大学の研究室で思い描いた研究の社会実装
—SPACECOOL末光さんと熱を光に変える放射冷却素材

COP28では、ジャパン・パビリオンにて、気候変動対策を可能にする日本の製品やサービスを紹介するブースが出展されます。今回COP28でセミナーを開催するアジア太平洋気候変動適応研究室(通称AP-PLATチーム)が、適応に関する製品を提供する日本企業の取組についてお話をお伺いしました。今回は、熱を光に変える放射冷却素材を開発し、世界の暑熱問題を解決しようとしているSPACECOOL株式会社CTO末光真大さんを訪ねました。

SPACECOOLさんは、昨年のCOP27で出展されていた時に初めてお会いして、その時に大阪ガス発のスタートアップだとお伺いしました。

はい、その通りです。僕も大阪ガスの社員でもあり、社内で光工学(フォトニクス)の研究の事業化をするために、6個くらい事業アイディアを立ち上げたのですが、その中で一番うまくいったアイディアがSPACECOOLの提供する新素材でした。

次々と事業を創出するシリアルアントレプレナーみたいですね。光工学との出会いは何だったのでしょう。

実は僕、入社して1年目に新規事業テーマ創出に関与したいと会社と交渉しまして、2年目から大阪ガスとして新たな研究分野である光工学分野の研究開発の立ち上げを行い、その中で京都大学の光工学の研究室で修行することになったのがきっかけです。

研究から何か社会にインパクトを与えられるような事業化に挑戦されたかったということですね。

はい。就職活動の時に母校に大阪ガスの方が特任教授として来られていて、大阪ガスは日本で初めてオープン・イノベーションを成功させた日本企業だという話を聞きました。ずっと研究の社会実装がしたいと思っていた僕は、「ここだ!」と思って入社しました。その想いは失われることなく大阪ガス入社後も新規技術の事業化をずっと志してきました。2年目から光工学の立ち上げを行いましたが、その際共同研究をさせていただいた先が光工学分野の世界的権威である京都大学の野田進教授の研究室でした。もともと違う分野を研究していたので、そこからは必死に勉強、深夜の研究室でひたすら実験する日々でした。

野田先生の研究室で携わったプロジェクトの一つでは、熱エネルギーを太陽電池が効率よく発電できる波長の光に変換することに初めて成功させたそうですね。京都大学との共同研究やその後の大阪ガスでの事業化などを社内で実現させてきた末光さん。イノベーション精神と情熱を持ち合わせた大阪ガスと、何よりも末光さんのひたむきな努力が結実し、最後は社内ベンチャーとしてSPACECOOOLを団結して立ち上げるところまでみんなで漕ぎ着けられたのだと推測します。

人間の体は発光している

光工学とはどういう研究分野なのでしょうか?

簡単に言えば、熱から発生する光を自在にコントロールしよう、というのが光工学です。

熱から発生する光?

難しく聞こえるかもしれませんが、実はとても身近な現象です。サーモグラフィで、人の体温を見ることができますよね。あれは私たちの体の熱が光に変わっているものを、赤外線カメラで捉えているから見ることができます。電球も同じで、熱が光に変わって空間を照らしています。

人の身体も光っているということですね。

まさにその通りです。

私たちの肉眼で見えている光って、実はほんの一部なんですよね。私たちの目で見ることができない光も含め、あらゆる種類の光を人間の手で制御して、様々なものに応用していくのが光工学ですね。

はい。よくアニメでレーザー光線がビューッと真っ直ぐ飛ぶことがありますよね。あれって実はすごいことなんです。本来光って、あんなふうに真っ直ぐ飛んでいかなくて、広がって分散してしまう。それを何重にもレンズなどをかませて、なんとか制御していたところを、僕が師事した京都大学の野田先生は、とても小さなデバイス一つで真っ直ぐ飛ばすことを可能にしました。産業構造をガラッと変える可能性がある技術として高く評価されています。

今回SPACECOOLで事業化した放射冷却の原理を利用した新素材も、熱から変換された光を制御することで、物を冷やすことができるという、まさに光工学を応用したものですよね。京都大学で光工学を極めた末光さんだからこそ開発することができたのですね。

フォトニクスから生まれた熱を宇宙に帰す画期的な冷却素材

SPACECOOLフィルム(白・銀)

SPACECOOLの新素材の原理でもある放射冷却とはどういう現象でしょうか。

放射冷却現象とは、地球がもともと持つ自然現象です。地球は太陽光によって暖められた熱を赤外線の形で宇宙に放出しています。なぜそういう現象が起こるかというと、熱は熱いところから冷たいところに移動するという法則があります。宇宙空間の温度は約-270度なので、地表で跳ね返された光は宇宙に帰っていくんです。ただ、その途中で、雲や温室効果ガスなどに邪魔されて地球に留まる光もあります。宇宙から入ってきた太陽光より、帰っていく光の量が少ないと地球は温まるし、帰っていく光の量が多いと地球は冷える。単純にいうとそういう仕組みです。

地球はどうやって宇宙に熱を捨てているのでしょう?

