「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

Staff interview #09
熊谷 直喜(KUMAGAI Naoki)

気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 研究員。2013年入所。研究対象は、造礁サンゴ群集や海藻藻場。気候変動に伴う生態系の変化観測、観測記録のデータベース化、生態系への気候変動影響の解明・将来予測などを行っている。神奈川県相模原市出身。趣味は生物観察のほか、史跡や遺跡、滝巡り、三線の演奏など。

今までのご経歴を教えてください。

自然豊かな町で生まれ育ち、田んぼの中を泳ぐ魚やカエル、昆虫など多様な生き物が好きだったことがきっかけで筑波大学の生物学科に進みました。ちょうど受験期に長崎県の諫早湾開拓が行われたことで最初は環境問題に興味を持って、何か貢献することができたら……と考えていたのですが、当時は生物系で環境問題を学べる大学を見つけられず、生物学科と物理学科のどちらを受験するか迷っていたんですね。それでいくつかの大学に問い合わせをしたら「生物が興味の中心ならばまずは生物学科に進んではどうか。後々必要だと思えば物理学なども学べばいい」とアドバイスをいただき、生物学科に進む決心をしたわけです。

神奈川県の内陸で育ったため、海の生き物については馴染みがなかったのですが、在学中、臨海実習で海洋生物に興味を持ちました。陸で周囲を見渡しても鳥や虫などの生き物が、群れでいるときを除いて視界に1〜2匹目に入る程度ですが、海は一瞥しただけでさまざまな生き物が目に入ってくる。カニ、エビ、ヤドカリ、ウニ、イソギンチャク……。岩の隙間にもみっしり貝がへばりついていてインパクトがあり「これはなんだ?」と何度も衝撃を受けました。図鑑でしか見たことのなかった生物がこんなに生きて目の前にいる、ということで、かなり純粋な気持ちに立ち返ったことを覚えています。それが切っ掛けとなり臨海実験所にある研究室で卒業研究から大学院時代を過ごし、週の半分は海に潜る生活をしていました。

博士号取得後は、1〜3年の任期で大学や環境系NPOなどの職を転々とし、2013年から国立環境研究所 生物・生態系環境センターの特別研究員として着任しました。2018年の末から気候変動適応センターの研究員として、主に温帯〜亜熱帯のサンゴや海藻藻場の生態系に関する野外調査・実験をしています。

お仕事の内容について、もう少し詳しく教えてください。

まずひとつは、海藻やサンゴのような浅い海の生態系の基盤になっている生物が、過去から現在にかけてどう変化しているかを調べています。海藻は、陸でいうところの森林に値するもの。大きく茶、赤、緑に分かれますが、そのなかでも特に大きく森のように生い茂る、茶色の海藻の分布について調べています。

サンゴは基本的に亜熱帯や熱帯、日本でいうと沖縄に多かったのですが、それが温暖化によって九州の西側から北、四国の太平洋側など、黒潮や対馬暖流のような暖かい流れに沿った温帯のほうで増え始めているのです。かたやもともと温帯で茂っていた茶色の海藻は、これらの暖かい流れにより、どんどん枯れ始めています。さらにその海流に乗って海藻を食べる魚がやってきて、食い尽くされ、消え始めているのです。こういった全体のパターンを実際に潜ったり過去の記録を調べて、どれくらいの速さで海が変化していくかを、統計学やモデリング、シミュレーションを使って分析しています。

今は全国的な熱帯化により海藻が減り、サンゴが増え、その範囲もだんだんと広がって東の端は三浦半島から館山あたりまで変化が起きています。サンゴが増えるのはまだいいのですが、海藻が食べられたり枯れたりして減ってしまうと、広い範囲で岩肌が出てしまうこともあります。これはいわゆる生態系の消失につながりますので、その範囲がどこまで広がっているかということも含めて検証しているところです。

沖縄などのサンゴについては、すごく暑い年は白化してしまい、その暑さが続くと死んでしまいます。その白化が起きやすい条件や場所を特定したり、どのくらいの確率で白化が起こるのか解析・予測したりもしています。

生物に興味を持ったいた熊谷さんが、海藻やサンゴを研究対象にされた理由はなんですか?

