「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

インタビュー適応策Vol.20 北海道

気候変動によるワイン用ぶどう栽培とワイナリーの変化

取材日 2020/9/15
対象 株式会社OcciGabi 落希一郎 専務取締役

落さんは小樽、長野、新潟、余市、とワイン用ぶどう栽培を40年以上にわたり続けてこられています。そのご経験から、現場で実感される気候変動とその影響についてお聞かせください。

私はヨーロッパでワイン用ぶどうの栽培やワイン醸造について学び、1978年に帰国して叔父と小樽でワイン会社を設立しました。会社は小樽ですが、ビンヤードは札幌の北東60kmの浦臼町。ドイツ政府から寄贈された40品種、各400本の苗木を大変な思いで栽培し、成功させたのです。
その後、長野の三水村にあるワイナリー勤務を経て新潟に移り、ワイナリー「カーブドッチ」を7年かけて立ち上げました。新潟に移った理由は、北海道の冷涼な気候下では、長期熟成することで付加価値を高められるフランス系のぶどう品種が育てにくかったからです。そこで北海道より気温が高く、阻害要因である台風と梅雨の境界線が糸魚川・静岡ラインと言われていたことから、その手前の新潟に落ち着いたのです。
しかし1998年頃から、私は日本の温暖化を強く意識するようになりました。ちょうど「カーブドッチ」を完成させたばかりの頃、北海道の平均気温が1.4度上がったという話を聞いたのです。「これでフランス系ワイン用ぶどうの栽培が、北海道でも可能になった」と思いました。時を同じくして新潟は、今までなかった梅雨前線の影響を受け始め、かつ台風も1年に2度は訪れるようになっていました。ワイン用ぶどうにとって夏の雨は、カビや膨張の原因になります。そこで諸々の要素を加味した上で、若手に「カーブドッチ」を任せ、北海道に戻ったというわけです。

北海道のなかでも余市町にワイナリーを設けられた理由を、ワイン用ぶどう栽培に適した気候条件とともに、お聞かせいただけますでしょうか。

余市は明治維新以来、北海道民の摂取する果物を供給する唯一の基地として存在感を強めてきました。ワイン用ぶどうが育つ気象条件に合っているおかげで、この町にはいま40軒を越すワイン用ぶどう農家がいます。
余市は、まず雨と雪が少ない。そして真北以外の三方が山に囲まれ、風が当たりにくいことが挙げられます。暖流である対馬海流の最後の熱が届くせいか、厳寒期の気温もあまり下りません。目の前のある石狩湾と、余市町中央を流れる余市川の大きな水面が、夏と冬の気候を和らげているのかもしれません。
ワイン用ぶどうはもちろん、果樹栽培全般に適した土地であったことから、余市に来れば間違いないと思いました。

気候変動の影響から、栽培品種はどのように変化してきましたか?

気温が上がったことが原因で、世界のワイナリーはもちろん、余市でも他品種への移行が進んでいます。40年前にケルナー、バッカス、ツヴァイゲルトレーベのドイツ系品種御三家を導入しましたが、それらもすでに脱却すべき時期でしょう。現在はフランス系品種のピノ・ノアール、シャルドネ、ゲヴュルツトラミナーがよく成熟します。カベルネ族はまだ難しいですが、南独レンベルガーとカベルネ・ソーヴィニョンの交配品種で、味わいは限りなくカベルネ・ソーヴィニョンに近く、熟期が9月下旬~10月中旬という、いわゆるジャーマン・カベルネ族も栽培可能です。これらこそ近い将来、北海道を代表する高級ワインになるでしょう。
しかし雪不足の冬は最低気温がマイナス20度にも及ぶことがあり、ぶどうの芽が露出した状態でそのような気温を迎えると凍死してしまう可能性があるため、温暖化とはいえ非常に緊張しています。

シャルドネ
アコロン

世界各国のワイナリーにおける、世界の気候変動やワイン用ぶどう栽培への影響について、おわかりになる範囲で教えていただけないでしょうか。

わずか20年前まで、ヨーロッパのワイン用ぶどう栽培の北限がフランスのベルギー国境近くにあるシャンパーニュでした。それが現在は中部イングランドやスウェーデン南部にまで北上しています。ヨーロッパでは地域ごとに固有のぶどう品種がありますが、その品種に適した気候から2度ずれてしまうと栽培は難しいです。ワインの産地として有名なフランス南西部のボルドーでは、あと10〜20年で土地固有のぶどうは作れなくなるだろうと言われています。
カリフォルニアのナパ・ヴァレーも、だんだんと厳しくなってきているようです。すでにオレゴン州や、カナダの最西部であるブリティッシュコロンビア州に移動し始めている人もいます。オーストラリアのワイナリーは、シドニー近郊のハンター・ヴァレーが暑すぎるということで、南のタスマニア島に集まり始めました。
栽培品種を大きく変えるか、作るものは変えずに自分が移動するか。選択肢は、この2つだと考えます。

今後余市における気候変動を考慮したぶどう栽培、ワインづくりはどのように変化していくとお考えでしょうか。

余市に限らず、気候変動は世界的な問題です。場所を移動しないという選択をするなら、育てる品種を変えるしかありません。耐寒性の強いドイツ系の品種のみ栽培できた北海道で、今はフランス系の品種が育てられるようになりました。北フランスが難しくなれば中央フランス、次は南フランス、それでもダメならスペイン、そしてイタリア中部、シチリア…と、数段階で育てる品種を変えることは可能だと思います。

良いぶどうから美味しくないワインを作るのは簡単ですが、逆は不可能です。ですから皆さん、まずぶどうを健全に、良い形で育てようとするのですが、ときどき気候の妨害が入ります。
大きな台風と梅雨はまだ北海道に来ていませんが、おそらくあと数十年で北海道も亜熱帯圏に含まれ始めるでしょう。その際は私も栽培をイタリア系の品種に切り替えて、余市から座標をずらさず、この地でワインづくりを続けようと思っています。

この記事は2020年9月15日の取材に基づいています。
(2021年4月21日英語字幕版動画掲載 / 2021年12月8日動画掲載 / 2020年12月3日掲載)