「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

インタビュー適応策Vol.22 岐阜県

長良川と気候変動
岐阜大学地域環境変動適応研究センター

取材日 2020/9/8
対象 岐阜大学地域環境変動適応研究センター
原田守啓先生、野々村修一先生、村岡裕由先生、奥岡桂次郎先生
NPO法人ORGAN 蒲勇介理事長

長良川に異変

近年、長良川流域ではどのような変化が起きているのでしょうか。

原田さん:2015年に認定を受けた世界農業遺産「清流長良川の鮎」は、里川をキーワードに農業と林業、内水面漁業と商業、観光業が相互に深くかかわり合って成立する「長良川システム」として高く評価されています。近年その長良川流域で危惧されている課題のひとつが気候変動による影響です。頻発化する洪水や渇水、高水温によるアユの不漁、鵜飼観覧船事業への影響や猛暑による観光客の減少などが懸念されています。過去の洪水歴をみても、長良川では台風による豪雨によってもたらされたものが多いことが分かります。長良川で過去最大の流量が記録された2004年10月の台風23号災害では上流で何百軒もの床上浸水がありました。しかし最近は、梅雨前線による豪雨被害も増えてきています。2018年7月豪雨では長良川流域で大規模な浸水被害がありました。連続雨量1000mmを超える豪雨で長良川支川津保川などが氾濫しました。堤外地に設置する陸閘はすべて閉鎖しましたが、一階の天井まで浸水するほど恐ろしい経験をしたのです。さらに、令和元年から令和2年と連続して水害が相次いでいます。
1300年以上続く長良川鵜飼は地元観光の需要な経済資源です。アユは中上流域で生育し、1年でその生涯を終えるために、その年の洪水や渇水等の影響を受けやすい回遊魚です。アユの産卵期が遅れると翌年の遡上個体が縮小する傾向が指摘されています。遡上から生育、産卵までの生活史すべてに水温が深く関係し、水温25度以上の場合は川の中の生態系に高水温性の病気が発生するという研究成果も出されています。今年2020年度から3年間で実施する環境研究総合推進費「水防災・農地・河川生態系・産業への複合的な気候変動影響と適応策の研究」では気候変動により洪水が増えたり、水温が上昇すると、河川環境がどのように変化し、地域経済にどれくらい影響するかを研究しています。奥岡先生は環境経済的な視点でも社会的なアユの価値を調査しています。地域の問題意識に気候変動外力や予測を織り込み、新たな対策や作戦に切り替えてもらえればと思いながらステークホルダーとの議論に参加しています。

川桟敷という新たな試み(長良川鵜飼桟敷)

昨今の長良川鵜飼と周辺温泉街の状況について教えてください。

蒲さん:ここ数年の長良川鵜飼は大変厳しく、例年5月11日から10月15日までの鵜飼期間中に10万人以上の観光客が鵜飼観覧船に乗船し、長良川温泉旅館では年間30万人の宿泊者数がありました。ところが2018年7月西日本豪雨によって42日間、鵜飼は実施できても鵜飼観覧船を出船が出来ないという状況が続きました。その結果、お客様には川原から鵜飼を見せるなどの対策を講じましたが、最盛期に観覧船を出せないことで数万人もの観光客が減ってしまったのです。
こういった状況の中で、数年前から検討されてきたのが川岸から鵜飼を見る方法の模索です。かつて岐阜には「納涼台」という河岸の建物から鵜飼を眺めるスタイルもありましたが、現代に適応した形での観覧船以外の鵜飼観覧方法を検討し、「長良川鵜飼桟敷」の社会実験を行いました(Youtube)。実現するまでは非常に難しい道のりでしたが、豪雨災害により観覧船が厳しいという認識も広まり、結果地域合意形成が一気に進み、ようやく2019年10月に試みることができました。最近では川が増水したり、一気に下がるといった変動も激しくなっていることから、桟敷の設計は水位の上昇に応じて30分以内で撤去が出来る工夫が施されています。芸妓舞妓との遊宴文化が岐阜にはあり、鵜飼と合わせてお座敷遊びを楽しむ高付加価値の体験として、すでに旅行会社等から問い合わせが入っています。今後は定常的に観光商品として販売していくための仕組みづくりを行っていく予定です。

