データを活用して農林水産物の気候変動影響を予測
~企業の原材料調達リスクを把握する~

掲載日
本記事のポイント!
  • 「気候変動影響・適応研究プログラム(S-18)」とは?
  • 【有識者に聞く】農林水産物の気候変動将来予測データ

気候変動は企業の原材料の生産や調達に大きな影響を与える可能性があります。
特に気候や天候の影響を受けやすい農林水産物においては、気温上昇や異常気象による収量や品質の低下、気象災害によるサプライチェーンの断絶による調達コストの増加といったリスクが考えられ、深刻な場合は必要な原材料の入手が困難になる可能性も考えられます。

このようなリスクに伴う影響の程度を確認する方法としては、将来の生産量・価格を予測しているオープンデータを活用するほか、「気温がX℃上昇すると生産性がX%低下する」のように、気温等の変化と生産量との関係性を示す研究成果や企業内部の過去事例・データ等を活用することが考えられます。

※原材料調達の影響の程度を確認するパターンの例:
・1. 特定の年度、特定の地域における将来の生産量・価格を予測しているオープンデータ(気候変動によるパラメータ)を活用
・2.「例えばミニトマトは30℃を超えると成育が難しい」のように、作物が成育できる適正温度帯を示す研究成果等を活用
・3.「気温がX℃上昇すると生産性がX%低下する」のように、気候等の変化と生産量・価格との関係性を示す研究成果等を活用
・4.「米の適正温度帯から1℃上昇すると収量がX%減少する」のような企業や(提携する)農家が独自に保有するデータを活用
原材料調達の影響の程度を確認するパターン

本記事では、将来の生産量・価格等を予測したオープンデータのひとつとして、農林水産物の気候変動将来予測データ等について、テーマリーダーである農研機構 農業環境研究部門 エグゼクティブリサーチャーの長谷川利拡氏に解説していただきました。

なお、当該データは環境省が2020年度から5年間かけて推進した戦略的研究プロジェクト「気候変動影響・適応研究プログラム(S-18)」での研究成果になります。

「気候変動影響・適応研究プログラム(S-18)」とは?

環境省が2020年度から5年間かけて推進した戦略的研究プロジェクト「気候変動影響・適応研究プログラム(S-18)」は、以下5つの研究テーマが連携し、気候変動が社会や自然環境に及ぼす多様な影響を科学的に評価し、適応策の立案や政策決定に資するエビデンスを提供しています。

  • ① 総合的な気候変動影響予測・適応評価フレームワークの開発
  • ② 農林水産業分野を対象とした気候変動影響予測と適応策の評価
  • ③ 自然災害・水資源分野を対象とした気候変動影響予測と適応策の評価
  • ④ 国民の生活の質(QoL)とその基盤となるインフラ・地域産業への気候変動影響予測と適応策の検討と評価
  • ⑤ 気候変動影響及び適応策に関する経済評価手法の開発
S-18 研究構成:5つのテーマの連携で気候変動への適応に貢献する。
・テーマ1.総合的な気候変動影響予測・適応評価フレームワークの開発
・テーマ2.農林水産業分野を対象とした気候変動影響予測と適応策の評価
・テーマ3.自然災害・水資源分野を対象とした気候変動影響予測と適応策の評価
・テーマ4.国民の生活の質(QoL)とその基盤となるインフラ・地域産業への気候変動影響予測と適応策の検討と評価
・テーマ5.気候変動影響及び適応策に関する経済評価手法の開発
「気候変動影響・適応研究プログラム(S-18)」の概要

5つのテーマのうち、「②農林水産業分野を対象とした気候変動影響予測と適応策の評価」においては、農林水産業を対象に気候変動の将来影響を予測するためのデータを収集し、将来影響予測と適応策の効果の定量化を実施しています。
ここで開発された将来の生産量や適応策を予測・定量化しているオープンデータを将来の気温上昇に関するデータと照らし合わせて、原材料調達リスクの影響を確認することに活用可能です。

【有識者に聞く】農林水産物の気候変動将来予測データ

S-18ではどのように研究が行われたか教えてください。

長谷川

S-18の大きな特徴は、共通の将来気候シナリオを用いて、短期(2030年)、中期(2050年)、長期(2090年)といった様々な時間軸で、温室効果ガスの排出量が高い場合とそうでない場合を比較しながら、将来影響予測を行った点です。

特に米や果樹などの品目では1kmメッシュ単位の高解像度で予測を実施しました。
その結果、地域ごとの影響や品目ごとの脆弱な地域を抽出し、適応策の正の効果、負の効果(被害額や適応策のコスト等)も可能な限り定量化しました。

