気候変動に適応しながら、アンデルセングループの自社農場で育てた作物で「Farm to Table」を体現
取材日 | 2024/9/17,18 |
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対象 | 株式会社タカキベーカリー アンデルセンファーム ・農場長 森本哲司 ・係長 山木和貴 株式会社アンデルセン パン生活文化研究所 広報室 ・室長 執行役員 亀岡大介 ・光井まさみ 広島アンデルセン リテイルグループ ・新本悦子 アンデルセン福屋八丁堀店 ・セールスリーダー 真砂リエ |
アンデルセンの本社は広島県にあり、同県北広島町にもグループ内で農場をお持ちと聞いてお伺いしました。ここではどのような作物を育てていらっしゃいますか?
森本さん:アンデルセンファームは2008年からりんご3品種、合計1000本を定植してスタートしました。育てているのは、赤く色づいている紅玉、10月下旬に黄色く色づくシナノゴールド、完熟になっても緑を保つグラニースミスの3品種です。
同時に「パンを楽しむテーブルにワインを」ということで、ワイン用ぶどうを6品種、試験栽培を含めて栽培しています。
特にぶどうについては「ここでは育たないだろう」と周りから言われることもよくありました。しかし、企業理念のなかにある『すべての仕事は素人より始まる』という精神で、大きな挑戦をしています。
北広島町の気候や標高、近年の気候変動影響なども踏まえて、栽培について苦労したことや工夫していることはありますか。
森本さん:アンデルセンファームは、開園当初からヨーロッパで主流になりつつあった、小さな樹形で育てる『新わい化栽培』に西日本で初めて挑戦しました。大変だったのは、2011年の大雪です。雪が溶けるときに枝に圧力がかかって、150cm以下の枝がすべて引きちぎられてしまったのです。そのときに木を助ける方法として、えぐれた木の上下を、折れた枝を使って継いでいきました。花芽がたくさん付いて、今年は収穫が楽しみだなという年だったので、とても残念でしたね。自然の大きな脅威を感じたのはそのときです。そこで現在は枝の下垂誘引をおこない、樹形を紡錘形に変えることで、雪害を防いでいます。
ほかにも、ゴールデンウィークあたりにおりていた遅霜が、4月の20日くらいに前倒しでおりるようになりました。それまで、スプリンクラーで水をまく散水凍結法(水が凍る際、わずかに熱を放出して温度を上げる「潜熱」を利用して作物の温度を0度前後に保つ方法)で管理していましたが、ここ最近は少し早めに準備して備える必要があります。
水は伏流水を利用しており、それを溜めるプールを拡大工事中です。水は一区画で、だいたい1時間に19トン使用し、10時間以上はかけ続けます。プールに水を注ぎながら撒いていくため、水の管理がポイントです。
夏の暑さによる弊害はありますか。
森本さん:ここは標高が650mあり、昼夜に寒暖差があるため作物のエネルギーの消耗も夜間は抑えられるのですが、作業者は大変です。今年はWBGT指標の計測器を取り付けたのですが、熱中症リスクの高い日がかなりありますね。頻繁に小休憩をとり、冷蔵庫のお茶を飲んでもらうようにしています。
また、空調服の貸与も始めました。今年はネッククーラーも準備して、冷凍庫に複数冷やしておき、ぬるくなったら取り替えるほか、休憩を取るときにミスト発生機で水を噴霧しています。
しかし、りんごの凍害が増えたのも温暖化が原因ではないかと感じています。落葉果樹は12月から次の発芽まで休眠期に入り、7.2度以下の低温の積算が1400時間を超えると休眠から目覚めます。目覚めたりんごの木が最初に行うのが根から水を吸い上げることなのですが、日によって外気温がマイナス10度くらいまで下がると、吸い上げた水が凍ってしまうのです。それがゆっくり溶ければ害はないのですが、急速に春になり太陽光が強くなると、一気に溶けて融解熱が奪われ、組織が凍害を受けてしまいます。それで、これまで相当木を枯らせました。苗木のときは皮が薄いので、太陽光を反射する白いペンキを塗って凍害を防止するようにしています。
