Staff interview #33
増冨 祐司(MASUTOMI Yuji)

気候変動適応センター(CCCA) アジア太平洋気候変動適応研究室 室長。
京都大学大学院 地球環境学舎 博士課程単位取得退学。2006年に国立環境研究所 地球環境研究センターに入所し、気候変動による作物の影響評価の研究を始める。紆余曲折を経て、2021年より現職。アジア太平洋を対象とした気候変動適応に関するウェブサイト『AP-PLAT』の管理・運営にも関わる。

もともとは物理学を専攻されていたそうですね。そこから地球環境学に方向転換されたきっかけは何だったのでしょうか?

物理は中学生のころから好きで、将来は好きなことを突き詰められる研究者になりたいと思っていました。最初はアインシュタインに憧れていたのですが、ちょうどその頃に流行っていた映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、研究者がタイムマシンを発明するのを見て、面白い、かっこいい!と感動して、大学は物理学科に入学しました。

しかし大学院の博士課程まで進んだとき、物理学の研究者になるのは難しいかもしれない、と一度諦めて別の道を探そうとしたことがあります。しかしやはり諦めきれず、もう一度物理とは違う分野で研究者になれないかと探すとき、ちょうどその頃、社会的にクローズアップされていたのが気候変動問題でした。コンピューターを使ってシミュレーションをするという研究室を見つけて、物理学の研究室に在籍していたときと研究道具がリンクしていることを幸いに、環境学の分野へと進むことになりました。環境問題に対する強い意識があって、というより、成りゆきだったんです。

その研究室では、世界の水問題解決に向けたシミュレーションのための基礎的なデータベースを作りました。地球上のどのあたりに水が不足しているか、どこに水がありすぎるか、といったことを計算するために利用するグローバルデータベースです。この研究で学位を取りました。

2006年に国立環境研究所に入所された時はどのようなお仕事をされていましたか?

いまの研究内容にもつながるのですが、温暖化が作物に及ぼす影響評価です。ほとんどが稲ですが、小麦などの穀物も少し研究しています。
https://mainichi.jp/articles/20220111/ddm/001/070/067000c
具体的には降水量や気温など、将来の気候をコンピューターのなかでシミュレートし、作物を育てるのです。そうすると、気温が上がったときに作物が育つエリアと育たないエリアがわかるので、それを地図で示すなどして温暖化の影響評価をしていました。計算のプログラムは当時よりかなり進化しましたが、大きなやり方は今も一緒です。

2009年に埼玉県環境科学国際センターに移ったあとも、同じ研究を引き継いでやっていました。環境研にいたときは地球全体、あるいはアジアなど大きなスケールでやっていたのですが、埼玉に移ったとき、ちょうど気温が高い年に当たったのです。すると、県で作った『彩のかがやき』というお米が、暑くてとても品質が悪かった。埼玉県で推奨していた品種に温暖化の影響が出たということで、課題が定まり、そのときから特に日本のお米の品質と温暖化による影響についての研究を始めたという感じです。

その後、2014年に茨城大学の農学部に赴任しました。そこでも埼玉でやっていた研究を続けていましたが、だんだんと生産者とのつながりもでき、実際に田んぼに出て研究をするようになったんです。いままではコンピューターのなかでバーチャルの話をずっとしていたのですが、ある先生の「農学にはリアリティがないといけない」という言葉も大きな後押しとなり、現場に出る研究をするようになりました。

2020年に気候変動適応センターが設置され、再び環境研に戻ってきたあとも、田んぼでの研究は継続中です。業務としてはそれ以外に、アジア太平洋向けの気候変動適応に関するウェブサイト『AP-PLAT』の管理・運営にも携わっています。

田んぼではどのような作業をされるのですか?

