「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

インタビュー適応策Vol.37 岩手県

気候変動による凍霜害や夏季の高温、病害虫から果樹を守る

取材日 2022/7/11,12
対象
  • 岩手県 農林水産部 農業普及技術課 農業革新支援担当 上席農業普及員 小野浩司
  • 岩手県農業研究センター
    • 園芸技術研究部 果樹研究室 果樹研究室長 石川勝規
    • 生産環境研究部 病理昆虫研究室 上席専門研究員 猫塚修一
  • 岩手県 環境生活部 環境生活企画室 グリーン社会推進担当 主査 晴山久美子
  • 二戸農業改良普及センター
    • 地域指導課 上席農業普及員 加藤真城
    • 産地育成課 農業普及員 佐藤優
  • 生産者 中里敬

岩手県の地域特性と、これまでの果樹生産への取り組みについて教えてください。

小野さん:岩手県は本州の北東部に位置し、内陸部の大部分は山岳丘陵地帯です。中部から南部にかけて、山系に挟まれるように北上川が流れ、その流域に平野が広がり、県北部の馬淵川沿いには丘陵地があります。
そして、冬は寒さが厳しく、夏は暑いという内陸性の気候を示しています。果樹類の多くが栽培されているのは、その平野部の山沿いと馬淵川沿いの丘陵地です。広大な土地資源や冷涼な気温の日較差を利用し、各地域の持つ立地条件を最大限に生かした、高品質で収益性の高い果樹農業の確立を図っています。

りんごでは全国一の普及率を誇る『わい化栽培』による省力・高品質な生産、ぶどうではシャインマスカットなどの消費者ニーズの高い品種への転換を進めてきました。また、地域の特性を生かしたおうとう、もも、なし、ブルーベリーの導入も図っています。

『わい化栽培』とは、どのような栽培方法ですか?

小野さん:りんごは基本的に、根の部分となる「台木」に果実がなる部分の「穂品種」を接ぎ木して栽培しますが、台木を変えることで木の大きさをコントロールできます。木を小さくつくることで、収穫の際の省力化を図ることができ、なおかつりんごの着色に大きく影響する日当たりについても良好で、それが品質のよさにもつながっています。岩手県のわい化栽培の普及率は90%と、日本で一番高いです。

近年、気候変動により岩手県のりんごが被害を受けているという『凍霜害』とはどのようなもので、なぜ発生したのか詳しく教えてください。

小野さん:県内に9か所の観測地を設けて継続的に調査した結果、2021年3月の記録的な高温により、県内のりんごの生育は平年と比べて10日以上も早まりました。これによってりんごの生育段階が、例年より早い4月早々に、葉が広がってくる展葉期(てんようき)に達したのです。この時期のりんごは低温に弱いため、4月11日・15日の朝の降霜によって被害を受けて、10億円を超える大きな被害となりました。県北部で栽培されているおうとうや、県南部の日本なしについても同様の被害が見られています。

中里さん:凍霜害の被害を受けると、果実の表面がガサガサになったり、形がいびつになったりして、出荷できなくなってしまいます。

中里さんは生産者として、凍霜害防止のために、どのような対策を行っていますか?

中里さん:私の農園では散水氷結法を使っています。園地には約50基のスプリンクラーを設置しており、気温が2度以下になると水が出る仕様です。これは氷と水が同じ空間にあることで、エネルギー交換が行われ、気温が0度以下にならないという性質を利用しています。

石川さん:スプリンクラーを使った散水氷結法のほか、送風機を使う防霜ファン、そして畑のなかで火を燃やして温めるという燃焼法もありますが、燃焼法は面積が広くなるほど灯油の消費量も多く、事前に消防への許可が必要なこともあり、少し大変です。
現在はそれらの方法のほか、凍霜害が発生する前後に特殊な資材等を散布して、植物体の耐冷性を上げる、もしくは植物体そのものをコーティングして寒さに強くするといった、葉面散布資材の効果の検証を進めています。

気候変動の影響は、凍霜害以外にもありますか?

小野さん:効果の高い薬剤の開発により、2000年以降、ほとんど見られなくなっていたりんごの黒星病が、2015年ごろから県中北部を中心に再流行を始めました。黒星病はりんごの葉や果実に病斑を形成する病害で、多発するとりんごの出荷ができなくなり、生産者にとって大きなダメージとなります。

猫塚さん:黒星病発生の原因について農業研究センターがさまざまな調査研究を行ったところ、春期の気温の上昇により、従来よりも早い時期に黒星病の病原体がりんごに感染するようになってしまったということが明らかになりました。
従来、黒星病の防除については開花直前に効果の高い薬剤の散布が行われてきましたが、その散布時期より1週間以上も早く感染が起きているという事実が判明したのです。そこで花蕾着色期(開花から7〜10日前)にも追加防除を講じることにして、2021年から現場指導を行っています。
その成果は徐々に見られてきて、2022年には発生面積が減少に転じたところです。