暖冬は大敵です。芽が動き始めて、急に寒くなって…を繰り返すと、花芽の開花が揃わないこともあります。そうすると、うまく受粉ができないのです。最初は一本一本、人の手で花粉をつけて回っていましたが、大変なので、最近は養蜂業者にお願いして、巣箱を持ち込んでもらっています。この一帯で採れたはちみつもアンデルセンで販売しているので、一挙両得ではありますが、気温や天候によりハチが巣箱から出ない日もあるので、なかなか難しいです。
ぶどうに関してはいかがですか。
森本さん:この地で作っている生産者もいないし、栽培は難しいのではないかと思っていましたが、比較的日照も足りており、一部を除いていいぶどうが生産できているのではないかという自負があります。
ただ雨が多く、空気中に浮遊した病原菌がぶどうに付く恐れがあるため、雨避けシートは必須です。
ぶどうは自社オリジナルのワインになり、りんごもシードルやジュースとして販売されていますね。
森本さん:ジュースはフィルターにかけず、果肉も果皮も、すべて入っているので3種のりんごの色合いがすべて出ています。グラニースミスは緑っぽく、紅玉は赤、シナノゴールドは黄色っぽいですね。酸味や甘みのバランスもすべて違って、個性があります。
その他の加工品として、りんごはアップルプレザーブに加工され、一年中安定して使えるパンの材料になっています。オリジナルのジャムの材料にもなっていますね。
ワインとシードルについては、広島アンデルセンのソムリエ、新本さんにお伺いします。広島アンデルセンには、パンのまわりに実るものぜんぶという考えから、暮らしを彩るおいしいものがたくさん揃っていますね。
新本さん:はい、こちらのワインテイスティングカウンターでは、6〜7種類の中からお好きなワインをお選びいただき、店内で販売しているパンやチーズ、デリ、スイーツなどを購入して一緒に召し上がっていただくことも可能です。最初の一杯目には、アンデルセンの醗酵バターを、当店の看板商品『the Bread』など、当日おすすめのパンとご一緒にどうぞ。
アンデルセンファームのオリジナルワインと、シードルについて教えてください。
新本さん:白ワインには『幸』、赤ワインには『志』という名前が付けられています。白はアンデルセンファームで育てたシャルドネとソーヴィニヨン・ブラン、赤にはメルローとピノ・ノワールが使用されており、比率はその年の収穫量によって変化するので、毎年味わいが違うんです。
シードルに関しても、ファームではりんご3品種を栽培していますが、年によってうまく育ったり、前の年に実をつけすぎて採れなかったりするので、配合比率は毎年異なります。
シードルは作り方が特徴的で、瓶一本一本発酵させるシャンパーニュ方式をとっており、とても手間がかかるのですが細かくて持続性の高い泡が実現しています。ワインと共に、醸造は島根の奥出雲ワイナリーにお願いしています。
自社製品の魅力を伝えるこの仕事の魅力は、どういったところにありますか?
新本さん:誰かが作ったものを売るのではなく、自分たちの畑からできた作物で作ったものを売るというストーリーがあるので、私たちも自信を持って商品の良さを伝えられます。
前職はワインと関わりのない仕事で、アンデルセンに入社してソムリエからワインの楽しさを教えてもらい、自分もソムリエの資格を取りました。ワインのぶどうを見たことがなかったので、ファームのスタッフと会う機会があったときに「農場へ行ってみたい」と話すと、ぜひ、という返答だったので、それ以来、収穫のお手伝いなどに行っています。
自社農場があると、気候変動への関心もより高まりますね。
新本さん:そうですね。思ったように育たないし、台風のリスクもありますし、雨が多いと病気が心配です。ワインが毎年同じ味ではないことが、肌で実感できます。
逆にアンデルセンファームのスタッフはお客さまと接する機会が少ないと思いますので、自社のワインの感想をいただいたら、なるべく伝えるようにしています。
農場と売場の架け橋にもなっているのですね。そしてシードルだけでなく、りんごからおこした発酵種を使った『ファーマーズブレッド』もアンデルセンの人気商品です。広島市内にあるアンデルセン福屋八丁堀店の真砂さんにお話を伺います。ファーマーズブレッドには何種類かあるのですか?
