インタビュー適応策Vol.7 兵庫県

先進技術を生かして漁業者みずからワカメ種苗をつくる

集合写真

日本有数のワカメ養殖産地、兵庫県・南あわじ漁業協同組合の丸山地区では、温暖化の影響等による種苗不足を受けて、漁業者がみずから種苗の人工培養に取り組んでいます。先進技術が研究室を飛び出し、現場で活かされるまでには、漁業者と研究者の熱意、地域のサポートがありました。種苗の安定供給をめざして始まった挑戦は、新たなブランド化へとつながっています。

種苗の人工培養の写真

気候変動の影響による種苗不足でワカメ養殖存続の危機

南あわじ漁業協同組合(以下「南あわじ漁協」)の丸山地区では、養殖ロープが延べ約450㎞にもおよぶ大規模なワカメ養殖が営まれています。兵庫県のワカメ養殖は6次産業化が進んでおり、生産量は公表されていませんが、県のワカメ生産量の8割以上を占め、単一組織としては西日本最大の生産規模を誇っています。

生産者は、おもに徳島県鳴門地方の「種屋(たねや)」と呼ばれる業者から種苗を購入していますが、2010年ごろから種苗不足が深刻化し、年々確保が難しくなっています。気候変動の影響で夏場から秋口の水温が高くなり、野外水槽や仮沖出しでの種苗生産が不安定になったことが大きな原因です。

ワカメの養殖ロープ(兵庫県水産技術センター提供の写真)
(図)徳島地方気象台における夏(6月~8月)平均気温の経年変化(1892~2015)

徳島の夏(6月~8月)平均気温 : 25.7℃ (1981~2010年の平均値)
※棒グラフは各年の基準値(1981-2010年の30年平均値)からの偏差、
青い線は偏差の5年移動平均、赤い直線は長期的な変化傾向を示す。(出典/徳島地方気象台)

一方、丸山地区でも15~20年前から異変が起こっていました。秋口の水温降下の時期が遅れたことで、ボラ、メジナ、ハマチ、マダイなどの魚や幼魚がこの海域に居座り、養殖開始時期のワカメを食い荒らすようになったのです。そのため、種付け(沖出し)時期をぎりぎりまで遅らせる必要がありました。

種苗は種付け(沖出し)時期の早い順に売れていき、結局、地域で一番遅い買い手となった南あわじ漁協に最大のしわ寄せが及ぶことになりました。南あわじ漁協の代表監事・亀井一明さんは、ここ数年、種苗の心配をしない秋は一度もないといいます。

「種屋さんから『丸山さんの種はないでー。』と脅されるようにいわれるんです。だから種があるうちに支払を済ませて確保しておくんですが、例えば3,000円で約束して持ち帰らないでいると、一晩のうちに別の人が4,000円で買っていっちゃう……もう、種の取り合いというか、オークションみたいになってしまって……。個人だと立場的に弱いので、丸山全部でまとまって仕入れるようにしたけどダメ。要は種屋さんも、付き合いの長い得意先から『どないか回したって』と頼まれたら断れないし、種づくりに失敗した仲間がいれば融通せざるを得ないんです。そんなこんなで種の値段も5年間で1.5倍に跳ね上がりました。」

昨年はついに鳴門地域で調達できず、長崎県まで足を運んで種苗を購入。しかし、海水が合わず、ロープに挟みこんだ種苗はすべて落ちて消えてしまったといいます。

南あわじ漁協の代表監事・亀井一明さんの写真

ワカメ種苗の安定供給をめざしフリー配偶体の技術を養殖現場へ

亀井さん作業の様子

こういった産地の苦境を打開するために、兵庫県農林水産技術総合センター・水産技術センターの二羽恭介さんは、「フリー配偶体の技術を使って現場で種苗生産を行ってはどうか」と亀井さんに提案しました。

ワカメは、春先になると根元の部分にメカブが形成され、ここから小さな遊走子が多量に放出されます。遊走子はやがて糸状の配偶体へと生長し、オスとメスに分かれます。秋に、オスの配偶体とメスの配偶体が受精すると芽に生長し、これが種苗となります。

オスとメスの配偶体を別々に分けて保存培養するフリー配偶体の技術は、受精のタイミングをコントロールできるので、養殖最適期に合わせた種苗生産が可能になります。さらに、毎年同一種苗が作れる、掛け合わせて優良種苗を作れるなどのメリットもあります。