宇宙空間までの帰り道にある様々な障害を潜り抜けて、無事に帰っていくことのできる光の波長というのがあるんです(通称「大気の窓」)。SPACECOOLの新素材は、素材が受け取った熱を、宇宙に帰っていくことができる波長帯の光に変換し、宇宙空間に放出することができるという仕組みです。

SPACECOOLの製品は取り込んだ熱の多くを光として宇宙に放出できるから、物を冷やすことができるんですね。

SPACECOOLの特長

SPACECOOLの新素材を使用すると、実際どのくらい気温を下げることができるのでしょう。

現在SPACECOOLでは、分電盤(施設内の各エリアに電気を分配する設備)に貼る用途でよく用いていただいております。分電盤は非常に熱くなりやすい上にこうした機器は暑さに弱いです。最近の夏の暑さでは、分電盤の温度が50℃以上になることもあり、暑さのためにエレベーターが止まってしまったり、機器が故障してしまったりすることもあります。しかし、我々の素材を貼ると、50℃以上だった分電盤の温度を40℃以下に下げることができます。

COOL分電盤

SPACECOOLを貼っていない通常の分電盤(左)と貼った分電盤(右)の温度比較

分電盤はオフィスビルや商業施設には欠かせない設備なので、暑さが深刻化する中、世界中で需要がありそうな製品ですね。

まさに日本だけでなく世界中で起こっている温暖化への適応策として活用いただけます。例えば昨年イギリスに記録的な熱波が襲ったときに、グーグルとオラクルのデータセンターで冷却システムが故障し、機能が停止してしまった。こうした大がかりな機械はどうしても熱が発生するけれども暑さに弱い。インフラを気候変動に適応させる技術やサービスというのは、今後ますます需要が拡大していくのではないかと期待しています。

その他にはどのような用途がありますか。

暑い夏でも商品を無事に保管して運べるように、トラックのコンテナに素材を貼ることもできます。また、この素材を使ったテントは、夏場でも中の気温が上がりにくく、災害時の避難所等でも活用できるのではないかと思っています。

SPACECOOLのテント。中は通常のテントより気温も低く、空気もさらっとしていて快適

COP28は”COOL COP?” 世界が切実に求める気候にレジリエントな暑熱対策

夏場のドライバーの安全と製品の品質を守るSPACECOOLのトラック(実証実験段階)

今年の夏は世界中で記録的な暑さを更新しました。COP28の議長国であるアラブ首長国連邦は、今回のCOPで、世界が温暖化するにつれ、ますます欠かせないものとなる冷房を大きく取り上げることを発表し、環境負荷の低い冷房システムへの移行を誓約するGlobal Cooling Pledgeを発表しました。SPACECOOLの製品も大きく貢献できそうですね。

はい。こちらの製品は温室効果ガスを排出しないどころか、ゼロエネルギーで室内を冷やすことが可能です。暑さで深刻な被害を受けている世界中の人々の役に立つことができたらと思っています。

これから海外での取引も増えていきそうですか。

はい、海外からのお問い合わせもいただいています。PwC Middle Eastが立ち上げたPwC Net Zero Future50 – Middle Eastイニシアティブでは、中東地域の気候変動の緩和と適応戦略にインパクトを与えるスタートアップ50社の中に選ばれました。また、EUでは、受動放射冷却 (PRC) 材料の標準化を目指す共同研究プロジェクトにお声がけいただき、SPACECOOLの素材も試験しながら、放射冷却素材の特性や性能を評価するための規格標準化に貢献していきます。これによって、さらに放射冷却素材に世界からの注目が集まり、導入が進むのではないかと期待しています。

国内外から注目の集まるSPACECOOLの新素材。取材後にも、この記事でも紹介されているCOOL分電盤が、令和5年度気候変動アクション環境大臣表彰の大賞を共同受賞したことが発表されました。日本発の放射冷却素材が、世界で気候変動への適応のソリューションになることを期待したいです。SPACECOOLの皆さん、有難うございました。

(最終更新日:2023年12月6日)

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