インタビュー適応策Vol.19 北海道

北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所「雪の推進費」

取材日 2020/9/16
対象 北海道立総合研究機構 産業技術環境研究本部 エネルギー・環境・地質研究所 環境保全部
野口 泉部長、鈴木 啓明主任研究員、濱原 和広主査、芥川 智子 研究主幹
国立環境研究所 福島支部 大場 真 室長

環境研究総合推進費「積雪寒冷地における気候変動の影響評価と適応策に関する研究」について、研究の背景や目的、概要をお聞かせください。

野口さん:これまで台風の影響を受けることの少なかった北海道で、2016年に台風が4つも上陸・接近して、大きな被害を受けました。私たちにとって、気候変動が身近になったという証拠です。それと向き合っていくために、緩和と適応は非常に重要だと捉えています。
北海道は、1年のうち半年近くも雪に覆われるという非常に特徴的な土地です。主要産業は農業や漁業で、日本の食糧基地としても機能しています。また観光業も重要で、さっぽろ雪まつりや、パウダースノーで世界的に有名なスキー場などに国内外から多くの人が訪れます。つまり北海道における気候変動は、道民にとって生活と密接に関わる非常に関心の高いテーマであり、全国各地に影響を及ぼす事象ということを意味しています。そのため今年度から3カ年計画で、環境研究総合推進費を利用し、北海道の降雪・積雪に注目した気候変動の影響とその適応に関する研究を、国立環境研究所と北海道大学と共同で開始しました。本研究では気候・気象因子として「雪」を捉え直し、どの地域でどう変化しているのか、どんな影響があり、どう対応していったらいいのかを明らかにしつつ、雪の変化による影響が今後どのように繋がっていくのかを検討しています。
特に農業分野においては、現場レベルに近い空間スケールで研究し、最終的に自治体と一緒に地域の適応策を考え、導入できるよう取り組んでいきたいと思っています。

北海道の降雪や積雪の現状や将来予測についてお聞かせください。また、気候変動によるマイナス、プラスの影響について教えてください。

鈴木さん:札幌管区気象台によると、北海道の日本海側の降雪量は、1960年代以降、減少傾向にあります。一方で近年、極端な大雪も目立ちます。例えば2018年には、道北の幌加内町の積雪深が48年ぶりに最高記録を更新しました。また2013年3月には、道東を中心とした暴風雪によって、北海道全体で9名が亡くなりました。
雪の将来予測は難しいところもありますが、基本的にこのまま気温上昇が抑えられないのであれば、降雪量、積雪量ともに減少する地域が多いとされています。ただし、もともと非常に気温の低い地域や、地域を問わず真冬の寒い季節は、気温が数℃上がっただけで雪が雨に変わることはありません。その場合は気温上昇により、大気中に含むことのできる水蒸気の量が増え、むしろ雪の量が増えると考えられます。さらに、気候変動に伴って偏西風の流れなど、大気循環場が変わることにより、地域によって雪が増えたり減ったりする可能性もあります。こうした傾向や予測を踏まえて、雪が減る時と増える時、両方の対策が必要になると考えられます。
また雪質については、いまは春先によく見られるような「ざらめ雪」が降る地域が増えると予測されています。パウダースノーのように軽い雪と比べて、スキー場ではあまり好まれない雪です。スキー場では雪の量が減ることで、営業日数が短縮してしまう可能性もあります。

野口さん:雪質について補足をすると、湿った雪は重量があるため、樹木の枝が折れるなどの影響があり、果樹園に被害が出るかもしれません。交通関連では、飛行機の羽についた雪はすべて落とさないと飛び立てないのですが、軽い雪であれば風で飛ばすという方法があるものの、雪の重みが増えると融雪剤や凍結防止剤などの薬剤使用量が増えることも考えられます。また、以前登別市で重い雪が降り、風の強さも相まって電線の鉄塔が崩壊したことがありました。インフラについての影響では、雪と一緒に塩が飛んでくることにより「塩雪害」という被害が起こることが考えられます。電線についている碍子(がいし)という器具に塩雪が着くと、漏電の可能性もあります。そうなると電気を止めて人力で掃除しなければならず、費用も手間もかかる上に真冬に停電しなければならないというリスクもあります。さらに、雪が少ないとエゾシカなどの越冬率が上がり、分布域が拡大されることで食害がもたらされる可能性もあります。ヒグマがなかなか冬眠せず、冬の間も餌を探すといった問題もあるようです。
プラスの影響でいうと、春先の融雪が早く、農作業にも早く取り掛かれるでしょう。種まきも早くできるかもしれません。また、雪の量が減れば当然除雪費が減ります。しかしこれは、除雪を生業とされている人の収入が減ってしまうというマイナス面と表裏一体でもあります。プラス・マイナス両方の影響については、今後より詳しく、明らかにしていきたいと思います。

