Staff interview #38
天沼 絵理(AMANUMA Eri)

気候変動適応センター 准特別研究員。鹿児島県種子島出身。筑波大学で国際開発学を専攻し、卒業後林業会社で営業職に従事。退職後、東京大学大学院で農学修士を取得し、現在は、同大学院 新領域創成科学研究科 博士課程に在籍しながら、気候変動適応センターでイベント開催・ツール開発の準備などの研究補助のほか、自身の適応策の比較に関する研究を行っている。

大学時代は国際政治について学び、大学院で農学に転向されていますが、どのような心境の変化があったのでしょうか?

中高時代に、歴史の授業などでいま起きている戦争などを題材に、これから私たちはどうあるべきかを考えたり、青年海外協力隊員の講演を聞いたりしたことがありました。それがきっかけで平和構築や国際協力に興味を持ったのです。そのうちに青年海外協力隊を目指すようになり、大学で国際政治系の学部を選びました。

しかし学べば学ぶほど「自分自身が国際政治や人々の争いに直接介入するのは難しい」と思うようになり、3年生で環境経済のゼミを選択。空気や水、緑など、人類の共有資源をどうすれば最適に配分していけるかということを学びました。

平和構築に携わりたいという元々の気持ちは変わらず、唯一人類が自ら作り出すことができる資源として、森林資源に興味がありました。森林を始めとした資源管理に介入することで目指せる平和構築があるのではないかと感じ、農学系に転向しました。

卒業後は林業の会社に就職されていますが、どのような業務を担当されていたのでしょうか?

木造注文住宅の営業です。本当は森林管理の部署へ行きたかったのですが、大学時代に専門的な勉強をしていなかったので、営業を約6年続けました。注文住宅に携わる仕事は顧客の喜ぶ姿を直接見ることができ、とてもやりがいがあったのですが、そのうちにやはり、森林管理の知識やスキルを身につけたいと思い、退職して修士課程に進みました。

修士のときに行っていたのは、マクロな視点で、衛星画像から森林の量(バイオマス量)を推定する研究です。これは気候変動緩和の分野になりますが、二酸化炭素の排出量や吸収量を計算するときは、まず森林の量がどのくらいあるかを把握しなければなりません。森林が多ければ、それだけ二酸化炭素を吸収しているということになります。しかし1本1本現地で数えることは難しいので、衛星画像などを使って計算をするのです。

当時私は、マレーシアのボルネオ島サバ州奥地の森林の量を計算していました。「地球の肺」とも呼ばれるボルネオ島では森林管理は重要なテーマです。また世界の途上国においてもモニタリングなど、解析環境が整っていないことも多いので、森林量の把握がきちんとされていないという問題もあります。しかし、できる限り精度を高めて二酸化炭素吸収量を測ることが望ましいとされるため、その目的の達成につながるよう研究をしていました。

現在は大学院の博士課程に在籍しながら、気候変動適応センターに勤務されていますが、この仕事に携わることになったきっかけを教えてください。

私が適応に深く関わったのは修士のときです。授業の一環であったルソン島北部のフィールドワークで、フィリピン人農家さんに気候変動影響による被害や現在行っている適応策についてインタビューを行ったり、アルバイトで適応策に対する人々の認識の研究に携わったりしたことで、「適応は今後研究を深めていかなければならない重要な分野だ」と強く思いました。自分が博士課程に進学するのであれば、このまま森林管理のテクニカルな研究を続けるという道もありましたが、適応の研究を進めたいという気持ちも強くなっていったのです。

そこで修了後は気候変動適応センターに応募し、1年ほど働きながらテーマを検討し、博士課程に進んで適応の研究を本格的に始めたという流れです。

気候変動適応センター内での業務と、現在のご自身の研究内容について教えてください。

気候変動適応センターでは、イベント開催やツール開発に携わったり、A-PLAT一部記事の英訳・和訳作業といった業務・研究補助を行ったりしながら、自分の研究も進めています。

研究内容は、自治体など各主体が複数の適応策候補からある適応策を選択する際に、どの策が効果的なのかを探るものです。科学的な選択方法を探求することで、意思決定者が適応策を決定しやすくなることを目指しています。たとえば農業のみかん栽培であれば、みかん農家さんが今作っているみかんをそのまま栽培し続けるべきか、それとも他の収益性が高い果物に変えていくべきか、検討する投資期間を短期から長期にするとどの選択をすれば農家さんの所得が最も高くなる可能性が高いのか、といった選択肢を比較検討する研究をしています。

このような意思決定の研究は適応だけでなく様々な分野で必要とされており、自分自身も広く挑戦していきたい気持ちはありますが、分野ごとに使う指標がかなり異なる上に、どれだけ実践的に活用できる結果を出せるかが現状の課題です。

ご自身の研究と並行しながらのお仕事は大変かと思いますが、やりがいはどんなところにありますか?

やはり、日本の適応推進に関わる業務や研究に携わることができるのは大きなやりがいですね。また研究者の方々が普段どのような考え方で研究や業務に取り組んでいるのか、そばで見ながら学べるのもありがたい環境です。上司以外の研究者の方から、直接アドバイスをいただくこともあります。

もともとは平和構築というものを軸に、環境分野に転向し、いまは適応という概念について研究をされていますが、これまでご自身のなかで大きな考え方や意識の変化はありましたか?

適応は平和構築を目指す手段としてとても重要なテーマだと思っています。それと同時に、適応は環境分野のなかでは特殊な領域だと思います。環境問題の一部ではあるのですが、基本的には自分、ひいては家族や身の回りの人たちがどう生きていくか、ということの追求ではないでしょうか。

適応には、人間の哲学のようなものを感じることがあります。これまで何十万年と人間は地球上で生きてきましたが、適応していなかったらここまで生きては来られなかったでしょう。

それを考えると、適応とは人類の永遠のテーマだと思うのです。そこに惹かれてこの研究を続けているという部分もあります。今後も人々がまだ経験していないような災害や気温を目の当たりにするはずで、それをいかに克服するかが課題です。

人間はこれまでも適応しながら生きてきましたが、今後は気候変動に対してその適応のスピードをもう少し早めていかなければならない。「国際政治や人々の争いに介入するのは難しい」と自然資源管理にシフトしたのですが、また人々を主体としたテーマに戻ってきました。人々の行動に介入することは非常に難しいですが、やはり平和構築を考える上では避けては通れないテーマです。

今後の目標について教えてください。

博士課程を修了するための研究に力を入れることと、修了後も適応と人々の意思決定支援というテーマに携わり続けることです。様々な人の意思決定や行動の参考になるような素材を提供できるような研究ができればと思っています。

むこう数十年のスパンで地球環境も大きく変化すると思います。何が起こるか予測のつかないところもありますが、できる限り人々がよりよく住み続けられる環境づくりに寄与したいです。

天沼さんの趣味は旅行と登山。大学を休学して、バックパッカーとして海外を旅したこともあるそうです。旅行というより、その土地に暮らす人々の生活を観察するのが好きなのだとか。適応という、世界共通のテーマを研究する天沼さん。人類の未来に大きく関わるこの研究が、大きく実を結ぶことを願っています!
取材日:2022年4月28日

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