インタビュー適応策Vol.53 特別インタビュー

オランダの気候変動適応を拓く戦略アドバイザー

キム・ヴァン・ニューアール(Kim Van Nieuwaal)氏
取材日 2024/6/20
対象者 キム・ヴァン・ニューアール(Kim Van Nieuwaal)
オランダNPO気候変動適応サービス『Climate Adaptation Service』創設者の一人で戦略アドバイザー。2008 年から 2014 年まで『Knowledge for Climate』プログラムマネージャーを経て、国家気候変動適応戦略(NAS2016)の執筆を担う。オランダ国内に限らず、カリブ海やインドネシアなどの国際協力も行っている。

Climate Adaptation Service(以下、CAS)設立背景と概要

私たちCASの活動は2014年から10年目を迎えます。その前身となる「Knowledge for Climate」は2014年に終了しましたが、私たちはすでにその2年前からCAS設立の検討を始めていました。そうです、この研究プログラムをもとにビジネスプランを描いたのです。これは別の話ですが、プロジェクトやプログラムには必ず終わりがあります。しかし私は、それらの将来についてもっと考えるべきだと思います。私たちがいなければ、次に誰が続くのでしょうか?どうやって継続性を確保しますか?その研究プログラムの取り組みの中で、既にAtlas(アトラス)の作成やプラットフォームを開発していました。そこで私たちプロジェクトメンバーは、補助金が終了するとすべてが終わるのはもったいないと考えていたのです。CASは、こうした大規模な研究プログラムの発展形です。つまり、研究プログラムから進化した組織だということです。オランダは「Knowledge for Climate」に9000万ユーロを投資しましたが、私自身もその成果の一部です。私の頭の中に知識があり、そのインスピレーションやモチベーションもありました。だから「2014年にこのプロジェクトは終わりです。予算もなく、継続する計画もない」というのは、非常に残念に思いました。なぜなら将来、「気候変動適応」が大きなテーマになると本当に信じていたのです。10年前のことを思い出してください。気候について話す人は、それほど多くありませんでした。彼らは私たちに、「CASとして本当にこれをやりたいのですか?資金はありますか?」と尋ねました。私たちは「いいえ、資金はありません」と答えました。資金はありませんでしたが、アイデアはありました。そしてメンバーがいる、それが重要でした。私たちは研究プロジェクトの知識を活かし、2年間かけてビジネスプランを作りました。非営利団体を設立して、アトラスやプラットフォーム開発の継続を目指したのです。私を含めCASを10年前に立ち上げた5人全員は、今でもCASに所属しています。これは私たちがお互いを深く信頼し強い絆を持ち、組織として強く結びついていることを示しています。私たちは本当の家族のような関係です。

プログラムは2014年に終了し、それからCASを立ち上げました。そして2015年から一年間、私は省庁から依頼されて国家適応戦略(NAS)のチームに参加しました。私はNASの主要著者の一人です。彼らが私を求めた理由は、私が大規模な研究プログラムに参加した経験を有していたからです。NASの執筆は私が経験したなかで最も楽しいことの一つでした。私のアイデアすべてを注ぐことが出来ましたし、実際に多くのアイデアが生かされました。これまでオランダにおける気候変動適応は水管理に関するものが主でしたが、NASで興味深かったのは農業や暑熱、生物多様性にも影響が及ぶことを考慮したことです。このアイデアを、CASがプラットフォームを開発する際にも活用しました。オランダのプラットフォームも水と空間的な適応に焦点を当てていたので、私はCASの同僚に共有しました。「適応の未来は水と空間的適応だけではない。全ての分野にわたることだ」と。我々は依然として小さいチームですが、これらの実績を通して影響力のある組織に背進化してきました。私たちは18人でCASを運営しています。そして、私たちの影響力がXであるとしましょう。私たちが36人になったら、つまり18を2倍にしたら、私たちの影響力は2倍になるとは限らないと思うんです。わかりますか?おそらく定量的には影響力を高めるかもしれませんが、相対的にはそうではないのです。私たちがCASを5人で始めたとき、5人だけで達成したことは、5人の期待を超えるものでした。そして今、18人のチームとなり、それ以上の期待を超えるものがあります。しかし、同じ比率がこのまま成長するとは限りません。だからどこを目指しますか?量を追求するのか、質を追求するのか。私はそれを「影響力」と呼ぶことが好きです。影響力は名目的な数字なのか、それとも相対的な数字なのか?興味深いですね。

CASは民間のコンサルタントや研究機関、また行政とは異なる組織です。利用者がどんな情報を欲しがっているか、どういった意図があるのかを尋ねながら、ともに商品やシステム開発を行っています。その主力コンテンツが「Atlas(アトラス)」というツールです。もともとはオランダ国内(主に自治体職員)の政策決定者を対象に情報提供を行っていましたが、現在はより広い範囲からの利用者が増えています。アトラスはツールそのものだけではなく、ツールに到達する過程を重視しています。なぜならそのプロセスで、共創があるかどうか、人々が満足しているかどうかを確認することができます。はじめは研究プログラムの一環でアトラスを作りましたが、実際には紙の地図から始まったのです。それがオンラインツールとして比較的便利なものとなり、今のようなストーリーマップを搭載したアトラスの運用を行っています。それ以来、オランダのすべてのコンサルタントや関係者は、アトラスのストーリーマップを使用しています。

