【STEP 3】 将来の気候変動影響の整理
将来想定される気候変動影響の情報を収集し、整理します。
地域適応計画は、より効果的かつ効率的な適応策の実施のために、将来変化していく気候変動影響を見据えて策定することが大変重要です。
例えば、河川の水門の施設などは、計画の立案、設計、施工、施設の使用までを考えると数十年の長期にわたり、一度造ると、気候変動影響が拡大して対処が困難になってきた場合でも、簡単に施設を更新することはできません。そのため、新規に建設する場合は、設計段階から将来の気候変動影響を考慮することで、効率的に将来の安全性を確保することができます。このように、将来の気候変動影響に備え、今から対策を実施しなければならない施策は他にも多くあります。
ここでは、STEP2で収集した気候・気象現象の影響が、将来どのように変化するか、これまで経験していない影響が新たに生じる可能性があるかなど、将来の気候変動影響を整理します。
気候変動への適応の観点からは、これまでに経験していない影響が将来新たに生じる可能性についても、広く情報収集することが重要です(p.58参照)。また、負の影響だけでなく、機会(チャンス)に関する情報も収集し、適応取組を地域の魅力向上や地域経済の活性化などにつなげることも重要です。
また、気候変動だけが要因ではない複合的な影響についても、気候変動によって、問題がより深刻化することも考えられるため、幅広く情報を収集します。
ステージ1 |
国の気候変動影響評価報告書や関連する報告書、都道府県の計画、A-PLATの予測情報等を参考に、区域内の将来の影響を整理する。 |
ステージ2 |
庁内の行政資料や計画を参照する。又は、庁内の関係部局及びその管轄下にある試験研究機関に問い合わせて情報収集を行う。 |
ステージ3 |
大学や研究機関による将来の気候変動影響に関する研究論文等を収集する。 |
国の気候変動影響評価報告書や関連する報告書、都道府県の計画、 A-PLATの予測情報等を参考に、区域内の将来の影響を整理する。
気候変動の将来の影響に関する情報を収集する際、国の気候変動影響評価報告書の「将来予測される影響」の記述から区域に関する気候変動影響を抜き出すことで、中長期的に影響を受けやすい分野を把握することができます。
また、A-PLATには、コメの収量や品質、熱中症搬送者数といった、いくつかの気候変動影響の将来予測が、マップやグラフで提供されています(p. 100参照)。
まずは、国の報告書やA-PLATの情報を基に、区域に関係する気候変動影響情報を整理します。表 24(p.57)に参考になる報告書や資料を示しています。
市町村では、都道府県の地域適応計画に記載されている区域の将来の気候変動影響を活用したり、近隣市町村の地域適応計画を参考にすることも考えられます。
事例 |
県の調査結果を活用した市の計画策定 |
栃木県大田原市「大田原市気候変動適応計画ー第0版」 |
|
栃木県大田原市では栃木県地球温暖化対策実行計画及び令和元年度栃木県気候変動影響調査の調査結果を参照し、大田原市に関連する影響についてまとめています。以下の大田原市の将来影響の記載は図左側の「栃木県の調査結果」から、大田原市に関連する予測情報を抽出して整理しています。 ![]() 図 27 県の調査結果を用いた将来影響の予測の整理 |
追加事例
国や県の影響予測情報を活用した市の計画策定
※追加事例は、国立環境研究所が本マニュアル策定後(令和5年9月)に追加した事例です。
静岡県三島市「第3次三島市環境基本計画」
静岡県三島市では、令和4年3月に策定された「第3次三島市環境基本計画」において、気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)の気候変動の将来予測WebGISを活用して、三島市における気候変動影響について整理しています。以下の例では、コメの収量について、厳しい温暖化対策を取った場合(RCP2.6)と厳しい温暖化対策を取らなかった場合(RCP8.5)のそれぞれで収量がどのように変化するかをマップで示しています。

出典:第3次三島市環境基本計画(令和4年、三島市)
千葉県印西市「第3次印西市環境基本計画」
千葉県印西市では、令和4年3月に策定した「第3次印西市環境基本計画」で、気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)の気候変動の将来予測WebGISを活用しています。熱中症搬送者数、コメ収量(品質重視)の増減の21世紀末における影響について、厳しい地球温暖化対策を実施した場合(RCP2.6)と、地球温暖化対策を実施しなかった場合(RCP8.5)の出力結果を表示しています。

出典:第3次印西市環境基本計画(令和4年、印西市)
岐阜県岐阜市「岐阜市地球温暖化対策実行計画(区域施策編)」
岐阜県岐阜市では、令和5年3月に新規策定した「岐阜市地球温暖化対策実行計画(区域施策編)」で、県の気候変動影響の予測結果を使用して市の影響を整理しています。以下の例では、岐阜県気候変動適応センターが作成した「富有柿の栽培に適した土地の範囲」の予測結果を掲載しています。

