海水温24℃に耐える黒ノリ品種「みえのあかり」
黒ノリ養殖業は、漁期生産額20億円を占める三重県の重要な漁業のひとつです。黒ノリ養殖は、10月から翌3月にかけて行われています。近年では、温暖化の影響により、養殖が開始される10月の海水温の低下に遅れが出てきています。黒ノリ養殖は、水温が23℃を下回らない環境下で開始すると、ノリが生長不良などを起こし、生産量に影響が出ます。三重県では2005年から黒ノリ養殖が開始される時期の海水温の高水温化に順応できる品種の開発を始め、2010年に高水温耐性品種「みえのあかり」を開発しました。三重県水産研究所鈴鹿水産研究室の岩出将英主査研究員に話をうかがいました。
高水温化で年内の黒ノリ生産に影響
養殖開始時期の高水温化は、黒ノリ養殖にとってどのような問題となっているのでしょうか
黒ノリ養殖は、海水温が23℃を下回る10月上旬ごろから開始されます。しかし、近年では、10月の海水温が高水温化して水温が23℃以下となる日に遅れが出ており(図1、図2)、さらには、23℃付近で水温降下が停滞したり、一旦下がった水温が再上昇するような場合もあるため、養殖の開始日を見極めることが難しくなっています。このように、開始時期が遅れてしまうと、養殖の期間が短くなってしまい、生産量が減少してしまう要因にもなっています。
黒ノリ養殖は、まずノリの種(殻胞子)を付けた養殖網を海上に張り込み、育苗を行います。育苗とは、強く健全なノリ芽を育てる作業で、黒ノリ養殖では重要な工程です。ノリは、海水温の低下とともに生長していきますが、養殖期序盤の高水温化によって、育苗中の葉体が正常に育たず、その後の養殖に悪影響が出てしまう事例も発生しています。
図1:育苗期における過去30年間水温
図2:鈴鹿地区の海上採苗開始日
三重県では、12月上旬ごろからノリの摘み取りが開始されます。年内に生産されるノリ製品は、一般的に柔らかく高品質なため、高い単価で取引されます(図3)。単価の高い時期にいかに生産量を確保できるかが、生産者の収入を大きく左右するため、少しでも早い時期に養殖を開始する必要があります。そこで、三重県では2005年度から高水温に強いノリ品種を開発するための研究を開始しました。
図3:生産時期と単価(2017年度)
提供:三重県漁業協同組合連合会
高水温耐性品種「みえのあかり」をどのように開発されたのですか。
高水温に強いノリの細胞を選抜する「選抜育種」という方法を用いました。漁場から集めた千枚程度のノリ葉体を、25℃以上の高水温ストレスを与えて培養し、その中で生き残った細胞を選抜しました。さらに高水温下での培養試験を繰り返し、生長性の良い葉体を選抜することで、「みえのあかり」を作出しました。開発には優良品種の選抜作業に3年、現場での実証試験を含めると計5年を要しました。
現場ではどのように試験をされましたか
伊勢湾沿岸域の桑名市、鈴鹿市、松阪市、伊勢市、鳥羽市の漁場で、20経営体に協力いただき、実証試験を実施しました。養殖には浅い場所に支柱を建てて網を張る「支柱式」と海面に網を浮かせて張る「浮き流し式」という2つの方法があることから、実証試験は2つの養殖方法で行いました。
実証試験において、選抜された品種は従来養殖されている品種に比べて、高水温下で生長が良く、葉体の多層化などの形態異常の発生率が低いという特性が確認されました。また、製品の平均単価や味については、従来養殖されている品種を用いた製品と比べても遜色がないことが分かりました。このように様々な試験を繰り返すことで、選抜された品種に高水温耐性の特性が確認されたことから、2010年には三重県の水産植物として初めて、国に品種登録されました。
地先の漁場環境を考慮した黒ノリ養殖
生産者とはどのようにコミュニケーションを図っているのですか。
