【STEP 4】 影響評価の実施
各分野の気候変動影響の評価を実施し、地方公共団体において優先度の高い分野や項目を特定します。
気候変動の影響は幅広い分野に及びます。地方公共団体にとって、重大な影響を及ぼすと考えられるものから優先的に着手することが、効率的かつ効果的な取組を進めることにつながります。
ここでは、各分野の気候変動影響を評価し、地方公共団体にとって優先度の高い分野や項目を特定します。例えば、主要産業への影響など社会経済的に大きな影響をもたらすものや、人命に関わる影響、対策に要する時間が長期にわたる影響など、地域の状況に合わせて検討します。
ステージ1 |
国の気候変動影響評価報告書、都道府県の気候変動影響評価を活用する。 |
ステージ2 |
区域の特徴や重要と考えられる気候変動影響について、庁内の関連部局と検討を行い評価する。 |
ステージ3 |
外部有識者で構成される審議会等において、専門家判断(エキスパート・ジャッジ)による評価を行う。 |
国の気候変動影響評価報告書、都道府県の気候変動影響評価を活用する。
「気候変動影響評価報告書(資料1-8、1-9)」では、気候変動の影響について7分野71項目(p.38参照)を対象に、それぞれ「重大性」「緊急性」「確信度」の3つの軸で評価を実施しています。
STEP2~3で整理した気候変動影響について、地方公共団体の地理的条件や社会経済状況を考慮しながら、「気候変動影響評価報告書」の当該影響の評価結果を活用することで、地方公共団体にとって優先度の高い分野や項目を特定することができます。
また、市町村では、都道府県の地域適応計画に記載されている気候変動影響評価を活用することが考えられます。
事例 |
都道府県の気候変動影響評価の活用 |
①宮城県仙台市「仙台市地球温暖化対策推進計画2021-2030」 |
|
宮城県仙台市は令和3年3月に「仙台市地球温暖化対策推進計画2021-2030」を策定・公表しており、この中で仙台市における影響評価に関する内容を盛り込んでいます。この中では、気候変動影響評価報告書の各項目のうち、下記に当てはまるものを抽出しています。 ・ 「重大性」「緊急性」「確信度」が「特に大きい」・「高い」であり、かつ仙台市に存在するもの(例:「水稲」は含めるが「サンゴ」は除く。) ・ 「確信度」が「中程度」など科学的不確実性があるものの、既に仙台市において影響が確認されていて、「重大性」「緊急性」が「特に大きい」・「高い」とされているもの また、気候変動影響項目は、「宮城県地球温暖化対策実行計画(区域施策編)」(平成30年10月改定)で示されている、県の気候変動影響の整理結果も参考にしています。 ![]() 図 34 仙台市域に関わり得る気候変動影響と影響評価の概要 |
|
②埼玉県さいたま市「第2次さいたま市地球温暖化対策実行計画(区域施策編)」 |
埼玉県さいたま市では、「日本における気候変動による影響に関する評価報告書(平成27年3月)」と「埼玉県地球温暖化対策実行計画(第2期)(令和2年3月)」を参考にし、その上で市への影響度を4段階に評価し、気候変動影響の整理を行っています。 ![]() 図 35 さいたま市における気候変動影響と影響評価の概要 |
追加事例
国や都道府県の気候変動影響評価の活用
※追加事例は、国立環境研究所が本マニュアル策定後(令和5年9月)に追加した事例です。
鹿児島県鹿児島市「ゼロカーボンシティかごしま推進計画」
鹿児島県鹿児島市では、令和4年3月に策定した「ゼロカーボンシティかごしま推進計画」で、国の影響評価を活用しながら、鹿児島市の地域特性を踏まえた影響評価を実施しました。
影響評価は、国の評価と鹿児島市内における影響の有無に基づいて行われ、以下の①~③及びーに分類しています。
①:国の評価において「重大性」が「特に大きい」かつ「緊急性」及び「確信度」が「高い」とされ、鹿児島市にあてはまるもの
②:国の評価において「確信度」に科学的不確実性があるものの、既に鹿児島市内で影響が確認されており、「重大性」が「特に大きい」かつ「緊急性」が「高い」とされるもの
③:その他、鹿児島市において特に当てはまると考えられるもの(地域特性を踏まえて鹿児島市においても既に影響を受けている、地域特性を踏まえて鹿児島市においても将来影響が想定される 等)
ー:緊急性が低く、重大性が特に大きいとは言えない、又は現段階では評価できない項目
この分類に基づき、鹿児島市で取り組むべき適応策について優先順位を設定しています。

出典:ゼロカーボンシティかごしま推進計画(令和4年、鹿児島市)を一部編集
