「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

Staff interview #08
西廣 淳(NISHIHIRO Jun)

気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 室長。2019年4月入所。専門は生態系を考慮した気候変動適応や、湿地の生物多様性保全・生態系修復。千葉県東庄町出身。趣味は田んぼ作業、尺八を吹くこと、レコードを聴くこと。

今までのご経歴を教えてください。

最初は生き物の進化に興味がありました。葉っぱの中や地下水など、地球上のあらゆるところに生き物が住んでいることが面白くて。さらに自然界にはびっくりするような仕組みがありますよね。よいタイミングで花が咲き、その形にあった虫が来て花粉を運んでくれる。この不思議で絶妙な生き物の世界は、環境の変化に応じて、より生き残りやすく、よりたくさん子どもを残せる性質のものが増え、適応進化した結果ですね。そんな生物の「適応」に興味を持ち、筑波大学大学院時代は花の形態の進化をテーマに生物学の研究をしていました。一日中花の前に座っているようなこともありましたね。

大学院修了後は建設省(現:国土交通省)の土木研究所に就職し、生物学の視点を入れた河川の環境保全に関わった後、東京大学農学部に保全生態学の助手として入りました。そこでは絶滅が危惧される生物の保全や自然再生の研究を行いました。東京大学を離れ、東邦大学の生命圏環境科学科で7年間勤務した後、2019年4月から国立環境研究所に勤務しています。今でも、両大学には客員教授として籍を置いていますし、5人の大学院生の研究指導をしています。

生き物の研究をしていると、人間と自然の関係におのずと目が向いていきます。かつて研究対象にしていた森が道路建設でなくなるところを目の当たりにすると、日々友達が失われていく寂しい感覚があるんですね。その一方で私たちの生活は道路や防災施設に依存して成り立っているわけで、そのバランスを意識しないわけにはいかず、生き物そのものから、人と自然の関係に関心が広がってきました。

いまの所属で取り組んでいる気候変動への「適応」も、まさに新しい人と自然の関係を考える課題です。今後、気候変動が進むにつれて、集中豪雨や夏の暑さなどはますます厳しくなると予測されています。それを食い止めるだけでなく、新しい変化に対して柔軟に対応できる社会をどのようにつくるかというテーマです。大学院生時代に取り組んでいた野生生物の環境への「適応」とは、内容はずいぶん違いますが、「環境の変化に上手く対応する仕組みを考える」という点では、共通した興味で研究しています。

気候変動適応センター(CCCA)では、どのような仕事をしているのですか?

今は気候変動影響観測研究室の室長を務めています。業務内容は先ほど申し上げた気候変動適応のための研究を進め、その成果を社会に伝えて形にしていくことです。気候変動に適応していくには、まず自然界にどんな変化が起き、それが人間社会にどんな影響をもたらしているかを知る必要があります。野生生物の減少などの変化には気候変動以外の要因も影響するので、きちんとデータ化・定量化して気候変動の影響を分析することが重要です。

一つの取組が、過去の文献や標本の記録の活用です。学術論文だけでなく、生き物好きのアマチュアの方が書いた報告書なども発掘し、精査した上でデータベースに統合していきます。高校の生物部が実施した植物調査なども大事な記録です。そういった埋もれがちなデータを拾い上げて統合していくと、たとえば日本全体で過去100年間にどれだけ水草が減ったか、そこに気候変化は影響しているか、などがわかってきます。

同時に「生態系を活かした気候変動適応」の研究も進めています。昨日もその野外調査に行ってきました。たとえば、昔は田んぼとして使っていたけれど、今の機械化した農業には向かず、放棄されている土地は結構あるんですね。そういう場所は「無駄な場所」と思われがちですが、上手に保全し管理すれば、将来の水害や水質悪化を防ぎ、生物の生活場所としても機能する可能性があるんです。そこで、その湿地は実際どのくらい役に立ちそうなのか現地で測定したり、コンピューター上で機能を定量評価する研究を、学生さんと一緒に進めています。

湿地は気候変動適応に役立つさまざまな機能をもちますが、その機能は、畔や水路の手入れによって高まります。そのような手入れの作業を、仕事をリタイアした世代の方々や、自然体験をお子さんにさせたいと思っているお母さんなど、たくさんの地域の人たちと一緒に実践しています。みなさん、参加の動機はいろいろです。「子どもと一緒にホタルが見られる環境を維持したい」という人や、昨今はコロナの影響で人が大勢集まるリスクを回避するため「オープンな自然のなかで魚をとったり泥んこ遊びをしたりしたい」と、田んぼ作業を始めた方もいます。実は私もお米づくりを始めました。変動の時代に生き残るための適応です (笑)

この仕事のやりがいはなんですか?

それまで「当たり前」と思っていたものが、そうでなくなる瞬間があるのが、一番楽しいですね。たとえば「効率が良い」というのは、当然すばらしいことだと思いがちです。しかし短期的に見れば効率が悪いやり方が、変化の大きい時代には力を発揮する場合があります。たとえばお米の生産だけを考えたら、特定の品種だけを広い範囲に植える農業は効率が良い。河川も排水という機能だけを考えたら、まっすぐでコンクリートで固めたような形は効率が良い。しかしこのようなやり方は、特定の条件が整えば大きな効力を発揮しますが、気象条件が大きく変動すると、まったく効力を発揮できなくなるような「脆さ」があります。また多様な動植物の暮らしや、ふるさとの風景など、評価しにくいけど重要なものが失われやすいという側面もあります。

変動の時代には、一見無駄なようにも見える多様な存在が、これまで以上に重要になると考えています。自然の仕組みを謙虚に学び、多様性を大事にすることは気候変動のカギになると思います。まだ直感のような段階ですが、それを論理的に突き詰めて考えたり、実践を通して検証したりするのは、ほんとうに楽しいです。

これからの目標を教えてください。

「気候変動適応は地域を元気にする」という仮説(?)を検証したいですね。いま一緒に地域の環境のために作業している方々、人生の先輩ですが、みなさんとてもお元気です(笑)。将来の変化に備えて多様性を大切にする社会は、マイノリティーや弱い立場の人も暮らしやすい社会にもつながるのではないでしょうか。わたしは生物学出身なので、どうしても生き物のことをベースにして物事を考えがちですが、社会科学、経済学、医学、心理学など、全然背景の違う分野と連携した議論や研究を進めたいですね。幸い環境研にはさまざまな分野の専門家がいて、かつオープンな雰囲気なので、多くの人と議論をしていきたいと思っています。

休耕田を農家さんに借りて、水の使い方を変えるなどしながら、無農薬のお米を育てていらっしゃるという西廣室長。ご自分で工夫して、楽しみながらチャレンジをしていらっしゃる様子が伝わってきました。来年は魚を飼って、田んぼを多機能にしたいのだとか。かつて見た田園風景が再現できる日も近いかもしれませんね。西廣室長、ありがとうございました!
取材日:2020年10月29日