高温対策で孵化(ふか)率を上げる「ウミガメ保護発祥の地」の試み
徳島県の日和佐(ひわさ)・大浜海岸は、緩やかなアーチを描いて続く全長500メートルほどの砂浜で、毎年5月下旬から8月中旬にかけてアカウミガメが産卵にやってきます。半世紀以上、地域をあげて保護活動が行われてきたこの地に、今「卵の孵化率低下」という新たな難題が持ち上がっています。
日和佐・大浜海岸のウミガメ保護の現状と対策について、『日和佐うみがめ博物館カレッタ』学芸員の田中宇輝さんにうかがいました。
ウミガメの上陸数が一桁まで激減
大浜海岸は、世界に先駆けて上陸産卵調査が始められた「ウミガメ保護発祥の地」です。1950年、地元の中学生が海岸で食用に殺されたウミガメの死骸を見つけ、「二度とこんなことがないように」と校内において繁殖・飼育活動を始めました。この活動がきっかけとなり、やがて町ぐるみの取り組みに発展し、1967年には、「大浜海岸のウミガメおよびその産卵地」が国の天然記念物に指定されました。
当時は上陸数も多く、1968年には過去最多の308回を記録しています。その後も100回を超えるのが当たり前でしたが、残念ながら1996年以降激減してしまいました。(図1)
図1 大浜海岸のアカウミガメ上陸数(1995~2017年)
図2 国内の主なアカウミガメの産卵地における産卵回数の推移
日本ウミガメ協議会によると、日本でのウミガメの産卵は1990年から2000年の間に60%も減っており、近年の減少については全国的な傾向だったことがわかります。(※1)しかし、南九州の砂浜では1998年ごろから徐々に増加しているにもかかわらず、徳島県の砂浜での回復は見られていません。(図2,※2)おもな理由としては「漁業による偶発的な捕獲」や「砂浜の環境悪化」が指摘されています。
徳島県には人間が行ける場所だけで60近くの小さな海岸がありますが、多くは開発により砂浜が浸食され、砂浜面積が消失してしまいました。311以降は防災意識も高まり、防潮堤の強化など海岸を開発する傾向がさらに強まっています。また、徳島県は海岸と町の距離が近い場所が多く、照明が上陸する親ガメや海へ向かう子ガメに強い影響を与えていることもわかっています。* ウミガメは生まれた場所に戻ってくる習性があるといわれていますが、状況によって柔軟に対応する動物でもありますので、このあたりの海岸が産卵場所として選ばれにくくなっているのかもしれません。
- 親ガメはさまざまな波長の混ざった白色の光を嫌う性質があり、街灯などの明かりが上陸数の減少の一因となっている。また、子ガメは、海上のわずかな紫外線をたよりに海の方向を感知するため、陸地の明かりで海にたどりつけないことがある。
砂の温度の上昇で孵化する子ガメが減少
ウミガメは1度の産卵で120個前後の卵を産みます。体の大きさやお腹の容量、エサのとり具合によっても違いますが、通常、1度産卵したら2週間休むといった周期で1シーズンに4~5回産卵します。卵は砂で温められて約2か月で孵化しますが、適正温度は24~32℃で、この温度幅から外れた温度に長時間さらされると死んでしまいます。
大浜海岸では、ここ10年、卵の孵化率の低い年が目立つようになりました。特に、猛暑や雨不足の年には、1個も孵らず全滅状態の巣穴が見つかっています。そこで砂の温度を調べたところ、猛暑の7月、8月には33℃を大幅に超えていました。
- 孵化率が平年並みだった2014年と孵化率が悪かった2015年の砂の温度変化の比較。特に2010年、2013年、2015年は孵化率が悪かった。(出典/平成26年度・平成27年度 モニタリングサイト1000ウミガメ調査報告書(環境省))
ウミガメにとって、砂の温度は重要な意味を持っています。ウミガメは孵化中の温度で性別が決まり、29.5℃を境に、高いとメス、低いとオスとして生まれます。砂の温度が低い海岸環境ではオスが多く生まれ、高い環境ではメスが多く生まれることから、海岸によってもオスの出生地、メスの出生地が存在します。自然界におけるウミガメの性比のバランスは、砂の温度によりうまく保たれているともいえます。
砂の温度を大きく左右するのは日照時間と降水量です。日照時間が長いとそれだけ温度は高くなり、降水量が多いと蒸発する際に周りの熱をうばうため、温度は低くなります。また、砂の色や質も関係しており、例えば、南国でよく見られるサンゴの白い砂は熱いと思いきや、光を反射するのでむしろ温度は低いのです。
大浜海岸は、通常でも夏場の砂の温度が30℃を超えていることから、オスよりメスが多く生まれているのではないかと思いますが、このまま33℃を超える状態が続けば、近い将来大浜海岸から出ていくウミガメ自体いなくなってしまうことも考えられます。そのため、巣穴の温度を下げ、孵化率を上げる取り組みを始めました。極端な話、人工孵卵機に入れて温度管理をすれば、そのほとんどを孵化させることもできます。しかし、人間が手を加えたことで、オス不足、メス不足になってしまった海外の事例もありますから、管理しすぎるのは危険です。そこで、高温にさらされる危険の高い巣穴だけ手を加え、出生する子ガメの性比を極力自然に近い状態に保てるようにしました。
