インタビュー適応策Vol.1 徳島県

高水温耐性品種の開発で「鳴門わかめ」ブランドを守る

瀬戸内海の風景

「鳴門わかめ」は全国3位の生産量を誇る徳島県のブランドです。しなやかさと強いコシ、風味の良さが特長で、その品質は関西市場を中心に高い評価を得ています。近年の生産量の減少を受けて、県は「鳴門わかめ」ブランドの維持拡大に向けた取り組みを続けています。2015年度、高水温でも育ちやすい新品種を開発した徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課の棚田教生さんに話をうかがいました。

徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課 棚田教生さん

海水温の上昇で生産量がピーク時の4割に

徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課 棚田教生さん

10月下旬、鳴門わかめの養殖場では種苗を海に出す「仮沖出し」がはじまります。種苗は1センチほどになるとロープに「種付け」され、再び海で大きくなるまで育てられます。近年「昔にくらべて秋の仮沖出しや種付けの時期が遅くなってきた」「冬の生長期にワカメが大きくならない」といった声が漁師さんから頻繁に聞かれるようになりました。原因は海水温の上昇にあります。実際に、多くのワカメ漁場がある紀伊水道では年平均水温が40年間で約1.5℃も高くなっており、特に10月中旬~11月上旬の育苗期と2~3月の収穫盛期における上昇が顕著です。これはワカメの生育にもっとも重要な時期と重なります。

もともとワカメは寒い時期に大きく生長する海藻で、水温が低いほうが生育には適しています。ですから「仮沖出し」も海水温が23℃に下がるのを待って行いますが、この時期も20年前と比べて2週間前後遅くなっていることがわかりました。開始時期が遅れると、その分養殖期間が短くなって生産量が減少します。また、高水温の影響は品質面にも及び、葉っぱがしわっぽい、色が悪いなどの理由から、売り物になる割合がぐんと低くなります。

徳島県では、1991年に過去最高の1万5千トンあった生産量が2016年には5900トンとほぼ4割まで落ち込んでいます(*)。高齢化による生産者数の減少など、ほかの要因も考えられますが、高水温化の影響は明らかです。

「いままでと同じ種苗では、鳴門わかめの生産量を保てない」――そんな危機感から、当研究課では2012年度より温暖化に適応したワカメの品種開発にのりだしました。

「フリー配偶体」を用いて早生新品種が誕生

私たちがふだん口にしている「ワカメ」は、おもに葉っぱの部分ですが、ワカメがこのような姿で見えているのは冬から春のほんの数カ月。それ以外の時期は、ほぼ肉眼では見えない微小なサイズで過ごしています。春の成熟したワカメの根元には芽かぶが大きく育ち、そこから遊走子が大量に放出されます。遊走子はしばらくたつと配偶体に変わり、その名が表すようにオスとメスに分かれます。要するに、ひとつの親から出た遊走子からオスの配偶体とメスの配偶体ができるというわけです。天然わかめの場合は岩場に無数の配偶体が存在し、受精することでまた新しいサイクルが始まりますが、当研究課では、配偶体の時点で人為的に採取し、ひとつのメスの配偶体、ひとつのオスの配偶体だけを選んで培養保存します。これが「フリー配偶体」です。

フリー配偶体

この方法を用いて、まず試みたのは鹿児島県産や長崎県産の南方系ワカメとの交配です。オスメスの組み合わせを変えていろいろなパターンを試しました。オスメスを逆にするだけでまったく使えないワカメができたこともあります。そんな試行錯誤を重ね、ワカメの生長面に強い影響を与えるのはオス配偶体だということがわかりました。南方系のオス配偶体を使うと明らかに生長が早く、高水温耐性も高い。しかし、できたワカメはしわが多く、「鳴門わかめ」の品質には程遠いものでした。

2013年、本県のなかでも太平洋側の暖かい地域である阿南市椿泊で、色のいい、肉厚の大きな天然わかめが見つかったので、オス配偶体に使用してみました。すると、最初の試験段階で「これはいい!」というものができたのです。そういうことはなかなかないのですが、オスメスの相性もたぶんよかったんだろうと思います。

