【先進企業に聞きました!】
物理的リスクの評価・気候変動適応の進め方とは
TCFD提言では、サイクロン、ハリケーン、または洪水などの異常気象事象の激化などに起因する急性リスクと、海面上昇や長期的な熱波の原因となりうる気候パターンの長期的なシフトである慢性リスクを総称して「物理的リスク」としています。
既にこうした物理的リスクは顕在化しており、今後も企業経営に様々な影響を及ぼすと考えられることから、ISSB/SSBJ基準などのサステナビリティ情報開示においては、移行リスクに加え、物理的リスクも開示対象になっています。
こうした背景を踏まえ、企業は物理的リスクの開示を行いつつ、捉えたリスクに対する対策(適応策)の実施によりレジリエンスを高める「自社のリスク管理」と、機会として活かす「適応ビジネス」に取り組んでいくことが重要です。
企業においては気候変動以外の様々な経営課題への対応が日々求められているため、長期間の影響を見据えた物理的リスクへの対応(気候変動適応)は、損益への直接的な影響を想定しにくいことや、人員や予算といったリソースの制限等の理由から、後手に回りがちです。
しかしながら、昨今の記録的な高温や大雨、水不足、農作物の不作などにみられるように気候変動の影響は顕在化しており、気候変動適応は、自然災害対応、サプライチェーン上の企業との取引関係、マーケティング戦略といったビジネス基盤と密接に関係し、企業の持続可能性を左右する重要な課題となっています。企業が経営にあたって気候変動適応の重要性を認識して取組むためには、以下のような手順を参考にして進めることが重要です。
今回は、気候変動適応に先進的に取り組み、企業価値向上に努めている戸田建設株式会社の物理的リスク評価・適応策の検討プロセスや取組のポイント等ついて、同社 イノベーション推進統轄部 環境ソリューション部 部長の樋口正一郎氏に、教えていただきました。
【企業インタビュー】戸田建設の物理的リスク評価と気候変動適応
物理的リスクの影響評価や適応策の検討を始めた契機を教えてください
樋口
外部環境としては、2018年頃に気温上昇が顕著になり現場での熱中症が増加しました。熱中症対策は2018年以前からも、塩分タブレットや水を支給する、休憩時間を長くする等の対応を取っていましたが、一層リスク認識を強くしました。
さらに、2021年のコーポレート・ガバナンス・コード改訂で「特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みである TCFD またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。」と盛り込まれたのを契機にTCFD開示・シナリオ分析に本格的に着手しました。
全社(経営)リスクの中で気候変動(物理的)リスクをどのように管理されていますか
樋口
当社では気候変動に関するリスクと機会の特定・評価・管理体制を「気候変動リスクマネジメント規定」に定めています。
リスク・機会を戦略的影響度と財務的影響度の観点から重みづけし、その後、環境エネルギー委員会での議論を経て重要なリスク・機会を特定し、サステナビリティ委員会に報告しています。
そしてこれらの重要なリスク・機会は、リスク管理部門、財務部門、経営企画部門、広報部門と連携され、全社の経営戦略等に統合しています。即ち、気候変動に関する重要リスクを決定すると、そのまま全社的な重要リスクの一つに位置づけられ、他の事業部に関わる重要リスクと同様のプロセスで管理されています。
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戸田建設の気候変動リスクマネジメント
(出典:戸田建設株式会社HP「TCFD提言に基づく情報開示」より作成)
物理的リスクの影響評価の具体的なステップや使用したデータベース等について、教えてください
樋口
分析初年度はコンサルにも入ってもらいましたが、その後は毎年関連パラメータの見直しを中心に自社で更新を行っています。
物理的リスク、特に熱中症の分析については、2030年時点での2℃未満シナリオや4℃のシナリオにおいて、世界の労働生産性低下(ILO「Working on a warmer planet」)や熱中症搬送者数のパラメータ(A-PLAT)を用いてリスク評価を実施しています。
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暑熱リスクのシナリオ分析に使用したパラメータ
(出典:戸田建設株式会社HP「TCFD提言に基づく情報開示」より作成)![]()
気候変動による営業利益への影響評価
(出典:戸田建設株式会社HP「TCFD提言に基づく情報開示」より作成)分析体制については、環境ソリューション部を中心に社内の関連し得る部門(建築・土木・戦略・財務・広報・経営企画等)からも担当を出してもらい、全社的に、炭素価格、気温上昇、再エネ政策等、物理的リスクを含めた影響を検討しています。その結果は経営陣を含む環境エネルギー委員会の中に報告し、討議の上了承を得ています。
環境ソリューション部を中心に社内の複数の部署が分析に参画されていますが、分析体制の構築はスムーズにいきましたか
樋口
私自身は2010年頃から環境対策に取り組んでいますが、当時は社内の環境に対する意識は総じて今程高くはありませんでした。勉強会を開催しても参加者は少なかったうえ、取組自体に否定的な意見も多くありました。
それが、コーポレート・ガバナンス・コードの改訂前後から社内の意識も大きく変わり、特に気候変動に伴うリスクに係るやり取りにも協力的になりました。
また、経営陣の理解も総じて高いです。特に当社の会長は日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)の代表理事やエコ・ファースト推進協議会の副議長を務めています。
こうした熱中症リスクに対してどのような適応策をとられていますか
樋口
従来から実施しているドリンクや塩分タブレットの支給等の対策については、安全対策費として予算に織り込んで推進しています。
また、一部の現場ではヘルメット装着型の作業者安全モニタリングシステムを継続的に使用しています。これは、センサデバイスで体動や脈拍などのバイタルデータと周囲の温湿度等を測定し、無線通信を介してクラウドで解析後、高い熱ストレス等を検知した際はリアルタイムで現場管理者へ通知するシステムです。
熱中症をはじめとしたさまざまな重大災害に対するリスク回避・低減につながります。![]()
作業者安全モニタリングシステム
(出典:戸田建設株式会社『IoTを活用した建設現場の作業者安全モニタリングシステム』より作成)
一連の取組を通じて貴社の気候変動適応が企業価値向上に繋がっている実感はありますか
樋口
一連の気候変動対策は外部から高く評価されており、CDP(気候変動)では 8 年連続の A 評価を頂戴しています。気候変動適応を企業価値向上に繋げていくには、経営陣の理解と、諦めず継続的かつ地道な社内啓蒙活動が重要だと考えています。
例えば、環境意識を高める観点では、社内のイントラネットで気候変動への取組を定期的に発信しています。これは既に十数年間続けています。また、毎月エコ検定(環境社会検定試験)に関するクイズを出題しています。
