Staff interview #25
辻本 翔平(TSUJIMOTO Shohei)

気候変動適応センター(CCCA) 気候変動影響観測研究室 特別研究員。愛媛県出身。
富山大学大学院博士課程修了後、博士研究員として東邦大学に所属。東邦大学時代にお世話になった西廣淳先生(現・気候変動影響観測研究室室長)に誘われ、2021年4月より現職。
趣味はクライミング、バイク、キャンプ、コーヒー。

いままでの経歴を、大学時代の研究内容とともに教えてください。

富山大学の学部生のときには、中部山岳国立公園立山で高山帯の送粉者相を調べていました。送粉者とは、花に集まる昆虫のことですが、なんの花にどんな種類の虫が集まるのか、手当たり次第に捕まえて調査していました。そのとき調べていた送粉者の数は、年間数千匹。とにかく網羅的に群集を相手にしていたという感じです。

大学院進学後は、ハチの認知行動学の研究をしていました。大学院に進むならもう少し自身で深掘りできることにしようと思ったのと、自分のデータ処理能力では群集データを取り扱うのに限界を感じたから、という理由です。
ハチは送粉者のなかでもメジャーなグループ(ハチ、ハエ、チョウ、コウチュウ)の一つです。なかでもマルハナバチという種が、行動実験をするうえで一番やりやすかったんですね。なぜかというと巣が販売されているので実験に使いたければ買えばよかったのと、働きバチは他の昆虫と違って個体の“満腹度”に関わらず採餌を行ってくれるからです。動物実験では個体のモチベーションが結果に影響することが多く、いつでもパフォーマンスの高い行動を示してくれるという意味で扱いやすい研究対象でした。

博士課程を修了した後は、博士研究員として東邦大学で研究をしていたのですが、このときの研究内容は、学部生のときにやっていたことと似ていて、送粉者の群集組成を把握する研究を都市残存草原対象に行っていました。群集規模のデータを取り扱う事に限界を感じて一旦は距離を置いていたのですが、縁あって原点回帰することになりました。
東邦大学は千葉市にあり、いわゆる都市的な環境です。農地は都市近傍に位置することが多く、この都市・農地・自然環境の織り成す景観で、どのような送粉昆虫がどのくらいの数いて、どの時期にどのくらい活動しているのかを研究することは、農業が享受できる送粉系サービスを評価するうえで欠かせなかったのです。

東邦大学には3年間お世話になり、その後は当時お世話になった西廣先生に誘われて、2021年4月に国立環境研究所に移ってきました。

もともと、虫がお好きだったのですか?

もちろんイエスです。大学を選んだ理由は環境科学に興味があったからだったのですが、気づいたらもともと好きだった虫の研究をしていた、という感じです。虫の何が魅力なのかと聞かれるとどう答えていいかわからないのですが、トンボは飛ぶのが上手でかっこいいとか、ハチは毒針を持っているのに強い顎も持っていてかっこいいとか、とにかくすべての虫が飛びぬけたかっこ良さを持っていると思っていたんだと思います。

研究を始めると、昆虫の機能美や、その進化的背景を理解するようになりました。生き物同士の相互作用の中で、どのような条件(環境)や行動原理の下でその形質や性質が進化してきたのかを考えるようになり、より深く昆虫の魅力に惹かれていきました。また、昆虫の生態を理解することで、昆虫と我々人間とに通じるところがあるということに気づきました。詳しくは語りませんが、たとえば彼らの記憶構造と我々の記憶構造は似たような構造をしています。そのため、彼らの意思決定と我々の意思決定とに共通の法則があることに気づき、より親近感が湧きました。またマルハナバチに関しては小さな脳(神経細胞の集まり)しかないのに、芸を仕込むことができるんですよ。イギリスの研究チームでは、ハチにサッカーをさせています。もちろん厳密にはサッカーではないのですが、玉を転がして穴に入れたら蜜がもらえるという実験でも、ハチはちゃんと学習してそのように動くんです。それは彼女らが進化してきた背景の中では当然経験していないことなのですが、それでも学習によって芸を獲得できるというのは、ある意味“知性がある”とも言えますよね。そんな感じで虫の行動生態を深掘りした結果、虫は単純に「かっこいい」というより、「感心と感動」を与えてくれる存在になりました。

現在のお仕事について教えてください。

メインで行なっているのが、生物季節モニタリングに係る業務です。たとえば春には桜が咲く、夏にはセミが鳴く、という風に、生物には季節的な応答があります。それが一年のうちいつ始まるのかは、多くの場合、気温などの気候から影響を受けます。いままでは気象庁が中心となってその時期を同じ手法で全国的に把握してきました。しかし最近の都市開発や気候変動により、観測を続けるのが困難になってきたため、70年続いてきたこの観測を2020年に止めることになりました。

気候変動が進むなかで生物の季節的な反応がどう変化するかということは、気候変動に直面しているいまこそ、まさに把握する意義があるはずです。そこで日本生態学会をはじめとする各種学会が観測継続のお願いを気象庁に提出したことから、その方法を模索するために環境省と国立環境研究所が連携しながら調査を行い、観測を続けていくためのネットワークづくりを行なうことになり、これを私が担当することになりました。日本自然協会などを経由して市民の方々にお声がけをさせていただいて、それに応えてくださった方に「お宅の近くでこのようなデータを取ることはできますか?」とお願いし、協力していただいているという流れです。