オスとメスの配偶体を別々に分けて保存培養するフリー配偶体の技術

しかし、この技術が研究室レベルにとどまり、養殖現場で普及してこなかったのには理由がありました。配偶体のオス、メスを分離するための顕微鏡操作は、生産者にはハードルが高く、培養庫(インキュベーター)などの設備も必要です。また、この方法で受精させた配偶体はタネ糸に着生しにくいため、生産者がすべての工程を行って種苗を量産するのは難しいと考えられていました。

そこで二羽さんは、手に入りやすい器具を使って生産者が簡便にできる方法を考案。2015年から研修会を始めました。

「水産技術センターに3~4回足を運んでもらって、顕微鏡を使った一連の作業を行ってもらいました。専門用語も多いですし、最初はみなさん戸惑われて『こんなのできへん。』といわれてましたが、回を重ねるとだんだんできるようになるんですよね。いまはだいぶ慣れて、どんどん工夫されています。」

2016年、南あわじ漁協は県民局の助成を受け、顕微鏡と培養庫を導入。生産者みずからが改装した漁具倉庫で種苗生産を開始し、1年目にもかかわらず必要な種苗の約3割を自家生産することに成功しました。

現場の熱意と工夫でオリジナル品種が誕生

兵庫県・南あわじ漁業協同組合の丸山地区のみなさん

種苗づくりは、春の遊走子取りから始まり、配偶体をオス、メスに分けるまで、顕微鏡を使った繊細な作業が続きます。分離された配偶体は、1つずつ試験管に入れて、夏の間培養庫で培養します。

主要メンバーは20代から50歳以下の16人。ワカメ養殖期以外は、船びき網漁や底びき網漁をはじめ、蛸壺や釣り、鯛網など、それぞれ違った漁船漁業を営んでいます。そのため空き時間や休みもバラバラですが、仕事の合間を縫って各自作業を進めます。

「昨年は試験管500本程度でしたが、今年はちょっと量が欲しいので頑張って2000本。一人ノルマ150本です。正直、オスメス中間みたいなのもいて、そんな時は横の人に『これ、オスや思うねんけどどう思う?』って聞いて、その人もわからないとそのまた横の人に聞く。ですから、基本は2~3人1組。顕微鏡が2台あるので、5人ぐらいで回しています。若い子は慣れるのが早いので、空いた時間に一人で来てやってくれていますね。」

秋口になると、培養したオス、メスの配偶体をミキサーにかけて混合し、タネ糸に付着させて受精と発芽の環境を整えます。重要な作業にはポイントごとに立ち合って助言を行っている二羽さんは、日々進化していく生産者たちの工夫に舌を巻いたといいます。

種苗設備

「建物もそうですが、特殊な照明棚や高さの変えられる蛍光灯、それに電気配線も全部手作り。こんなところまで工夫しているのか! と驚きました。昨年の経験を生かして、自分たちで手をかけながらどんどん改良されています。メンバーを率いる亀井さんと種苗部・部長の西田さんが非常に熱心で、組合長の小磯さんもみんなで取り組むことを大事にされておられる。だからこそ、現場全体の士気が上がり、これだけ成果を残せているのだと思いますね。今後さらに規模を大きくしながら、受精能力のある配偶体を作っていくために支援していきたいと考えています。」

培養庫""

2017年には、新たに市、系統団体、金融機関からも資金援助を受け、培養庫の増設と種苗設備を拡充しました。地域の期待も高まっています。

「『成功したら、やがてオスとメスの配偶体をいろいろ組み合わせて自分たちの思うようなワカメができます。やってみませんか?』と二羽さんに持ちかけてもらったのが3年前。それで昨年、二羽さんと配偶体をいろいろ組み合わせて、できたのがいま増やしているワカメなんです。色は黒いし、大きくなるのは早いし、肉厚だし、目方が増えるし、全部そろっている。試しに、いつも頼んでいる種屋さんにも種苗を渡して養殖してもらったら、『鳴門でもこんなワカメできるん? 見たことない!』と驚いていました。この種、名前を『二羽種』にしました。」

漁師の手による丸山ブランドが、鳴門地域のワカメ養殖をリードする日もそう遠くないかもしれません。

この記事は2017年9月15日の取材に基づいて書いています。
(2018年3月6日掲載)

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