インタビュー適応策Vol.36 神奈川県

気候変動への関心が高まる、県民参加型「かながわ暑さ調べ」

取材日 2022/6/17
対象 神奈川県環境科学センター 環境情報部 環境活動推進課(神奈川県気候変動適応センター)
主任技師 田澤慧
主査 新井聡史
主査 原田昌武

「かながわ暑さ調べ」を実施するに至った経緯について教えてください。

田澤さん:神奈川県は人口が多く都市化が進んでおり、近年、熱中症の搬送者数が増加しています。そこで2019年4月の適応センター立ち上げのときから、気候変動影響のなかでも特に暑熱に着目した取り組みを進めてきました。
課題となったのが、普及啓発です。そこで県民のみなさんに自分が住む町の暑さ指数を測ってもらえば、気候変動を身近に感じてもらえるのではないか、という発想から「かながわ暑さ調べ」の実施に至りました。
これは黒球温度計のついた市販の暑さ指数計を配布し、8月の一ヶ月間、週に1回指定した日の午後1時ごろに身の回りの屋外で測定をお願いするものです。2021年度は暑さ指数計を100台用意して募集をかけたところ、262人の応募がありましたので、2022年度は200台に増やしています。
小学生の自由研究で使ってもらえると面白いと思い、放課後児童クラブに優先的な募集枠を設けたほか、参加者が一部のエリアに固まらないよう県域をいくつかのブロックに分けて抽選を行うなどの工夫も行いました。
参加募集期間は一ヶ月程度。情報は県のたよりやSNS、メールマガジンを使って発信し、電子申請システムかハガキで応募していただく流れです。

現状、どのような成果が得られていますか?

田澤さん:2021年の8月4日と11日は比較的晴れて暑く、18日は雨が降って肌寒い天気でしたが、それを反映するように暑さ指数もはっきりと下がったのが興味深かったです。25日は晴れてまた上がったため、天気によっても暑さ指数が変動することがわかりました。
8月の4回だけというピンポイントな測定ですが、隣同士の町でも警戒レベルが異なるなど、県内全域の様子がなんとなく見えてきたのは非常に面白かったです。

普及啓発についての成果はいかがですか。

田澤さん:参加者アンケートにて「暑さ調べに参加して、いままで以上に熱中症の予防対策に取り組んだか」という設問の回答に、約3割が「昨年よりしっかり予防した」と回答しており、熱中症への注意という観点からも少しは効果があったように思います。
また「来年度も参加したいですか?」という設問には、9割以上の参加者が「参加する」と回答しました。自由記載では「暑さ指数を知ることができてよかった」「外の活動がこんなに危険な状況だったということに驚いた」という回答があり、我々としては手応えを感じているところです。
一方、意外だったのは、暑さ指数について「知らなかった」と回答した人が3割もいたということです。こちらから募集をかけているので、応募者の関心は高いはずですが、それでも3割ということは、暑さ指数の認知度はまだ低いことが予想されます。

近年、神奈川県の熱中症リスクの傾向はいかがですか?

田澤さん:特に2018年は神奈川県のみならず全国的にも暑かったことから、熱中症の搬送者数は多かったです。年によって気温や天候が変わるため、それが気候変動影響によるものなのかははっきり言い難いですが、それ以来、比較的搬送者数が多い状況が続いています。
少なくとも今後、いまより涼しくなることは基本的にはなく、リスクは上がっていくでしょう。さらに高齢化が進むと、より暑さに脆弱な高齢者の数が増えることになりますので、厳しい傾向は続くと思います。

それに対して、どのような対策をとっていますか?

田澤さん:ひとつは「かながわ暑さ調べ」への参加を通じて熱中症リスクを実感してもらうとともに、暑さ指数などを利用した行動を促すこと。もうひとつは国立環境研究所との共同研究で、計測した暑さ指数をきちんと評価していくということに取り組んでいます。暑さ指数と実際の搬送者数を比較して、リスクの地域差まで明らかにするのが目標です。
もともと環境省が公表しているWBGTの予測値点が県内に5ヶ所しかなく、県内の暑さ指数の分布状況をもっと細かく把握したいという思いがありました。適応センターが追加で測定をすることもありますが、県民のみなさんによる「かながわ暑さ調べ」の力も大きいです。
機器は比較的簡易で、なおかつ我々が横でサポートしながら測定しているわけではありませんので条件も異なりますが、それを加味しても参考になっています。

適応センターの敷地内でも暑さ指数を計測の写真適応センターの敷地内でも暑さ指数を計測

現状、わかっている範囲で地域差は出てきていますか?

