インタビュー適応策Vol.52 長野県

夏山の魅力を発信し、緩和と適応に取り組む世界有数のスノーリゾート

取材日 2024/8/1
対象 一般社団法人HAKUBAVALLEY TOURISM 事務局長 中川友生
八方尾根開発株式会社 専務取締役 秋元秀樹

一般社団法人HAKUBAVALLEY TOURISMが誕生した経緯について教えてください。

中川さん:長野県白馬村、小谷村、大町市にある10のスキー場の共通リフト券を販売プロモーションする団体として、HAKUBA VALLEY索道事業者プロモーションボードという任意団体が設立されたのが始まりです。外国人観光客からすると、白馬という名称は知っていても、実際に訪れるスキー場は小谷村や大町市、というケースも少なくありません。そこで10のスキー場があるエリア一体を「HAKUBA VALLEY(白馬バレー)」という名称で、プロモーションしようという流れになりました。

近年は冬の観光客も増えており、白馬バレーという名称がかなり認知されるようになってきたため、今度は夏の白馬を認知していただくという意味も含めて、観光地域づくり法人(DMO)として、白馬村、大町市、小谷村、大北地区索道事業者協議会、各市村観光団体が一体となり、一般社団法人HAKUBAVALLEY TOURISMが立ち上がったという経緯です。

中川友生さんの写真
中川友生さん

近年は、スキー場もグリーンシーズンの営業に力を入れられているのですね。

秋元さん:白馬村は定住人口が少ないため、スキー事業をおこなうには、たくさんのスタッフを外から雇用しなければなりません。しかし雪解けとともに雇用がなくなり、夏場は閑散とするのがこれまでの白馬でした。冬のサービスの品質向上のためには、どうしても通年雇用が必要です。グリーンシーズンの営業はそういった狙いもありますが、なによりこの雄大な自然をお客さまに提供することで、白馬が活況になっていくことを目指し、夏山登山の事業を始めました。

私たち八方尾根開発株式会社は、白馬八方尾根スキー場のほか白馬八方温泉を経営しており、索道事業、温泉事業、旅行業、不動産業と、広く地域と密着した事業を展開しています。

白馬八方尾根スキー場は、標高3000mの北アルプスに、リフトを使って登ることができるかなり本格的な夏山登山が魅力です。標高2060mの地点には八方池という天然の池があり、水面には白馬を代表する白馬三山が鏡池のように美しく映り込んでいます。このような景色が、1時間程度のハイキングで楽しめるんです。

秋八方池不帰の写真
麓からリフトを乗り継ぎ、標高1830mの八方池山荘から1時間ほど山を登ると到達できる『八方池』

また、白馬八方温泉はph11.2という高濃度のアルカリ性で、滑らかな泉質。かつ水素が含まれた、貴重な天然の水素温泉が自慢です。
さらに、大自然のなかで約30名のスタッフが16名のお客さまをお迎えするという、夏限定のグランピング施設も開業しました。特別仕様の宿泊テント6棟と、隈研吾氏デザインのモバイルハウス2棟を、それぞれ約100㎡のウッドデッキに設置しています。
開放的なプライベート空間で夜は満点の星空を楽しめるほか、各部屋には専用フォンを設置し、24時間スタッフが対応します。大きなおもてなしの心を持ってこの自然を満喫していただこうという、チャレンジングな取り組みです。

グランピング施設の写真1
グランピング施設の写真2
グランピング施設の写真3
アウトドアメーカー・スノーピークをパートナーに迎えたグランピング施設『Snow Peak FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN』。ディナーでは、地元食材を使ったイタリアンと長野ワインとのペアリングが楽しめます。

中川さん:そして私たちHAKUBAVALLEY TOURISMは、地域の事業者、宿泊業者やスキー場関係者と一緒に海外にも実際に赴いて、白馬バレーというスキーリゾートのグリーンシーズンの広告宣伝素材を使ってPRすることで、夏にも来訪していただけるような取り組みを積極化しています。

