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インタビュー適応策Vol.41 エイ・エフ・ビル管理株式会社 / 内山緑地建設株式会社

都会の山「アクロス福岡」のビル緑化

取材日 2022/10/25
対象 エイ・エフ・ビル管理株式会社 総務部課長補佐 川野厚子
内山緑地建設株式会社 九州支店 樹木医 能勢彩美

はじめにアクロス福岡の概要をお聞かせください。

川野さん:アクロス福岡は、1995年「国際・文化・情報の交流拠点」として、福岡の都心「天神」の旧福岡県庁跡地に誕生した公民複合施設です。1981年に県庁跡地の開発として計画が始まったもので、Asian Crossroads Over the Sea-Fukuoka(アジアのクロスロード福岡)という意味から名づけられました。海を越えてアジアと結びつきを強め、クロスロードとしての役割が期待される福岡を表しています。

1991年のコンペで第一生命保険・三井不動産のグループ案が選定され、天神中央公園との面的な連帯を促す「ステップガーデン」構想を軸として、田瀬理夫氏による監修と世界的建築家エミリオ・アンバーツ氏により基本構想が定められました。公募の際、6グループの提案がありましたが、「ステップガーデン」が地上の空間に代わる新しいオープンスペースを作り出し、天神中央公園との面的な連帯と共に、緑豊かな環境づくりに成功していること、また多目的ホールをはじめ、県民のための公共部門の多くが低層階に設けられ、アトリウムを介した公共部門と民間部門の有機的な連携と回遊性に優れ、集客性も期待できることが評価され、こちらの提案が採用されました。

建設地は、県庁舎が明治9年に福岡城から天神の現在地へ移転し、これ以降昭和56年に博多区東公園へ再移転するまでの百年に渡って県政の中心地でした。したがって、一般の知名度が高くステイタス性も有した立地といえます。また、敷地北側は、福岡市のメインストリート「明治通り」に面しており、南側には、天神中央公園並びに天神と中洲・川端などの博多を一体化する「福博プロムナード」があり、ビジネス街と都市アメニティゾーンの二つの正面性を有しております。さらにアクロス福岡の地下街は、福岡市営地下鉄駅及び商業の一大集積である天神地下街とも直結し、回遊性も併せ持った福岡有数の好立地となっています。

自然との共生、心潤う空間づくりをテーマにした施設であるアクロス福岡は、建物を都会の中の一つの山と見立て、建物自体を天神中央公園と一体化し、訪れる人々に潤いと安らぎを与える都会のオアシスを創出することを目的に、階段状の斜面に大規模なビル緑化が施されています。まるで自然の山のように見えることから、通称「アクロス山」とも呼ばれています。

「アクロス山」の樹種や土壌について教えて下さい。

川野さん:ビル緑化の植栽は2年間の実験を経て実装されたもので、2階から14階までの屋上緑化面積は5,400m2、植栽は約200種程度となります。建物をひとつの山に見立てて、四季折々の変化を楽しめるように植栽の構成を工夫しています。竣工当初は76種・37,000本を植樹していました。その主な種類は、大刈込み※は32種類15タイプで構成し、各タイプは、常緑混植・落葉混植・常落混交の混植・常緑半常緑混植の4つを基本としていました。また大刈込(※)から突出する樹木には、ウメ・カエデ・エンジュなど23種類を、壁面を覆う下垂性の植物には、ハイネズ・コトネアスターなどの5種類を使用していました。徐々に補植したり、イカル・シジュウカラ・ムクドリ・ホオジロなどの野鳥が運んだ種で樹種が増えたりして、現在では約200種類に増えています。最終的には九州の山の樹種数に近い350~400近い種類に増やしていきたいと考えております。

※大刈込とは、多様の異種の樹木を寄せ植えし、それを一つの樹冠として刈り込む方法のこと。

植物が根を張っているのは土ではなく、「アクアソイル」と呼ばれる真珠岩という岩石を使った人工土壌です。土壌の選定に際しては、①比重(スラブ荷重)、②実績(60年間継続可能性)、③経年変化、④保水性、⑤排水性能、⑥耐風性能、⑦管理、⑧施工性、⑨コストなどを総合的に検討し、モックアップでの実績もう踏まえて選定されました。

アクアソイルを用いると、通常の根が毛細状になるため、土に摩擦がかかり、たった50センチの土の厚さでも、しっかり植物を支える事が出来ます。ある程度のところで根の成長が止まるので、どこまでも根が伸び続けて建物を傷めるということが起きません。重量は土の3分の1ほどで、組み合わせによって保水と排水のバランスを自在に調整することができます。雨が降れば、植物が必要とする60日分の水分を蓄えることができ、余分な水はアクアソイルをつたって階下へゆっくり落ちていき、実際の山と同じような排水システムを可能としています。雨水の保水力を高める為に、植栽部分以外にも人口土壌が使用されており、農薬、肥料も一切使用していません。堆積した落ち葉が表土となって微生物や昆虫も生息していますので、その虫を食べに鳥が集まり、実を落とし新しい植物が芽生えるという生態系ができています。

