TCFD・TNFD フレームワークに基づく統合情報開示
-物理的リスク-

MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社

業種:金融業、保険業

更新日2025年2月12日
掲載日2022年9月21日
適応分野産業・経済活動

会社概要

MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社

MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社は、三井住友海上火災保険株式会社、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社を中核とする、保険・金融グループの持株会社である。国内損害保険事業を基軸に、国内生命保険事業、金融サービス事業、海外事業、リスク関連サービス事業を展開し、財務健全性の強化、国内損保事業の収益力の向上、海外展開のための基盤整備などに取り組んでいる。

気候変動による影響

将来の気候変動や生物多様性の損失に関するリスクの変動は、損害保険業界に多大な影響を与える。当社グループでは、台風や豪雨による風水災のほか、森林火災や雹災など、気候変動に関連する自然災害リスクの増大が既に保険引受において財務的影響をおよぼしている。また、気候だけでなく水資源の枯渇など自然資本関連のさまざまなリスクによる影響が、社会や事業活動において中長期的に高まっていくと想定される(図1)。

取り組み

当社グループでは、気候変動による影響を大きいものと認識し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の考えに2017年12月に賛同した。また、2021年に発足された自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)へ参画し、TNFD Early Adopter(注1)として2023年に署名した。そして、気候変動への対応と自然資本の持続可能性向上、生物多様性の保全・回復を統合的に捉えて取組みを進めており、TCFD及び、TNFDが提言するフレームワークに沿って、両方の要素を統合的に開示している。

当社グループは、気候変動や自然資本の毀損が、保険引受や投融資とどのような接点を持ち、どのような影響を及ぼすかを分析した。

①保険引受における物理的リスクの分析

(a)シナリオ分析:台風の変化による保険金支払への影響分析
国内の損害保険契約(火災保険、海上保険、傷害保険、自動車保険等)を対象として、台風による保険金支払いに与える影響について分析した(注2)。

●台風自体の変化
4℃シナリオ(RCP8.5)(注3)における2050年において、台風の保険金支払は、「勢力」の変化によって約+5%~約+50%、また、「発生頻度」の変化によって約▲30%~約+28%、各々変化する可能性があるという結果となった。

●台風による高潮の変化
2℃シナリオ(RCP4.5)(注4)、4℃シナリオ(RCP8.5)では、2030 年及び 2050 年における支払保険金は、いずれの場合も数%程度増加する可能性があるという結果となった。

(b) 自然の機能を活かした水災リスク抑制効果の分析
当社では自然に根ざした洪水防止機能を発揮するグリーンインフラによる水災リスクの低減策の推進に向けて、土地利用の変化(舗装面の増加/雨水浸透面の設置)によるリスクと機会について、TNFDのLEAPアプローチ(注5)に示された「自然への依存、インパクト、リスクと機会の関連性」のチャートを使って整理し、同アプローチの手順に沿って定量的な評価を行った。

【対象とした地域・流域】
九州北西部で近年連続して浸水被害が発生している中核市の中小河川。河川流域(7.8km2)

【浸透・貯留ケース設定】

【対象降雨】
・平成30年7月豪雨における降雨量の実績値
・2050年のSSP1-2.6及び、SSP5-8.5シナリオに基づく降雨量

【分析手法】
(ア)実績の降雨量から雨庭設置で得られる「雨庭へ貯留・浸透される降雨量」を差し引くことで、雨庭設置の効果をシミュレーションに反映
(イ)ピークカットされる降雨の時系列(赤棒グラフ)をRRIモデルに与えて浸水深を計算

分析の結果、H30年7月豪雨のケースでは畑地転用により被害額は9.1億円抑制され、雨庭設置実験によって被害額は21.1億円抑制された。また、いずれの降雨シナリオにおいても、雨庭設置対策が最も被害額を抑制するという結果となった(図2)。

②投融資における物理的リスクの分析

(a)シナリオ分析:投融資先上位500社の物理的リスク評価
当社グループ投融資(株式・社債・企業融資)ポートフォリオ上位500社を選定し、気候変動による洪水・風災リスクの影響について、株式・社債・企業融資ごとに、売上インパクト・アセットインパクトの双方を分析した(図3)。

分析の結果、最もリスクが増大する株式の4℃超シナリオにおいて、2050年時点で売上損害、資産損害の影響がそれぞれ5.2%程度(洪水、風災の合計)増大する可能性があることがわかった。ただし投融資先の売上対比では、投融資ポートフォリオ全体としての影響は限定的と考えられる。なお、投融資先のバリューチェーンを通じた影響は考慮されていないため、今後の課題とする。

③自社事業拠点における物理的リスクの分析

(a)シナリオ分析:自社事業拠点の洪水リスクファインダーによる分析
当社グループが保有する国内の主要70拠点の不動産を対象に、気候変動シナリオ下での洪水被害を把握し、気候変動による洪水の浸水被害の増大を分析した。