一方で、東邦大学時代の都市景観の中での送粉系に関する研究も続けています。千葉県白井市は、江戸時代には軍馬の育成用の牧として利用されてきた草原が存在し、現在でもその景観要素が残っている貴重な場所です(ちなみに日本の草原は、この100年間で90%が減少し、多くの草原性の生物が希少種になっています)。植物に詳しい人が見ると「こんな空地にこんな植物が!?」というような、珍しい植物の生息場所になっている場所です。植物の繁殖は、送粉者の活躍なくして成り立ちません。そこで、その草原にはどのような送粉者が残っているのか、周りにどのような環境が残っていれば送粉者相は比較的良好に保たれるのか、といったことを明らかにすることを目的に研究しています。

やりがいと大変さをおしえてください。

ここにきて、大変さとやりがいは表裏一体だと学びました。生物季節モニタリングに関していうと、たくさんの方々の協力によって出来上がるネットワークこそが、この調査の要なのですが、そのためにはたくさんの方々とメールや電話でやり取りをしなければなりません。特に忙しいときは、メールの返信だけで一日が終わっていたという事もありました。半面、その甲斐あって、たくさんの方々が調査に参加してくださることになり、ネットワークの形を成してきたことを実感し、やりがいを感じています。実は、この業務を始めた最初は「本当に調査員となっていただけるのかな」と不安だった部分もありました。今では、ご登録下さった方が100人をはるかに超えていて、「将来的に長く続くネットワークが実現できそうだ」と思うようになりました。このネットワークを通して集まるデータが、良いデータになればとても嬉しいです。

また、東邦大学で行った研究では「社会に還元できる結果」を得たことを実感したときにやりがいを感じました。たとえば送粉者がどういう景観要素からやってくるのか、といったデータは、農業でも使えますし、保全的な側面でも使えます。そういう意味で社会的にも価値のあるデータが取れた、と感じられることは研究のやりがいだなと思います。

一方で、博士課程までにやってきた研究に関しては、やりがいを問われると少し答えにくいです。なぜなら大学院を卒業するまでやっていた研究は、あくまで自分の知的好奇心を満たすためのものだったし、当時の私は「科学とはそういうものだ」と思っていたからです。つまり、趣味の延長線上にあるものだったからです。研究をする事そのものがやりがいと言い換えられるかもしれません。
当時の私は、漫画家さんが漫画を描いて人を楽しませるように、我々研究者は、社会に学術的なエンターテイメント(すなわち、知的好奇心を満たす)をもたらす職種だと思っていました(いまでも多少はそう思っているフシがありますが)。ハチの行動を左右するルールを明らかにする研究は、一般の人からすれば意外なことが多いです。そして、大体の人は「へぇー面白いね!」と言ってくれる。それがやりがいでした。
将来的には、“やらないといけない研究テーマ(社会的意義)”もやりつつ、“やってみたい研究テーマ(知的好奇心)”もやれる、そんな研究生活が送れるといいなと思っています。

それと、フィールドワークが多く、これは楽しい部分もありますが、夏場は必ずと言っていいほど熱中症になります。これはやりがいではなく、ただの大変さですね。

気候変動と関連して、今後辻本さんの研究分野ではどういう変化がありそうでしょうか。また、ご自身はどんな未来を期待されますか?

僕はマルハナバチが好きなのですが、好きな理由のひとつとして、マルハナバチじゃないと送粉が達成できない種類の花がたくさんあるからです。たとえば一部のナス科の花は、筋肉を震わせて花粉を収集する「振動採粉」をしないと花粉がヤクから出てきません。マルハナバチは、それができる種なんですね。また、花の形状的にマルハナバチしか蜜源にアクセスできないような花も野外にはたくさんあります。マルハナバチがいないとこの環境は成り立たない、というケースが少なからずあります。

マルハナバチは北方系の生き物なので、気候変動が進み熱帯・亜熱帯化してしまうと数が減ってしまうかもしれません。大変危惧すべきことだと思います。一方で、動物は移動できるので、南方系の送粉者が分布を拡大するかもしれないですね。それはそれで新しい環境が出来上がり、相互作用の変容とそれに伴う生物の進化には興味がありますが、現在の生態系とは異なる様相となってしまいます。気候変動に伴って、送粉者の組成がどう変化するのかは、今後取り組みたいテーマの一つです。

送粉者も当然、多様性によって成り立っています。いま、多様な送粉者を維持することは、新しい気候条件下でも活動できる送粉者を残すことに繋がります。できることは少ないかもしれませんが、いまの段階では、今後の気候変動に向けて、多様な送粉者が長期的に生存できる環境を具体的に提言できるような研究をしていきたいです。

マルハナバチへの愛をたっぷり語ってくれた辻本さん。フィールドワークが多く「夏は熱中症になるのでとにかく辛い」と言いつつも、一つ一つの小さなデータが積もり積もって何かしらの傾向が見えてきた時は鳥肌が立つほどうれしい、と話してくれました。足を痛めてリハビリ的にやり始めたクライミングや、それに関連して始めたキャンプ、そしてキャンプの際は必ずミルを持っていくほどお好きなコーヒーについてなど、趣味の話も面白かったです。辻本さん、ありがとうございました!
取材日:2021年7月20日

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