CASはオランダ国内のプラットフォームを管理しており、そのプラットフォームに対して、ますます多くの質問が学生や若者から寄せられています。学位論文を書きたい、または授業でそのトピックについて話したいと思っている人々です。ポータルサイトの訪問者は、平日は1日に1,500人程度。昨年の総訪問者数は280,000人でした。一方で、アトラス訪問者は週に1500~1600人程度。過去1年間の総訪問者数は約10万人。

ポータルサイト訪問者数推移のグラフ
ポータルサイト訪問者数推移
Atlas訪問者数推移のグラフ
Atlas訪問者数推移

ただ、私たちはまだそのプロセスの中にいます。特にカリブ海諸島で、物語を語ることにますます興味を持つ人々がいます。カリブ海のある地域で言われたんです、「私たちの島の人々は図表を読むことに慣れていません。読み物に触れる機会も殆どありません。そのためどうしたらイノベーションを起こしていけるのか」と。これは私たちにとって新しい課題です。オランダでは新聞を読めば、誰もが基礎知識を得ることができます。しかしインドネシアも含めて、海外では明らかにその間に大きなギャップがあります。実際、それは私が今考えていることの一つなのですが、我々は国際的にどのような貢献ができるのかについて考えています。どうやって知識がゼロの人々に伝えるか。アトラスは私たち全員のためのものです。それを読む必要がなくても、視覚的に得られる情報があることは、はるかに魅力的なことなのです。たとえば、私の友人の一人がBINUS大学で教鞭をとっています。BINUSはインドネシア最大の私立大学で、将来のCEOたちが育つ場所です。しかし、気候変動やその基礎について話すと、それは彼らのカリキュラムの一部ではないことがわかります。私の抱負は、学問の領域が何であれ(社会学、ビジネス、経済学など)、すべての学生が持続可能性について少しでも理解するということです。彼らの世代はどんな職業を選んでも、いずれ持続可能性と向き合わなければなりませんから。私たちは科学や学術的な洞察、最新の情報を含めて、若者や一般の人々とさらに繋がる必要があります。

CASにとって最も重要なものは「チームスピリット」

この10年で何もないところから成長してきました。もし人々が気候変動適応について何か話すとき、誰もがCASのことを考えます。なぜなら私たちはオランダで唯一、完全に適応に専念している組織だからです。私の哲学は、良いチームがあれば、あとは自然にうまくいくというものです。良い戦略を持つことも重要ですが、良いチームがなければ何も起こりません。わかりますか?毎年CASでは戦略の日があり、「CASにとって最も重要なものは何だと思いますか?」と尋ねます。みんなは、「チームスピリット」と口を揃えて答えますよ。それほど我々は組織のコミュニケーションを大切にしているのです。

私の役割は常に人々の話を聞くことです。それは多くの時間を要します。時には夜になり、忙しくなります。でも再度言いますが、誰もそれをしなければ、全員がチーム内で個々の存在になってしまいます。メンバー間の相性に気を配り、良い雰囲気で仕事ができるようにと心掛けています。例えば、人々の振る舞いに敏感になる人、組織作りに専念する人、お金を管理する人が、チームでは少なくともひとりは必要だと思います。CASの挑戦として、10年で5人から80人に進化する方法もあるかもしれません。ただ私たちは組織を拡大することを望んでいません。むしろ、小さくあり続けたいのです。でもチームとして成長していかなければなりません。新しい人を雇うことは非常に大きなことです。政府のコンサルタントや知識機関で働く人々は、私たちの持っているDNAとは異なります。私たちのスタートした5人は研究プログラムのおかげで同じDNAを持つことができました。

2008年から2014年までの研究プログラムを通じて、学際的な思考をするように訓練されました。それが私のDNAの一部として、政府と働くこと、コンサルタントと働くことなど、興味深いことでした。でも学業を終えた後にコンサルタントになると、そのDNAはコンサルタントになります。どうやってお金を稼ぐかを考えるようになります。大学に行くと、科学だけを考えるようになります。ここで働きたいと思っている人はたくさんいます。でも私たちは誰を採用するか、非常に厳選しているのです。なぜなら、もし違うDNAを持つ人を採用しても、そのDNAを変えることはできません。そのため外部から異なるDNAを持つ人を雇うよりも、私たちと同じDNAを持つような新しい人材を育てることが重要です。少なくとも採用してからの3年間は、次世代のCASメンバーを育てるような気持ちでいます。私が歳を重ねたときに、新しい人たちが育っている状態であるべきだと思います。私の主な結論は、最終的には人が重要だということです。私はそれを学んだわけではありませんが、常に人材について考えています。私たちの仕事は、人とのネットワーク(繋がり)が非常に重要です。そしてネットワークこそがCASの役割でもあります。私たちはこの分野で信頼できるアドバイザーです。人々は、CASに相談すればアドバイスをくれることを知っています。それこそが、私やCASが持っている重要な資源のひとつです