県内の養殖経営体数はこの30年間で800から 101にまで減少してしまいました。このような厳しい状況において、関係者全体での情報共有や意識向上は欠かせないため、研究所は、漁期が始まる前に漁連などの関係機関と連携して、三重県の全生産者を対象に研修会を実施しています。全国の生産状況や養殖技術などの最新情報を提供し、来る漁期の対策などについて意見交換をしています。研修会だけでなく現場に定期的に足を運び、生産者が抱いている課題や要望をすぐに引き出せるよう関係性を構築できるように心がけています。昨今の異常気象や気候変動に対応するためには、生産者自身が環境の変化に対して理解を深め、行動に移すことが重要です。最近では10月上旬の海水温の動向をしっかりと確認してから養殖を開始する生産者が随分と増えました。また、生産者と協働して「みえのあかり」の実証試験を行ってきたことによって、生産者にはノリの「品種」に対する認識を少なからず持っていただけたのではないかと思います。
気候変動に適応するためには、研究者だけでなく現場での取組が非常に重要なのですね。「みえのあかり」を実際に生産する現場からはどのような反応がありましたか。
開発当初は県内のほぼ全ての漁場で、養殖品種のひとつとして「みえのあかり」が用いられていました。当初は、「みえのあかり」を使用している生産者から、高水温に強くて生長も良好な品種だという評価がよく聞けましたが、数年が経つと漁場ごとの「みえのあかり」の使用率に差が出てきました。三重県の黒ノリ漁場は南北に長く、漁場ごとに塩分や栄養塩の濃度が大きく違うなど、養殖環境は多岐に渡ります。生産者にとって漁場の高水温化は共通の問題ではありますが、現場では各地先の漁場環境に対応した養殖品種の開発が必要とされていることを知りました。こうした現状を踏まえて、今後の品種開発では、漁場ごとの特性を把握する必要があると認識しています。
地先によって海況の特性は多岐に渡るのですね。高水温以外にも色落ちなどの影響があると伺いました。
高水温以外にもノリの色落ちは大きな問題です。2018年度のように雨量が少ないと、河川流量が減少して海の栄養分が不足します。また、植物プランクトンが増殖して海水中の貴重な栄養分を摂取されると、ノリの色素形成に必要な窒素やリン等が不足して色落ちが発生します。色落ちの酷いノリは、味も悪くなるため商品価値は著しく低下します。そのため色落ちの被害を少しでも減少させられる品種についても、今後は検討していかなければなりません。
黒ノリ業界に明るい未来を
黒ノリ養殖の最新の動向を教えてください。
黒ノリの生産者は、海上でのノリの摘み取り作業から陸上での大型乾燥機などを用いた板ノリ製品への加工作業までを一貫して行っています。摘み取ったノリは、その日のうちに加工する必要があるため、作業は早朝から深夜にまで及びます。これは大変な労力です。最近では鳥羽地区を中心に委託加工という分業化が進んでいます。加工機材一式の導入コストは何千万円もしますが、委託加工方式にすることによって、生産者の設備投資が抑えられます。さらにこれまでの加工の作業がなくなるため、労働時間も短縮され、生産者の働き方自体が変化しています。「漁期の間は朝から晩まで現場にいることが当たり前だったが、加工を委託することで、夜7時には家族と一緒に過ごせるようになった」という生産者からの話を聞きました。こうした新たな取組を推進することで、後継者不足などの黒ノリ業界の課題解決にも繋げていければと思います。
三重県の黒ノリ養殖に携わるやりがい、今後の展望を教えてください。
私自身は10年前に黒ノリの研究に携わり、一度は異動で現場を離れましたが、今年から再び黒ノリを担当することになりました。長い付き合いのある生産者からは「俺が元気なうちにもうひとつ良い品種を作ってくれよ」と声をかけてもらうこともあります。こうした生産者との関係は、やりがいに繋がっています。
高水温耐性品種「みえのあかり」は、三重県の黒ノリ業界の明るい未来を願って名付けられました。この名のとおり、「みえのあかり」が三重県の黒ノリ養殖に貢献してくれることを願っています。
品質の良いノリは、本当に美味しいことを沢山の人に知っていただきたいと思います。また、ノリは、良質なタンパク質やカルシウム、ビタミン類などが豊富で栄養価が非常に高い食品です。これからも黒ノリの魅力を業界全体でアピールしていきたいと思います。
(2019年9月4日掲載)
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