「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

インタビュー適応策Vol.5 兵庫県

瀬戸内海海域の環境情報をリアルタイムに提供する「兵庫県漁場環境観測システム」

兵庫県:瀬戸内海海域の環境情報をリアルタイムに提供する「兵庫県漁場環境観測システム」

兵庫県の養殖ノリの生産量は全国シェア2割*を占め、全国有数の生産量を誇っています。しかし、1990年代後半からノリの色落ち被害が頻発し、生産量の低下が深刻になりました。おもな原因は栄養塩の減少とみられ、温暖化の影響による海水温の上昇がこれに追い打ちをかけています。

県は大阪湾、播磨灘、紀伊水道という異なる性質の海からなる瀬戸内海海域の環境を把握し、今後の水産業に生かすため、これまでの「兵庫県漁場環境観測システム」を強化し、2018年3月に供用開始予定です。さらに進化する本システムについて、兵庫県農林水産技術総合センター・水産技術センターのみなさんにうかがいました。

※出典/平成27年農林水産省統計

兵庫県水産技術センター

ノリの沖出し適期がわかるリアルタイムの水温情報

「兵庫県漁場環境観測システム」を整備することになった経緯について教えてください。

中西寛文さん:2015年10月に「瀬戸内海環境保全特別措置法」が改正されました。これを受け、兵庫県では2016年10月に「瀬戸内海の環境の保全に関する兵庫県計画」を策定し、「豊かな海」の再生を目指す取り組みを始めています。「兵庫県漁場環境観測システムの整備」もそのひとつです。
本県で特に力を入れているのが、栄養塩と水産資源との関係性を明らかにする研究です。近年、栄養塩不足は「ノリの色落ち」だけでなく、他の水産資源にも影響が及ぼすことがわかってきました。漁船漁業による漁獲量は、1990年前半まで6万トンを超えていましたが、1995年を境に急激に落ち込んでいます。

今回、国庫補助事業(水産業競争力強化緊急施設整備事業)の予算も使えることになりましたので、2005年に設置した本システムを強化し、研究用のデータ収集と養殖をはじめとする漁業者の操業支援に役立てるねらいです。

新しい漁場環境情報システムのイメージ画像新しい漁場環境情報システム

上 中西寛文さん 下 兵庫県瀬戸内海の漁獲量の推移のグラフ

漁業者に情報を公開されたのは、このシステムが設置された2005年からですか。

中西さん:いいえ、当センターでは調査船を所有しておりまして、1973年から播磨灘、大阪湾、紀伊水道において海洋観測や栄養塩濃度を測定し、情報を提供してきました。週に1度くらいのペースだったのを「もっと頻繁に知りたい」という漁業者の要望を受けまして、リアルタイムに発信できるようにしたのが現行の『水温観測情報』なんです。

漁業者は、『水温観測情報』をどのように利用されているのですか。

大石賢哉さん

大石賢哉さん:兵庫県では、瀬戸内海沿岸のほぼ全域でノリの養殖が行われています。2015年12月~2016年5月の「ノリ共販金額」は158億で、ノリは県の全漁業生産金額のおよそ35%を占める重要な水産物なんですね。このシステム自体、もともとノリ養殖の現場で活用していただくために、明石周辺に観測局をおくところからスタートしましたので、やはりノリ養殖をされている漁業者がメインに使われていますね。

二羽恭介さん:「ノリ養殖の場合、苗を育てるために海に出す「育苗」*の期間があるのですが、この開始時期を決定するのに水温が非常に大事なんです。漁業者はこの時期、毎日水温をチェックしながら、だいたい23℃前半ぐらいで育苗を行ないます。また、「本張り」**を始める時も、やはり適正な水温になってから海に出さないといけませんから、常に水温のチェックが必要なんですよね。

丹羽恭介さん

大石さん:水温情報は、水深ごとの現在値、昨日の平均水温、昨年同日平均水温、過去10年間の平年値を4層で表示し、今年の傾向や平年値との比較がひとめでわかるようにしています。また、ここ1か月間の日平均水温の推移をグラフにしています。

*育苗(いくびょう)=専用の網に種をつけて一定の大きさまで育てる作業。
**本張り(ほんばり)=「育苗(いくびょう)」を終え、網を海面に張り込む作業。

観測点を6か所から8か所へより利用者が求める情報を

『水温観測情報』では、水温の他に塩分とクロロフィルの値が見られますね。特にクロロフィルは耳慣れない単語ですが、この2つから何がわかるのでしょうか。

水温観測情報

二羽さん:クロロフィルは植物に含まれる葉緑素のことで、海中においては植物プランクトンの総量とみなします。植物プランクトンは動物プランクトンや小さい魚のエサになりますので、クロロフィル濃度が高い場所には豊かな漁場が作られるんです。クロロフィルはカキのエサにもなりますので、カキ養殖が盛んな本県の西播磨では、栄養があるかどうかの目安になります。
逆に、ノリ養殖の現場でクロロフィル濃度が高くなると色落ちの危険性が高まります。植物プランクトンは、海中の窒素、リン等を栄養にして繁殖しますので、低い栄養塩のもとでも繁殖できる特定の植物プランクトンが増えてくるとノリが生長するための栄養塩まで食べつくしてしまうんです。当センターが定期観測している栄養塩の濃度調査の結果も用いて、濃度が下がってきたら早めの刈り取りを行なうとか、そんなふうに養殖管理の参考にされていますね。

