湿原 注1)の保全・再生

掲載日 2023年10月20日
分野 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
地域名 全国

気候変動による影響と適応における位置づけ

日本の湿地生態系は、1950~60 年代の高度成長期に、農地開発など多くの人為的影響を直接的、間接的に強く受けており、温暖化の影響を検出しづらくなっている。そのため、現状では直接的に影響を論じた研究はない。

しかしながら、現存する湿地は全国的にも希少な生態系であり、既に多くの人為的影響が及んでいることを考えると、気候変動との複合的な影響を予知するために、モニタリング、研究等を進める必要がある。

今世紀末までに、すべての 気候シナリオにおいて、日本の平均土壌水分量が減少するとの IPCC(2013)による予測を考慮すると、日本全体の湿地面積の約 8割を占める北海道の湿地では大きな影響を受けると予想される。特に地下水位の低下に伴い好気的な環境が形成されると蓄積した有機物が分解され、有機物に固定されていた炭素が大気中に放出される可能性が強まる。

また、海岸域に分布する塩性湿地などは、海水面の上昇に伴い破壊される恐れもある。 (気候変動適応計画(2021、閣議決定)より抜粋・引用、一部CCCAにて改変)

注1)過湿のために植物遺体の分解が進まず形成される泥炭が堆積した土地である、泥炭地の上に発達した植生を湿原という。1)

取り組み

地下水位の回復等によって湿原を保全・再生し、洪水時の水量調整や湿地環境の創出、炭素固定等の機能を発揮させる。

排水路埋め戻し 湿原の流下能力向上や地下水位低下を目的として過去に整備された排水路を埋め戻すことにより、周辺の地下水位を回復させる2)
緩衝帯の設置 泥炭地と周辺の農地では適正な地下水位の高さが異なるため、泥炭地と農地の間に緩衝帯を設けることで、泥炭地の地下水位低下を抑制する3)
遮水堰の設置 湿原内の水路への堰の設置により地下水位を上げる4)

事例

釧路湿原の幌呂地区自然再生

未利用の排水路の埋め戻し、及び、地盤の切下げを実施することにより、地下水位を回復させ、湿原の再生を図っている2,5)

期待される効果等

泥炭地等の湿原が存在することで、洪水時などに下流へ流れる水の量を調整する機能を発揮する場合がある。日本の湿原では平均で2,958(t/ha)の年間水位変動があり、この変動量は水量調整として機能する。6)

適応策以外の分野において期待される効果については下表のとおり。

生物多様性 湿地環境の創出
湿地環境は生物多様性の保全の上で極めて重要な生態系であり、湿地特有の多様な動植物の生息・生育の場となる7,8)
緩和策 炭素固定
泥炭地には世界中の森林の貯蔵量の2倍近くの炭素(550Gt-C)の炭素が固定されている8)。日本の高層湿原(サロベツ)では、47.6gC/m2/年の炭素を蓄積しているとされている9)

緩和策とのシナジーを発揮するための留意点

湿原は二酸化炭素の吸収・蓄積源であるとともに、メタンや二酸化炭素等の温室効果ガスを大気中に放出している。湿原からのメタン放出メカニズムは未知の点が多く10)、湿原からの温室効果ガス排出と炭素固定機能のバランスによっては、緩和策にならない可能性がある。緩和策として実施する場合は事前に十分検討を行い、これらの収支を把握・評価する必要がある6)

水位、水質や動植物の調査を行い現況を把握したうえで適切な対策を検討し、対策後もモニタリングを行うことで結果を評価・検証し、取り組みの修正を行うことが重要。5)

ネイチャーポジティブ(脚注1)に貢献するための留意点

本対策の実施に当たり、気候変動への適応と生物多様性の保全を同時に実現するために必要な留意事項は以下のとおり。

  • 湿原生態系は複雑な結びつきで、湿原-河川-森林と広い範囲に関わりを持つため、対策を行う場合は流域全体での現状把握、評価を行う必要がある。5)
  • 残された自然の保全を優先し、過去に整備した排水路の対策等で水文環境を回復させ、自律的な自然の回復を目指すことが望ましい。5)
  • 水位、水質や動植物の調査を行い現況を把握したうえで適切な対策を検討し、長期的に具体的な目標を設定し、評価を行う。対策後のモニタリング結果を評価・検証し、取り組みの修正を行うことが重要。5)

脚注
脚注1)ネイチャーポジティブとは、 「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」 をいう。2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」において2030年までに達成すべき短期目標となっており、「自然再興」との和訳が充てられている。

出典・関連情報

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