TCFD提言を踏まえたシナリオ分析と対応策

株式会社商船三井

業種: 運輸業、郵便業
更新日 2023年1月23日
掲載日 2020年6月18日
適応分野 産業・経済活動

会社概要

株式会社商船三井ロゴ

株式会社商船三井(以下、商船三井)は、世界有数の規模を持つ船隊と、徹底した安全運航で、多彩な輸送ニーズに応える総合輸送グループである。世界経済のさらなる発展に貢献するために、商船三井グループは、地球を舞台に強くしなやかに世界の海運をリードしていく。

気候変動による影響

当社に関する物理リスクとしては、洪水や台風が引き起こすサプライチェーン分断による一時的な輸送支障、干ばつによる穀物生産地の変更に伴う輸送ルートの変更が想定される。また、移行リスクとしては、新船舶燃料機関の普及による石油燃料船の陳腐化、機会としては代替燃料船導入によって、サプライチェーンの低炭素化を希望する荷主からの需要増加等が挙げられる。

取り組み

当社は、2018年11月にTCFD提言に賛同するとともに、環境省「TCFDに沿った気候リスク・機会のシナリオ分析支援事業」に参加し、シナリオ分析を実施した。2021年度には以前の検討よりも世界の気候変動対策が進むことを想定した1.5℃シナリオを含む複数シナリオでの分析を行い、同年10月に公表されたTCFD新ガイダンスの内容を踏まえ、より具体的にシナリオ分析、財務インパクト評価、そして対応策検討を行った。以下にその概要を示す。

・想定したシナリオ

気候変動リスクが発生した場合の影響を、2050年度をターゲットに3つのシナリオ(2.6℃、2℃、1.5℃)を用いて分析した(注1、図1)。なかでも「荷動きの変化」については、経営企画部の主導の下に各営業部門が気候変動の影響を踏まえた長期の見通しを独自に作成した。

・シナリオ分析の結果

炭素税や燃料費の上昇が輸送事業に大きな影響を与える一方で、現在計画を進めている代替燃料船の導入によりその影響を軽減できることが分かった。また、洪水・台風といった物理リスクが現在よりもさらに激甚化した場合、現行の輸送契約形態や輸送ルート確保状況等によりリスク対応できる体制を取っていることから、他業界に比べ当該リスクの影響は限定的であることが分かった(図2、注2)。

・財務インパクト評価の結果

想定されるリスク・機会の財務インパクトの算定を行った。なかでも、当社事業へ影響を与えると考えられる、荷動き変化、燃料費、炭素税、代替燃料船の導入、新規事業機会に着目し評価を行った。その結果、1.5℃シナリオの場合(図3)、炭素税が大きな損益悪化要因となるが(▲2,700億円)、次世代燃料船の積極的な導入により炭素税の課税を大幅に軽減できる(+2,400億円)ことに加え、洋上風力や水素・アンモニア輸送というクリーンエネルギー事業領域の需要増加を捉えた新規事業機会拡大(+300億円)、さらに企業努力で削減しきれない炭素税によるコスト増加を競争原理に基づきながらも広く社会にご負担頂く取組(+1,100億円)、効率運航、その他の新規事業への取組等の適切な対応策を取ることにより、十分な利益水準が見込まれる。

・リスク/機会への対応策例

いずれの3つのシナリオにおける影響に対しても、レジリエンスを発揮するべく、対策を進める予定である。気候変動による物理リスクへの適応策としては、台風や干ばつなどの事態に対し契約による運航リスク軽減を図る等、商慣行上の適切な対応の徹底により物理的リスクを低減することが有効である(図4)。

効果/期待される効果等

リスク管理の高度化を検討しており、事業全般に関わる主要なリスクを影響度と発生可能性に基づきマッピングすることで、特に重要な項目の洗い出しを行い、対策の策定に活用していく。

シナリオ分析によって社会的な動きや自社の強みをより明確化することで、風力発電関連事業分野やアンモニア・水素輸送事業分野などの新規事業の機会創出につながっている。洋上風力発電関連事業では、従来の海運業で培った海のインフラ構築に関わる専門知を活かし、洋上風力発電バリューチェーンの各層で事業参画を目指し、既に一部実行に移している。

3つのシナリオと想定される事業への影響

図1 3つのシナリオと想定される事業への影響

リスク・機会の具体例における財務的影響

図2 リスク・機会の具体例における財務的影響

足元から2050年への損益変動要因(1.5℃シナリオ、単位:億円)

図3 足元から2050年への損益変動要因(1.5℃シナリオ、単位:億円)

物理的リスクへの対応策例

図4 物理的リスクへの対応策例

脚注
(注1) 2.6°Cシナリオ:各国・機関が既に公表済みの政策を実現させるシナリオで 、IEA「World Energy Outlook 2021( WEO2021 )」のStated Policies Scenario (STEPS) と整合。
2°C以下シナリオ:世界が SDGs の価値観実現のために協調し、気候変動対策が大きく進展するシナリオ。IEA の Sustainable Development Scenario (SDS)と整合。
1.5°Cシナリオ:世界全体で 2050 年までにネットゼロエミッションが達成されるシナリオ。IEA の Net Zero Emission by 2050 Scenario (NZE)と整合。
(注2) 物理リスク分析の一例としては、洪水・台風による影響として供給網分断による輸送量の減少が考えられるが、定期傭船(ようせん)契約や代替ルートを確保することによって事業リスクを軽減できることから、影響は小さいと考えられる。
(注3) EU-ETS とは、欧州排出権取引制度のこと。欧州では、2024 年よりEU-ETS に国際海運を含める議論がなされている。
(注4) 試算のための仮定条件①2020 年の商船三井の運航実績での対象排出量計算、②EU-ETS 排出量単価 US$70、③対象排出量 100%が課金対象

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