翌年、漁師さんに漁場で試してもらった結果、葉重(可食部重量)は従来品種の1.2~1.9倍、味や品質も従来品と同等水準のワカメができました。生長が早いのも大きな特長です。10月末に養殖を開始しても最初から明らかに生長が早かったため、これまでより半月早く収穫できるようになり、1月はじめの品薄期に付加価値の高い「新もの」として市場に出せるようになりました。現在、主に塩蔵ワカメで流通されています。

「鳴門わかめ」はブランドですから、一定のレベルがないと商品として成り立ちません。なにより、漁師さん自身が「こんなワカメは作りたくない」とおっしゃいます。作り手としてのプライドがありますから当然です。そういう意味では高水温耐性という利点と実際の商品としての品質が、この新品種でようやく両立できたのではと思っています。

「フリー配偶体」のあらゆる可能性を追求して

当研究課には、全国各地のワカメの「フリー配偶体」がそろっており、10年たってもそのままの状態での保存が可能です。もともと「フリー配偶体」に着目したのは私の前々担当者でした。オスメスの配偶体を分けて保存しておけば、鳴門わかめの品種改良に無限の可能性があるとの思いから、15年ほど前に全国から取り寄せていたのです。

徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課 棚田教生さん

2011年、東日本大震災で宮城県のわかめが不足したとき、7年間保管していた気仙沼産の「フリー配偶体」が役に立ちました。いつでも作りたいわかめが作れる、これも配偶体で保存するメリットといえます。いま、災害対策でBCP(事業継続計画)の取り組みが進められていますが、震災や培養施設の電気系統のアクシデントなどに備えて、万が一の時にカバーできる体制というのは重要になってくると思います。当研究課でも美波町日和佐に新しく施設ができて、ちょうどこの4月から重要な配偶体はそちらにも持っていってリスク分散をしています。

10年後、20年後を見すえて開発研究はこれからも続く

徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課 棚田教生さん

温暖化の影響は、漁場環境に多くの異変を起こしています。例えば、ワカメ養殖が始まる11月以降は紀伊水道ではそれほど海が荒れない時期ですが、最近は季節外れの暴風雨が発生し、養殖いかだが滅茶苦茶に破壊されるということが起こっています。また、ワカメの付着物もものすごく増えました。結局半分くらいカットしないと出荷できなかった、という話も聞いています。

2011年の秋からは魚の食害も深刻化しています。海藻を食べる魚としてはアイゴが代表格ですが、どちらかというと南方系の魚なので水温15℃以下でほとんどエサを食べなくなり、10℃以下で死んでしまいます。鳴門の海は一番寒い時期でまだ辛うじて10℃をきっていますが、12月いっぱいは活発にエサを食べていることから、水温低下の時期がどんどん遅くなり、種苗が食べられるリスクが大きくなっていることがわかります。

ここ2~3年は陸上の気温もかなり高くなっています。水面近くで養殖するワカメは、気温の影響をダイレクトに受けることになりますから、漁師さんも各業者のかたたちも「今後は、ほぼ水温が高い年が続くだろう」「昔みたいに低くなることは考えないほうがいい」とある程度覚悟しているようです。

ですから、いまの高水温耐性品種も、10年後、20年後には適応できなくなるかもしれません。どんどん品種の改良・開発をしていかないと温暖化の進行に追いつけないのではないか、そんなふうに思っています。私がいま取り組んでいるのは、椿泊よりももっと県の南のほうの親を使っての品種開発です。このままずっと高水温化が続くことを想定して、いろいろなバリエーションの種苗を作っています。

徳島県の海の最大の特徴は、内海から外洋までの多様な海を有することです。栄養豊かな内海性の播磨灘、黒潮の影響を受ける外洋性の太平洋、中間的な特性の紀伊水道と、3つとも全く様相が違います。景観はもちろん、水温、栄養塩、波浪環境も違いますから、それぞれ違うアプローチでの対策が必要になってきます。そういった意味では大変さもありますが、非常におもしろさも感じています。私はもともと藻場の研究をしており、鳴門から宍喰まで県内いろいろなところで潜水調査を続けています。新品種に用いた椿泊のワカメも、じつは別の目的の潜水調査で偶然見つけました。徳島の海はまだまだ可能性を秘めていると思います。

徳島県の海
この記事は2017年8月3日の取材に基づいて書いています。
(2017年11月27日掲載)

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