真砂さん:はい、基本のパンが5種類ほどあり、なかでも全粒粉やライ麦粒のパンが定番なのですが、季節によってりんごやさつまいも、とうもろこしのパンなど、そのまま手軽に食べられるものをご用意しています。
真砂さんは社内資格であるブレッドマスターをお持ちとのことですが、その資格を活かして『テイスティングテーブル』という企画を実施されているそうですね。
真砂さん:はい。テイスティングテーブルは、イートインスペースがあるお店の一部(約10店)で開催されています。ブレッドマスターが、お客さまにファーマーズブレッドのおいしさ、楽しみ方をご紹介するイベントです。
7月に開催したのは、食欲が落ちやすい夏でも食べやすい、のどごしのいい『まいにちの全粒粉食パン』を使ったレシピをご紹介しました。秋は『ライ麦粒のパン』と豚汁で、和食と組み合わせた夕食のご提案をしています。
アンデルセンのパンをおいしく食べていただくための広報活動にも広く尽力されていますね。アンデルセンという会社の、大きな魅力はどこにありますか?
真砂さん:ファーマーズブレッド以外にも、デンマークでりんごの収穫時期にお祝いすることにならって、アンデルセンで10月に『APPLE FESTIVAL』を開催しています。アンデルセンファームで収穫されたりんごを使ったデニッシュやクリームパン、スコーンなどが並び、ファームを紹介する場所にもなっています。
冷凍デリカテッセンも展開していて、パンに合うカレーにも自社のりんごを使用しています。やはり自社農場を持っていることが他社との違いであり、大きな魅力だと思いますね。
店舗のスタッフも、アンデルセンファームのスタッフの努力の結晶を多くの人に楽しんでいただくべく、尽力されています。今後の展望について、教えていただけますでしょうか?
山木さん:いま、りんごの収穫量の目標が150トンなのですが、現状60トン程度なので、収量をしっかり上げてグループに貢献していきたいという思いがあります。今年よかったからといって来年もいいというものではありませんので、健全な樹体を作り、本数を増やし、栽培管理をしていきたいです。
収量を倍にするとなると作業も増えますので、省力化・機械化できるところはしていかないといけないですね。
アンデルセングループとして、今後の目標はありますか?
亀岡さん:グループ全体として、気候が変わっていくなかで、一番考えなければいけないのは働く人の環境です。農場長からも暑熱対策のお話がありましたが、異様な暑さのなかでもりんご・ぶどうを育てなくてはなりませんし、パンを焼かなければなりません。特に工場でいうと、グループ会社であるタカキベーカリーの2023年度の工場の投資について、半分は働く人の環境を整えるために使いました。一番多くお金を使ったのが排気設備で、暑い空気を外に出したあとに冷たくきれいな空気を入れるために、フィルターなどを工夫したそうです。WBGT指数をすべて測定し、状況の悪いところから順に投資をしていきました。
アンデルセングループは昨年、75周年を迎えたんです。100年企業を目指そうということで、いま、何をしなければいけないかということを、若手も含めて一緒に考えていこうという取り組みをおこなっているんですね。複数のグループに分かれて、生活の質の向上のお役に立てること、社会貢献、仕事の効率化などについて考えています。創業者の高木彬子相談役も先日99歳を迎えましたが元気で、若い人に話を聞いたり、従業員への想いを直接話したりしています。自分自身も多くの人と話すことで、面白い人たちと面白い仕事をしているということを再確認できましたし、それが一番のやりがいだと感じています。グループは以前から、量の拡大を目指すより質の向上を目指し、お客さまの食生活のお役に立ちたいという思いでここまできました。短期間にお店を増やす、工場で作る量を増やすということではなく、価値の高いものを喜んでいただけるように提供し続けたいと思っております。
この記事は2024年9月17,18日の取材に基づいています。
(2024年12月9日掲載)