Staff interview #22
岡 和孝(OKA Kazutaka)

気候変動適応センター 気候変動適応戦略研究室 主任研究員。和歌山県出身。宇宙物理学の分野で博士号を取得後、民間企業で15年間程コンサルタントを経験。主に気候変動(影響・適応)に関する調査研究に従事した後、2018年7月、国立環境研究所に入所。現在は気候変動による影響(暑熱・健康、エネルギー)に関する研究を進めるとともに、A-PLATにおいて事業者向けの気候変動適応に関する情報発信等も行っている。

もともとの専門は、宇宙物理学だそうですね。その分野を選んだ理由を教えていただけますか?

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という映画を見て、時間と空間に興味を持ったことがきっかけです。これらについて研究しようとすると、相対性理論が重要になってくるのですが、その延長線上に宇宙があったんですね。地球上では、相対性理論が必要となる現象というのはあまり無いんです。それで将来は日本のアインシュタインになりたいという淡い夢を抱いて、宇宙物理学の道に進みました(笑)。

研究室ではバイナリースター(Binary Star)やブラックホール(Black Hole)に関する研究などを行っていました。壮大なことを語ってはいますが、主にスーパーコンピュータを使って数値計算をするなど、どちらかというと地道な作業が多かったです。博士号取得の後はどうしようかと考えた際に、一旦アカデミックな世界から離れて広い社会を見てみたいという思いがわいてきました。

スーパーコンピュータを使った数値計算などの技術が活かせるということで、入社したのがコンサルティング会社です。たまたま配属された部署が、気候変動に関する案件に取り組んでいて、国立環境研究所からも業務を受託していました。それまでは“宇宙”を見ていましたが、入社後は“地球”を見ることになったわけです。

宇宙のことを研究していた時は手の届かない現象ばかりでしたが、入社後は身近に生じる気候変動影響についての調査研究に従事しました。また、コンサルタントという職業は、ある特定の分野にのみ特化するのではなく、幅広い分野や内容の業務に従事することもあるため、さまざまな経験ができました。とても忙しかったですが、楽しかったです。

そのような中、国立環境研究所に気候変動適応センター(CCCA)が新たに設立されるとのことで、コンサルティング会社で得た知見を是非活かしたいとの思いの下、ご縁があってここに来ることになりました。

現在のお仕事の内容を教えてください。

いま私がメインで行なっているのは、熱中症に関する研究です。気温が上昇すると熱中症搬送者数が増えます。それが気候変動によってどの程度増加するのか、またそれに対してどういう適応策をとっていけば良いか等の研究を行っています。熱中症は地域にとっても深刻な問題となっていますが、地域での適応取組を進めるために、地域気候変動適応センターのみなさまとも共同研究を進めています。

もうひとつ、再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電など)についての研究です。気候が変動することにより、日射量や風の強さが変わり、再生可能エネルギーの発電量に影響を与えることが予測されています。なお、具体的にどの程度の影響を及ぼすのか、あまり定量的に評価されていません。そこで私たちは、気候変動によって発電量がどの程度変化するのかを数値計算により研究しています。

さて、熱中症に関する適応策について、学校であれば、気温が高ければクラブ活動を中止する、気温が低い時間にクラブ活動を行なう等の対策を取ることができます。一方で、野外作業に従事される方は、如何にして高い気温から身を守るかが重要となります。ステークホルダー毎に取り得る適応策は異なりますので、さまざまなステークホルダー毎に参考となる適応策事例をA-PLATから公開しています。

また、事業者にとっても適応策への取組は重要となりますが、まだまだ適応策が十分に認知されているとは言えない状況です。そこで、A-PLATでは既に事業者が取り組んでいる適応策の取組事例も公開しています。さらには、事業者が適応策に取り組むに際してどのような科学的情報が必要なのかを意見交換する場を環境省と一緒に昨年度から設けています。これらは比較的コンサルティング業務に近い内容ですが、前職で得たノウハウを活かして積極的に取り組んでいきたいと考えています。

この仕事(適応研究)は、どんな人に向いている仕事だと思いますか?

「気候変動」という冠を被せると、健康や農業をはじめ、あらゆる分野が適応研究の対象となります。そのあらゆる分野の知見を得るとともに、その知見を活用した上で、いま目の前にある課題をどうやって解決に導くか考えることに魅力を感じられる人に向いている仕事だと思います。

私の専門は熱中症やエネルギー関連ですが、他分野で面白い解析手法があると、その手法を熱中症の分析等に使ってみることもあります。それも、研究を進めるうえで面白いポイントのひとつです。

また研究以外の業務である事業者向けの情報発信についても、事業者の専門分野が多岐にわたるところに面白さを感じています。潜在的なカウンターパートは無限にいらっしゃいますので、彼らを対象に、適応をどのように普及していくか考える作業は楽しく、魅力的でもあります。

今後、気候変動が進むなかで、世界はどうなっていくのでしょうか。あるいは、岡さんのなかで「こうなったらいいな」という希望的観測はありますか?

科学者として私たちに何ができるかというと、たとえば「将来気温が2度上昇すると、これくらいの影響がある」という予測をして、その情報をしっかり国民にフィードバックすることです。では、これからどういう社会を目指すのか。これはきっと、科学者だけで決められる問題ではありません。

ひとつ言えるのは、地域によって気候変動影響が違うということ。寒いところでは気温が上がると多くの作物が採れるなど良いことが増えるかもしれませんし、逆に既に温かいところで気温が上がると作物が採れなくなるなどの可能性もあります。このように気候変動が及ぼす事象の深刻度合いは地域によって異なります。したがって、万人が納得する解はないわけです。環境が変化するなかで、お互いのことを思いやりながらどのような世界を目指していくのか、引き続き議論することが必要なのだと思います。

このあたりの議論は、哲学に近いところがあるんです。どういった生き方をしたいか、どのような価値観を持って社会を受け継いでいくのか。これは難しい問題です。解がなくて、どうしても紛糾しがちです。だからこそ、対話や意見交換のようなプロセスが重要だと思います。

適応についても「適応」という言葉を普及すること自体が大事なのではなく、みなさんにどう適応する行動をとっていただくか。これは前職で聞いた話なのですが、一人ひとりがわかる言葉に言い換えて伝えることが大事ということです。「水資源のために適応しましょう」と言ってもピンときませんが、「水資源(水)を大切に使いましょう」と言えば、どうしたらいいかすぐに伝わりますよね。難しい言葉を、わかりやすい言葉に言い換えていくことから始めるのも大切ではないでしょうか。適応につながる行動を促す表現をすることで、徐々に適応というものが浸透していくのではないかと思っています。

適応を進めて行くためには色々課題もありますが、研究や情報発信を通じて少しでも役に立てればと思います。

ご自身の研究について、とてもわかりやすく話してくださった岡さん。趣味は街歩きで、なるべく通ったことのない道を歩くなどして、新たな町の魅力を発見するのがお好きだそうです。コロナ禍で出張の機会も減ってしまい残念ですが、近いうちに以前のように海外を回れる日が来るといいですね。また、お子さんももうすぐ小学生。いろんなことに興味を持っていて、自分の知らない言葉があれば聞きに来るなど、知識を吸収しようとする姿はお父さん似?これからが楽しみですね。岡さん、ありがとうございました!
取材日:2021年6月18日

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