「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

インタビュー適応計画Vol.5 長崎県

各部局の実行計画にある施策を、適応の視点で抽出し横串をさす試行錯誤を重ねた計画策定までの4年間

長崎県の適応計画・各部局の実行計画にある施策を、適応の視点で抽出し横串をさす試行錯誤を重ねた計画策定までの4年間

九州北西に位置し、温暖な気候で全国最多の島々を有する長崎県。都道府県別漁獲量は全国2位と豊富な水産資源に恵まれています。全国的に地域の気候変動適応への取組が急務とされるなか、長崎県は2013年4月に策定した「長崎県地球温暖化対策実行計画」に適応という視点をいち早く取り入れました。また、2017年11月には、その具体的な取組を示す「長崎県地球温暖化(気候変動)適応策について」を公表しました。各部局の中長期計画に基づいた102件の適応策を抽出し、部局横断的な施策の推進に従事する長崎県環境政策課課長山口正広さん、係長藤哲士さんにお話をうかがいました。

影響評価されていない指標。試行錯誤を重ねた日々

2013年度に長崎県温暖化対策実行計画を策定して4年。その具体的な取組を示す適応計画の策定に至った経緯を教えてください。

山口さん:九州地方では2009年から環境省九州地方環境事務所を中心に、気候変動適応を推進する「九州・沖縄地方の地球温暖化影響・適応策検討会」(以下、検討会)を実施していました。2014年2月には、熊本県をモデルとした報告会が長崎県で開催され、それを機に本県でも適応計画の策定を検討することになったのです。当時私も異動したばかりで、長崎県の気候変動による影響をどのように分析し、推進すべきなのかと暗中模索をしながら、担当者3名で気候変動に関する書籍や文献を集め勉強をしていくなかで、環境省環境研究総合推進費S-8(以下、S-8)の2014年報告書から、適応計画の推進方法に関するヒントを得ました。それを基に、自分たちでも影響評価のシミュレーションを実施しようと地図情報ソフトの購入を検討してみたのですが、実際それを動かすことは非常に困難でした。結果として環境部単体で影響評価することは難しいという判断に至り、民間事業に「長崎県における地球温暖化影響分析及び適応策検討業務」を委託しましたが、計画策定までには計4年を要しました。

山口さんの写真

気候変動の影響評価や適応策に関する情報収集の際に、大変なご苦労があったようですが、具体的にどのような課題があったのでしょうか。

長崎県 地球温暖化対策実行計画

山口さん:S-8で対象とする影響評価はあくまで全国的な指標でしたので、よりローカルな指標を定めることは大変難しかったです。参考にしていたS-8には、農業や水資源、水災害、森林生態系そして健康という5項目のみ。本県の重要な産業である海洋水産や回遊魚に関する気候変動の影響評価や適応策の情報が十分ではありませんでした。知事からも水産業に関する適応策はどうなのかといった指摘もあり、まずは環境部で調査を行いました。しかし、参考文献が少なく、見つかったものを取り寄せてもそのほとんどが英語表記のものばかり。長崎大学水産学部や国の水産研究所を訪れ相談をしましたが、我々が求める回遊魚に関する気候変動の影響を分析する際に必要な情報は得られませんでした。そのため水産分野の適応策を、今後どう計画に盛り込んでいくかは検討すべき課題です。

水産分野の適応策を検討された時、具体的にどのような点が難しいと感じられましたか。今後どのような知見があれば参考になるとお考えですか。

山口さん:長崎県は海に囲まれその恩恵を直に受けていますので、特に水産分野について、気象庁の海洋データなどの幅広い研究データは得られても、それらを気候変動の視点で整理し、分析することは非常に難しいと感じました。たとえば養殖ひとつ取っても、魚種ごとに養殖の適性温度域が分かれば、海水温の変化に応じた養殖場を検討することが適応策になります。こういったデータがあれば大変助かりますし、ご教示くださる先生がいれば会いに行って話を聞かせて頂きたい。水産部では既に様々な知見をお持ちかもしれませんが、環境部として気候変動の水産への影響を広く把握する必要がありますし、これは各分野においても同じことが言えると思います。

各部局の計画に紐づいた適応策の抽出

指標がない中でも、長崎県の重要な産業である水産分野に着目し、精力的に取組まれて来たのですね。適応計画には102件もの適応策が示されていますが、どのように抽出されたのですか。

山口さん:2014年9月に関係部局を集めた庁内検討会議を開催し、まずは適応策への理解を深めるために有識者から話を聞く機会を設けました。適応策の抽出方法として、温対計画に盛り込んだ気候変動の影響と適応策を基に、各部局の影響と適応策を考えていただき、思い当たるものを全て出していただく作業を依頼しました。それから環境部でその項目を議論しやすいよう整理をして関係部局へフィードバックを行い、最終的に各部局の担当者が判断を行いました。その内容を「平成26年度長崎県における地球温暖化影響分析及び適応策検討業務報告書」にまとめています。翌年2015年11月には国の適応計画が策定されたので、関係部局にメーリングリストで文書照会をかけ、環境省の「平成27年度地方公共団体における気候変動影響評価・適応計画策定等支援事業」(以下、モデル事業)の成果も活用しながら長崎県として取り入れられる各分野の項目を再度検討したところ、195件の適応策案が抽出されました。それからモデル事業に従事するコンサルタントの方と195件を整理して、長崎県の適応策として盛り込めるかどうかを検討の上、採用130件、保留17件、不採用48件に分類しました。その上で、抽出した施策が既存計画(資料2)に組み込まれていることを関係部局が確認し、最終的に102件の適応策を抽出しました(図1)。そのためこれら適応策は、各部局の何らかの中長期計画に紐づいた内容となっています。