出典:岐阜市地球温暖化対策実行計画(区域施策編)(令和5年、岐阜市)
情報整理シートの記入例
表 20 STEP3_ステージ1(例:農業・林業・水産業分野)
|
【STEP2】 |
【STEP3】 |
|||
---|---|---|---|---|---|
分野 |
大項目 |
項目 |
2-1 |
2-2 |
2-1が将来どのような状況になるのか整理 |
これまでに生じていると考えられる気候変動影響を整理 |
2-1の原因となる |
||||
農業・ |
農業 |
水稲 |
一等米比率の低下 |
気温の上昇 |
一等米の比率は、登熟期間の気温が上昇することにより全国的に減少することが予測されている。 |
庁内の行政資料や計画を参照する。又は、庁内の関係部局及びその管轄下にある試験研究機関に問い合わせて情報収集を行う。
庁内の各部局が管理する行政資料や各種計画には、各分野の将来の影響に関連した内容が含まれている場合があります。
また、各部局の管轄下にある試験研究機関等では、区域の気候変動影響に関する詳細な将来予測を行っている場合があり、区域の状況に応じた適応を推進する上で、有用な情報となります。
そこで、各種行政資料及び計画を参照するほか、関係部局に問い合わせることで情報を収集します。
参考となる行政資料や計画については「行政資料に関する参考情報」表 16 (p.46)を御参照ください。
事例 |
地域の気候変動影響等の取りまとめ |
滋賀県「滋賀県の気候変動影響等とりまとめ」 |
|
滋賀県気候変動適応センターは令和3年3月に改定した「滋賀県の気候変動影響等とりまとめ」において、滋賀県で今後生じる可能性のある影響(現時点で気候変動との因果関係が不明のものも含む)について「気候変動適応計画」、「気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018」、「気候変動影響報告書」のみならず庁内照会結果及び県民や県内企業との意見交換結果を用いて整理しています。 ![]() 図 28 滋賀県における産業・経済活動に関する将来影響予測 |
追加事例
地域の気候変動影響等の取りまとめ
※追加事例は、国立環境研究所が本マニュアル策定後(令和5年9月)に追加した事例です。
大阪府「大阪府地球温暖化対策実行計画(区域施策編)」
大阪府は、令和3年3月に改定した「大阪府地球温暖化対策実行計画(区域施策編)」に掲げた適応策を推進するため、「気候変動への適応に係る影響・施策集」で今後の具体的な取組例を整理しています。その中で、地域の研究機関による影響予測を活用しています。以下の例では、地域気候変動適応センターである大阪府立環境農林水産総合研究所が実施した熱中症発生率の推定結果を掲載しています。