分析の結果、年に1%の確率で発生する洪水(国交省ハザードマップの計画規模洪水に相当)について、SSP1-2.6シナリオでは2050年に浸水深が高くなる傾向があるが、これは気候変動シナリオの分析における不確実性などが原因と考えられ、新たに浸水する可能性がある拠点はなかった。SSP5-8.5シナリオでは、2020年に浸水する可能性があった拠点で、2050年に浸水深が増加する傾向が多く見られる。また、2080年時点では、新たに1拠点が浸水する可能性があることが確認された。

年に0.1%の確率で発生する洪水(国交省ハザードマップの想定最大規模洪水に相当)については、SSP1-2.6シナリオでは、2080年に新たに浸水する可能性がある拠点が1つ増えると予測されている。SSP5-8.5シナリオでは、2050年には既存の拠点で2m以上の浸水が見られる拠点が増加し、新たに浸水する拠点が1つ増えると予測されている。更に、2080年には新たに浸水する拠点がもう1つ増加する可能性がある。

効果/期待される効果等

当社グループは、特定した気候・自然関連の物理的リスク、移行リスクを踏まえ、リスクそのものの発生を抑制するとともに、リスクを引き起こす要因となる社会課題の解決に力を注いでいる。「リスクを見つけ伝える」「リスクの発現を防ぐ・影響を小さくする」「経済的な負担を小さくする」、この取組みにより、企業活動を通じた社会との共通価値の創造を実現していく(図7)。

気候・自然関連の物理的リスク
図1 気候・自然関連の物理的リスク
降雨シナリオ別実験 建物被害額
図2 降雨シナリオ別実験 建物被害額
投融資先上位500社の物理的リスク分析に使用するモデルや手法等
図3 投融資先上位500社の物理的リスク分析に使用するモデルや手法等
自社事業拠点における物理的リスク分析に使用するツールやシナリオ等
※1..東京大学、芝浦工業大学、MS&ADインターリスク総研、及び当社が共同で2018年に立ち上げたLaRC-Floodプロジェクトの成果を基に、MS&ADインターリスク総研が提供しているWebツール。
※2..2081-2100年の世界平均気温が、1986-2005年と比べて1.1-2.6℃(平均1.8℃)上昇するシナリオ。2046-2065年では平均1.4℃の上昇。
※3..2081-2100年の世界平均気温が、1986-2005年と比べて2.6-4.8℃(平均3.7℃)上昇するシナリオ。2046-2065年では平均2.0℃の上昇。
図4 自社事業拠点における物理的リスク分析に使用するツールやシナリオ等
【1%洪水】各年代及び各シナリオでの洪水浸水深の変化(拠点数の割合)
図5 【1%洪水】各年代及び各シナリオでの洪水浸水深の変化(拠点数の割合)
【0.1%洪水】各年代及び各シナリオでの洪水浸水深の変化(拠点数の割合)
図6 【0.1%洪水】各年代及び各シナリオでの洪水浸水深の変化(拠点数の割合)
気候・自然関連の機会
図7 気候・自然関連の機会

脚注
(注1)「TNFD Early Adopter」とは、2023年9月に公表された自然関連財務情報開示枠組である「TNFD開示提言」を採用し、2024年1月10日までにそれを宣言した企業のこと。(出典:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures
(注2)国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP.FI)が2018年度に立ち上げた将来の気候変動が保険引受に与える影響を分析する手法を検討するプロジェクトに、当社グループを含む持続可能な保険原則(PSI)の署名保険会社20社以上のメンバーが参画し、開発した2つの分析評価ツール(①②)を使用。
①台風自体の「勢力」と「発生頻度」の変化に着目し、これらに関するKnutson.et.al..(2020)の研究成果を参照して、4℃シナリオ(RCP8.5)における2050年を対象とした分析評価ツール
②台風による高潮の変化について、世界資源研究所(WRI)による高潮被害等を評価するツール(Aqueduct.Flood)を参照して、2℃シナリオ(RCP4.5)及び4℃シナリオ(RCP8.5)における2030年及び2050年を対象とした分析評価ツール
(注3)2081-2100年の世界平均気温が、1986-2005年と比べて2.6-4.8℃(平均3.7℃)上昇するシナリオ。2046-2065年では平均2.0℃の上昇。
(注4)2081-2100年の世界平均気温が、1986-2005年と比べて1.1-2.6℃(平均1.8℃)上昇するシナリオ。2046-2065年では平均1.4℃の上昇。
(注5)LEAPアプローチは、自然との接点、自然との依存関係、インパクト、リスク、機会など、自然関連課題の評価のためTNFDにより開発されたの統合的なアプローチ手法。LEAPアプローチでは、スコーピングを経て、Locate(発見する)、Evaluate(診断する)、Assess(評価する)、Prepare(準備する)のステップを踏み、TNFD情報開示に向けた準備を行う。(出典:環境省 LEAP/TNFDの解説(2023年11月29日)

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