まず田んぼに温度計と水位計を設置し、環境調査をします。簡単に聞こえるかもしれませんが、田んぼの真ん中まで行くのが意外と大変なんです。足を取られるため、最初はよく転びそうになりました。

そうこうしているうちに、生産者の人たちがだんだんと、僕たちが専門家だということで具体的な質問を投げかけてくるようになりました。たとえば、年々気温は上がっているけど稲は早く植えたほうがいいのか、遅く植えたほうがいいのか。あるいは、田んぼの水は深くしたほうがいいのか、浅くしたほうがいいのか。スパッと聞かれると、自分もどちらがいいとすぐに答えられず、最初はよくわかりませんでした。

それで「僕はいままでなんの研究をしてきたのかな?」と思い始めましてね。いままでやってきたことは世の中の役に立つと思っていたけど、生産者の方々の簡単な質問にも答えられないし、そもそも自分は何もわかっていない。だから、まずは生産者の役に立つことをやろうと思いました。

田んぼの温度と水位以外では稲の花が咲くタイミングを観測しています。稲の品質には花が咲いたあとの温度が重要なのですが、田んぼごとにいつ花が咲くかわかりません。。。7月の終わりから8月の中旬くらいまでは週に2回、20数カ所ある田んぼを車でぐるぐる回って観測しています。穂が実ったら稲刈りも行います。そして品質の計量計測までする、というのが1年の流れですね。

現場に出て見えてきたことはありますか。

サイエンスは真実に近づいたり、真実を見つけたりする行為ですが、現場に出ることでよりリアルに近づいてきたなと思います。どんな研究でも最終的には役に立つのかもしれませんが、先ほど申し上げた通り現場に近いと生産者のニーズやそこで本当に起こっていることがよく見えてきます。その問題を解決するためにどうしたらいいか具体的に取り組めるので、そういう意味では直接的に役に立つことができるのではないかという気がしています。

田んぼに出始めて4年が経ち、ようやくいま、第一フェーズが終わったかなと思えるタイミングがきています。研究論文もまとまりそうです。そこでわかったことをきちんと生産者にフィードバックして、たとえば気温がすごく高い年に、僕の伝えたやり方を実行した生産者のお米で品質低下が少ないというようなことになれば、本当にすごく嬉しいです。

生産者とのインタラクションは重要で、事前になんのために、なにをするかを説明して、機器の説明もして、1年が終わったら結果を報告する。それは研究現場としてはとてもローカルで、些細なことを突いているように思われがちですが、その小さなところでユニバーサルな事象を見つけている感覚があるんです。

基本的に僕は引っ込み思案だと思っているのですが(笑)周りはそう捉えないようで、生産者と一緒に研究をするのは向いているんじゃないかと思います。研究自体もかなり楽しく、いい方向に向かっていますね。生産者と仲良くなってくると、お酒の席に誘われることもあるのですが、そこまでの関係性を築くことができたときは、とてもうれしかったです。本当に人とのつながりが大事な仕事ですし、交流は僕も楽しみでやっています。

今後の夢や目標について教えてください。

研究については、休みの日でも夜中でもやりたくなるほど楽しくて、趣味に近いです。このまま続けていけたらいいなと思います。現在はコロナ禍で、現場に行けないのが苦しいですね。

AP-PLATについてもモチベーションとしては研究同様で、やはりできるだけ人の役に立ちたいという思いがあります。回避策や戦略を練るときや何か対策を打つときなどに、AP-PLATの情報を使ってもらえるように、内容を充実させていきたいです。

最近「夢は物理学者」と言っています。作物の研究をしていると、気温や水量の変化から、植物の細胞の中で、ある反応が起こるのですが、その細胞の中の動きが物理で説明できるんですね。これは生物物理という分野で、とても面白いなと思っています。

水の温度が上がったり、水が少なくなったりして植物に影響があるという話は大きく見ると温暖化の研究なのですが、細かいところを見ると物理の研究につながっている。これをちゃんとやれば僕も夢だった物理学者を目指せると思うと、楽しくて休みの日や夜中でも植物を観測しに行ってしまいます。もちろんこれは適応の研究でもあるのですが、物理と絡めて何か面白い研究ができたら、というのはひとつの楽しい夢ですね。

休日は研究以外にも、環境研の野球チームの練習に参加するなど、アクティブな増冨さん。ビールもお好きですが、体調のことを考えて最近は控えめにされているそうです。田んぼという現場から得られた知見をまとめた論文発表、楽しみにしています。増冨さん、ありがとうございました!
取材日:2021年11月30日

ページトップへ