龍谷大学農学部が進める、転換畑における豆類の生産
取材日 | 2021/9/22 |
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対象 | 龍谷大学農学部教授 大門弘幸 |
龍谷大学農学部作物学研究室の概要をお聞かせください。
気候変動が農産物に及ぼす影響は年々大きくなり、食料の安定供給が厳しい状況です。そこで環境への負荷を抑えつつ、化石エネルギーの投入量を少なくした持続的な作物生産体系の確立を目指す研究をしています。
農耕地は炭酸ガスを吸収することで温暖化抑制効果があるものの、水田はメタンガス排出の問題がありますし、畑地は温室効果ガスである亜酸化窒素などを放出してしまうという面もあります。2050年のカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みとして、現在0.5%以下しかない有機農業を25%程度まで増やし、化学肥料の使用を少なくしてガスの放出を減らすなど、農水省の「みどりの食料システム戦略」でも言われているさまざまな工夫ができるはずです。そのような変容する社会の中で私たちにどんな貢献ができるのか、学生たちと考えています。
たとえば私たちが研究対象として取り扱っている豆類のひとつであるラッカセイでは,収穫残渣である茎葉部を有機物として畑に鋤込むことで、肥料の代替効果があり化学肥料を減らすことができます。しかし、これらが分解される過程ではやはり亜酸化窒素が出るわけです。そのあたりのバランスをどう取っていくかということについては、きちんと数字として出していく必要があると思っています。
農学部附属の牧農場について、詳しく教えてください。
ここではアズキやダイズ、ラッカセイなどを育てながら、学部生の実習や大学院生の研究を行っています。琵琶湖が近いために、肥料や農薬をたくさんは使わず、通常の50%程度に量を減らした”環境こだわり農業”を行っています。農場は約3ヘクタールの広さがあり、もとは水田でした。実習用に半分は畑にしましたが、このあたりは昔から米の生産地として有名です。昼夜の寒暖差が大きく、おいしいお米ができる地域です。
この農場のすぐ裏には大戸川という大きな川があり、昔はよく氾濫していたようです。それにより肥沃な土が運び込まれたおかげで、地力に富んでいます。しかし、水田を畑にするとだんだと地力が少なくなっていきますので、それを維持する方法を探っていかなくてはならないと思っています。
ここで育てているアズキの特徴はどのようなものですか。
主産地である北海道と少し栽培方法が違います。北海道では夏ごろに収穫されますが、ここで収穫されるのは秋アズキといって、10月下旬から11月にかけて収穫されるものです。大納言小豆という、大粒で、和菓子に使うと非常に見栄えのする品種ゆえに、一つひとつの小豆の色が良くなければいけないし、形も大きくて均一でなければなりません。種子を播いてから開花までの期間があまり長くないので、さや数を確保して種子を大きくするには、個体群の受光態勢を良くして光合成をしっかり行わせることが重要です。
マメ科の植物の栽培に適した気候条件について教えてください。
マメ科の植物は、根につく根粒菌のおかげで窒素肥料をあまり必要としません。しかし、水には弱いものが多いです。特に水田を畑にした転換畑では排水性が悪い圃場が多く,出芽が悪かったり、どうしても根が腐りやすいという問題があります。つまり、降雨量や降雨時期との関係が重要なのです。種子播きのタイミングを大きく左右するのが梅雨です。近年は梅雨の長期化により、収量の年次変動が大きいです。アズキの場合、開花時期に冠水になるくらい雨が多いと受精できずに、稔らなくなります。ダイズは多少水に浸かっても回復力がありますが、アズキは非常に弱いです。
また、さやが肥大する時期に日射量が少なすぎると光合成が十分にできず、充実が悪くなるという問題もあります。
気候変動影響などにより降雨量が増えた場合の適応策や調査研究、あるいは将来を見据えた取り組み、課題などについて伺います。
