Staff interview #02
向井 人史(MUKAI Hitoshi)

気候変動適応センター センター長。国立環境研究所(NIES)一筋で39年目。気候変動適応センター(CCCA)の準備委員を経て、2018年7月より現職。出身は徳島県。

環境に関する仕事に就いたきっかけを教えてください。

高校のときから、環境には興味がありましたね。特に大きな影響を受けたのは、“公害”の問題です。光化学スモッグなどの大気汚染はもちろん、胎児性水俣病(母親が食べた魚介類に含まれたメチル水銀が胎盤を通じて影響を及ぼし、おなかの中にいる赤ちゃんが水俣病になって生まれてきてしまう病気)も、わたしが生まれたときにはすでに問題になっていました。

「世の中はなんてテキトウなことで動いているんだろう?」と、若いながらに危機感を覚えていました。このまま世の中を信じつづけたらまずいぞ、という思いもあって、問題となっている化学製品を作り出したり、汚染に関係する「化学」が学べる大学へ入学しました。そこでは、化学だけでなく、環境をテーマにした研究もしており、バクテリアを使って高度な水処理を行う研究テーマを4年生の時に選びました。修士で大学を変わってからは、ワムシや微生物の自然生態系を使った有機排水の生物処理実験をしていました。この頃は、毎日顕微鏡を覗いてバクテリアを食べる虫の数を数えていましたね!

そして、大学卒業後に国立環境研究所(NIES)へ。気がつけば、39年目になりました。国立環境研究所に入ったきっかけですか? そうですね、環境の事をやりたいと思っていろいろ就職活動をしていましたらたまたま拾っていただけたということでしょうか(笑)。人生って、たまたまの連続だったりしますよね(笑)。

国立環境研究所(NIES)では、どのような仕事をされていたのですか?

「大気計測研究室」「環境化学部」「地球環境研究センター」というところにいたので、“地球化学”と呼ばれるジャンルに近い研究をしていました。地球の成り立ちはもちろん、「どうして今、地球がこうなっているのか?」まで、内容は多岐に渡ります。大気汚染、酸性雨からはじまり大気の微量成分がそもそもどうなっているのかを調べたりしつつ、自然界の炭素循環研究や地球温暖化問題そして適応と、徐々に広げてこれまでやってきた感じです

気候変動適応センター(CCCA)では、どのような仕事をされているのですか?

主に地域の人々や自治体に気候変動やそれ対する「適応」を知ってもらうための活動をしています。また、さらに国の方針を地方へつなげて地方自治体による適応策をより的確に進めていただくための触媒となることがわたしの重要な仕事だと思っています。

例えば、スウェーデンの環境活動家であるグレタさんは、シンプルにいうと「二酸化炭素を減らせばいいというのがわかっているのに、なぜ動かない?」と主張されていますよね。それに対し、“科学的根拠” を求めるのが行政です。
もちろん日本でも、長年「いかに二酸化炭素を減らすか」については議論されており、ここ20年くらいでずいぶんと前進したと思います。しかし、すでに目に見える形で環境への影響は出始めてしまっており、「緩和」(人間社会や自然の生態系が危機に陥らないために、実効性の高い温室効果ガス排出削減に取り組むこと)だけでは間に合わない状況です。これからは「適応」(緩和を実施しても気候変動の影響が避けられない場合、その影響に対処し、被害を回避・軽減していくこと)しなきゃいけない時代。両方を同時に進めていかなければなりません。

しかし、特に「適応」は新しい分野ということもあって、行政の進展のスピードはまだまだこれからという状態になっていると思っています。ガイドラインをつくるのは国の役割であっても、実際の仕事は地方自治体に任されているのが実情ですので、我々は、適宜必要な科学的な情報を提供して、なぜ適応を進める必要があるのかを示すことが、CCCAの使命です。

このとき、キーになるのが「地域気候変動適応センター」(以下、地域センター)です。情報収集の拠点となる、これらの機関を増やしていくのもわたしたちの仕事のひとつです。現在、25(2020年8月現在)の地域センターが立ち上がっていますが、東北地方、中国地方、九州地方はまだ少ないです。適応策というのは、地域によって課題が違うので、まだまだ支援する必要があると思っています。地域の情報交換や共同研究等、今以上に連携を充実させるのが理想です。

この仕事のやりがいはどんなことでしょうか?

わたしは、CCCAの人材を采配する立場におります。なんだか、ちょっとエラそうに聞こえてしまいますよね。ぜんぜん、そんなことはないんですけれども(笑)。

今、CCCAは、少しずつ人が増えているところです。ただ、実際にやらなければならないことも増えているので、徐々にバランスをとるのが難しくなってきています。ですから「どうやって、よりよい形で運営していくのか?」を考えることには、多少の苦労が生じます。だからこそ、やりがいも感じています。
といいながら、申し訳ないことにすべての人が今、何をやっているかを十分に把握しきれていないんです。ですから、ときどきふらっとセンター内を巡回しては、みなさんと話をするようにしています。「センター長、また来たよ〜」って思われるようになっちゃうかな?(笑)。

