TCFD提言を踏まえた気候変動の緩和と適応への貢献

農林中央金庫

業種:金融業、保険業
掲載日 2022年9月29日
適応分野 産業・経済活動

会社概要

農林中央金庫ロゴ

農林中央金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的に、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行う。

気候変動による影響

当金庫の事業基盤となる国内農林水産業に対して、気候変動によって食糧生産、地域活性化や国土保全等の機能などへの影響が懸念される。また、温室効果ガス(GHG)排出などにより農林水産業そのものが環境に負荷をかけている面もある。

取り組み

当金庫は、金融安定理事会(FSB)によって設立されたTCFDの提言に対して、2019年に賛同表明した。2020年度には、気候変動が当金庫の事業に与えるリスク(図1)のうち、TCFD提言が定めるセクター等を対象に、移行リスク・物理的リスクがどの地域でどのタイミングで発生するかを評価した(図2)。そして、2021年度には物理的リスクの急性リスクである洪水の影響分析、農業セクターの稲作・畜産を対象とした慢性リスクの分析を実施した(注1)。以下に、その結果の概要を記載する。

●物理的リスク(急性リスク)のシナリオ分析:洪水

近年大きな被害が発生している洪水被害の分析を実施した(図3)。分析は国内融資先の国内重要拠点に加え、当金庫が差入れを受けている国内の不動産担保も対象とした。分析の結果、急性リスクの影響を合計すると2050年までに、累計で50億円程度の与信コストの増加となり、与信ポートフォリオに与える影響については限定的な結果となった。

●物理的リスク(慢性リスク)のシナリオ分析:稲作、畜産

当金庫にとって重要な農業セクターに対する慢性リスクのシナリオ分析を実施した(注2、図4)。分析対象品目は、従事する農業者数や生産量が多い、稲作、畜産(生乳・肉牛)とし、分析では気候変動に伴う気温の上昇等が分析対象品目の生産量・価格に与える影響を推計した上で、最終的に生産者の収入への影響を試算した。分析結果は、以下の通りである。

稲作 生乳 肉牛
生産量の影響
(4℃上昇)
ほぼ全国で稲作にとっての適温を超えるため、全国生産量は▲6.4%の減少。 年間の中で季節による差異が大きく、冬場は大きな影響は生じないが、夏場は暑熱環境が乳量に影響を及ぼし▲4.0%減少し、全国の年間生産量は▲1.1%の減少。 気温上昇により肥育に影響を受けたことで、和牛の枝肉生産量が▲0.8%、国産牛の同生産量は▲1.6%と、全国の同生産量は▲1.2%の減少。
生産量の影響
(2℃上昇)
東日本を中心に幅広い地域が稲作にとって適温となるため、全国生産量は+3.3%の増加。 降水量の要因はほぼなく、気温上昇により年間生産量は▲0.2%と僅かに減少。冬から春の生産量は変わらず、どの地域も夏の生産量は▲1.0%程度の減少。 和牛は▲0.2%、国産牛は▲0.4%、全国生産量は▲0.3%の小幅な減少。
価格の影響
(4℃および2℃上昇)
4℃上昇:コメの品質(一等米比率)は悪化するが、生産量減少による価格上昇により+1.4%の上昇。
2℃上昇:生産量増加による価格低下、および品質の若干の悪化により▲1.6%の低下。
気温上昇により生乳生産量が減少することで、生乳価格の上昇が見込まれ、4°C上昇では+0.9%、2°C上昇では+0.2%の価格上昇が見込まれる。 需給要因と牛マルキン制度(注3)による交付金などにより、4°C上昇では+0.6%の手取り価格上昇、2°C上昇では+0.2%の手取り価格上昇が見込まれる。
収入の影響
(適応策なし)
4°C上昇:21世紀末までに20世紀末対比で、生産量の減少と品質悪化により、稲作にかかる収入は▲5.0%の減少となる可能性がある。
2°C上昇:稲作の栽培適地が増えるため、21世紀末までに+1.7%の収入増加が見込まれる。
生乳生産の収入は4°C上昇の場合でも、2°C上昇の場合でも、21世紀末は20世紀末対比で最大でそれぞれ▲0.1%の減少、±0.0%とほぼ横ばいとの分析結果。これは、生産量減少の影響を価格上昇で打ち消すためである。 肉牛肥育全体の収入に関しては4°C上昇の場合、21世紀末は20世紀末対比で最大で▲0.6%、2°C上昇の場合は、▲0.2%収入が減少するとの分析結果です。和牛についてはいずれのシナリオでも小幅増の収入を確保できるが、国産牛は生産量減少を主因に最大で▲1.4%の収入減少の可能性がある。
収入の影響
(適応策導入(注4))
4°C上昇の場合、①高温耐性品種の導入、②稲の移植日を1〜2カ月移動という適応策の導入により、収入は全国で+3.5%(未実施対比+8.5%)の増加となる。 生乳生産における適応策として「細霧装置の普及・高度化」を想定して分析を実施。
適応策により気温上昇による影響は抑制され、収入は横ばいを確保可能との分析結果。
生乳生産と同様に、適応策として「細霧装置の普及・高度化」を想定して分析を実施。
生乳生産と同様に、適応策により収入は横ばいもしくは小幅増を確保可能との分析結果。

効果/期待される効果等

気候変動への対応は、当金庫の使命である農林水産業の発展に貢献するものと考えており、気候変動に関連する機会とリスクの観点に着目し、引き続き事業活動を通じて緩和と適応に貢献する取組みを進めていく。

図1 農林中央金庫で認識する気候変動リスク

図2 気候変動に伴うセクター別のリスク評価

図3 物理的リスク(急性リスク)・シナリオ分析の概要

図4 物理的リスク(慢性リスク)・シナリオ分析の概要

脚注
(注1) 急性リスクとは、自然災害のような事象に起因するリスク。 慢性リスクとは、降雨量 の変化や気候の変化など、長期的な変化により継続的な問題が発生するリスク。
(注2) 農業セクターのシナリオ分析は、①国際的にも手法が未確立、②データが不完全、③多様かつ複雑な影響経路といったモデルの限界が数多くあるため、複数の前提・仮説を置いた分析となっている。また、分析対象は収入であり、所得(=収入から費用等を差し引いたもの)ではないため、実際の農業経営への影響とは異なる可能性がある点に留意。
本分析では、気温上昇に対して対策を講じなかった場合と、気温上昇に対して適応し対策を講じた場合の2通りで、21世紀末における収入の変化を20世紀末対比で推計。分析の際のシナリオについては、IPCCのRCP2.6とRCP8.5を採用し、計4通りの分析を実施。
(注3) 牛マルキンとは、肉用牛肥育経営安定交付金のこと。
畜産経営の安定に関する法律に基づき、標準的販売価格が標準的生産費を下回った場合に、肉用牛生産者又は肉豚生産者の経営に及ぼす影響を緩和するための交付金を交付することにより、肉用牛肥育経営及び養豚経営の安定を図ることを目的とした制度。
(注4) 適応策にかかる費用算定は現時点では困難であり、含んでいない。収入から費用等を差し引いた所得段階では減少の可能性もある点に留意する。

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