インパクトチェーンやアダプテーションパスウェイなどの新しい手法・概念についてお聞かせください。国内外の事例等もあれば教えてください。

濱原さん:適応策を考えるために、気候変動の影響連鎖を可視化するツールを「インパクトチェーン」といいます。例えば、暴風雪が増えることで除雪が追いつかなくなり、交通網が麻痺して物流に支障が生じる、あるいは交通事故が増えて安全性が低下するといった一連の影響連鎖のプロセスを表しています。それ以外にも様々な影響プロセスがあり、それらをきちんと網羅するためには、科学的側面と社会的側面、両方を踏まえた情報収集が必要であると考えています。地域の実例や研究機関から様々な情報を収集し、整理していきたいと思います。
「アダプテーションパスウェイ」とは、適応策にどのような方法があって、どこまで影響が進んだらどの方法に乗り換えればいいのか?という選択肢の道筋を示したものです。この先、気候変動予測でいくつかのシナリオが考慮されているのを見てもわかるように、温室効果ガスの排出量削減がどれだけ進むかが、将来的な気候変動にも関わってきます。気候変動の将来予測の研究は急速に進歩しており、今後予測が修正されることもあるでしょう。そういった予測情報の変化にきちんと対応できるように、状況の変化に合わせていろいろな道筋を選択できる状態にしておくことが、アダプテーションパスウェイの目的だと考えています。

大場さん:福島県郡山市では、市役所における全部局におけるほとんどの課室に参加いただき、インパクトチェーンを作っていただくワークショップを実施しました。特に郡山市は、昨年台風19号で工業用地や焼却炉が水没するなど甚大な被害を受けています。そうしたなかで、実際に工業、商業、土木関係者がそれぞれの専門分野を超えて、互いに意見を述べ合う機会を提供できたのではないかと思います。インパクトチェーンでは、ときに生活者の視点なども交えながら議論を深めることで、実際に現場で活きる適応策が検討されていくのではないでしょうか。

北海道における気候変動適応の推進について、行政職員や民間事業者に対してどういった情報提供を検討されていますか。今後の展開や課題とされる点があればお聞かせください。

芥川さん:北海道には179の市町村があり、非常に広く、雪の変化ひとつとっても様々な影響がありますし、住んでいる人たちが受ける印象も異なります。札幌のような大都市から小さな町村まで、社会実装をどうしていくのかということは、ひとつの研究になるはずです。先ほど話に出たインパクトチェーンをとりいれたワークショップなどを開催し、皆さんに発信していきたいと思います。また、このご時世ですので、ウェブやオンデマンド教材なども含めて、残り2年半の間で取り組んでいきます。インパクトチェーンの作成については、本州と北海道では気象や面積などの条件が異なりますので、この地域でどのように活用できるのか、我々も検討を重ねていきたいと考えています。

最後に、地域に根差した研究機関として気候変動や適応に携わるやりがいは何でしょうか。

野口さん:道民や地方自治体の人たちに、専門的な研究者の言葉はなかなか伝わりにくいと思うのです。国際学会で発表することもありますが、地域や住民の方々に寄り添って取り組んでいくことを大事にしたいのです。誰にでも分かりやすい言葉で発信すること、そして我々もさらなる勉強を重ねていくことを目指しています。それが、ひいてはやりがいにも繋がっていると思います。

この記事は2020年9月16日の取材に基づいています。
(2020年11月12日掲載)

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