様々な研究を進めながら、全国から情報収集をすること。これは、わたしだけが一生懸命に動いても、然るべき成果に結び付けられることではありません。つまり、まだまだ仲間を増やす必要があると思っているんです。本来は「この分野の人を大募集!」というのがあって当然だと思うんですが、今のところ新しい人材は広く大歓迎しています。これまでどんな分野でやってきた人でも、環境に興味を持っている人ならば、ここにはきっと活躍の場があります。みなさんが楽しんで個性を発揮できる職場環境へ、どんどん整えていきたいですね。

これからの目標を教えてください。

まずは、地域の適応推進のキーとなる「地域気候変動適応センター」をもっともっと立ち上げることです。直近の目標は、全国の7割をカバーすること。それに伴って研究連携もしっかりさせていきたいです。最近、ようやくCCCA内に連絡会と研究会ができたんです。これらを活性化させて、ゆくゆくは学会になればいいと思っています。
CCCA自体が始まったばかりなので、「適応」という文脈ですでに専門的な研究を進めている人は正直多くないのですが、そこはまだまだこれから。やっぱり仲間を増やせば増やすほどいいのかな?と思っています。仲間募集中です!

地域の人々に、いかに興味を持っていただくかも重要になってきます。わたし自身、好奇心や探究心が旺盛なので「実際に体験してもらう」ことを意識しています。
わたしの研究室の前には、毎年WBGT(暑さ指数)測定器を置いています。実際に温度をチェックして、熱中症に関する意識を高めてもらうことも気候変動への興味関心に繋がるにちがいありません。また、毎年、夏に行われる国立環境研究所の『夏の大公開』(※2020年は開催延期)では、自転車発電生活の体験や海水の酸性化実験など、子どもから大人までが楽しめる体験型イベントを用意しています。

みなさん、「高温耐性米」というお米をご存知ですか? 高温耐性米とは、高温に強い品種を掛け合わせてつくられるお米です。わたしは、都内のアンテナショップを回ったり、地方出張のときにスーパーで探したり、高温耐性米をコレクションしています。今、ある種類の半分くらいは集めたでしょうか。
気候変動は農作物の生産量にも影響を与えます。北国では、まだ大きな問題にはなっていませんが、関東から西が中心となって県単位で研究が進められています。先日、愛媛の方から「ひめの凛」というお米を送っていただきました。また、新潟県には「新之助」という品種があり、高温でも育てやすいだけでなく、味にもこだわっているんです。新潟は米どころですから、危機管理意識が高いですよね。
どの県が開発している高温耐性米も非常に美味しいんですよ。でも、一般人は高温耐性米の存在を知りません。パッケージを見れば、わかるわけでもありません。だから、なかなか広まっていかないのかもしれませんが、各地域で苦労しながら開発したいわば技術の結晶なのですごくもったいないことですよね。まずは、CCCAにコレクションすることで「高温耐性米というのがあるんだ!」ということを身近なところから広めていきたいと思っています。

趣味はありますか?

最近は「蚊」に夢中です。全国の研究所をまわっている中で、ある感染研究所で「蚊」についての興味深い話を伺いました。デング熱を媒介することで知られるネッタイシマカやヒトスジシマカは、なんと田んぼにはいないらしいのです。
それならば、どこにいるかというと、人が住んでいる場所にある水たまり。なぜかはわかっていないらしいのですが、この話を機に蚊にとても興味が湧いてしまいました。どんなジャンルでも専門的な知識を持っている人に話を聞くのが大好きで、ついついたくさん質問してしまうんです。ついには蚊の同定(既存の分類体系のうちどこに属するかを突き止める行為)がしたくなり、顕微鏡まで買ってしまいましたね。

好奇心が強く、「何かおもしろいことはないかな?」「何がおもしろいのかな?」と、ふだんから常に考えています。お笑いも好きですし、謎をとくのも得意。刑事ドラマや時代劇もよく見ています。落ちている「笑い」は絶対に拾っていこうと思っています。(笑)

あとは、ウクレレ! ウクレレって、じゃらんじゃらんと指で弾けば、簡単に音が鳴るんですが、やり始めるとすごく奥が深いんです(笑)。国環研には5〜6人のウクレレ仲間がいて、よく集まって演奏しています。一人で弾くよりアンサンブルが楽しいんですよね。
「ここは上手いんだけど、ここは弾けない」とか、それぞれメンバーの個性もあるので、生かしながらひとつのものをつくっていく作業がいいんです。きっと、調整能力も鍛えられているんじゃないかと思っています(笑)。

国環研には、ほかにも音楽好きが多いので、音楽祭も開いています。わたしたちは「向井バンド」と勝手に名前をつけられているんですけれど(笑)、とてもゆるゆると活動しているウクレレチーム。こちらの仲間も大募集中ですよ!

国籍や性別、年齢を問わずに仲間を募集する、まさにダイバーシティー的思考でCCCAを牽引する向井センター長。「おもしろいこと」を追求する姿勢は、仕事でも、プライベートも変わらないのですね。向井センター長の新しい顔が垣間見られるインタビューになりました。ありがとうございました!
取材日:2020年7月29日

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