Staff interview #21
真砂 佳史(MASAGO Yoshifumi)

東京大学在学中は都市工学科で環境・衛生コースに在籍。水中の健康関連微生物分野を専攻し、同博士課程を修了後、日本学術振興会特別研究員に。2008年、東北大学大学院工学研究科土木工学専攻助教、東北大学未来科学技術共同研究センター助教、准教授を経て、2015年に国際連合大学サスティナビリティ高等研究所リサーチフェローに就任。2019年、気候変動適応センターに主任研究員として着任。2021年より、気候変動適応戦略研究室 室長。

大学時代は感染性微生物の研究などをされていたそうですが、どのような経緯でその研究をするに至ったのでしょうか?

高校時代は理工系に進みたいという漠然とした希望はあったものの、具体的に何がしたいというイメージはなかったんです。進学先として東京大学を選んだ理由の一つは、入試のときに学科を決めなくてよかったから。2年生の後期になって学科を選ぶタイミングで「なるべく直接人の役に立つ(”人”に近い)学問分野がいい」と考え、都市計画や環境問題に取り組める都市工学科の環境・衛生コースに進みました。

配属された研究室では、クリプトスポリジウムという病原微生物を研究していました。これは人の体に入ると下痢を起こす微生物で、主に下水や畜産の排水、動物の糞便が混ざった汚水の中などにいます。私はこのクリプトスポリジウムが水道水にどのくらい混入するのかを調べ、さらにそれによって病気になる確率がどのくらいあるのかというリスク評価をしていました。その結果をもとに水道水の処理をどうするか、その感染症が起こらないようにするためにはどうすればよいか…という議論に発展していきます。

博士課程修了までクリプトスポリジウム感染のリスク評価に取り組み、学位取得後は日本学術振興会の特別研究員として、東北大学に3年間お世話になりました。そのうちの1年半は、アメリカ・ミシガン州立大学に研究員として派遣され、病原微生物の研究をしている研究室にて固体表面上のウイルスのリスク評価や不活化などについて研究させていただきました。たとえばドアノブに付着したウイルスに触った場合にどのくらいの感染リスクがあるのか、または感染者がトイレを使った後に利用した人はどのくらいの感染リスクがあるのか、などです。

帰国後は助教として東北大学に残り、その後学内の未来科学技術共同研究センターに移って、遺伝子解析を活用した下水処理中のウイルスのモニタリングを行っていました。これを把握することで、都市域で発生する感染症をいち早く予測するという、実践的な研究テーマでした。

東北大学に10年間いらっしゃった後、国連大学サスティナビリティ高等研究所に移られたとのことですが、そこではどのような研究をされていましたか?

まず国連大学は、一般の大学と異なりプロジェクトベースで研究が行われます。当然、いま解決すべき重要な課題がプロジェクトとして立ち上げられるわけです。なかでも、国連が取り組んでいる「SDGs」に沿った研究を行うという流れがありました。

私は「ウォーター・フォア・サスティナブル・ディベロップメント」というグループで、東南アジアや南アジアの開発途上国の大都市における水問題がどうなるかを解析するプロジェクトに関わっていました。今後、気候変動によって洪水の被害が大きくなると言われていますが、マニラやハノイ、ジャカルタなど、発展を続けている大都市では人口が増えることで水質汚染も進みます。そこで今後洪水がどうなるのか、都市化により水質はどうなるのかをシミュレーションし、将来的にどう解決していくか、という研究をしていました。

洪水が起きればもちろん街は水浸しになります。その水がまったくきれいではないという結果が一部の研究でわかっているため、汚水に触れることによる感染症のリスク評価をしていたのですが、それが気候変動の影響に起因することに興味を持ち、今後はそちらの研究を深めたい、と気候変動適応センターに移ってきたのです。

現在のお仕事内容を教えていただけますか?

