インタビュー適応策Vol.14 三重県

炭疽病に強い極早生イチゴ「かおり野」

三重県のイチゴ生産は野菜粗生産額第2位を占める重要な農産物です。三重県農業研究所では1990年頃から全国で大きな被害をもたらしている炭疽病に強い品種の開発に取り組んできました。炭疽病とは、初夏から秋にかけてイチゴ苗に発生し、感染力が強い恐ろしい病気です。今回は炭疽病抵抗性品種「かおり野」の品種改良に携わってこられた三重県農業研究所生産技術研究室野菜園芸研究課の北村八祥主幹研究員兼課長と、基盤技術研究室研究戦略課の出岡裕哉課長に話を伺いました。

苗が枯死する炭疽病被害が全国で発生

三重県農業研究所の概要と炭疽病抵抗性品種「かおり野」を開発された経緯を教えてください。

出岡さん:三重県農業研究所は明治10年に三重県栽培試験場として津市に開所し、その後の移転と統合などを経て、昭和45年に現在の松阪市に移転しました。三重県農業研究所には現在、研究員44名と、技術・事務職員42名、合計86名が在籍し、県内に5つの研究室を設けています。ここ松阪市の研究所に基盤技術研究室と生産技術研究室があり、他には米やブドウなどを扱う伊賀農業研究室、温州ミカンなどを扱う紀南果樹研究室、伊勢茶や花木を扱う茶業・花植木研究室があります。松阪市の研究所は中央農業改良普及センターと同じ建物に併設されています。そのため、研究と普及を連携できる土壌があるのも特徴のひとつです。

北村さん:三重県のイチゴ栽培は1960年頃から始まり、水田からの転作により面積が増加し、園芸の主力品目に成長しました。しかし、当時栽培していた品種は炭疽病に弱い上、他にも抵抗性をもつ実用品種がなかったことから、他産地同様に炭疽病の大きな被害を受けていました。そこで、イチゴの産地振興を図るため、三重県として抵抗性品種の開発に着手しました。

出岡さんの写真
北村さんの写真

炭疽病に強い品種を作るために、どのような研究をされたのでしょうか。

北村さん:古くから炭疽病には強いとされていた「宝交早生」と、「女峰」、「とよのか」といった炭疽病には弱いが品質や早生性に優れた品種を交配し、炭疽病により強い集団をつくることからスタートしました。今でこそ「かおり野」や農研機構が開発した品種のように、炭疽病抵抗性と早生性、品質、収量性等を兼備えた品種がありますが、イチゴの品種改良は味や見た目、収量性が優先されたため、当時は炭疽病抵抗性を持つ実用品種はなく、優れた交配母本を新たに作る手法を取らざるをえなかったのです。交配で得た株に炭疽病菌を接種し、生存個体を選抜する作業を繰り返し行いました。品種改良に取り組み始めて10年程で「サンチーゴ」という炭疽病抵抗性品種を開発しました。しかし、「サンチーゴ」は収穫時期が遅いことや栽培方法が生産者に適さないことなどから現場に普及するには至りませんでした。

かおり野系統図

図1:かおり野系統図

現場で栽培してもらうためには炭疽病に強いだけでは十分ではなかったのですね。

北村さん:イチゴはクリスマスシーズンに一番高く売れます。クリスマスよりも収穫が遅れると高く売る機会を逃してしまいます。炭疽病に強いだけでなく、収穫時期や収量といった生産者のニーズも考えた品種が必要だったのです。このようなニーズに答えるため複雑な交配(図2)を繰り返し、ようやく出来上がったのが「かおり野」です。その名の通り爽やかで品のある香りがあり、酸味の少ない優しい甘さが特徴です。

