Staff interview #39
吉田 有紀(YOSHIDA Yuki)

アメリカの大学時代は心理学と環境学のダブルメジャーだったとのことですが、なぜそのふたつの分野を選んだのでしょうか?
さかのぼれば、子どものころから動物好きだったんです。「動物園にいる動物は、本来どんなところで暮らしているのか」「もとの生息地域はどのような環境なのか」という疑問から自ずと環境問題や自然に関心が生まれ、それらに対して人間がどのように影響を及ぼしているのか…というところまで興味が派生していきました。
一方、心理学については高校時代に初めて受けた「仏教心理学」という講義が純粋に面白かったことと、高校で、他の生徒のメンタルヘルスを気遣うピアカウンセラーに選ばれたことから、徐々に興味を持ち始めました。
たとえば「人は何を思って環境に影響を及ぼすような行動に至っているのか」というようなテーマから、心理学と環境学の両者にはつながりがありますね。
修士課程では、自然資源学というまた新たな分野を専攻されていますね。
はい。心理学の流れで、私の研究テーマは学問でいえば社会学の分野に入るかもしれません。
学部の大学はバーモント州という、アメリカ国内でもプログレッシブな地域にあったので、しばしば「気候変動を信じない人たちがいることが問題だ」といった話が議論になっていました。しかし、修士課程で住んだイリノイ州はアメリカ中西部に位置し、まったくの異文化地域です。シカゴという街が有名な州ですが、それ以外は畑が広がっており、トウモロコシやダイズが生産されています。
私は生産者の心理や自然観から、「彼らがどのようなことを考えているのか」といった、人間的側面にフォーカスした研究を行っていました。この人たちはアンチ自然・アンチ科学だろう、という先入観のもと聞き込み調査を行ったのですが、それに反して、自分の住む土地の話になると「土地を守りたい」という気持ちがとても強かったのです。こちらが「環境」という言葉を出すと、彼らは周りから環境汚染の一端を担っていると思われているので「お前もそんなことを言いにきたのか?」と否定的な目で見られます。実際に採用している農法のインパクトはかなり環境にネガティブなものが多いのですが、彼らのメンタリティとして環境への責任感が薄いということは決してなく、それはとても意外な結果でした。
その後帰国し、東京大学でサスティナビリティ学の博士号を取得されています。具体的にどのような研究をされていたのでしょうか?
世界農業遺産にも指定されている新潟県の佐渡島をフィールドに、この豊かな環境や人間社会は経済指標的に見るとどうなっているのか、ということを見ていきました。自然環境や人の健康状態、教育水準といった目に見えないものも資本として測る「包括的富(Inclusive Wealth)」という指標を使って、それがどのように変化しているのか、地域レベルで推測しました。
その結果、経済的な指標の限界を感じ、ではどのように補完するのかといったことを、フィールド調査やアンケート調査で明らかにしていきました。
私が焦点をおいたのは人と人とのつながりと、土地への愛着です。非物質的な自然と人とのつながりの実態に経済的な指標を組み合わせて、現地の人がどのように自然の恩恵を受けているのかなどを見ていきました。
お仕事については、修士時代から研究と並行して行われていましたよね。
そうです。大学院生として就学しながら、学部の講義や、研究室のアシスタントとして働いていました。
帰国後はNPOであるGlobal Diversity Foundationで、佐渡島と同じく世界農業遺産である能登半島にて農業文化自然保全活動について聞き取り調査を行ったり、環境省地球局国際連携課で事務職や翻訳などの仕事を経験しました。
博士号をとったあとは、東京大学アジア生物資源環境研究センターの特任研究員として、環境材料設計学の分野で研究を行っていました。木材の社会的価値を、金銭だけではなく炭素貯蔵などの観点から評価したり、ポテンシャルを検証したりする研究です。
その後は東京大学総括プロジェクト機構『プラチナ社会』で、モチベーションを含めた健康に関する人々の行動の変容について研究し、広島大学に移ってからは人間社会科学研究科の助教として講義をしながら、プラチナ社会で行っていた研究を継続するなどして、2年勤務しました。
CCCAに移ったきっかけはなんだったのでしょうか?
東京大学時代の恩師に「面白そうな職場があるよ」と教えていただいたのがきっかけです。正直なところ、これまで気候変動をテーマとして掲げたことはあまりなかったのですが、行政支援なども行っている活発な組織だという点や、国際的に活動する部署に惹かれました。
現在の主な業務は、AP-PLAT(アジア太平洋気候変動適応情報プラットフォーム)のサポートと研究です。AP-PLATについては、政策決定者や適応の責任者に向けた情報発信を行う上での戦略を立てています。
後者に関しては、健康に関する人々の行動変容についても継続しつつ、行動変容に社会変容を重ねたり、アジア太平洋ということでもう少し地域に根付いた活動をするべく、東京大学時代の留学生の友達の話を聞かせてもらったりと、新たな活動を温めているところです。
また、自然に関する価値観と社会変革をテーマにした研究も行っています。個人主義の世の中では、たとえば先住民族がいた時代から存在する自然観や、昔からある人と自然との関わりなどがないがしろにされてしている印象がありますが、それらをどうすくい取っていくのか。かつ、その価値観の多様性をどう捉え、自然と共生していけるような価値観に変革していけるのか。そして社会変容というものはどういう枠組みで起こっていて、私たちが求める持続可能な将来像に至るにはそれをどう変えていけばいいのか…これはIPBESという国際組織に関連して進めている活動ですが、さまざまな文献やバックグラウンドを包括しながら考えています。
非常に多岐にわたる研究にこれまで携わってきて、ご自身の興味や価値観の変化などはありましたか?
最初は動物が好きという気持ちからスタートしていますから、自然を破壊する人間が悪で、動物たちが被害を被っているという単純化したイメージで捉えてしまっていた時期もありましたが、一人ひとりはそれを意識して行動していたわけではないですよね。純粋に自然に対して関心がないせいで流れに乗ってしまったり、社会的な仕組みとして見落としてしまったり。人間社会にもさまざまな立場の人がいますから、人の見方が昔と比べて複雑化しているのかもしれません。
人の価値観などを研究している人を見ても、もともとは生物学者だった人が多いです。自然が好きで研究をしていたけれど、突き詰めるとやはり「人間のことをもっと見なくてはいけない」というところにたどり着く。それは共通認識としてあります。

特に研究に関して、どのようなところにやりがいを感じていますか?
自分が感じたことや思っていることを、研究を通して試したり確かめたりして、納得いった結果を人と共有できることにやりがいを感じます。研究仲間だけでなく、広く一般の人にも伝わるとうれしいですね。
たとえば研究テーマとして取り上げている環境問題における価値観の重要性については、近年注目され始めていますが、それでもまだピンとこなかったりないがしろにされてしまったりすることが多いです。もう少しその大切さをみんなに知ってもらえたら。あるいは、それを通して何かしらの変化につなげることができたらと思います。
今後の目標はありますか?
いまは、目の前のことをできる限り精一杯務めるのが目標です。これまで自分の時間は自分のものでしたが、子どもが産まれて、子育ての時間をがんばってつくらなければいけなくなったので、優先順位をつけてワークライフバランスを見ながらやっていきたいです。
時間のないなか、自分自身に対する大切さ、「これをやりたい」という気持ち、「やらなければならない」という使命感なども熟してきているので、それも併せてうまく時間を活用して、なにか世の中に還元していけるといいなと思います。