【評価ツールの開発者に聞きました!】
企業活動における将来の水ストレス評価とは

掲載日
本記事のポイント!
  • 将来の水ストレスを評価するツール(Aqueduct Water Risk Atlas(以下、「Aqueduct」という)、Water Risk Filter、Water Security Compass)の概要を解説
  • Aqueduct / Water Security Compassの開発者へのインタビュー掲載

気候変動は気温や降水量の変化を引き起こし、利用可能な水資源の量や質にも大きな影響を及ぼすと考えられています。特に、製造業やエネルギー関連企業など水を大量に使用する企業は気候変動が進行するにつれて影響を受けやすくなり、取水制限による生産遅延、水価格上昇による操業コストの増加、水質を許容水準に戻すための追加コストの発生等様々な財務影響が想定されます。

今回はこうした水資源の逼迫、いわゆる水ストレスを評価するためのツールをご紹介します。

水ストレスとは?

「水ストレス」は、国際的にどのような定義とされているのでしょうか?

国連グローバルコンパクト は、その意味を「水量、水質、水へのアクセスの3要素について考慮したうえで、必要な量・質の水が手に入らない状態(洪水や干ばつなど、水に関連する様々な物理的圧力は水ストレスの概念に含まれない)」と定義しています。

具体的に3要素についての考え方は下記の通りです。

水量
淡水に対する人と生態系の需要を満たす能力又はその能力の不足のうち、必要な”量”の水が手に入らない状態
水質
淡水に対する人と生態系の需要を満たす能力又はその能力の不足のうち、必要な”質”の水が手に入らない状態
水へのアクセス
インフラの機能や効果の充足性、水価格、広範囲に及ぶ頻繁で深刻な利用制限、水の利用者間の対立と競争激化、水供給の信頼性とサービス水準低下、食料不安等により物理的に利用可能な水を利用できなくなる状態

企業が水ストレスを評価する際には、気候変動の物理的リスクの全体像② ~暑熱・原材料調達・水ストレスの3分野の事例をもとに解説~ で解説したとおり、企業の事業所や工場などの拠点の水ストレスを地図上で把握できるツールを多くの企業が使っています。
国内外の代表的なツールについて3つ紹介します。

  • 世界資源研究所(WRI)が提供する Aqueduct は、水リスクに関する情報を集約し、水量と水質に関する指標をカバーしています
  • 世界自然保護基金(WWF)が開発した Water Risk Filter は、水量、水質、水へのアクセスに関する指標を幅広く網羅しています
  • 東京大学、サントリー、日本工営が共同開発した Water Security Compass は水需給の逼迫度を評価する指標など水量に関する指標が充実しています
各ツールの概要・特徴
「Aqueduct」:複雑な水文学データを用いて水リスクに関する情報を集約し、水量、水質などに関する13のリスク指標が包括的なフレームワークにまとめられている
「Water Risk Filter」:企業の地理的な立地に基づいて物理的リスク、規制リスク、評判リスクの3種類の水関連ビジネスリスクの評価を行うことができる
「Water Security Compass」:全球水資源モデル H08 を活用して、世界各地で必要とされる水の量と供給される量を的確に把握し、水資源がどの用途でどの程度不足するのかを現在から将来にわたって可視化した、世界初のオンラインプラットフォーム
水ストレスの評価に使用できるツール例

今回は上記の中から、国内でも多くの企業に使われている Aqueduct についてWRIのサマンサ・クズマ氏に、国内で作成された最新のツールである Water Security Compass について国立環境研究所の花崎直太氏に、それぞれ開発者としてのお立場から解説していただきました。

Aqueduct 開発者インタビュー

Aqueduct には4つの評価ツール があり、その中でも水ストレスを評価できる Aqueduct について特徴や指標を教えてください

クズマ:

Aqueductは2011年から一般公開されている長い歴史をもつ無料ツールです。オープンソースであり多くの企業が利用しています。
毎月1万件ほどのユーザーがあり、最大のユーザーは農業・飲料セクターをはじめとした民間企業です。

ツール最大の特徴は最大500か所の拠点の場所情報を同時にアップロードし、全指標でスクリーニングできる点です。結果はエクセルで還元され、水ストレス分析に進める上での情報として活用できます。

Aqueductのツールマップ

Aqueductには、水量、水質、評判リスクなど、水ストレスに関する13の指標があります。データはすべてグローバルデータセット(PCR-GLOBWB2など)から取得しており、グローバルでの比較情報を得ることができます。


Aqueductの指標例
分類 指標例 定義
水量 Baseline Water Stress(BWS)
  • 利用可能な地表水と地下水の供給に対する総水需要の比率。水需要には、家庭用、工業用、灌漑用、家畜用の消費用と非消費用が含まれる
  • 指標の値が高いほど、地表水や地下水が枯渇したり、利用者間の競合が増加したり、それに伴い環境と生態系の機能に影響を及ぼしたりするリスクが高まる
水質 Untreated Connected Wastewater
  • 下水道を介して接続され、少なくとも一次処理レベルまで処理されていない生活排水の割合。適切な処理が行われない排水の排出は、水域、一般市民、生態系を病原体や栄養素などの汚染物質にさらす可能性がある

企業は自社の水ストレスを評価する際にAqueductをどのように活用できますか? また、分析する上での留意点もあれば教えてください

クズマ:

Aqueductはグローバルツールであり、最適な利用シーンは自社拠点のスクリーニングです。

例えば、水ストレスリスクが高い拠点を特定し、そこから、どこに優先的にアクションを実施するかを決定できます。その際に最も利用されている指標は、利用可能な水資源量に対する取水量の割合を評価した Baseline Water Stress 指標です。この指標は5段階で評価され、値が40%以上の場合に最も深刻なリスクに該当すると定義しています。

Baseline Water Stressは、水の競争や断絶の可能性を示すもので、例えば「1年以内にどれくらいの頻度で水不足が発生するか」などを定量化しているものではないことに留意が必要です。また、グローバルモデルの空間解像度は粗いため、各拠点レベルで見るとデータが当該拠点の水ストレスの実態を正確に反映していない場合もあります。そこまで知りたい場合には現地データを取得するなどして詳細な分析をする必要があります。

したがって、Aqueductは最終的な解というよりは、各拠点との会話を始める”出発点”として使用するのがよいと思います。

また、Aqueductを使用する際には、WWF Water Risk Filter のような他のツールと組み合わせたり、複数のシナリオを使用すると、より多面的に自社拠点のリスクを分析できると思います。

世界資源研究所 (WRI) Aqueduct データリード、シニアマネージャー (Aqueduct Data Lead, Senior manager)
サマンサ・クズマ(Samantha Kuzma)

Water Security Compass 開発者インタビュー

Water Security Compassの特徴や指標について教えてください

花崎:

Water Security Compassは、無料でグローバルな水ストレス情報を提供するツールです。
Water Security Compassの特徴は大きく二つあります。一点目は今までの水ストレス評価ツールにはなかった指標がいくつも含まれている点、二点目は世界版のほかに日本版を作成している点です。

Water Security Compass の世界版(左図)と日本版(右図)

一点目に関して、Water Security CompassではBaseline Water Stressのような取水量と水資源量の比率だけではなく、「持続可能な水資源 から、必要な時に必要な量の水が取れるか」という観点を取り入れた指標を作成・公開しています。一言に水資源の逼迫といっても、大規模な灌漑が行われている乾燥地において持続的に水を得るのが難しいというケースと、明瞭な雨季と乾季のあるアジアにおいて乾季に水を得るのが難しいというケースでは状況が異なります。後者については、雨季の水を乾季にまで貯めておける大きなダムがあるかで、影響は変わってきます。

このような水需給の季節性やインフラの効果も考慮して、取りたいときに取りたい量の水が取れるかを示すのがCumulative Deficit to Demand(CDTD)指標の特徴になります。また、Sectoral and Statistical Demand to Availability(SS-DTA)という指標では、生活用水、工業用水、農業用水などの用途のうちどこまで水不足が及ぶのかを評価することができます。


Water security compassの指標例
指標 定義
Baseline Water Stress(BWS)
  • 利用可能な水資源量に対する人間活動に伴う水需要の比率(定義はAqueductの最新バージョン4.0に従っている)
  • 指標の値が高いほど、地表水や地下水が枯渇したり、利用者間の競合が増加したり、それに伴い環境と生態系の機能に影響を及ぼしたりするリスクが高まる
Cumulative Deficit To Demand(CDTD)
  • 対象期間における人間活動に伴う水需要量の合計に対する、同期間の不足量の合計の比で表される水逼迫度指標。不足量は、淡水生態系の維持に必要な環境維持流量の確保が優先される場合に、人間活動に伴う需要に対して供給できなかった水量を指し、0%から100%の範囲で表される
  • 指標の値が高いほど、取水制限や水利用者間の競合が生じたり、環境と生態系の機能に影響を及ぼしたりするリスクが高まる
Sectoral and Statistical Demand to Availability Index(SS-DTA)
  • どの水利用セクターが水需要を満たすことができないリスクに直面しているかを評価する指標
  • 環境維持流量を最優先し、次いで生活用水、工業用水、農業用水の順に需要を満たたす前提で計算され、0(リスクなし)から 5 の値で表される

花崎:

二点目に関して、地形が複雑な日本において河川の流れの特徴をより正確に表現できるよう「2km×2km」という細かい空間解像度で計算を行っています。世界版と使用しているモデルや指標は同じですが、日本版は日本の気象データや農地分布データ、水道や農業用水の取水情報や送水情報などの詳細なデータを活用しています。このためより実態により即した日本の水循環シミュレーションに基づいて水ストレス指標を計算することができます。

企業目線では自社の水ストレスを評価する際に Water Security Compass をどのように活用できますか?

花崎:

企業のTCFD開示等で多く使用されている Baseline Water Stress 指標は、水資源量に対する取水量の比、つまり、水資源の余裕を表すリスク指標になります。例えば、日本をこの指標で見ると比較的高い値が出やすく、日本は水ストレスが高い、すなわち操業リスクが高いと見られることがあります。しかし、我々が実際に水不足を経験することはそれほど多くなく、指標と現実のギャップを感じることがあります。

そこで、先ほど説明した CDTD 指標でも見てみると、余力は少ない(水資源量に対する取水量の割合は高い)かもしれないが、水を取りたい時にほぼ取れているという結果がおおむね得られます。つまり、操業リスクは高くないと判断できる場合があるのです。

このように、複数の指標を組み合わせることでより多面的に水リスクを判断するのが望ましいと考えています。

現在、Water security compass の世界版は既にほぼ完成版である「β版」として公開されています。日本版はまだ開発段階を表す「α版」ですが「β版」の公開に向け準備を進めています。ダウンロード機能の改善等ユーザーインターフェースの改良も進めています。

まずは是非一度ツールを使ってみてください。

国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響評価研究室 室長
花崎 直太 氏
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