出典:気候変動への適応に係る影響・施策集(令和3年、大阪府)を一部編集
事例 |
北海道の研究機関の研究成果を活用した影響予測の整理 |
北海道「北海道気候変動適応計画」 |
|
北海道が令和2年3月に策定した「北海道気候変動適応計画」では「農業」に係る影響予測について、北海道立総合研究機構農業研究本部中央試験場が平成23年に取りまとめた「戦略研究『地球温暖化と生産構造の変化に対応できる北海道農林業の構築―気候変動が道内主要作物に及ぼす影響の予測―』成果集」において示されている内容等に沿って整理しています。また、水稲の影響にあるように、食味の向上など、プラスの影響も同時にまとめられています。 ![]() 図 29 北海道における水稲と果樹と麦、大豆、飼料作物等に関する影響予測結果
|
情報整理シートの記入例
表 21 STEP3_ステージ2(例:農業・林業・水産業分野)
【STEP2】 |
【STEP3】 |
||||
---|---|---|---|---|---|
分野 |
大項目 |
項目 |
2-1 |
2-2 |
2-1が将来どのような状況になるのか整理 |
これまでに生じていると考えられる気候変動影響を整理 |
2-1の原因となる気象現象を整理 |
||||
農業・ |
農業 |
水稲 |
一等米比率の低下 |
高温 |
気候変動に伴う気温の上昇により水稲の一等米比率が低下する可能性がある |
大学や研究機関による将来の気候変動影響に関する研究論文等を収集する。
特に区域内に拠点を置く大学や研究機関においては、区域を対象とした気候変動影響に関する研究を実施している場合があります。
例えば、論文検索サービス等を使って、区域の将来の気候変動影響に関する研究論文等を収集することで、有用な情報を入手することができます。
また、大学や研究機関へのヒアリングや問合せ等を通じて、気候変動とその影響に関する研究の実施の有無、実施内容やその結果に関するより詳細な情報を入手できる可能性があります。
さらに、区域特有の気候変動影響について、大学や研究機関等と連携した調査・研究を行い、その結果を活用することも考えられます。その場合、以下のような手順で、気候変動影響の将来予測を実施することが考えられます。
①調査・研究の実施体制を構築する。
区域特有の気候変動影響の将来予測には、高度な専門性を必要とします。また、影響予測を実施したい分野や項目によって、実施可能な機関が異なります。そのため、大学や研究機関、専門技術を有する民間企業等の情報を収集し、実施体制を構築します。
②影響予測の実施計画を作成する。
影響予測の対象となる分野や項目、予測の前提条件、アウトプットのイメージ等を検討し、計画を作成します。
予測の前提条件には、「利用する気候モデル」「排出シナリオ」(p.33参照)「予測を行う時期」などがあります。施策を立案するに当たって、どのような条件の予測情報が必要であるか、専門家と検討を行って決定します。
地域特有の気候変動影響の予測を行う際の前提条件の例を表 22に示します。
表 22 地域特有の気候変動影響予測における前提条件の例
項目 |
例 |
---|---|
利用する気候モデル |
日本で開発されたモデル(MRI、MIROCなど) |
排出シナリオ |
「RCP2.6(パリ協定の2度目標の達成相当)」と「RCP8.5(気温上昇が最大となるシナリオ)」 |
予測を行う時期 |
「21世紀半ば」と「21世紀末」 |
アウトプットは、将来の気候変動影響マップや現在の状態と比較したグラフなどが考えられますが、将来影響に対する適応策を検討しやすい形式とすることが望ましいと考えられます。
③影響予測を実施し、結果を取りまとめる。
大学や研究機関、民間企業等にて予測を実施し、提供された結果を取りまとめます。予測結果は前提条件や気候モデルの特徴などによって異なるほか、不確実性を含んでいます。予測結果の前提条件や解釈の仕方、活用の方法については、予測を実施した専門家の協力や助言を得ることが望ましいと考えられます。
事例 |
研究論文を参照した将来影響の整理 |
①徳島県「徳島県気候変動対策推進計画(適応編)」 |
|
徳島県が令和3年3月に公表した「徳島県気候変動対策推進計画(適応編)」では、観光業に関する将来影響予測についての研究論文を参照し、将来影響について記載しています。 ![]() 図 30 徳島県における観光業に関する影響予測結果 |
|
②福島県「福島県の気候変動と影響の予測」 |
福島県は平成27年度に福島大学を研究代表として研究委託を行い、また、国立環境研究所の協力を得て、福島県における気候変動影響の予測調査を実施しました。 この県独自の気候予測・影響予測の結果を平成28年3月、「福島県の気候変動と影響予測」として公表しました。これまで国の主導で行われてきた影響予測項目以外に、県の特産物であるモモの予測を加えています。
![]()
モモの栽培適地の予測結果 気候的には山岳地域の高所の低温不適地を除いて、福島県のほとんどの地域がモモの栽培適地になると予測されている。
![]() 図 31 福島県の影響予測結果一覧(上)とモモの栽培適地の予測結果(下) 出典:福島県の気候変動と影響の予測(平成28年、福島県)一部編集 |
情報整理シートの記入例
表 23 STEP3_ステージ3(例:農業・林業・水産業分野)
【STEP2】 |
【STEP3】 |
||||
---|---|---|---|---|---|
分野 |
大項目 |
項目 |
2-1 |
2-2 |
2-1が将来どのような状況になるのか整理 |
これまでに生じていると考えられる気候変動影響を整理 |
2-1の原因となる気象現象を整理 |
||||
農業・ |
農業 |
水稲 |
一等米比率の低下 |
高温 |
・高品質の水稲の割合が21世紀中頃には気温の上昇によって、現在よりも●~●%低下すると予測されている。 |
参考情報 |
STEP 3で活用できる参考資料 表 24 将来の気候変動影響、分野間の影響の連鎖に関する参考情報 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
■資料集に掲載されている参考資料
関連する資料集に掲載されている参考資料をすぐ確認できるよう、抜粋してHTML版で掲載しています。
参考資料1-8
気候変動影響評価報告書 総説
環境省:https://www.env.go.jp/content/900516663.pdf
2020年発行
対象STEP : STEP 2,3,6
【概要】
気候変動適応法第10条に基づき、気候変動及び多様な分野における気候変動影響の観測、監視、予測及び評価に関する最新の科学的知見を踏まえた、気候変動影響の総合的な評価についての報告書。
「総説」では、影響評価の要約に加え、日本における気候変動の概要や影響評価に関連する現在の取組、課題や展望等をまとめている。

