- インフォグラフィック
- イラストで分かりやすい適応策
高山帯
影響の要因
気候変動による気温の上昇、降水量や積雪の変化により生物季節等が変わり、そのことで花粉媒介昆虫の活動時期と開花時期のずれ(フェノロジカルミスマッチ)等がみられ、種分布の変化が生じている。
現在の状況と将来予測
現在、環境変化に伴う高山湿生植物群落の衰退、ハイマツやチシマザサ等の分布拡大による高山植生の生育場所の縮小、高山帯に侵入しているニホンジカ等の食害等による植生の衰退等に関する報告がみられる。
将来、高山帯における動植物の分布適域の変化や縮小、フェノロジカルミスマッチのリスクが高まる事が予測されている。
適応策
保全対象種が将来も存続可能な環境である退避地となりうる場所の保全や、気候変動以外の影響要因(登山者による過剰利用、ニホンジカ等による食害、ササの侵入等)への対応が適応策として挙げられる。適応策の実施前後にはモニタリングを行うと共に、その結果を反映させる順応的管理の手法を用いる。また種の絶滅や遺伝的多様性の損失を避けるための最終手段として、種子・DNA の保存、個体の栽培等による生息域外保全が考えられる。
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生息域外保全
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退避地でも保全できなくなった場合の最終手段として、地域個体群に固有の遺伝的多様性に配慮し保全する
観光利用は国立公園の重要な機能の一つである一方で、観光客が多い場所は踏みつけや盗掘、外来植物の非意図的持ち込み等のリスクが高くなると考えられ、保全対策を優先する場所と、観光利用を行う場所は分けることが望ましい。
・ニホンジカによる生態系への影響は、採食による植生改変を通じ、植生の更新阻害や土壌構造の変化をもたらし、間接的に鳥類や昆虫類等の他の生物群へと波及していく。特に高山帯のようなニホンジカの影響に脆弱な生態系では、短期間に深刻な影響が顕在化する。(以上環境省自然環境局2019より引用)一度破壊されてしまうと回復も難しい事から、予防原則に基づき早い段階で優先的に対策を講ずる必要がある。
・ライチョウへの捕食者対策(キツネ・テン)は既に進められており、その効果が報告されている。
雪解けの早期化や少雪化等により雪田草原におけるササの拡大が確認されており、ササの密生集団の形成は被圧による高山植生の種多様性減少をもたらすことから、ササへの対策が有効と考えられる。
山地稜線部の積雪環境等を踏まえ、分布予測や現地調査に基づき退避地(レフュージア)となりうる空間を把握する。
モニタリングにより地域ごとの現状や分布変化等を把握する事が全ての対策の基礎となる。モニタリングにより影響が懸念される場合は、不可逆的な影響の発生を考慮し、予防原則に基づき早い影響段階から対策を講ずる必要がある。また、モニタリング結果を評価し、その内容を管理計画に反映する順応的管理を行う事が重要である。
山岳生態系では個体群が山域毎に極度に分断化されている事例も多く、移植や播種による個体群維持を導入する際には、地域個体群に固有の遺伝的多様度についての検討も必要(工藤2014b)との指摘がある。
将来の分布予測結果に基づき、気候変動適応に係る対策を実施する場所の優先順位付けをする手法(保全と観光利用の両面を考慮し、優先的に行うべき場所を抽出)が示されている。
(国立環境研究所 2019)
・ニホンジカ等(高山植物への食害):防護柵(日光戦場ヶ原等)や捕獲(銃やわな)による対策がある。防護柵は避難場所として植生回復時の種子供給源となる機能もある。
・キツネ・テン:ライチョウをケージで保護し、キツネやテンに捕食される事を防ぐ取組みが行われている。
大雪山国立公園五色ヶ原での実験で、チシマザサの地上部を年一回根際より刈り取りを行った結果、5年後には高山植物が10数種見られるようになり植被率も大きく向上した(川合他 2014)との報告がある。
退避地として重要な場所や脆弱性が高いと思われる場所については、可能な限り人為的影響から遠ざけるなどの形で保全を図ることが重要と思われる(大丸他 2014より引用)。
・環境省モニタリングサイト1000事業の高山帯調査で、現在6箇所の調査サイトが設定されている。
・全国29か所の山岳域で自動撮影カメラによる観測が継続されており、ライブカメラ画像がインターネット上で公開されている(小熊他2019)。
生息域外保全には複数の課題があるが、比較的標高が高い地域にある植物園では多くの高山植物の栽培に成功している植物園などもある(石田2017)。
適応策の進め方
【現時点の考え方】
森林帯の上昇により高山帯の面積は減少し、より低地性の生物が侵入し、高山生態系に固有の生物相は絶滅の危険性が高まりつつあることは多くの山岳地域で報告されている(工藤 2014a)。山岳自然公園や生態系保全地域における生態系監視体制の必要性はますます高まり、適切かつ効果的な生態系保全手法の適用が求められる(工藤 2014b)。
【気候変動を考慮した考え方】
国立・国定公園において、気候変動に対する順応性の高い健全な生態系の保全と回復を図るという観点から、生態系維持回復事業等をより一層活用し、ニホンジカ対策等の取組を更に進めていくことや、公園の指定区域や地種区分の変更に際して考慮することとともに、「国立公園等の保護区における気候変動への適応策検討の手引き」を参照しつつ、必要に応じて、将来の動植物の分布変化や景観変化の予測、保全と利用両方の面からの適応オプションの検討、気候変動への適応に配慮した保全や利用に関する計画の策定、順応的管理等の実施についても検討する必要がある(環境省自然公園制度のあり方検討会 2020より引用)。
【気候変動を考慮した準備・計画】
気候変動に対する山岳生態系の影響を総合的に把握するには、景観、群集、個体群、遺伝子といったスケール横断的な監視システムの構築が必要となる(工藤 2014b)。立地環境、生物相、遺伝的組成のいずれにおいても極めて地域性に富む山岳生態系においては、山域単位での保全管理政策が重要である(工藤 2014b)。