まず、基本の保護活動として卵の移植があります。海岸のあまりにも低い場所に産卵した巣穴は高波に流される危険性がありますから、博物館の孵化場や海岸の別の場所へ卵を移します。海岸へ移植する場合は、海から離れるほど砂温が上がる傾向が強いため、日陰や植生帯、高波が届かないちょうどいい低い場所を選びます。次に高温対策です。孵化場といえども、猛暑が増えたことで砂温が高くなりやすくなっています。そこで、定期的に水をまいて温度の上がり過ぎを防ぎました。一方、海岸に残した巣穴は表面を遮光ネットで覆い、人工的な日陰を作りました。
浜海岸は国の天然記念物ですので、こうした対策の許可を得るのに2年ほどかかっています。手を触れる巣穴の数も立証結果をもとに毎年申請を行っていること、また、状況を見極めている段階でもあることから、半分をそのままの状態にとどめ、比較しながら試しています。これらの対策を行ったところ、努力の甲斐あってか、孵化率を良好に保てるようになりました。特に2年目の2017年は猛暑が続いたにもかかわらず孵化率70%となり、これまでの平均54%を大きく上回っています。
遮光ネットで作った日陰
ウミガメの産卵場所を守るための札
今できることをやり続けウミガメ減少に歯止めをかける
ウミガメは世界に7~8種類いるといわれています。このうち日本で繁殖するのはアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイの3種類で、その主となるのがアカウミガメです。アカウミガメは、子ガメの時は太平洋の反対側のハワイやメキシコの沖で育ち、成長すると日本近海に戻ってきます。その後、東シナ海や太平洋沖でエサを獲って暮らし、産卵のために日本の太平洋沿岸にやってきます。このように国境を越えて広く回遊する動物ですので、国間での連携が非常に重要とされており、特に日本は、北太平洋のアカウミガメ個体群にとって唯一の産卵地であるため大きな役割と責任を負っています。
しかし、現在ウミガメを取り巻く日本の状況は非常に厳しい状態です。実はデリケートな存在である海岸を「守る」という意識が日本では薄く、産卵場所は減る一方です。海での混獲問題についても、まだまだ解決の糸口が見えません。近年では、アカウミガメの重要なエサ場である東シナ海での中国漁船による混獲など、新たな問題も懸念されています。
日和佐では40年くらい前から「ウミガメと共存する町」を目指して、見せながらも守るスタンスで「エコツーリズム」に取り組んできました。ところが、以前は年間100万人を超える見学者が訪れたといわれる大浜海岸も、今ではカメが減ったこともあり、昔のようなにぎわいは見られなくなってしまっています。そのうえ高齢化・過疎化の時代に突入し、状況はより厳しくなっているようにも思えます。
このような状況下で、気を付けなければならないのが「エコツーリズム」の負の循環です。カメが減ることで観光客が減り、観光資源としての価値が下がる。さらには保護・管理の質や住民の意識まで低下するといった悪循環を防いでいかなければなりません。そのためにも手探りで保護を続け、わずかでも効果があることを進めていくことが、日和佐のウミガメの歴史や観光資源を繋いでいくためにも重要なのです。
そんな我々にとって、「孵化率の上昇」は明るいニュースであり、海岸でのウミガメ減少問題に歯止めをかける方法のひとつになったと考えています。もちろん、卵を守れたからといって油断はできません。ウミガメが大人になるまでには20~30年かかるといわれており、孵化率が上がっても、その効果が見えてくるのはかなり先の話です。現在の日本において、ウミガメが安心して暮らせる環境を取り戻すのは容易ではありませんが、我々と同じようにウミガメのことを考え、努力している全国の仲間もいますので、連携しながら今やれることを続けていけば、ウミガメの減少問題は少しずつでも解決に向かって動いていくことでしょう。
ウミガメは、環境に適応しながら1億年という長い年月を生き延びてきました。ですから、気候変動や温暖化にも適応できる能力を兼ね備えていると思っています。今後、新たな問題も発生してくることでしょうが、常に減少傾向などに目を光らせ、ウミガメの立場になって保護に努めていくことで、いつかは昔の大浜海岸の風景を取り戻せると信じています。
(2018年3月6日掲載)
参考サイト/出典
- 日本ウミガメ誌2016(NPO法人日本ウミガメ協議会)
- ウミガメ保護ハンドブック(環境省)
- 平成26年度・平成27年度 モニタリングサイト1000ウミガメ調査報告書(環境省)