石川さん:また、夏季の高温による『日焼け果』も発生しています。りんごの果面が日の当たる方向を向いていると、長時間同じ場所に日が当たり、表面温度が高くなって日焼けが発生してしまうのです。軽い日焼け程度であれば、やがてりんごが着色すれば問題ないケースもあるのですが、重度の日焼けをすると、日焼けした面から腐敗が進みます。そうすると商品価値がなくなり、その分、生産者の収入が減ってしまうのです。

もうひとつ大きな心配として、通常りんごの収穫は秋ですが、収穫前に高温で推移すると、着色にも影響が出ます。気温が低ければ低いほど赤くなるのですが、近年、9月の気温は非常に高い状態が続いており、その影響からか、リンゴの着色が遅れる、あるいは薄い着色で終わってしまうケースも目立ってきています。
また気温が高いと糖度が高くなる傾向はありますが、その分、酸度が薄れてただ甘いだけのりんごになったり、果実が柔らかくなる傾向もあることから、パリッとした食感が損なわれたり、高温により水分が奪われてジューシーさが失われたりと、品質についての影響も大きく出ています。

それらに関しては、たとえば高温条件下でも着色するりんごなど、安定生産が可能な新しい品種の育成に取り組んでいます。各自治体でいろんな品種が育成されていますが、岩手県に合う品種・合わない品種もたくさんありますので、岩手県の気候変動に対して合う品種があるかどうかというところも併せて見ていきながら、今後も継続的にりんご産地として維持発展できるようにしていきたいです。
日焼け対策についても、袋をかけて直射日光を避ける試験を行っているほか、危ないと思う前に日焼けを防止する特殊な資材を散布して、日焼け果の発生を軽減させる試験も進めているところです。

さまざまな適応策を実施している一方で、高温化がもたらすプラスの影響についてはどのようにお考えでしょうか?

佐藤さん:新しい果樹品目の栽培が可能になる可能性はあるかもしれません。しかし開花前進による凍霜害のリスク、りんごの着色不良やおうとうのうるみ果の発生などのリスクの方が高いと考えています。

石川さん:それでも私たちは、気候変動をなるべくポジティブに捉えたいとは思っています。農研機構のデータでも、今後、果樹産地は温暖化で北上するといわれていますが、岩手県も適地の範囲には収まるようです。安定的なりんごの生産が困難になるなか、気候変動に適応した技術開発に力を入れ、なおかつ今まで作ることのできなかった果樹栽培の可能性を視野に入れながら、本県が果樹産地として生き残れるように支援を続けていきたいと思っています。

みなさんの、このお仕事のやりがいはどんなところにありますか?

小野さん:私の大きな仕事のひとつが、農業研究センターや地域の農業改良普及センター、病害虫防除所などの組織の、連携強化のお手伝いです。果樹研究室で育成された品種や、病理昆虫研究室で開発された技術を、どう現場で使ってもらうかということも含めて、地域とも話し合いをしながら進めています。
技術だけでなく人材育成も含めて行っていくという意味で、総合的に農業に携われるのが面白い仕事だと思っています。

石川さん:いまは農業研究センターの果樹研究室で試験研究をしていますが、やはり開発された品種や技術は生産者のみなさんに使ってもらって初めてお役に立てます。実際にそれらを利用してもらうことで生まれた成果物として、たとえばスーパーマーケットなどに果実が並んでいるのを見ると、やってよかったなと思えるんです。私たちは生産者のみなさんと関わっていますが、その先にいる消費者のみなさんともつながるような仕事ができることは大きなやりがいだと思います。

猫塚さん:私は果樹や花に発生する病気の原因を調査したり、その防除策について研究したりしています。病気の被害で困っている生産者のみなさんと直接お話をしながら防除指導をしていますが、最終的に被害がなくなり、生産者のみなさんの困りごとの解決の手助けができたと実感したときにやりがいを感じますね。

晴山さん:私は県民のみなさんに広く気候変動適応について普及啓発を行っていますが、やがてそれがみなさんの命や財産を守ることにつながると思うとやりがいを感じます。県内の果樹栽培の状況も、気候変動を理解してもらうための大きな材料です。病気の予防策や品種の変更など、適応策について知ってもらうことが、みなさんのよりよい暮らしにつながる大きな一歩だと思っています。

佐藤さん:現場で生産者に支援をする立場として、みなさんに「教えてくれてありがとう」などとお礼をいただいたとき、非常にやりがいを感じます。課題がよく見えている現場の生産者さんから、逆に教わることも多いですね。立場は違っても、産地を盛り上げたいという同じ気持ちのもと、これからもがんばっていきたいと思います。

生産者として、国の機関や行政、消費者に望むことはありますか?

中里さん:気候変動に適応した品種や技術を研究開発して、我々生産者でも使えるような対策をどんどん普及してもらいたいです。それが進むことで、農業という仕事についても、働きやすいという印象に変わると思います。
また我々の仕事は育てて終わりではなく、消費者のみなさんに果物を食べていただいて、初めて完結します。どの生産者も丹精込めて作っていますので、ぜひ多くの人にたくさん果物を食べてもらいたいです。

この記事は2022年7月11日、12日の取材に基づいています。
(2023年1月5日動画掲載 / 2023年2月15日掲載)