Staff interview #15
花崎 直太(HANASAKI Naota)

気候変動適応センター (CCCA) 気候変動影響評価研究室 室長。専門は水文学(すいもんがく)。世界の水利用や水循環などのコンピュータシミュレーションについて研究。現在はさまざまなスケールや分野を含む、包括的な気候変動影響評価の実現に向けた研究をしている。東京都出身。趣味は6年前に始めたマラソンと9年前に始めたクラリネット。

今までの経歴を教えてください。

大学で専攻したのは土木工学でした。土木工学は、道路や鉄道、河川や橋梁などのインフラの設計・建設・維持・管理のための学問です。国土を地震や洪水からどう守るか、というように、国内の防災が中心的な課題になるのですが、大学時代に『地球水循環』という異色の講義を受けたのが世界の水利用や水循環を研究するきっかけになりました。

ヨーロッパは、緯度が高いのに比較的気候が温暖です。その理由は、暖流が北大西洋まで北上するからなのですが、その原因となるのは海水の水温と塩分による密度差です。こういった、基本的な物理法則で地球の気候が説明できることを学び、地球科学に興味を持つようになりました。地球温暖化についての学生勉強会に参加して、気候変動への対策についての関心が高まったのもこのころです。

大学院ではこの講義をしてくださった先生の研究室に入り、水文学、つまり水循環の科学の研究を始めました。研究室はさまざまなトピックに取り組んでいましたが、その一つに、世界の水不足がありました。1990年代の終わりに水の専門家、サンドラ・ポステルの「水不足が世界を脅かす」という本が出版されました。そこに書かれている内容が本当かどうか確かめようと、世界の水資源や水利用の分布についてコンピュータを使って調べ始めました。

世界には水が逼迫している地域がいくつか知られているのですが、コンピュータを使って計算を始めると、その代表的な地域として、中国の北部とアメリカ西部の水不足が浮かび上がってきました。当時は水逼迫地域の世界地図はほとんど発表されていなかったので、計算結果を見たときは素直に「すごいな」と思いました。具体的に数値や地図で示すことでメッセージも強くなり、人々の注目を集めることもできますしね。

現在のお仕事の内容について教えていただけますか?

いまは気候変動の影響評価をしています。簡単にいうと、これから地球温暖化が進んだ場合、具体的に社会にどのような影響があるか予測する研究です。たとえば風水害、農作物の収量や品質の変化、熱中症などの健康被害、現在熱帯で多く見られる感染症の日本での流行などが危惧されています。こうしたたくさんの項目に対して、温暖化がひどく進行した場合の被害はどうなるのか、またある程度のところで抑えられたらどのくらいの被害で済むのか、といったことを地図や数値で示すのです。

影響項目が多岐にわたるため、これをすべてひとりで研究するのは不可能です。農業のことには農業の専門家、災害のことには防災の専門家、健康には健康の専門家が必要なのですが、それぞれの専門家が別々に影響評価をすると、たとえば健康の専門家は2050年を評価し、農業の専門家は2100年を評価する、といったふうに条件がバラバラになってしまいます。評価する際の条件を揃えたり、評価結果を分野横断的に見たりすることが必要になってきます。

具体的には、まず「将来ってどんな世界だろう?」ということを、きちんと定義します。気候がどう変わるのか、それによって雨の降り方はどう変わるのか。こうした将来の気候を想定したものを『気候シナリオ』と呼びます。さらに、人口はどのくらい増えるのか、町はどう広がるのか、あるいは小さくなるのか、経済活動はどうかといったことを考えます。これを『社会経済シナリオ』と呼んでいます。

そうして作ったシナリオを各専門家と共有して、それぞれに影響評価結果を出していただき、最後にそれを束ねてわかりやすい形にして示します。そうすることで、包括的な、温暖化影響の全体像がわかるわけです。

A-PLAT内で「将来予測、影響評価に関する研究成果」を掲載しているのでご覧いただけるとイメージをつかみやすいと思います。

このお仕事のやりがいはなんですか?反対に、難しいと感じることがあれば教えてください。

世界で(日本で)初めて、という研究ができたときにやりがいを感じます。温暖化の影響評価は長く行われてきましたが、まだまだ分かっていないことも多いのです。温暖化で豪雨や洪水が増えることはよく知られており、これまでにも温暖化で世界の洪水がどれくらいひどくなるかというコンピュータシミュレーションの研究はたくさん行われてきたのですが、実はどれにもダムが洪水調整する効果が入っていませんでした。最近新たにダムの効果を入れた研究結果を研究室から出すことができました。
*研究成果:気候変動下で増加する洪水に、ダムでの洪水調節が及ぼす影響を世界で初めて推定

このように、気候変動の影響は十分な予測ができていないこともまだまだあります。だからやるべきことはたくさんあり、研究によって予測の精度を上げようとしています。それに伴って少しずつ地球の水循環への理解も深まっています。このように、いま人類が直面している地球全体の環境問題に取り組みつつ、人類の知のフロンティアも広げられるということは大きなやりがいだと思います。

逆に難しいのは、シミュレーションは完全ではないので「じゃあ、将来はこうなるんですね」と言われたときに「そうです」と断言できないということです。しかし自治体などで温暖化対策をされている人にとっては「専門家なんだからはっきり断言してほしい」と思われるはずです。こちらは確度の高い情報を渡しきれず、なぜその確度が低いのかということも分かりやすく伝えきれないことも多く、もどかしさを感じることがあります。

農業でいえば、例えば、「私の田んぼは将来どうなるんですか?」というのが切実な問いかと思います。ただ、将来の気候はぴったりあてられませんし、米にもさまざまな品種があり、土地の特性もあるなかで変化した気候の影響を正確に言いあてることは難しいのです。

今後の展望をお聞かせください。また、今後社会がどのように変化することを望まれますか?

大きな方向性として、私たちは研究結果をなるべく公開していきたいと考えています。私たちは研究をして、論文や報告書を書いてきましたが、特に社会全体が気候変動適応に取り組むようになった現在、もっと噛み砕いて、利用者のニーズに近い形で情報提供をしていかなければなりません。そのうえで、社会がこのような情報を正確に解釈し、適切に意思決定していけるとよいですね。

もう具体的に動き始めているものもあります。水の話でいうと、私が実施した世界の水逼迫についてのコンピュータシミュレーションの結果を分かりやすく表示する「世界水リスクツール」の開発を進めています。持続可能な開発目標、いわゆるSDGsへの関心の高まりから、事業と水逼迫の関係について、高い関心を寄せる企業が増えています。こうした形で、より持続的な社会、気候変動に適応した社会の実現に、何らかの形で貢献していきたいです。

花崎さんは全球水資源モデルH08を開発し、水資源・水利用研究の最前線にいらっしゃいますが、自分の研究を進めるだけではなく、きちんとマニュアルを作り、多くの研究者が情報活用できる環境づくりにも貢献されています。さらに、若手の研究者に対して、研究の進め方や論文の書き方などを教えるホームページも開設されています。これから研究者を目指す人は必見です。
どこにこれだけのエネルギーと時間があるのか?フルマラソンにも挑戦するパワフルな花崎さん、これからも応援します!(花崎さんウェブサイトはこちら
取材日:2021年2月5日

ページトップへ