河川管理者の国交省,岐阜市などで発足された協議会についてお聞かせください。

蒲さん:当初「ミズベリング」という枠組みで勉強会などを行い、長良川河畔の活用の可能性について模索してきた水辺のステークホルダーがたくさんいました。現在、岐阜市の旗振りで、川辺の整備計画や民間に向けた規制緩和やイベント実施などの協議を行っています。原田先生にも参画いただいていますが、日本中のかわまちづくりの中でも長良川は、川に関するステークホルダーの種類、数、収益においてトップクラスの地域だと思います。例えば鵜匠さんや漁師さんは漁場として長良川を利用しています。彼らがいるから環境と水産資源が守られています。それ以外にも水浴場として泳いだりバーベキューをする市民もたくさんいます。今、漁業、観光、環境、治水、まちづくりなどの関係者が集い、これまで個々に活動していたステークホルダーが一丸となる機会が到来し、気候変動のみならず喫緊の課題に対して話し合う場がやっと始まったと感じています。地域それぞれに事情がありますので、簡単に物事は進みませんが17年まちづくりに関わってきて、ようやくこういった段階に進んできたことをありがたいと思っています。

岐阜大学地域環境変動適応研究センターの挑戦

協議会において岐阜大学に期待される業務は何でしょう。また、地域で適応を推進する際に工夫すべき点は何でしょうか。

原田さん:この協議会は長良川鵜飼や周辺の観光産業、岐阜市、河川管理者である国交省など周辺のステークホルダーが複数参画しています。大学としてはこうしたステークホルダーが持つ様々なモチベーションに入り込んでいくことを心掛けています。当然ですが協議会や地元では気候変動のために何かするという意識ではありません。それぞれが抱える地域課題や現場知を提供していただきたいとお願いをしています。先方からニーズを待っているのではなく、我々からアプローチしていくことで将来予測される影響やリスクに備えるための方法を一緒に考えてくことが大切です。我々の場合、蒲さんたちが目指す社会と私たちが思い描く未来のあるべき姿に共通するものがありました。議論を重ねるなかで共同戦線をはれた部分があったのだと思います。地域課題や現状をいい方向に変えていこうという動きに、気候変動にも適応した社会を描けるような科学的知見を研究者としていつでも提供する準備はできています。

今年4月に発足された地域環境変動適応研究センターの特徴や役割についてお聞かせください。

原田さん:地域の幅広いニーズに応えるため、地域環境変動適応研究センターでは学内の幅広い分野の専門家が集結しました。気候・森林・農業・水環境・社会システム・地域連携という6つの異なる研究部門からなり、それぞれの研究者が議論しやすい体制があります。地域のニーズと研究者の専門性のマッチングのマネジメントは非常に重要で、各部門長の方々はそのためのプロデュース力を兼ね備えています。研究者は地域の課題を解決するとともに、科学的な成果を求められますので、それらを両立できるような研究テーマの設定が重要なのだと感じています。

村岡さん:これまで流域科学研究センターで取り組んできた森林・水・物質等に関わる研究の積み上げから適応への応用を図っているところです。学内の若い研究者が集まり、新たな時代の要請に対して応えていく体制です。大学では分野横断で各研究員がネットワークを築き、役割分担をしながら活躍しています。一方で、こうした活動を継続するための課題はあります。今後も活動費などを自活していけるよう、持続可能な発展が必要不可欠です。また、研究活動と並行して適応に備える社会のキャパシティーディベロップメントも課題だろうと考えています。相手を理解し、理解してもらえるよう伝えることも大切ですし、過去からの経緯だけでなく将来予測に基づいたコミュニケーションも重要だと思います。

原田さん:科学的知見の活用というのはリテラシーの問題だと思います。新型コロナウィルスに関する国の判断は科学者の意見が反映された事例のひとつです。適応においても科学的知見を丁寧に提供しながら説明し、それを政策にも活かされる日がくると思います。そのためにキャパシティービルディングや普及啓発が必要なのだと思います。

奥岡さん:私は去年10月から岐阜大に来ました。もともとは土木系研究室に所属し、環境研究を中心に環境経済やエネルギーで社会的評価をしていく研究を行っています。適応はSDGsなどと関連して、すべてがバランス良く連携しながらそれぞれのコミュニティを形成していくことだと考えます。そうした社会構築に少しでも貢献できればと思っています。

原田さん:10年後、20年後にどうなるのか。どうなりたいかという希望はあるが、どうなるかを知りたいから仲間と集まって議論をしています。学生たちには10年後に今の社会があると思ってはいけないと伝えています。予期せぬ状況に対応していける適応力を養っていくこと、そして現場を知り、分析をして将来どのようなシナリオに乗せていくのか、ステークホルダーと議論を重ねながら考えていきたいです。

野々村さん:地域環境変動適応研究センターは流域科学研究センターの後継として若手の優秀な研究者に参画いただいています。推進費などの国の研究費も獲得し、地域に活かされる成果を出し続けることが重要です。研究者がそれぞれの専門性を基礎に、どうやって地域に還元するかを考えていく時代になっているのだと思います。

この記事は2020年9月8日の取材に基づいています。
(2021年5月27日掲載)