百年先を見据えた酒造り -酒蔵の県外移転-

三千櫻酒造株式会社

製造業
掲載日 2021年6月16日
適応分野 産業・経済活動

会社概要

三千櫻酒造株式会社のロゴ
三千櫻酒造株式会社は1877年(明治4年)に岐阜県中津川市で創業。木曽山脈を臨む風光明美な地で農薬を極力使わず育てた地元米と自社の山から湧き出る清水を使用し、創業者・山田三千介の名に由来する日本酒「三千櫻(みちざくら)」を製造してきた。2020年11月に本拠地を北海道東川町に移転し、町内初の酒蔵として、また全国でも珍しい公設民営型酒造として新しいスタートを切った。三千櫻酒造はこれからも、地元に愛される酒造りはもちろん、東川町が自信を持って日本全国そして世界へ発信できる酒造りに邁進していく。

気候変動による影響

三千櫻酒造は、創業地の岐阜県中津川市で143年間酒造りを続けてきた。日本酒「三千櫻」の生産量は年間一升瓶2万本で、味はすっきりとした甘口でもキレがあり、どんな料理にも合うと評判で東京を中心に顧客から支持を獲得してきた。

その一方で、明治時代の創業時以来使われてきた酒蔵は、一部を増改築しつつ維持しながらも老朽化が進んでいた。また、酒造りには徹底した温度管理が必要だが、地球温暖化による平均気温の上昇やここ数年の暖冬続きにより、冷却作業等の温度管理も難しくなってきていた。麹や酵母がお酒の味を決めるが、酵母は室温が上昇すると発酵が速く進み過ぎるなど支障が出るため、わずかな気温の変化でも、思うようなお酒を造ることが困難になっていた。

気候変動リスクに関する取組

三千櫻酒造が施設の老朽化と温暖化により難化する温度管理の解決策を模索していた2019年に、北海道東川町が全国でも珍しい「公設民営型」酒造の運営会社を公募しており、それに三千櫻酒造が名乗りを上げた。公設民営とは、酒蔵の設備は町が用意し、酒造りや蔵の運営を民間酒蔵に一任する制度である。東川町は北海道の中央に近い大雪山旭岳の麓に位置し道内屈指の米どころでありながらも、地酒や酒造りのノウハウがなかった。このため、三千櫻酒造の提案は、製造環境が変わっても品質を維持・向上できる技術だけでなく、新規雇用が見込まれること、蔵見学が観光資源にもなること、海外(メキシコ)で日本酒づくりを指導した実績があり外国語が堪能な職員が東川町の魅力や地場産の日本酒を対外的に広く発信できること等、多くの点が東川町により評価され、審査により運営委託が決定した。2020年11月に新施設が完成し、落成式が行われた。

三千櫻と地元の農業協同組合(JA)の連携も始まっている。JAは役員が初めて酒米栽培を行い、品質の良い酒米が収穫された。また、水田の大型化に伴い、個々経営者の投資抑制とコスト削減、高品質化と付加価値向上のために、生産者の共同利用施設としてJAによりカントリーエレベーター(大型倉庫)等の建設が計画されている。

また、東川町とJ Aは、ふるさと納税制度の充実化によって生産者の負担軽減を図る取組みを進めている。この一環で、三千櫻酒造の既存の銘柄に加え、酒米品種である東川産「彗星」や「きたしずく」で醸造した東川オリジナル日本酒が展開され、2020年12月よりふるさと納税の返礼品「東川町伏流水仕込みオリジナル限定酒」として予約受付が開始された。

効果/期待される効果等

創業地から酒蔵を異なる環境へ移転させることはそれまでに培ってきた酒造りの全てを変えることになり、酒蔵にとっては困難を伴う決断であった。酒造りは原料の米、水、気温が違えば味も変わる。それでも、歴史ある製法や創業以来の銘柄「三千櫻」を守りながら、新天地である東川町の豊かな資源を活用した新しい酒造りを絶やさず続けることは、変わりつつある環境下での適応策であり、三千櫻酒造と東川町の地元産業界、住民、行政が一体となったイノベーションでもある。北の大地に酒造りの可能性を見出した老舗の酒蔵と、特産品の開発を求めた町の共同の取組みとして、三千櫻酒造は今後も商品開発を進めるとともに、酒米の育成や、町おこしを続けていく。

図1 創業地の岐阜県中津川市の三千櫻酒造と昭和30年の当社の様子(出典:三千櫻酒造)
図2 北海道東川町の新しい酒造施設(移転後)(出典:三千櫻酒造)

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