中西さん:潮流の動きが複雑な明石海峡付近では、塩分とクロロフィルの数値を見ることで海流の様子、水の動向を把握しています。大阪湾に入ってくる水と播磨灘から出ていく水の塩分濃度は違うんですね。ですから、回遊魚の動きなどもこの数値である程度判断できるんです

ということは、養殖漁業だけでなく、漁船漁業を営むかたにも重宝しますね。利用者のほとんどは漁業者ということでしょうか。

宮原一隆さん:正直なところ、一般の釣り人の利用も意外と多いようです。漁業者も相当見ていると思いますが、ずっと見ているわけでなくて、例えば養殖の特定の時期にそれぞれのコミュニティ内の話し合いの資料にするとか、そういった合意形成の材料として頻繁に使用されていますね。というのも、漁業関係者の場合は、定期的に同じ情報が漁協等にファックス・電子メールで届く仕組みになっていますから。

宮原一隆さん

大石さん:先日、メンテナンスで数時間システムを停止した際、すぐに「水温が出ない」と電話があってびっくりしました。チェックされているんだなあと。そのかたは県内の漁業者でしたが、確かに一般のかたからの問い合わせも多いですね。『赤潮情報』は活魚で運搬されている県外のかたも利用されているようで、例えば、香川県から神戸まで生きたハマチを運ぶのに、データを見ながら航路を決めるということもあるようです。

今回、整備されるおもなポイントをお聞かせください。

県内観測位置図

中西さん:これまでの観測点は6か所でしたが、カキの養殖が盛んな西播磨と、ワカメ養殖の盛んな西淡の2か所に新たな観測点を新設し、瀬戸内海全域をカバーできるようにします。
また、調査船には自動栄養塩観測装置を、当センターにはデーターベースを設置し、一元管理することで漁業者向けの積極的な情報提供を行っていきます。

大石さん:現在、データは8時半に携帯の電波を介して自動でセンターへ送られ、9時に自動集計し、掲載していますが、今後は3時間おきに更新する予定です。従来はパソコン利用者向けのシステムでしたが、スマートフォンでも利用できるようになりますので、例えば海上で作業をしながら見られるなど、さらに利用者にとって使いやすくなると思います。

瀬戸内海の海面水温が40年で1℃上昇

1973年から漁場環境の観測をされているということですが、これまで約40年にわたって収集した観測データの中で、海水温にどのような変化が見られていますか。

宮原さん:この海域で、温度の変化が顕著なのは、やっぱり秋から冬なんです。80年代は寒い年代でしたが、特に90年代からはよく上がっていて、海面水温の平均値が1℃は上昇していることになります。海水温の変化は、緯度の違いで表現されることがありますが、この場合は500キロ南下した地域と同等だという人もいますね。

取材現場での集合写真
温度変化のグラフ

※「5項移動変化」は、その年も含めて5年分の年平均水温を平均したもの。
出典/瀬戸内海ブロック浅海定点調査観測40年成果(海況の長期変動)

非常に大きな変化ですね。海水温の上昇で兵庫県の水産業にどんな影響が出ていますか。

日本海におけるサワラ漁獲量の推移

宮原さん:秋冬季の水温低下が穏やかになったことで、ノリやワカメの沖出しの時期がずれ、養殖期間が短くなる傾向がみられています。実際に、ノリの沖出し時期は以前に比べて10日~2週間は遅れています。
また、カキ養殖においても、秋の水温低下は品質を決定する重要な要素なんですね。カキは水温が低下するタイミングで栄養分を体に貯めこもうとしますので、時期がずれるとそのぶん身入りが悪くなります。
もう一方で、日本海ではサワラが東シナ海から来遊するようになりました。いままで日本海ではサワラという銘柄はなかったんですよ。それが90年代から急に増えて、現在は北海道ぐらいまで獲れるようになりました。その要因として、東シナ海での資源量が増えたことと、日本近海の海水温の上昇によると考えられています。
サワラは、瀬戸内海側では昔から秋祭りに欠かせない魚として非常に高値で売れますが、日本海側だとまだまだ安いんですね。ですから、岡山など瀬戸内海側に持っていって売ったり、海外に販路を広げたりしています。

中西さん:天然ものはコントロールできませんから、温暖化の影響によって新しく獲れるようになった資源に対しては、積極的に利用を進めていくことが重要になってくると思います。日本海のサワラに関しては、本県でまだ十分な取り組みが行われていませんので、今後の大きな課題です。

この記事は2017年9月15日の取材に基づいて書いています。
(2018年2月22日掲載)