気候変動により突発的な強風が増えていますが、どのような対策をされていますか。

能勢さん:近年の気候変動による異常気象の発生もあり、地上60mまでの屋上植栽のため、強風対策として過去30年の気象データを調査し、強風による樹木の倒れ、飛散、道路への落下防止を考慮しています。主な対策としては、寄せ植えにより1本あたりの風圧を低減させると同時に、大刈込み全体を防風形とし、各階植栽部分での風速低減を図っています。また、定期的な強風対策として、東西両端部は植栽の密度を高めると共に、落葉の飛散防止対策として、一定範囲を常緑のみの混植とし、最上階は地被植物のみとしています。

台風の時期は、毎年枯れた木々の枝剪定などを行い、剪定した木々は廃棄せずにバイオネストとして再利用をしています。バイオネストとは、剪定して出た枝を太いものから順番に、鳥の巣をつくるように丸く編みこむように組んでいき、はみ出た枝はカットし、細い枝や落ち葉、草刈り後の草類は、組んだ枝の中に中高く積み上げる方法で、中の落ち葉や草がやがて分解して堆肥となり、周りの木々に戻すことができます。

アクロス福岡では「自然の山の姿」を重視しているため、決して大バサミで刈るようなことはせず、小バサミで丁寧に手入れをします。農薬はほとんど使用してないので 、害虫なども全て手で捕獲しています。落ち葉や雑草なども取り除かず、できるだけ自然の山のような地面をつくり出しています。

排水・灌水計画について教えて下さい。

川野さん:雨水は厚さ50cmの人工土壌に吸収・保水されますが、降水量が多いときは、余った雨水は防水保護層上に敷設した通気透水層を経て、少しずつ階下に落ち、地表面の植込みや池に流れます。また、強雨時には排水効率を高めて、薬院新川に放流される設計になっています。これらも自然の山の排水システムにならっています。

灌水計画としては、最上階への降雨水を地下4階の貯水槽(600t)に貯留し、これをスプリンクラーにより散水するシステムを採用しています。概ね1回のスプリンクラー散水(300t使用)で、1ヵ月間の保水が可能ですが、この灌水タイミングは植物の状態を人が見て判断し、定期的な自動灌水方式とはしていません。実際には猛暑対策として、お盆前後の時期に多い年で年間2~3回スプリンクラーを使って散水しますが、それ以外は自然の雨水でまかなえています。貯水槽の余った雨水はろ過装置を通して、再生水をつくり、ビル全体のトイレの洗浄水に利用しています。

「アクロス山」はヒートアイランド現象の緩和にも効果的でしょうか。

川野さん:九州大学・日本工業大学・竹中工務店の温熱環境実測調査によると、真夏の昼間における赤外放射温度計での測定では、コンクリート表面温度が50度以上に対し、緑化面は38度と約15度も低くなっていました。(図参照) アクロス山の表面は夕方以降に急激な温度低下が見られ、5日間の計測を通じて夜間は気温と同等か気温より低い状態であったことが確認されました。

植物の蒸散(植物中の水が水蒸気となって植物体の表面から大気中に放出すること)は、周りの熱を奪い周辺の温度上昇を抑制する効果があります。建物の周辺、東西南北での気温の変化を観測したデータによると、通常は太陽が最も当たる南側の気温が一番高くなるはずですが、観測の結果、ステップガーデンがある南側が北側より低い温度となっていました。緑化によって、建物周辺の温度上昇を抑制するとともに、建物内部への熱貫流も小さく抑えているため、冷房負荷も低減していると考えられます。

熱画像(昼と夕方の温度変化)

表面温度の変化

また、最上階、10階、5階に三次元風速温度計を設置して得られたデータの分析によると、ステップガーデンでは夜間に吹き降ろしの風、昼間には吹き上げの風が吹きましたが、風の角度は約30 度でステップガ-デンの傾斜34.5度とほぼ等しく、傾斜に沿った風が吹くことが分かりました。風の弱い夜間に吹き降ろしの風が生まれるのは、植栽の表面の温度が放射冷却によって低下し、それに伴い近傍の空気が冷やされて生じた冷気がステップガーデンを降りるといった、盆地や斜面における冷気流の現象が起きているためと推測されます。この冷気流によって、熱帯夜の都心に涼しい風を送り込む効果が期待されます。 (図参照)

今後の展望や抱負をお聞かせください。

川野さん:アクロス山のことをもっと広く知っていただき、利用していただきたいと思っているので、広報活動の強化を進めています。コロナ禍の時には見学者の受け入れも制限していましたが、地元小中学生や建築に関心の高い大学生など、見学者の受け入れも少しずつ増やしているところです。また、SDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」、目標13「気候変動に具体的な対策を」、目標15「陸の豊かさも守ろう」の一助となるアクロス福岡で九州SDGsアクションサミットや子ども向けのSDGs啓発イベントを開催していただくなど、地域社会やSDGsへの貢献を増やし、ビルとしての価値を上げていきたいと考えています。カブトムシやクワガタなど、子供達に喜んでいただける昆虫の繁殖についても調査をしておりますので、色々なイベントを今後も開催していきたいです。

能勢さん:大人から子供まで色々な方々に、アクロス福岡の緑にもっと触れていただきたいと思っております。当初は4割が常緑樹でしたが、四季の変化を楽しめるように今後は落葉樹を増やすことも計画しています。緑化による夏場の涼しさや快適さ、生物多様性の魅力を、アクロス山を通して知ってもらいたいです。

この記事は2022年10月25日の取材に基づいています。
(2022年12月28日掲載)