プロジェクト共通シナリオ

農業分野での具体的な研究成果を教えてください。

長谷川

多くの品目でそれぞれ手法は異なりますが、現時点での最新情報に基づき影響評価を実施しました。

例えば、コメは収量・品質を予測し、大豆は温暖化に伴い品質低下した大豆(青立ち)の収量を予測し、小麦は、産地は限られますが収量を予測しました。野菜では、施設で栽培する例としてトマトを対象とした収量や生理障害の発生、ホウレンソウの高温ストレス等の影響評価を行いました。果樹では、日本で最も生産量の多い果樹であるウンシュウミカン及び現在日本ではほとんど生産されていないアボガドへの気候変動の将来予測を明らかにするため、2つの栽培適地を評価しました。ここでは、コメについて具体的に解説します。

改良した水稲の生育収量予測モデルを用いて日本全体の水稲収量を予測した結果、従来の予測と比べて収量が低く算定されました。米粒が白く濁る白未熟粒率の予測では、高CO2濃度の影響を考慮した新たな推定モデルを用いた結果、従来よりも高い値が算定され、関東以西での増加がより顕著となりました。

2050年頃のコメの相対収量と白未熟粒率の割合

また、世界初だと思いますが、今回新たにコメ品種の高温耐性を上げることによる高品質米の生産量について定量化することができました。具体的には、現状の気温状況(産業革命前比 約 1℃ 上昇)では、日本全国で品質低下がはっきりと起こってしまいますが、高温耐性を高めることで 2℃ 或いは 2℃ を超えてもある程度品質が保たれるのではないかということがわかりました。

産業革命からの温度上昇と水稲の相対収量推定値の関係
(白未熟率が30%以下の高品質米収量のみ)

畜産・水産・林業分野の研究成果を教えてください。

長谷川

畜産分野では、これまで影響評価が行われていなかったため、今回の研究成果の多くが新規性の高いものとなっています。本研究では、主要な家畜種(乳牛、肥育豚、養鶏)を対象に、温度や湿度の変化によってどの地域で生産性が低下するかを予測しました。特に乳牛については、全国的に大きな影響が予測され、北海道以外の地域で生産性の低下が厳しいことが示されました。

具体的には、SSP2-4.5シナリオに基づき、温度と湿度をあわせた温湿度指数(THI)を算出し、今世紀末までの気候変動が乳量に及ぼす影響を推定しました。その結果、2030年代では、適温条件が18℃以下であり元来暑熱の影響を強く受ける泌乳牛では、本州のほぼ全域で顕著な生産性低下が予測されました。

適温条件と比較した場合の生産性低下率予測

水産分野では、データが限られているため影響評価は難しいですが、サンマ漁場の将来予測、ワカメ養殖の将来予測と適応策の評価、岩礁藻場とエゾアワビへの影響予測と適応策の検討などを行いました。

その結果、サンマの生産性低下や資源分布の変化(魚が深海や北方へ移動するなど)が確認されています。ワカメ養殖については、三陸地方と瀬戸内海における影響予測と適応策の評価を行いましたが、北(三陸地方)ではプラスの側面(生産性増大の可能性)がある一方、南(瀬戸内海)では生産性減少の可能性が高いことがわかりました。また、磯焼けの発生など海の生態系の脆弱化が進み、アワビなどの生産性にも影響が出ることも確認されました。

林業分野では、スギ人工林の面積・齢級の推移が炭素吸収量に及ぼす影響を全国レベルで明らかにするため、異なる4つのシナリオを設定し炭素吸収量のモデル予測を行いました。

その結果、炭素蓄積の観点で地域間の差が明確になり、地域ごとの気候条件や森林構造の違いを考慮した管理の重要性が示唆されました。具体的には、南日本ではスギの伐採率と再植林率を高く維持することが有効な手法である一方、北日本では伐採率や再植林率を低く抑える管理も現実的な選択肢となることがわかりました。

研究成果(データ)を企業の気候変動将来予測に活用する際の留意点はありますか。

長谷川

原材料の品目によってはまだ十分にデータを提供できていないものもあります
例えば、(飼料用)とうもろこしは、世界的には将来予測に関するデータ量が豊富で、産地別の変化の研究も行われていますが、大豆は、とうもろこしに比べて研究例が限られています。

また、オープンデータに使用されている気候シナリオについては、時間的・空間的な解像度や異常気象の再現性に限界があります。
作物収量の予測についても、平均的な長期変化に対する予測の不確実性は近年低減しつつありますが、高温、乾燥、冠水、病虫害の発生など、突発的な事象を要因とする変動については依然として不確実性が大きい状況です。品目によって差はあるものの、将来の収量の年々変化を高い精度で予測することは、現時点ではなお困難です。
そのため、10年、20年といった長期の視点で影響の程度を見ることが重要です。

解説いただいた研究成果(データ)はどこで見ることができますか。

長谷川

公開可能なデータは A-PLAT で順次公開する予定です。一般向けの解説も行っていますが、より専門的な利用を希望する方には A-PLAT 上で地球メッシュデータなどの詳細データも提供する予定です。
公開時期は品目ごとに異なりますが、例えばコメについては今年度中(2026年3月迄)の公開を目指しています。

農研機構 農業環境研究部門 エグゼクティブリサーチャー 長谷川利拡氏
ページ上部へもどる