気候変動は現在さまざまな形で取り上げられていて、生産者も消費者もみんな意識しています。私たちのように栽培技術の開発にたずさわる研究者は、それぞれの作物や品種に応じた対策を考えなければなりません。
このあたりでは7月15日ごろにアズキを播きます。しかし7月中旬は梅雨の終わりで、ある程度の広さの畑では雨でぬかるんで播種用のトラクターが入ることができません。梅雨の時期を避けて8月上旬に種子を播いたとしても、日の長さと温度で開花時期が決まるため播種後間もない8月下旬から9月上旬には花が咲いてしまい、栄養成長量が少なく、収量が落ちてしまいます。
そこで梅雨のはしりの時期を見計らって早播きをすると、今度はツルが伸びてしまい、下のほうの葉に光が当たらなくなるのです。つまり受光態勢が悪くなり収量が落ちてしまいます。そこで私たちは早播きしてから開花前に一度上の方の葉を刈り取ります。そうすると「頂芽優勢」という性質によって腋からまた芽が出てくるという現象が起こるので、それらの分枝をうまく活かして受光態勢を良くして、収量アップにつなげています。
もうひとつ、ある程度水捌けをよくするために、明渠(めいきょ)という溝を掘って、圃場の排水性の向上に努めています。加えて雨が降ったら学生といっしょに竹ぼうきで明渠の中の水をはき出すなどしてみたら、うまく栽培できたということも経験しています。気温の点からは、夜温が高いと呼吸量が増大して光合成同化産物が消耗してしまい、収量や品質に影響するということもあります。
こうした研究のやりがいは何でしょうか。
日本の食料自給率は、約38%。それを上げていくには、農作物の生産性を上げなければなりません。当然、農耕地の維持も重要です。現在、日本には約250万ヘクタールの水田、200万ヘクタールの畑がある計算ですが、遊休農地や荒廃農地も含まれるため、使われている農地はそれよりも少なく、水稲の栽培面積は150万ヘクタールまで減っています。一方で、コムギの自給率は15%、ダイズは7%と低くなっています。
日本は水稲が主食で、滋賀県も農地の94%が水田です。このような土地で、いかにして畑の作物を作っていくか。私たち作物研究者が耐湿性のある品種を育成したり、水捌けをよくするためにどのような圃場管理をしたらいいかを考えたりして、生産者が受け入れてくれるような技術として提案していく必要があります。自分達が研究を進めることで、この国の農耕地が維持され、ひいては同じような条件である東アジアの農耕地も維持することができるかもしれないと思うと、大きなやりがいを感じます。
同じマメ類でもダイズの研究者は比較的多いですが、アズキやラッカセイの研究者は少なく、この分野の人材を育成することも楽しみです。また,生産者からの要望にも耳を傾けています。低炭素社会に役立つ農耕地の役割をちゃんと説明して農作物に付加価値をつけていけば、単価が多少上がっても消費者に受け入れられるでしょうし、受け入れられる社会になればいいなと思います。
気候変動がこれ以上進んだ場合、先生の研究や技術で対応していけるのでしょうか。
先日、アジア地域23カ国の作物の研究者が集まって、アジア地域の農作物の気候変動等に関するシンポジウムが開かれました。そこで日本をはじめ、多くの国がこの先どんな気候変動のシナリオを立てて、栽培技術を確立させたり品種の育成をしていったりしたらいいか、さまざまな議論がありました。
収量や品質、耐病性や耐湿性などに関するポテンシャルを、農作物がすべて発揮できているのかどうか、私たちはまだまだ明らかにできていないと思います。カーボンニュートラルやカーボンネガティブに対して農業分野で貢献するには、農作物が本来持っているポテンシャルを明らかにし、それを発揮させる技術を開発することが重要です。私たちはそれをきちんとやっていく義務があるし、そこは曲げないでさらに研究を進めていきたいと思っています。
(2022年6月9日英語字幕版動画掲載 / 2022年5月31日動画掲載 / 2022年2月14日掲載)