である「麻機(あさはた)遊水地(注2)」の整備が進められています(図1)。
「麻機遊水地」は、全ての工区が完成すると総面積約200haにおよび、約350万㎥の洪水が貯留可能となります。「平成 16年6月の豪雨」等では、それまでの河川施設整備により、大谷川放水路への分流と巴川本川から麻機遊水地への貯留による洪水調整機能により、下流部への流下量を軽減し、浸水防止の効果を発揮しています。
また「麻機遊水地」の整備により、遊水地としての機能を加えて、池沼部が形成され、魚類や水生昆虫が生息するようになりました。さらに、野鳥も多く飛来するようになり、これまでに遊水地で確認された野鳥は200種以上にもなります(注3)。
巴川流域麻機遊水地自然再生協議会(注4、現在の麻機遊水地保全活用推進協議会)の下部組織として設立された「ベーテル麻機部会(注5)」では、麻機遊水地の自然再生事業を進めることにより、遊水地の価値を高め、遊水地の特性や自然環境を活用し、地域住民、企業、障害者、高齢者などとの連携を図り、社会的孤立をなくし、さらには安全に暮らすことができる地域づくりを目指すための検討、取り組みを進めています。また静岡県立静岡北特別支援学校(注6)・中央特別支援学校による麻機遊水地での活動には、遊水地の除草作業や遊休農地での麻機蓮根、ジャガイモ等の栽培、放置竹林対策のための竹灯篭作りなどがあります(図2)。

効果/期待される効果等

麻機遊水地の洪水調整機能により下流部への流下量を軽減し浸水防止の効果を既に発揮しています。
また、「都市近郊湿地の健康増進を目的とした利用可能性の検討」として「麻機遊水地」を対象に行われた調査では(注7)、麻機遊水地の散策の前後において「緊張‐不安」、「抑うつ‐落ち込み」、「怒り‐敵意」、「疲労」の 4 種のネガティブな感情が有意に低下する結果が明らかになっています。審美性などの評価において万人からの支持を得にくい湿地であっても、散策利用により十分な心理的効果が得られることが判明しました。

図1 麻機遊水地の保全活用行動計画(長期計画・将来構想)
(出典:麻機遊水地保全活用推進協議会 「麻機遊水地保全活用行動計画(案)」(平成29年5月))

図2 遊休農地での麻機蓮根、ジャガイモ等の栽培
(出典:麻機遊水地保全活用推進委員会ウェブページ 「これまでの取り組み」)

脚注
(注1)県庁所在地である静岡市の葵区及び清水区の市街地を貫流する幹線流路延長17.98km、流域面積104.8㎢の二級河川である。
(注2)麻機遊水地は、総面積200haを5つの工区に分けて整備が進められ、平成16年までに第3工区と第4工区、平成22年に第1工区が完成し、第2工区の整備も進んでいる。
(注3)かつての浅畑沼に生育していたアシやガマ群落などが多く見られるが、治水整備により埋土種子が掘り起こされた箇所では、水田や沼に生育していた数多くの撹乱依存種が芽生え、これまでに確認されている植物は約600種にも及ぶ。その中には、国や県が絶滅危惧種に指定しているミズアオイやタコノアシも見られ、平成13年には、環境省より全国最大級のミズアオイの自生地として、また、タコノアシなどの絶滅危惧種が多いことから、「日本の重要湿地500(ウェットランド500)」に指定されている。
(注4)自然環境を保全・再生・維持管理するため、「巴川流域麻機遊水地自然再生協議会」が設立された(平成16年1月)。本協議会が目的としてきた麻機遊水地の自然再生活動を発展的に継承し、再生・保全された自然を地域資源として活用すべきであるとの考えから、麻機遊水地地区における官民一体となった総合的な保全活用の推進に向けた取組及び医療・福祉・農業を通じた障害者等の自立支援の場を創出する取組を円滑に推進するため、現在の「麻機遊水地保全活用推進協議会」となる(平成28年7月設立)。
(注5)「ベーテル麻機部会」は、これまでの取組が評価され、一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会が主催する「グリーンレジリエンス大賞」の最優秀賞を受賞。また、静岡県立静岡北特別支援学校による「地域と歩む麻機遊水地保全活用プロジェクト『麻活』」の取組は、日本水大賞委員会、国土交通省が主催する「第19回日本水大賞」において、文部科学大臣賞を受賞。遊水地群をフィールドに、自然再生、環境保全、治水・防災等の切り口から地域と協働した総合的な活動を行なったこと、及びその活動が遊水地の自然再生、環境保全に結びついていること、刈り取ったヨシを紙等に製品化していること、知的障害者への偏見が解消された成果などが高く評価されたことによる。
「ベーテル」は、ドイツ・ビーレフェルト市(人口34万人)にあり、その施設やシステムは、ベルリンをはじめドイツ国内を中心に広がっている。「ベーテル」には、各種病院や老人ホーム、特別支援学校などがあり、約1万4000人の医療従事者がいる。医療と福祉が機能的に行われており、障害者も老人もさまざまな仕事(約2500職種)に就くことで、生きがいをもち充実した暮らしを送っている。
(注6)「麻機遊水地保全活用推進協議会」に加盟する小学校1年から高等部3年までの、知的障害のある児童360名が在籍する学校。学校の所在地は、麻機遊水地群の中央に位置する。
(注7)「麻機遊水地」の近隣の病院と特別支援学校の勤務者を対象とした利用状況の調査、及び近隣勤務者を含む一般市民への心理調査。

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