次世代との交流

私はVrije Universiteit Amsterdam(アムステルダム自由大学)のゲスト講義を10年以上担当しています。そこでは学生たちが時間とともに変化していることを見ることができます。それはモニタリングのようなものです。学生たちはどのように私のテーマに反応するかを見ているのです。気候変動について、10年前には懐疑的だったのですが、今では受け入れられるようになったという変化があります。それは国際的にも実施しています。例えば、インドネシアのジョグジャカルタ市ではゲスト講義を10年以上担当しています。インドネシアは約2.8億人の人口を誇る世界で4番目の国です。インドや中国、アメリカに次ぐ経済力を目指しています。現地の20歳前後の学生たちは気候変動についてあまり知らなくても、彼らの目に学ぶ意欲を見ることができます。その意欲や関心は、確実に向上しているように感じるのです。なぜそうなのか。教育なのか、TikTokなのか、新聞なのか、正確には分かりません。ただこうした講義を通じて、国内外の学生達と向き合うことは、気候変動に対する社会変化を見る方法でもあると実感しています。気候変動適応を社会に伝えるためには、特に若い世代と密接な関係を築くことが求められると思います。本当に影響力を持ちたいのであれば、若い世代を対象に影響を与えなければなりません。彼らが10年後、20年後にこのようなテーブルに座る人たちだからです。その影響力は相対的に大きく、需要があることも認識しています。実際、インドネシアでは持続可能性と気候変動の基本を含む、カリキュラムやハンドブックを開発できないかと考えています。相対的に大きな影響力が期待できるアジアでの活動がますます増える中で、特にアジアの途上国や新興国で、どうやって知識をゼロから始める人々に伝えられるか、より視覚的に理解してもらえるような工夫が必要だと感じています。例えば漫画などもそのひとつの手段ですね。

Communication with Society

私たちは科学から政策へとコミュニケーションを図っていますが、非常に基本的なレベルにおいて、気候変動適応はますます社会全体から注目されるようになっています。科学から政策、そして科学から社会へと領域を移しつつあるのです。それはCASがやるべきことなのか、私たちが貢献できることなのか、メディアのような新しいパートナーが必要なのか、まだよく分かりません。メディアを雇えば、彼らは彼らなりの強い考えがありますよね。彼らは影響や緩和を知っていますが、我々は適応を知っています。まずは相互に話せる機会を設けて、それから適応の活動を伝えていく方法もあるかもしれません。ヨーロッパでは言語レベルがあります。レベルBと呼ばれる基準です。つまり、ある一定の教育を受けている人でも、そうでない人でも理解できるような言語の基準があるということです。例えば、ポータルに掲載するものはすべてそうですね。レベルBのチェックを受けて、あまり複雑であってはいけないということになります。気候変動適応サービスの核心部分だと思うのですが、私たちが設立される以前から「気候サービス」という言葉はありました。学術的な文献を読めば、気候サービスとは、気候科学を利用者に翻訳することだと定義されています。そこで我々が行ったことは、間にAを入れて「気候変動適応サービス」と呼び始めたんです。私がいつも言っているのは、単に科学から翻訳するだけでなく、利用者が必要としていることに貢献することです。適応を推進するために科学から社会へのコミュニケーションをどのように強化できるか、考えなければなりません。また、オランダで重要な役割を果たしているのはニュースの天気予報士だと思います。彼らは天気を伝えるだけでなく、ちょっとした気候の説明もします。多くの視聴者に向けて、分かりやすい言葉でコミュニケーションをとっているのです。つまり、適切な瞬間に適切な場所で、適切な人物と繋がることで、たとえそれがごくわずかなアクションだとしても、社会と繋がることができる場合があるということです。それはとても大きなインパクトだと考えています。ただしメディアやSNSで注意すべきなのは、人々にプレッシャーを与え過ぎてはいけないという点です。これはCASで学んだもう一つの教訓でもあります。人々はまだタバコを吸いますよね。でも彼らは否定的な意見に感化されるのではなく、肯定的な意見に感化されるということです。危険やリスクばかりを訴えるのではなく、「何がチャンスか」に重点を置くべきです。オランダはとてもリベラルで自由な国なので、誰かが「これは気をつけろ、あれはするな」と言うと人々は嫌がります。でも「そこにチャンスがある」と言われれば、そのチャンスを見てみようと思いますよね。それは気候変動適応にも言えることで、もし私たちが「未来は悪くなるだろう」と言うだけなら、それはまた人々を怒らせ、苛立たせることになってしまう。つまり、どのように伝えるかという質問の前に「何を伝えたいのか」ということでもあります。気候変動や気候変動適応の基本を伝えたいのか、それとも否定的なメッセージを伝えたいのか。それとも「まだ出来ることがある」という肯定的なメッセージを伝えたいのか。利用者と共に考えていきたいと思います!

CASオフィスを訪問し、チームメンバーとの記念撮影の様子

この記事は2024年6月20日の取材に基づいています。
(2024年10月18日掲載)

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