岐阜県「岐阜県地球温暖化防止・気候変動適応計画」
岐阜県では、令和5年3月に「岐阜県地球温暖化防止・気候変動適応計画」を改定した中で、県内で把握している影響、又は「気候変動影響評価報告書(詳細)」で示されている影響のうち岐阜県に大きな影響があると考えられるものを整理しています。
整理に当たっては、「気候変動影響評価報告書」の重大性、緊急性、確信度の評価基準を利用しています。
この影響評価の結果と岐阜県の地域特性を踏まえて、「気候変動の影響評価に関する対策(適応策)」で重点的に取り組むテーマを選定しています。


出典:岐阜県地球温暖化防止・気候変動適応計画(令和5年、岐阜県)
情報整理シートの記入例
まず、STEP2~3で整理した各気候変動影響に対して、「気候変動影響評価報告書」の評価結果を記載します。その後、優先的に取り組む分野・項目を判断します。例えば、判断基準には重大性や緊急性が「○」と評価された項目、あるいはSTEP1で整理した地域の特徴から重要と考えられる項目が挙げられます。
表 26 STEP4_ステージ1(例:農業・林業・水産業分野)
【STEP2】 |
省略 |
【STEP4】 |
|||||
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分野 |
大項目 |
項目 |
2-1 |
2-2 |
4-1 |
4-2 |
|
これまでに生じていると考えられる気候変動影響を整理 |
2-1の原因となる気象現象を整理 |
STEP3について、重要性・緊急性・確信度を整理 |
優先的に取り組むとされた気候変動影響を整理 |
||||
農業・ |
農業 |
水稲 |
一等米比率の低下 |
高温 |
重大性:○ |
○ |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:- |
- |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:○ |
○ |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:○ |
○ |
参考 |
気候変動影響評価報告書における評価手法について |
「気候変動影響評価報告書」では、科学的知見に基づく専門家判断(エキスパート・ジャッジ)により、「重大性」「緊急性」「確信度」の3つの観点から評価が行われています。
・重大性:影響の程度(エリア・期間)、影響が発生する可能性、影響の不可逆性(元の状態に回復することの困難さ)、当該影響に対する持続的な脆弱性※・曝露の規模の4つの切り口を基に、社会、経済、環境の3つの観点で評価する。 ・緊急性:影響の発現時期、適応の着手・重要な意思決定が必要な時期の2つの観点で評価する。 ・確信度:IPCC第5次評価報告書の確信度の考え方をある程度準用し、「証拠の種類、量、質、整合性」、「見解の一致度」の2つの観点で評価する。研究・報告の量そのものがIPCCにおける検討と比較して限られている場合があるため、定量的な分析の研究・報告事例があるかどうかという点を主要な判断材料の一つとしている。 また、影響評価結果については、以下の凡例により表記しています。 ![]() 図 36 影響評価結果の凡例1 詳細な「重大性」「緊急性」「確信度」の評価の考え方については「気候変動影響評価報告書(総説)」(https://www.env.go.jp/content/900516663.pdf )のp.36~40を参照してください。 ※脆弱性:影響の受けやすさ、対処し適応する能力の欠如など 1: 本報告書の前版に当たる「日本における気候変動による影響に関する評価報告書」(中央環境審議会、平成27年)では、重大性の評価項目の表現が異なっています。(図の「重大性(前回)」の欄) |
区域の特徴や重要と考えられる気候変動影響について、庁内の関連部局と検討を行い評価する。
収集した気候変動影響には、地域特有の影響も多く含まれます。庁内関連部局への問合せや関係者との議論を通して評価することで、地方公共団体の地理的条件や社会経済状況などを考慮した、より区域に即した影響評価を行うことが可能となります。
庁内だけではなく、住民や企業などのステークホルダーとの対話やアンケート・ヒアリング等を通じて、優先度の高い分野や項目を特定する方法も考えられます。
優先度を検討する際の着眼点の例を表 27に示します。国内外の気候変動影響に関する検討手法には、科学的な知見が十分にない場合の評価や、影響の内容や発生時期等を表形式に整理して優先度を検討し、影響の連鎖も踏まえて評価を行うことを目的としたものがあります。資料集では、そのうちインタラクティブ・アプローチ、シナリオ・プランニング、気候リスク記録簿、インパクトチェーンを紹介しています。
