インフォグラフィック
イラストで分かりやすい適応策
気候変動の影響と適応策

ダニ媒介感染症*

健康分野|感染症|節足動物媒介感染症
協力:国立感染症研究所      
安全実験管理部/昆虫医科学部

*節足動物媒介感染症のうちダニ類(マダニ、ヒメダニ)及びツツガムシによって媒介される感染症。そのうちマダニは日本紅斑熱、 SFTSのような報告件数が増加している感染症を媒介する。

影響の要因

気候変動による気温の上昇や降水の時空間分布の変化により、感染症を媒介するダニ類の分布域が拡大し活動期間が長期化する事が考えられる。

現在の状況と将来予測

現在、ダニ類により媒介される感染症(日本紅斑熱や重症熱性血小板減少症候群(以下SFTS)、ツツガムシ病等)について全国的な報告件数の増加や発生地域の拡大が確認されている。

出典:国立感染症研究所
出典:国立感染症研究所(2021年7月28日現在)

将来、ダニ類等による感染症についても気候変動の影響を受けると想定されており、媒介節足動物(マダニ)、その宿主動物(野生動物)、環境要因(気温や土地利用図等)、SFTS患者/病原体(SFTSウイルス)の4つの要素を包括的に解析する研究も進められている(沢辺ら2020)。

適応策

引き続きダニ対策と感染症対策の両輪で進めると共に、個人としてはダニの生息場所に入る際には、身を守る対策を講じることが重要になる。また、SFTSはまだ有効な抗ウイルス薬等の治療法がなく、感染症発生時の治療法やウィルス・野生動物・ベクター(マダニ等)に対するサーベイランスの継続等に取り組む必要がある。

分類
研究・行政
ダニ対策
感染症対策
個人
  • 感染症対策としての
    野生動物管理**
    患者発生分布図
  • 関係機関との連携
  • 野外での殺ダニ剤の利用
  • 情報提供
  • 治療法等の普及・開発
  • 感染症サーベイランス

    出典:国立感染症研究所 感染症疫学センター(2018) を一部改変

  • 入山時や農作業でのダニ対策
    作業前
    衣服による防護/忌避剤の使用
    作業中・作業後
    衣服のダニ除去 ダニ刺咬時の措置
  • 身近な動物への注意

**マダニは野生動物に寄生しながら分散していると考えられるが、野生動物の分布拡大とマダニの種や密度の関係、さらには感染症の拡大にかかるメカニズムも不明(岡部ら2020より引用)であり、主要媒介種の生態を明らかにし、野外における宿主との相互関係や移動分散を含む個体群動態を明らかし、最も効果的な対策手法を開発することが必要(岡部ら2020より引用)とされている。

分類
研究・行政
ダニ対策
感染症対策
事業者・個人
方法
[ 感染症対策としての野生動物管理 ]

①マダニ:野生動物を適正な密度に管理することでマダニの密度を抑え、ヒトとマダニとの接触リスクを一定水準以下に抑えることができる。野生動物管理はこれまで増えすぎ て害獣化したシカやイノシシ、生態系被害を引き起こす外来生物などを対象に実施されてきたが、まずはこれらの既存の制度を活用することでマダニ対策の目標が達成されるかどうかを検討すべきである。(以上岡部ら2019より引用)

②ツツガムシ:従来の標準3型Gilliam、Karp、Katoでは検出されないShimokoshi株等によるつつが虫病が確認され、届出数も増加傾向となり、診断法や疫学情報も新たな局面を迎え、古くて新しい感染症としての認識が必要(馬原2017より引用)となってきており注意が必要である。

[ 関係機関との連携 ]

国内において野生動物由来人獣共通感染症対策としての野生動物管理が進まない要因として、根拠となる法制度の不足、管理目的ごとに管理主体や監督行政部署が異なること、野生動物の個体数管理が野生動物種毎の特定計画に基づいて行われること、野生動物の生息地と管理主体の管理スケールとの不一致、適切な管理手法が構築されていないことなど(岡部他2020より引用)が挙げられており、関係機関や分野を横断した協同の重要性が指摘され、ワンヘルス*の取組も進められている。

*ワンヘルス(One Health):予防的アプローチである「人」「動物」「生態系」の健康をひとつと 考えこれを守っていく(IUCN 2021より引用)取組。

[ 野外での殺虫製剤の利用 ]

野外イベント等での人へのマダニリスク低減策として、場所を限定して医薬品医療機器等法で承認された衛生害虫用殺ダニ剤の散布の有効性が試験で確認されている(橋本ら2015, 2017)。主催者による殺ダニ剤散布の検討と参加者個人による予防(最右列参照)の併用等の対策が考えられる。