私はかつて白馬によく遊びに来ていて、気づいたらこちらで暮らすようになった移住者です。冬の良さだけでなく四季のそれぞれが深く、春の山を見ると木々が芽吹き、緑が広がっていく姿がとても美しいんですね。秋も紅葉が山の下から上に上がっていく姿を日々見られるというのは、都会暮らしではなかなか体験できません。それが白馬の魅力です。

ハイキングの様子
ハイキング客で賑わうグリーンシーズン。気象条件がそろえば雲海が見られ、湿原では季節により高山植物も楽しめます。
連邦を縦走する人も含め、夏は約10万人が訪れるそう。

一方で、スキーリゾートである白馬を取り巻く、近年の気候変動影響にはどのようなものがありますか?

中川さん:冬の滑走日数は減っていますね。そして、スキーシーズン中に雨が降ることが多くなりました。2023年から2024年のシーズンには2月に大雨が何度か降って、せっかく降った雪が溶けてしまい、スキーのコンディションが悪くなったということがあります。

秋元さん:白馬村の気温を記した100年の統計を見ると、右肩上がりで気温が上昇していて、実感としても明らかに降雪の総量が減っていると感じます。白馬八方尾根スキー場は、オープンを目指す12月1日には標高1500mくらいのところには雪が積もっていますが、山麓の800m地点までは近年、年末にならないと雪が積もらなくなりました。以前は12月20日くらいには雪があったんです。雪が山麓までつかなければ滑走面積が確保できませんので、スキーをしに来られるお客さまの数が見込めないという問題が生まれます。

そこで人工降雪機を使うなどして適宜雪を補っていますが、大量の水から人工的に雪をつくる仕組みの機械を採用しているため、氷点下近くまで外気温が下がらないと稼働できません。氷を砕くコンプレッサー付きの降雪機を採用すれば、尋常ではないコストがかかります。気温が下がる日が少なくなってきていることから、同じタイミングで大量の水を冷やして雪にしなければならないので、稼働台数も増やさなければなりません。つまり「雪が少なければいつでも人工降雪機を稼働させればいい」というほど、簡単なものではないのです。

そういう意味では、冬の営業を円滑におこなうためにも、夏の営業は不可欠といえますね。またHAKUBAVALLEY TOURISMは、近年、自治体や事業者と一緒に気候変動対応策にも取り組んでいると伺っています。

中川さん:地域の環境団体やスキー場の運営事業者、宿泊事業者のみなさんに参加していただき、月に一度、SDGs小委員会を開いています。そのなかでSDGsビジョンを掲げて、2025年と30年、それぞれの時点で、白馬バレーとしてどのようにサステナブルな取り組みをしていきたいか、考えて取り組んでいるという流れです。

八方尾根開発株式会社も参加されているとのことですが、SDGs小委員会では具体的にどのような話し合いがおこなわれていますか?

秋元さん:近況報告や、次にどういうアクションを起こしていくかというアクションリストを作って、それに沿って話し合いをしています。たとえば、2025年にはすべての索道事業者がリフトの再エネ化に着手していること、宿であればアメニティに工夫すること、などです。
現状、弊社のリフトはすべて再エネ化が実現しています。2023年は地熱、2024年は水力発電です。

中川さん:白馬八方尾根スキー場の隣にあるエイブル白馬五竜スキー場では、2024年の冬シーズンから100%再生可能エネルギーを使ったナイター営業を開始しています。このように、目に見える取り組みを実行している索道事業者が増えてきていますね。

気候変動について対策を講じる際、団体として大切にしていることはなんでしょうか?