研究を始めたころは、漁師町にある臨海実験所にいて、研究のかたわら海辺に出ると網を直している漁師さんに出会うこともありました。それで話をしていると、当時から「海が変わってきた」という言葉がよく聞かれたんですね。なぜだろう?と自分自身も疑問に思いましたし、それに対してちゃんと答えられないジレンマもありました。特定の生き物を観察だけで研究していると、全体で何が起こっているのかなかなか見えないことがあります。調べて、解析して、数年経って「あのときはこうだったんだ」とやっと言える。だから先を行かなきゃいけない、と思って、海の基盤になっているような海藻やサンゴといった生物をまず対象に、海で何が起こっているのか、その変化はどのようにしたら元に戻すことができるのか、ということをまずやろうと思い、現在に至っています。

気候だけで見たら、いまよりも暑い時期というのは過去にありました。特に昔の暑い時期は地球全体が熱帯のようで、その時期に現世のサンゴの祖先が生まれて氷河期を経て生き残っています。それだけを見ると今後も生きていけるように見えますが、現在の気候変動の問題は、その変化が速すぎることなんです。変化について来られる生き物もいるけど、そうじゃない生き物もいる。たとえば魚は速く泳げるので、変化についていきやすいです。サンゴは海の中に卵や幼生を放出して増えるのですが、幼生も海の流れに乗りやすい。一番難しいのは、海藻です。海藻が放出した胞子はすぐに落ちてしまうので、なかなか流れに乗って分布を広げることができません。そうなると、ひたすら魚などに食べられる一方です。サンゴについてもみんながうまく分布を広げられるわけではないので、今後、海の中で生き物がいない場所ができることも懸念されます。

加えて沖縄など亜熱帯域で、大雨が降った時に土の中の微生物や菌、栄養分が海に流れ出すと、サンゴが病気にかかったり、細かい藻類が繁茂してサンゴを覆ってしまうこともあるのです。気候変動の影響で弱っているところに別の負荷がかかり、複合的にやられてしまいます。しかし、細かい原因とその影響の度合いについても解析で明らかになれば、操作できる原因については改善の余地があります。気候変動の適応策としても役に立つでしょう。費用対効果や技術的な問題など、クリアできることについても明らかにしていきたいです。

今後の目標は何ですか?

僕も大学時代から環境問題に興味関心を持って、環境破壊に関するアンケートを実施するなどしていましたが、研究者として活動することの良さは、知識の取得はもちろん、データを集めたり解析したり、シミュレーションまでできたりすること。データというものは中立なんです。さまざまな立場の人がいろいろな意見を出しても、数値で表せるひとつの判断材料となってくれます。

もともとは生物を守りたいという思いから始まっているので、この仕事にやりがいは大きく感じていますが、それ以上に大変なことも多いです。たとえば生き物の保全については、やれることに限界があるし、やったことがいい方向に行くかどうかはわからない。例えば、生き物を保全しようとすると地域の生活や経済との板挟みになることも少なくありませんし、重要な生き物が減ったからといって、養殖して海にまいたら解決するかといえば、うまくいくものもあれば失敗するものもあります。また、ある生き物を保全すると他の生き物が減ることになるなど、何を優先して保全すべきかという問題もあります。

長い歴史を見ても、もともと気候変動に適応しやすい生物とそうじゃない生物がいますし、気候変動に慣らされて高い温度に強くなる生物が出てくることもあります。もしかしたら気候の変化でぐったりしていた生物が、だんだんと元気を取り戻していくケースもあるでしょう。そういう詳細な変化は、かなりいろいろなデータをたくさん積み重ねていかないと、なかなか見えてこないんです。それを調べつつ、気候変動適応策と両輪で動いていけるようなところまで持っていけたらと思います。

生物も変化・適応していくのだ、ということについて、改めて教えてくださった熊谷さん。とくに好きな生き物はカマキリなど、小さいのに人間に向かって威嚇している姿がかわいらしい……というお話も和みました。これからも海の生態系を守るために尽力してくださる熊谷さんを応援したいと思います。ありがとうございました!
取材日:2020年11月12日