[ 情報提供 ]

①専門家向け:医療関係者向け診療の手引き(SFTS等)が作成・配布されている。

②一般向け:各機関のホームページやリーフレット、動画配信、シンポジウムの開催等よる普及啓発が行われている。

[ 治療法等の普及・開発 ]

①日本紅斑熱・ツツガムシ病:リケッチア症*には、テトラサイクリン系の抗菌薬が第一選択となる(国立感染症研究所 2020)。*リッチケア科に属する病原体による感染症。ダニ媒介感染症ではこの2種による感染例が多い。

②SFTS:特異的な治療方法は現在までのところ確立されておらず、対症療法が基本となっている。SFTSに対する特異的な治療薬は開発途上の段階であり、ウイルスの細胞への侵入を阻害できるような抗体製剤の開発やウイルスの増殖を阻害できる合成化合物などの効果も検討されている。(以上国立感染症研究所2016より引用)

[ 感染症サーベイランス ]

感染症サーベイランス(発生動向調査)とは、法律に基づき、感染症の発生情報の正確な把握と分析、その結果の国民や医療関係者への迅速な提供・公開を行うもので、適切な感染症対策を立案する為に行われている。ダニ媒介感染症のうち日本紅斑熱やSFTS、ツツガムシ病などは四類感染症に指定され、直ちに保健所へ届出を行う事が定められている(厚生労働省参照2021年6月14日)。

予防対策は、ダニ媒介脳炎ワクチン(日本では未承認)以外はダニ類の刺咬防除が基本となる。

[ 入山時や農作業でのダニ対策 ]

野山に入る前後で下記の対策を行う。

①衣服による防護:野外では、腕・足・首など肌の露出が少な い服装にしてダニの刺咬を防ぐ。明るい色の服を着るとダニ を目視で確認しやすい。

②忌避剤の使用:衣類上からダニ忌避剤(ディート、イカリジ ンの2種類がある)を散布。忌避剤の有効性が確認されてお り(Ogawa et al. 2016)付着数は減少するが、完全に防ぐわ けではない為、様々な防護手段と組合せて対策を取る。

③衣服のダニ除去:ガムテープを使って服に付いたダニを取り 除き、上着や作業着は家の中に持ち込まない。屋外活動後は、 入浴時等にダニ付着を確認する。

④ダニ刺咬時の措置:無理に引き抜こうとせず、医療機関(皮 膚科など)で処置(ダニの抜去、洗浄など)を受ける。咬ま れた後は、数週間程度は体調変化に注意し、発熱等の症状が 認められた場合は医療機関で診察を受ける。
(厚生労働省(2017)及び国立感染症研究所(2019))

[ 身近な動物への注意 ]

アライグマのSFTS抗体保有率が上昇している地域(SFTS患者も発生)や、飼育犬のSFTS抗体保有とSFTS患者の発生地域の一致などの研究成果(前田ら2016)が報告されており、外来哺乳類や飼育動物(犬、猫等)など身近な動物への注意も必要である。

コスト
高(野生動物管理は継続が必要でコストを要する)
低(普及啓発)~高(治療法等の開発)
所要期間
現在~
(野生動物管理や横断的な連携は時間を要する)
現在~(長期的な取組が必要)
現在~(長期的な取組が必要)

適応策の進め方

【現時点の考え方】
気候変動との関連は不明であるが、ダニ等により媒介される感染症(日本紅斑熱やSFTS等)の全国的な報告件数の増加や発生地域の拡大が確認されている(環境省2020)。我が国において、ダニ媒介感染症のリスクは身近なものであるにもかかわらず、病原体感染を予防するヒト用ワクチンは、ダニ媒介脳炎ワクチン以外に日本では上市されておらず(川端ら2019、日本では未承認) 、個々の防御(ダニ忌避薬の使用や着衣の工夫など)を基本として、殺虫剤も必要に応じて使用を検討する(橋本ら2015, 2017)事が考えられる。また、診療の手引きの作成・配布等も行われながら医療の現場で治療が行われている。

【気候変動を考慮した考え方・準備・計画】
気温の上昇や積雪量の減少などによりニホンジカやイノシシの生息適地は拡大すると予測されている。野生動物由来の人獣共通感染症に対して生態学的アプローチを進めてゆくためには、どのような生態系管理が予防を可能にするのかを明らかにする必要がある(岡部ら2020より引用) 。病原体、ヒト、動物という生物学的な対象だけでなく、人の居住域から野生動物生息域までの生態系の連続性を含めた生態学的なスケールを拡大、融合させた学際的な衛生動物学研究の取り組みが必須であると考える(岡部ら2020より引用) 。

2022年3月初版

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