中川さん:再生可能エネルギーの活用やゴミのコンポスト化などに、地域一体となって取り組むことです。
先ほど秋元さんがおっしゃった通り、索道事業者はリフトの100%再エネ化に取り組んでいますが、エネルギーに関してはリフトだけではなく、レストハウス等でも使用しています。それに手をこまねいているだけでなく、できる対策はしっかりして、お客さまには快適に過ごしていただきつつも、私たちの取り組みを見てもらいたいと思っています。そして、家に帰ったときに自分の行動を振り返って、省エネや節電など、サスティナブルな行動に取り組んでいただくきっかけとなれば幸いです。

今後、気候変動対策としてさらに力を入れていきたいことや、すでに新たに取り組み始めていらっしゃることはありますか?

中川さん:SDGsビジョンのなかに、中期目標として「各事業者は2025年までにSDGsアクションリストへの取り組みを進めている」という項目があります。それを地域の方々にきちんと説明して理解していただきながら、達成することが一番重要だと思っています。

その次は2030年のビジョンが掲げられていますが、まずは2025年がひとつの節目としてあるので、今年と来年、しっかりやっていきたいです。

秋元秀樹さんの写真
秋元秀樹さん

秋元さん:私たちは、リフトの再エネ化を長い間進めてきました。現在はすべてのリフトが再エネ化されており、人工降雪機に至ってもすべて完了している状態ですので、今後はパートナー会社も含めて再エネ化を達成したいというのがひとつあります。

それと、やはり大量に電力を消費し、CO₂を排出する事業ですから、なんとかこの総量を減らすこと、自家発電することを今後も目指していきます。私たちは温泉事業も行っていますが、この夏に一か所、八方の湯という温泉でソーラーパネルを設置し、電力の自家発電を始めました。

八方の湯の内観と屋根の写真
太陽光で自家発電する日帰り温泉施設『八方の湯』

しかし燃料系には大きな課題があります。スキー場は、暖房をたくさん使うんです。地下に埋没してある灯油タンクから供給された灯油を燃やして暖をとっていますが、これは電気のようになかなかすぐに代替できるものではありません。寒冷地だと電化も厳しいです。そういう意味では、ゼロにすることが極端に難しい取り組みになると思っています。今後は排出したCO₂をどこかでカバーするべく、植樹しながら森をつくりカーボンオフセットを目指すなど、従業員一同、環境保全に取り組んでいきたいです。

中川さん:白馬にはPOW Japanという、スノーボーダーやスキーヤーが中心になって設立された非営利の環境団体があり、彼らは自分たちが楽しんでいる場所を長く続かせたいという気持ちで温暖化や気候変動問題に取り組んでいます。我々も一緒に活動させてもらうことが多いのですが、彼らの活動にコミットする人の数は多いですね。

秋元さん、中川さんの写真

秋元さん:スキー場から発信できることもたくさんあり、それはPOW Japanの彼らも強く願っていることです。電力を多く使うということは、化石燃料をたくさん使うということですから、それをスキー場自らなんとかしよう、と手を挙げることが重要だと考えています。

お客さまにはもちろん、楽しんでいただくことが一番ですが、環境負荷の大きいことをやらざるを得ない事業です。選択肢が少ないなかでもがき苦しみながら、CO₂の排出量を、イーブンかそれ以下にしなければいけない。そういう危機感を持ちながら、これからも運営を続けていきます。

中川さん:白馬にいると、環境問題に対してのリアル感が都会と違うんです。「なんとかしなければスキーが楽しめなくなる」という危機感が生まれるほか、スキー場については事業存続の危機にもつながります。自分の力だけではどうにもならない、と思うこともしばしばです。

たとえるなら、ツバルの海に沈む島の人たちの気持ちですね。このまま温暖化が進むと滑走面積も狭くなり、就業人数も減っていくでしょうが、それでは生きていけません。だったら、海に沈んでも生きていく方法を考えておかなければ、と強く思います。レジャー産業ですから、それを楽しみながら実践したいですね。

この記事は2024年8月1日の取材に基づいています。
(2024年10月10日掲載)

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