参考資料1-9
気候変動影響評価報告書 詳細
環境省:https://www.env.go.jp/content/900516664.pdf
2020年発行
対象STEP : STEP2,3
【概要】
気候変動適応法第10条に基づき、気候変動及び多様な分野における気候変動影響の観測、監視、予測及び評価に関する最新の科学的知見を踏まえた、気候変動影響の総合的な評価についての報告書。
「詳細」では、影響評価の詳細な内容を、引用した論文、レポート等と併せて紹介している。

参考資料1-10
気候変動影響評価報告書の引用文献
対象STEP : STEP2,3
【概要】
気候変動影響評価報告書(参考資料4-1、4-2)に掲載されている引用文献の一覧を分野ごとに掲載したページ。

参考資料3-1
インフォグラフィック
対象STEP : STEP 2,3,5,6
【概要】
7分野の代表的な項目について、影響の要因、現在の状況と将来予測、適応策の関係性を示した上で、適応策を体系的に整理した資料。適応策を理解し、各地域で検討する上で活用できる。

参考 |
将来影響予測がされていない(文献等が見付らない)場合の考え方 |
将来予測が行われている気候変動影響の分野・項目は限られています。そのため、STEP2で整理した影響に対し、将来の予測情報が見付らない場合も考えられます。そのような場合であっても、影響の要因となる気候・気象が明らかであれば、以下の考え方を用いることで、将来の影響を整理することができます。 ① STEP2で整理した気候変動影響の原因となった気候・気象を確認 ② ①で確認した気候変動影響の原因となる気候・気象が、STEP1の「区域の気候・気象(気温、降水等)の特徴の整理/更新」(p.29参照)でどのように変化すると整理されたかを確認 ③ ①と②から、STEP2で整理した気候変動影響が将来どのように変化するかを整理
なお、本方法によって将来の気候変動影響を整理する場合は、専門家による判断(エキスパート・ジャッジ)を行うことが望ましいと考えられます。 ![]() 図 32 将来影響予測情報がない場合における将来影響の考え方の例(水稲) |
参考 |
将来新たに生じる可能性のある気候変動影響について |
||||||||||||||||||||
これまでに、区域内で気候変動の影響が確認されていない分野においても、将来の気候変動によって新たな影響が生じる可能性があります。その影響が区域にとって重大な被害をもたらす可能性があるため、将来の気候変動影響に関してなるべく多くの情報を収集する必要があります。 そのような場合の情報整理シートの記入例を以下に示します。 表 25 これまで生じていないが、将来生じる可能性のある気候変動影響の記入例
|
コラム |
気候変動影響の将来予測に含まれる不確実性と予測結果を活用する際の留意点 |
気候の将来予測(コラム「気候の将来予測とは」p.33)と同じように、気候変動影響の将来予測にも「不確実性」が含まれます。将来予測結果において、不確実性をどのように考慮しているか、また、予測結果を活用する際は、どのような点に留意すべきかを説明します。 将来予測結果は、将来の平均的な状態を予測したものです。天気予報のように特定の日の天気や気象条件を予測したものではないことに留意が必要です。
<気候変動影響の将来予測における不確実性の考慮(例)> 気候変動影響の将来予測では、例えば以下のような方法で不確実性を考慮しています。 ●同じ排出シナリオ(RCPなど)に基づいて、複数の気候モデルで予測を行い、予測に幅を持たせることで、気候モデルの持つ不確実性を考慮する。 ![]() 図 33 複数の気候モデルの予測結果を使用して影響の将来予測を実施した例 出典:気候変動の観測・予測データ 将来予測(A-PLAT) https://adaptation-platform.nies.go.jp/map/Tokyo/index.html
複数の温室効果ガス排出シナリオに基づいた予測を行うことで、将来の緩和策の進み具合や効果、CO2排出量等についての不確実性を考慮する。
<気候変動影響の将来予測結果を、施策等の検討に活用する際の留意点> 気候変動影響の将来予測を活用する際には、下記のような点に留意が必要です。 将来予測情報が作成された時期を確認し、時間が経っている場合は、より新しい予測情報がないか調べる。 一つの排出シナリオだけでなく、複数のシナリオを参照して、将来の気候変動影響には様々な可能性があることを理解した上で適応策を検討する。 将来予測に用いられている前提条件(温室効果ガス排出シナリオ、経済・社会条件等)、予測結果の解像度、予測期間、予測の対象地域等を確認し、予測情報を活用する際には十分留意する。 気候変動影響だけでなく、地域の社会・経済・環境の変化(予測)も考慮して、総合的に適応策を検討する。
出典:気候変動への「適応」を考える~不確実な未来への備え~(令和3年、肱岡靖明、丸善出版)を参考に作成 |