イチゴは品種名で販売される数少ない農産物です。消費者がどれだけ意識しているかは分かりませんが、食べて美味しければ名前を覚えてもらえるのではと期待しています。

かおり野の写真
「かおり野」「章姫」「とちおとめ」及び「紅ほっぺ」における果実品質の比較

図2:「かおり野」、「章姫」、「とちおとめ」及び「紅ほっぺ」における果実品質の比較

気候変動影響にも適応するイチゴ「かおり野」

現場で栽培してもらうために、どのような工夫をされましたか。

北村さん:県の普及センターを中心に生産者団体や苗の販売業者など様々な組織・機関と連携をはかり推進してきました。品種が変われば栽培方法も異なります。そのため、当初は「かおり野」の栽培を受け入れてもらえない地域も一部で存在していました。そういった地域ではリーダーシップのある生産者に実践してもらい、後々、口コミで広がっていったということもありました。
「かおり野」は炭疽病に強い品種ですが、栽培方法や環境条件が悪ければ感染する恐れもあります。こうしたことが起きないよう、普及員の活動と我々の研究成果を組み合わせ、栽培指針を改良してきました。
また、産地規模の小さい三重県では、大産地のようなブランド戦略は難しく、さらに炭疽病に困っている状況は三重県だけではないことから、生産を県内だけに限定せず、広く県内外の生産者とともに消費者への浸透を進めることにしました。
その結果、三重県内外で「かおり野」を選択する生産者は増加し、三重県では主力品種となり、県外の登録生産者は1000名を超えるまで普及しました。開発には長い時間と労力を要しましたが、その苦労は報われたと実感しています。

「かおり野」生産者許諾数の推移のグラフ

図3:「かおり野」生産者許諾数の推移

炭疽病の感染には、気候変動がどのように影響しているのでしょうか。

北村さん:炭疽病は雨滴を介して感染します。特に育苗は春から秋にかけて屋外で行われることが多いため、気候変動の影響を受けやすいと考えられます。また、気温が高いときに炭疽病は発病しやすくなることから、温暖化が進むと炭疽病の感染は拡がりやすくなると予想できます。

他にイチゴ生産において、気候変動が影響していることはあるでしょうか。

北村さん:イチゴは夏から秋にかけて、短日・低温により花芽分化が誘導されますが、近年、夏の高温により花芽分化が遅れ、収穫開始時期が遅延する事例が増えています。例えば、平均気温が高かった2010年に収穫開始日を「かおり野」と「章姫」という品種で比較すると、「章姫」では高温により収穫開始に遅れがみられましたが、「かおり野」では比較的早く収穫を開始できました。収穫開始が遅れると単価の高い時期を逃すことになり、生産者や流通業者にとって重要な問題であり、「かおり野」は、この点においても気候変動に適した品種といえるでしょう。気象の専門家ではありませんが昨今の異常気象や夏場の気温上昇、降雨量の変化は実感しています。今後、研究所としても対策を検討する必要があると思います。

2009~2013年における「かおり野’と‘章姫」の頂花房出蕾日と収穫開始日および8~9月の旬別平均気温の表

表:2009~2013年における「かおり野’と‘章姫」の頂花房出蕾日, 収穫開始日および8~9月の旬別平均気温

いつの時代も支持される品種を目指して

気候変動による影響なども考慮するなかで、今後はどのような研究を検討されていますか。今後の展望などを教えてください。

北村さん:「かおり野」は温暖な地域だけでなく、日本海側や東北地方でも生産され始めています。「かおり野」は冬季の低温にも比較的強いことが理由の一つのようです。今後はこういった地域に適した栽培方法や付加価値を丁寧に伝えていくことが重要だと考えています。

気候変動影響にも適応するイチゴ「かおり野」協働する仲間の写真1

また、イチゴの味や色合いには流行があり、それに応じた品種改良が行われます。しかし、我々はいつの時代も必要としてもらえる品種を作りたいという想いがあり、その一つが病害抵抗性だと思います。こうした取り組みは、生産者の収益に直結することが多く、大きなやりがいを感じています。また、県内外の研究者や生産者、生産者団体など、協働する仲間がいることは非常に大きな支えになります。

イチゴの生産現場では、生産者の高齢化や担い手不足が進んでいます。今後は病害抵抗性や品質、収量性に加えて、育苗作業の省力化を実現できる種子繁殖型品種の開発に取りくんでいきたいと考えています。

「かおり野」の生産許諾状況(平成31年3月31日現在)

図4:「かおり野」の生産許諾状況 平成31年3月31日現在

出岡さん:イチゴは施設栽培ですが、米や果樹など露地栽培には気候変動がより大きなインパクトを与える可能性があります。こういったイチゴ以外の農産物への対策もしっかり考えていきたいです。

この記事は2019年5月24日の取材に基づいています。
(2019年7月4日掲載)

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