表 27 気候変動影響の優先度を検討する際の着眼点の例
着眼点 |
説明 |
---|---|
影響の重大性 |
気候変動が地域の社会、経済、環境に及ぼす影響について、下記の視点で検討する。 ・影響の大きさの程度(影響が及ぶ範囲や期間)、気候変動下における影響の大きさの変化 ・ 影響が発生する可能性 ・ 影響の不可逆性(元の状態に回復することの困難さ) ・ 影響に対する曝露3 ・脆弱性の規模 |
影響の緊急性 |
・影響の発現時期 差し迫った影響(既に生じている影響や今後5年未満に生じる影響)と、中期(5~10年)・長期(10年以上)的な影響を区別する ・適応の着手・重要な意思決定が必要な時期 適応に要する時間や適応の効果が表れる時期も検討し、手遅れにならないよう注意する |
地域住民等の関心度 |
・ 地域の住民や事業者等の関心の高い影響を考慮する |
地方公共団体の政策・計画・施策への影響 |
・気候変動の影響が地方公共団体の政策、計画、施策へ与える影響の大きさを考慮する |
3曝露:影響を受ける可能性がある場所や環境に人々、生活、生物、生態系あるいは環境機能・サービス、資源、インフラ、経済的・社会的・文化的資産が存在すること
事例 |
庁内担当課と連携した気候変動影響の総合評価 |
①埼玉県「埼玉県地球温暖化対策実行計画(第2期)」 |
|
埼玉県は令和2年3月に公表した「埼玉県地球温暖化対策実行計画(第2期)」の中で、独自に影響評価を実施しています。 埼玉県では、庁内で適応策専門部会を開催し、横串を通して関連部局間の連携体制を築いています。この専門部会を庁内連携の要として、適応策や気候変動影響の考え方等の説明を行うことで、連携の円滑化がなされています。気候変動影響評価の結果においては、「気候変動影響評価報告書(環境省)」において示されている重大性・緊急性等の判断基準を基に、関係部局が判断・評価しています。対象分野・項目を、気候変動影響評価報告書において「重大性」が「特に大きい」かつ「緊急性」が「高い」と評価されたもの又は県内で温暖化の影響が表れているものとして、庁内担当課による短期的な影響・被害の発生程度(現在及び可能であれば1980年代後半以降とそれ以前の状況とを比較したもの)及び長期的な影響(21世紀末までの影響)の総合評価を実施しています。 影響評価は、各部局にワークシートを回付し作成しています。シートはA~Dの4枚で構成しており、シートA・Bで短期・長期の影響評価、シートCで既存施策の点検、シートDで今後の取組の方向性、先駆的な適応策の取組、検討課題等を入力してもらう構成となっています。 ![]() 図 37 埼玉県による影響評価結果 出典:埼玉県地球温暖化対策実行計画(第2期)(令和2年、埼玉県)を一部編集 |
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②北海道「北海道気候変動適応計画」 |
北海道が令和2年3月に策定した「北海道気候変動適応計画」においては、気候変動影響評価報告書を基に、地域特性等も踏まえて重点的に取り組む分野・項目を選定しています(具体的には次のとおり)。 ① 国の評価において、「重大性が特に大きい」、「緊急性が高い」、「確信度が高い又は中程度」の項目 ② ①以外で、地域の特性等を踏まえて優先的に取り組むことが必要と考えられる項目 ※ 大項目の「農業」については、北海道立総合研究機構農業研究本部中央農業試験場の成果集において示されている影響予測の内容等を踏まえて判断。 ![]() 図 38 北海道が重点的に取り組む分野・項目 |
追加事例
庁内担当課や市民と連携した気候変動影響の総合評価
※追加事例は、国立環境研究所が本マニュアル策定後(令和5年9月)に追加した事例です。
山形県鶴岡市「第3次鶴岡市地球温暖化対策実行計画(区域施策編・事務事業編)」
山形県鶴岡市では、平成30年に策定した「第3次鶴岡市地球温暖化対策実行計画(区域施策編・事務事業編)」で、市民及び事業者へのアンケート調査の結果や国や県との役割分担等を踏まえ、市として取り組む分野を総合的に決定しています。
具体的には、本計画の策定に向けたアンケート調査では、「地球温暖化の影響への対策について重点を置くべき分野」の項目で、自然災害分野、農業分野、健康分野の3分野の回答率が高くなっています。市民の生命及び財産に直接的な影響を与えることが懸念される分野や、このアンケートで回答の多かった分野を優先度の高い分野と位置付けた上で、国や山形県との役割分担を踏まえ、自然災害・沿岸域分野と健康分野を市として取り組む分野としています。