大きく、研究と業務に分かれます。まず一つ大きな業務としては、A-PLATというWebサイトの運営です。今後気候変動はどうなるのか、それによってどんな影響が発生するのかということ広く知っていただくためのウェブサイトですので、掲載に向けて情報を整理したり、データの見せ方について考えたりしながら、ウェブ制作担当やデータ管理担当などのプロフェッショナルと一緒に進めています。

またそれらの情報を元にして、地方公共団体と一緒に今後どういった政策を立てていったらいいのかを考えたり、地域の気候変動適応センターと一緒にわかりやすく市民に情報を伝えるための方法を考えたりもしています。この業務は、いままで研究に専念していた大学とは大きく異なるところです。

一方、研究については国連大学のときと同じテーマで行っています。私が対象としているフィリピン、インドネシア、ベトナムには台風も上陸しますし、洪水に対する適応が非常に重要なエリア。もちろん国ごとに、一生懸命研究がされています。日本とそれらの国との違いは、いま、ものすごい勢いで発展を続けているというところです。つまり、人口増加や経済発展など社会の動きも非常に重要になってきます。

東南アジアの、いま発展し続けている都市は20年後に大都会になっているかもしれない。そうすると、そのためにインフラを整備しなければいけない。人口が倍になれば住むところも増え、都市域が広がると洪水の影響もそれだけ大きなものになっていきます。気候変動に、社会の変動を合わせて考えなければいけないのが難しいところですね。

気候変動適応センターでは、さまざまな分野の専門家がそれぞれの領域で研究を進めているので、お互いに刺激を受けますし視野も広がります。いままで知らなかった分野の研究者と一緒に仕事をするのは楽しいです。研究と行政、データを作る側とそれを使う側の認識の違いにも改めて気づかされ難しさを感じています。

どんなところにやりがいや難しさを感じますか?

研究をして論文を書くのが研究者の主な仕事ですが、気候変動適応センターではウェブサイトを作ってそのなかでより良い情報提供ができるように努力をするなど、いままでと違う目標に向かって仕事をすることも増えてきています。そのあたりはかなり面白いですし、人の役に直接立てているという実感もあります。

一方で難しいなと思うのは、たとえば農業が盛んな地域であれば農業に関する情報を知りたいと思うでしょうし、大都市であれば洪水に関する情報が重要というように、地域によって欲しい情報が異なるんですね。国立環境研究所は国の組織なので、もちろん日本全体の状況を見ます。そしてさまざまな分野の情報を発信しますが、個々の地方公共団体ではそれぞれニーズが違うので、実際にデータを活用する人はなんでもかんでも欲しいわけではないんです。

それぞれのニーズに応えるためには、いろいろな分野の影響評価・影響予測をきちんと整理していかなくてはならない。たとえば「この地域の米の収量はしばらく大丈夫ですが、熱中症が大きな問題になってきているのでそちらを優先した政策を立てましょう」といった提案をしながら、それに必要なデータを作り出したいというのが、研究面の目標になっています。

研究者が研究のためにやっている将来予測と、地域が適応策を作るために必要な情報が、ときどき合わないことがあるんです。遠い未来の予測をすれば影響が大きく出るので、研究者はよく2100年の予測をするのですが、政策を作るときに2100年の情報は遠すぎてあまり参考にならない場合があります。たとえば、堤防は100年もつので2100年を見る必要はありますが、2100年の熱中症患者の数はいまそんなに重要ではないですよね。それよりもこの10年をどうするのか…ということが大切で、そうなったときに我々がデータをどう解釈するか、どう形を変えて見せるか、どう解析を加えると政策に使えるデータになるか、というところがカギになってくる。今後より一層、そのあたりにも力を入れていきたいなと思います。

小学生のお子さんがいらっしゃる真砂さん。お子さんから先日、「学校で気候変動やSDGsについて勉強した」という話を聞き、ご自身の研究分野が若い人たちにも問題意識を抱かせるテーマになっていることを実感したそうです。そのうち、気候変動影響についてお子さんと話し合う機会も出てくるかもしれませんね。真砂さん、ありがとうございました!
取材日:2021年6月8日

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