数多くの適応策は、関係部局の施策に基づく中長期計画に照らし合わせながら抽出されたのですね。その過程では、環境部が各部局の実行計画に全て確認されたのでしょうか。

山口さん:候補として挙げられた適応策が各部局のどの計画に紐づいているかを把握するため、それぞれの中長期計画の内容を確認しました。なぜ各部局の中長期計画の紐づけが重要かというと、適応策の進捗管理と連動させるためです。それぞれに通常業務を抱えるなかで、適応のためだけに進捗管理をしていただくのは難しいので、各中長期計画の進捗管理が、適応策の進捗管理にも繋がることが理想だと考えています。2020年には温対計画の見直しもありますので、この中に適応策を具体的にどう取り入れていくのかという課題もあります。環境部には他の計画の進捗管理をするために21長崎県環境づくり推進本部という組織がありますので、今後はそこも上手く活用しながら、年に一度見直しの機会を設けたいと検討しています。我々の実行計画もそうですが、関係部局の計画見直しはほぼ5年スパンとなっているので、庁内で適応策の認識が高まれば、それぞれの計画見直しの際に盛り込んで頂ける可能性もあるかと思います。環境部ではそういった仕組み作りを今後推進していければと考えています。

長崎県庁の写真

長崎県庁

地域で気候帯は違っても「適応」の共通課題はある情報共有の重要性

庁内の関係部局のほかに、民間企業や住民の方々にはどのような情報発信をされていますか。

山口さんの写真2

山口さん:2014年9月に庁内の検討会議を開催し、同年度3月には庁内各課、市町村、民間企業なども含めた気候変動適応セミナーを環境部主催で実施しました。適応策は行政だけの課題ではありませんので、幅広く適応を周知する必要があると考えています。
そのひとつとして地球温暖化防止活動推進員の方々にも協力をお願いしています。これまで住民の方々を対象に温暖化防止対策を広める活動をされていますが、2016年度から長崎県温暖化防止活動推進センターによる研修会のなかに「適応策」の項目を設けて頂き、推進員の方々にも理解をしていただくことで、推進員から住民へと適応に関する情報が伝わる仕組みができています。民間企業へは具体的なアプローチをしているわけではありませんが、2014年度3月に実施した県主催のセミナーや、同年度1月に環境省主催のシンポジウム「気候変動の科学とわたしたちの未来―IPCCと長崎県民の対話―」を実施する際にお声がけをしています。今後もこういった機会がある際には、幅広く周知していきたいと考えています。

同じ日本でも各地域における気候帯は異なります。その中で各自治体が集い情報共有をする意義をどのようにお考えですか。

藤さんの写真

藤さん:単体の県だけで計画を策定するのは限界があると思います。環境省九州地方環境事務所でモデル事業などを活用した取組が実施されていましたが、たとえ気候帯が違っても、「適応」という視点を持つことはどこの自治体でも共通する課題ですし、地域ならではの悩みもあれば共通する課題もあります。そういった意味で各自治体が一体となり取組むというのは自然な流れだと思います。

山口さん:我々は2013年度から検討をはじめ、2014年度に地球温暖化影響評価及び適応策検討の委託業務を実施し、2015、2016年度は環境省モデル事業を活用しましたが、適応計画を策定するまでに紆余曲折あり4年を要しました。その半分を影響評価に費やしたわけですが、指標がない中での影響評価や水産分野の適応策に関する情報が存在しないことに対するこれまでの取組を活かし、複数の県をカバーする影響評価や適応策の検討を他の自治体の方々と協働することで、4年という歳月を2年に短縮できるかもしれません。そういった意味で各県との情報交換をしながら取り組むことは意味がありますし、環境省九州地方環境事務所の検討会も非常に効果的だったと思います。

6月に成立した気候変動適応法では、地域気候変動適応センターによる支援も謳われています。今後センターに求める役割などがあれば教えてください。

藤さん:県の部局が最新の知見を網羅できていることが理想ですが、実際はそうではありません。そのため長崎大学や適応の分野に精通したコンサルタント事業者など、その分野で最新の知見を有する部署と常に情報の共有ができる体制作りは今後より重要になってくると考えています。

山口さん:全ての市町村が適応計画を作るのは実際難しいと思います。そのため県が持っている情報を市町村と適宜共有したり、部署を紹介したりといった交通整理をする役割が必要です。また我々が苦悩した水産分野に限らず、農林や土木、保健福祉といった各分野の気候変動の影響を把握し、その適応策を検討するための情報提供を担う人材、コーディネーターが地域気候変動適応センターに求められるのではないでしょうか。

最後に、環境部ご担当者として適応に携わるやりがいは何でしょうか。

藤さんの写真2

藤さん:適応策は環境部が直接実行していくものではありません。あくまで主体は各部局でありますので、その方々が最新の情報に基づいて、気候変動影響の視点を入れた施策が取られるようにサポートをしていく。環境政策課はそんな縁の下の力持ちのような存在であることにやりがいを感じています。また、このような取組を通して適応は身近な問題であることを自ら考える良い機会になったと思います。

山口さんの写真2

山口さん:適応というのは新たな分野ではなく、関係部局の既存施策を適応の視点で横断的に整理をしていく業務だと考えています。普段あまり身近に感じられない分野かもしれませんが、昨今の豪雨災害などもあり、我々の生活や産業に密接に関わっていることを広く周知し、皆さんに少しでも認識していただけたときにはやりがいを感じられると思います。

この記事は2018年9月4日の取材に基づいて書いています。
(2018年11月2日掲載)