出典:第3次鶴岡市地球温暖化対策実行計画(区域施策編・事務事業編)(平成30年、鶴岡市)
広島県呉市「第3次呉市環境基本計画」
広島県呉市では、令和5年3月に新規策定した「第3次呉市環境基本計画」で、庁内担当課や市民と連携した気候変動影響の評価を行っています。
国の影響評価報告書における影響評価の結果、県の計画における評価の結果、庁内関連部局への調査結果、市民及び企業向けアンケートの結果、A-PLATでの将来予測の情報から、「分野別重要度」を総合的に評価しました。その評価結果を踏まえて、呉市において特に重要な分野・項目を選定しています。


出典:第3次呉市環境基本計画(令和5年、呉市)
事例 |
インパクトチェーンを活用した気候変動影響の優先順位の検討 |
福島県郡山市「郡山市気候変動対策総合戦略」 |
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福島県郡山市では、国立環境研究所の支援の下、庁内20課室を超える職員が参加するグループワークで、影響連鎖図(インパクトチェーン)と呼ばれるフローチャートを作成しています。このような図の作成を通じて、庁内関係部局の担当者とともに、リスクを引き起こす原因を理解、体系化し、対応の優先順位を検討することができます。インパクトチェーンの作成手順は資料集で紹介しています。
![]() 図 39 インパクトチェーンの作成例(土砂災害) |
情報整理シートの記入例
表 28 STEP4_ステージ2(例:農業・林業・水産業分野)
【STEP2】 |
省略 |
【STEP4】 |
|||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
分野 |
大項目 |
項目 |
2-1 |
2-2 |
4-1 |
4-2 |
|
これまでに生じていると考えられる気候変動影響を整理 |
2-1の原因となる気象現象を整理 |
STEP3について、重要性・緊急性・確信度を整理 |
優先的に取り組むとされた気候変動影響を整理 |
||||
農業・ |
農業 |
水稲 |
一等米比率の低下 |
高温 |
重大性:○ |
○ |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:- |
- |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:○ |
○ |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:○ |
○ |
外部有識者で構成される審議会等において、専門家判断(エキスパート・ジャッジ)による評価を行う。
気候変動影響や適応に関する外部有識者で構成される審議会を立ち上げ、専門家判断(エキスパート・ジャッジ)による評価を実施する方法もあります。
気候変動影響に関する研究結果や知見を正しく理解して優先度を判断するためには、高度な専門性が必要となります。地域を対象とした研究活動を行っている各分野の専門家や気候変動影響の専門家などの外部有識者に評価を委嘱することで、より地域に即した信頼性の高い評価を行うことができます。
情報整理シートの記入例
表 29 STEP4_ステージ3(例:農業・林業・水産業分野)
【STEP2】 |
省略 |
【STEP4】 |
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---|---|---|---|---|---|---|---|
分野 |
大項目 |
項目 |
2-1 |
2-2 |
4-1 |
4-2 |
|
これまでに生じていると考えられる気候変動影響を 整理 |
2-1の原因となる気象現象を整理 |
STEP3について、重要性・緊急性・確信度を整理 |
優先的に取り組むとされた気候変動影響を整理 |
||||
農業・ |
農業 |
水稲 |
一等米比率の低下 |
高温 |
重大性:○ |
○ |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:- |
- |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:○ |
○ |
|
農業・ |
・・ |
・・ |
・・・ |
・・・ |
重大性:○ |
○ |