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イラストで分かりやすい適応策
気候変動の影響と適応策

水系・食品媒介性感染症*

健康分野 | 感染症

*ここでは、水や食物などの媒介物をとおして発生する感染症リスク(環境省2020)を取り扱う。水道の衛生管理については「国民生活・都市生活分野|都市インフラ、ライフライン|水道、交通等」参照。

影響の要因

海水温や淡水温の上昇は、海水中や淡水中の細菌類を増加させる。また気温の上昇は、食品の細菌増殖につながる。

現在の状況と将来予測

近年、温暖で閉鎖性の高い汽水域に多く分布するビブリオ・バルニフィカス菌による感染症が、九州地方で比較的多く報告されている(大石他2006、右図参照)。従来はほとんど見られなかった北海道や東北地方での感染がおこっており、北限が北上しているとの報告もある(気候変動の影響観測・監視の推進に向けた検討チーム2020)。また、海水表面温度の上昇により、夏季に海産魚介類に付着する腸炎ビブリオ菌数が増加する傾向が日本各地で報告されている。

一方、感染性胃腸炎の患者数は、気温上昇に伴い減少する可能性が指摘されている(Onozuka et al. 2019)。これは、感染性胃腸炎の大部分がノロウイルスやロタウイルス等のウイルスによるものであり、これらのウイルスによる感染性胃腸炎が主に気温が低い冬季に発生するためである。

ビブリオ・バルニフィカス感染症の都道府県別発生件数(1975~2005年)
ビブリオ・バルニフィカス感染症の都道府県別発生件数
(1975~2005年)
出典:大石浩隆他 感染症誌80: 680-689, 2006

適応策

日本では衛生的な社会環境が整備されており、気候変動下でも引き続き食品衛生管理の遵守や、個人での感染症予防に努めると共に、感染症の発生状況に応じた適切な体制構築や対策を継続・実施する事が重要となる。

分類
食品衛生管理(例:水産物の場合)
感染予防
監視・情報収集
リスク評価
方法
[ 海域での水質観測 ]

水産利用に必要な水質を定めた「水産用水基準(日本水産資源保護協会 2018)」や、食品別の規格基準では生食用かきの海水基準(厚生労働省 参照2021年12月9日)が示されている。各地の公設研究機関においては水質を含む漁場環境のモニタリングが実施されており、今後も基準の遵守や、水質変化を検出できる体制を維持する事が重要であると考えられる。

[ 食品衛生法等に基づく衛生管理 ]

「食品衛生法」は飲食による健康被害の発生を防止するための法律(厚生労働省 参照2021年12月6日)であり、この法律に基づいた食品衛生管理が食品媒介感染症対策の基本となる。平成30年に食品衛生法等の一部を改正する法律が公布され、「大規模又は広域におよぶ「食中毒」への対策の強化」や、「HACCP(ハサップ)*に沿った衛生管理」の制度化等が示された。

*HACCP:食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法(厚生労働省 参照2021年12月8日より引用)。

HACCPに沿った衛生管理の実施

水産物に関しては、腸炎ビブリオ**など有害な微生物による食中毒を防ぐ対策も含む「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」が作成されており、「卸売業」「仲卸業」「小売業」の業種ごと(公益財団法人食品等流通合理化促進機構 2020)や、「魚介類競り売り営業」向け(全国漁業協同組合連合会 2020)に詳細が示されている。

**食品別の規格基準において、生食用鮮魚介類や生食用かき等の腸炎ビブリオ規格基準(成分規格、加工基準、保存基準)も示されており(厚生労働省 参照2021年12月9日)、腸炎ビブリオ食中毒発生件数は減少傾向にある(大阪健康安全基盤研究所 参照2021年12月9日)。

一般的に言われている手洗い、調理器具を清潔に保つ、食品の低温保存(細菌の増殖を防ぐ)、食品の加熱処理(細菌やウイルスを死滅させる)を日頃から丁寧に行う。

[ ハイリスクの方の予防 ]
(ビブリオ・バルニフィカス)

ビブリオ・バルニフィカスによる感染症は、健常者が重症になる事はほとんどないが、肝臓疾患、免疫力の低下などを基礎疾患として持つ方や貧血の治療で鉄剤を内服している方が、夏場の海産魚介類の生食により発症しやすい。

・特に夏場における海産魚介類の生食は避け、適切に加熱調理したものを摂取する(食品の中心温度が70℃で1分間(100℃であれば数秒間)加熱すれば死滅)。

・手足に傷のある人は6月~10月に海水に入らないことにより予防する。
(以上厚生労働省 最終更新日2016年11月9日より引用)

[ 監視体制の継続・強化 ]

気候変動による水系・食品媒介性感染症への影響予測・評価については、現状不確実性を伴う。気候変動の影響観測・監視の推進に向けた検討チーム (2021)では「感染症における課題解決に向けた戦略的な観測・監視のための方向性」として、「各自治体が必要時に適切な対応がとれるように監視体制を構築、継続していく必要がある」等の提案がされている。

[ 情報収集 ]

引き続き病原微生物検出情報(国立感染症研究所 参照2021年12月9日)や、感染症発生動向調査(厚生労働省 参照2021年12月10日)で情報共有を行い、病原微生物検出や感染症発生に変化が生じた場合に、各地の状況に応じて対応できる体制を維持する事が重要であると考えられる。

日本での先行研究報告から、気候変動による感染症の発生リスクは、疾病の種類や地域特性によって異なる可能性があることを示唆しており、今後様々な地域において将来予測モデルに基づく疾病ごとの発生リスクの評価が重要な課題であると考えられる(小野塚2020より引用)。現時点では定量的な予測評価が限られる事から、今後の科学的知見も踏まえながら、既に行われている公衆衛生対策や普及啓発の継続・改善を進め、リスクの低減を図る事が考えられる。

所要期間
現在~(既に取組まれ、長期的な継続が必要)
現在~(更なる強化・知見集積が望まれる)

適応策の進め方

【現時点の考え方】
外気温の変化に伴い、感染性胃腸炎などの感染症の発症リスク・流行パターンが変化する研究事例が示されており、影響の範囲は全国に及ぶ可能性があるが、現在の影響予測・評価については不確実性を伴う。

【気候変動を考慮した考え方・準備・計画】
気候変動による感染症の発生リスクは決して一律ではなく、疾病や様々な要因によって異なる可能性が指摘されている、今後は、様々な地域における感染症を対象として、気候変動による発生リスクや将来予測に関する研究を進めることが必要であるとともに、それぞれの地域における定量的なリスク評価に基づき、疾病別や地域の実情に合わせた気候変動緩和策・適応策の策定や公衆衛生対策の推進が重要であると考えられる。(以上小野塚2020より引用)

2022年3月初版

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