田澤さん:やはり県東部の横浜周辺が、都市部ということもあり熱中症の搬送者数が多いです。しかし横浜周辺の都市部と県西部の搬送者数を人口10万人あたりで比較すると、県西部のほうが多い傾向にありました。それが直接暑さ指数と関係しているかというとそうではなく、なにか別の特性があるようです。
対策を取っている人が多い・少ない、生活の仕方や住環境の違いなどが理由になっている可能性があるので、それらをうまく拾っていく方法を考えなければならないと思っています。

今後の熱中症対策行動推進について、考えていることがあれば教えてください。

新井さん:昨年までは「かながわ暑さ調べ」のデータをリアルタイムで提供することはしていなかったのですが、今年度以降、検討しているところです。測定データをなるべく早い段階でみなさんに共有することで、よりリアルな情報として感じてもらえたらと思っています。

田澤さん:また新しい取り組みとして、2年前から神奈川県気候変動学習教材を制作しています。2020年は高校生、2021年は中学生を主なターゲットとしており、今年は小学生向けの教材を制作しているところです。
最初に動画を見てもらい、それを踏まえて生徒同士がグループディスカッションをして、身の回りの気候変動を自分事化してもらうという流れです。なかでも夏の暑さが一番わかりやすいため、熱中症にフォーカスした教材にしているのですが、「かながわ暑さ調べ」やほかの研究成果とリンクさせることで、より普及啓発の効果が出せると考えています。

学校教育への教材導入について、課題はありますか?

新井さん:まだ導入実績が少ないので、どう活用してもらうかが今後の課題です。高校にて出前授業を行う予定もありますが、センターの人員も少ないため、できることには限りがあります。
そこで教材づくりと一緒に、実際に先生が教材を使った授業を行うことを想定した展開プランも併せてご提案しています。教育の現場で使いやすい内容についてはまだ模索中で、専門家にご意見を伺うなどして改善していく予定です。

田澤さん:授業の展開プランの提案とは別に、活用法については昨年、教職員向けの講座を開きました。受講してくださったみなさんの反応は比較的良好で、実際に授業に取り入れる方向で考えていただけているようです。
昨年はオンライン開催でしたが、スムーズな意見交換が難しいため、今年はぜひ実地でやれたらと思っています。

今後の展望をお伺いできますか?

田澤さん:適応センターの立ち上げから5年経ちましたが、成果のアウトプットがまだ弱いので、情報発信をしっかり強化していきたいです。市町村や民間企業が気候変動について学んだり、適応策を立てたりするのに、我々が発信する情報を活用してもらいたいと思っています。

新井さん:気候変動というと脱炭素、というイメージが強いなかで、緩和だけでなく適応についても考えていかなければいけないという視点を、まずは県庁内から啓蒙していきたいです。

原田さん:「かながわ暑さ調べ」などに参加してくださる市民のみなさんはもともと環境問題への意識が高いのですが、そうではない人にいかに適応について知っていただくかが今後の課題です。適応に限らずですが、広く普及していける方法を模索したいです。

このお仕事のやりがいや、次世代へのメッセージなどありましたらお願いします。

田澤さん:子どものころから興味を持っていた環境問題に関われて、非常にやりがいを感じています。行政職員でありながら気候予測のデータを扱うことができますし、将来について予測しながら必要なことを組み立てていく作業はとても楽しいです。
自分の子どもと回転寿司に行き、安くておいしいネタが回っているのを見ると「この子たちが大きくなったとき、気候変動の影響で今のように魚が食べられなくなってしまうのではないだろうか」と思って切なくなることがあります。我々の世代でそのダメージを少しでも食い止めるために、気候変動への啓蒙を続けていきたいです。

新井さん:今年適応センターに移動してきたのですが、最初は気候変動という大きなテーマに対して、行政職員ができることがどれくらいあるのだろうと思っていました。しかし緩和に比べて適応は、置かれている環境によってさまざまな取り組み方があります。つまり行政が真剣に向き合わなければいけないものなのだ、ということをようやく理解することができました。
今後気候変動によるリスクが増えることにより、自分自身や家族、友人たちが苦しんだり困ったりしない社会を作れるように、自分の子どもにも誇れる仕事をしたいです。

原田さん:次世代へのメッセージについて、私は学生のころから“Think globally. Act locally.”(地球規模で考え、足元から行動せよ)という言葉が大好きです。「かながわ暑さ調べ」のように地道に温度を測るところから、世界規模の気候変動を変えていこうという、視野の広い人たちがたくさん育ってくれたらうれしいです。

この記事は2022年6月17日の取材に基づいています。
(2022年11月16日掲載)

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