廃棄される野菜や果物を原料の一部に使った、新しい伝統工芸

取材日 | 2024/7/23 |
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対象 | 株式会社五十嵐製紙 伝統工芸士 五十嵐匡美 株式会社ベストアグリフーズ 執行役員・事業部長 野村武文 |
五十嵐製紙は、1919年から100年以上にわたり、越前和紙の工房として歴史を紡いでいます。まず、越前和紙の特徴について教えていただけますか?
五十嵐さん:説明するのが難しいくらい、さまざまな技術や技法を取り入れているという特徴があります。奉書紙が有名で、日本で最初にお札を作ったのも越前和紙と言われていて、越前は日本で最古の和紙の産地でもあります。
筆すべりの良いツルツルした紙も漉けますし、頑丈でざっくりとした紙も漉けます。用途に合わせてさまざまな種類の原料を使い分けて、いろいろな種類の紙が漉けるというのが、越前和紙の特徴です。

主な原材料は、楮(コウゾ)、三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)という植物ですよね。
五十嵐さん:そうです。そのほかに、麻を使うこともあります。
コウゾだけで漉く場合もあれば、コウゾにミツマタや麻を配合して漉くこともあり、これはお客さまのご要望によって変わります。ガンピは100%で使うことが多い、かなり高級な原料です。紙を触る音まで美しく、艶やかな光沢があり、書き心地も最高です。
植物のどの部分が使われているかというと、茎の皮です。まず茎を刈り取り、蒸して、皮を剥ぎます。剥いだ皮を煮てやわらかくして叩くと繊維が細かくなるので、それを水に溶かして、最後に「ネリ」を混ぜて紙を漉くという方法です。
「ネリ」というのは、黄蜀葵(トロロアオイ)という木の根っこをくだいて水に漬けたときに出る、ネチっとした液体です。これを水に入れて、粘り気のある液体を作ります。トロロアオイも、和紙に欠かせない原料です。
近年、これら和紙の原料の収穫量が激減しています。大きな理由が、生産者の高齢化と後継者の不在です。特に、ガンピの栽培がとても難しいんです。山に行けばたくさん生えているのですが、最近はクマの出没でなかなか収穫に行けないという事情もあります。
そこで越前ではいま、ガンピの栽培技術を獲得しようと10年前から和紙職人が集まって、植物の先生をお呼びして栽培する方法を模索しています。しかし、なかなか難しいのが現状です。

『Food Paper』は和紙の原料の代替品に、捨てられてしまう野菜や果物を使うという画期的な方法ですが、そもそも、廃棄作物に着目した理由はなんだったのでしょうか?
五十嵐さん:息子が夏休みの自由研究で、身近な食べ物や植物を紙にする研究をしていたんです。きっかけは、テレビで特集が組まれていたバナナペーパー(バナナの茎から取った繊維を原料として作られた紙)。それを見て、自分にもできそうだと思ったようです。
それで急に紙漉きの道具を貸してほしいと言われ、紙漉きの方法だけ教えました。正直、最初はこんなものできるわけないと思っていたんです。仮にダメでも、結果が残ればいいと思っていたのですが、結果を見ると意外とできていて、驚きながら見ていました。それが、小学校4年生のことです。
5年生では顕微鏡で繊維の違いを見ながら吸水性の実験をしたり、6年生では強度の実験や書き心地について調べたりしていました。中学に入っても研究は続き、3年生のときに「味をつけて塩分補給ができたり、お湯に溶かしてスープにしたり、災害時に食べられるような紙を作りたい」と言い出したのですが、諸般の事情により、それはまだ実現していません。

最初は息子さんの自由研究だったFood Paperを、実際に製品化しようと思ったきっかけはなんだったのですか?
五十嵐さん:私は2019年に福井県が主催する『経営とブランディング講座』を受けて、ブランティングや商品開発について1年弱学んでいました。成果発表会に向けてひとつブランドを作りましょうと言われて、一緒に受けていた知り合いのデザイナーと組んで考えながら、まずは和紙の原料不足をなんとかしなければいけないと話し合っていたときに、息子の研究がふっと思い浮かんだんです。じゃあそれをブランド化しようということで、最初はノートやカードなど、手に取りやすい身近な文房具を作り、なんとか形にしました。
当時はやることが多すぎて、自分の仕事もしながら動いていたので子どもと話す時間もあまりなく、発売後に「息子に報告していない!」ということに気づいたんですよね(笑)。報告したら、うれしかったとは言っていました。



Food Paperの原料である廃棄作物の調達についてはどうしていますか?
五十嵐さん:カット野菜工場で残渣をもらってくることが一番多いですね。大手の牛丼チェーン店や、病院、学校などに卸しているので、ひとつの工場で、毎日何百キロというゴミが出るんです。工場からはタマネギ、ニンジン、ジャガイモなどの皮をもらったり、JAを通して生産者から実入りの悪い野菜をもらったりします。
最初はどこで廃棄野菜をもらったらいいのかわからず、資料を持ってとにかくスーパーに足を運んだり、電話をしたりしていました。そんななか、新聞で取り上げていただいたこともきっかけとなり、カット野菜工場の社長から連絡があって、残渣を分けていただけるようになったんですね。
お話を聞くと、本当に困っていたみたいです。たとえばニンジンの皮も近くの馬小屋に持っていくけれど、そんなに食べられないというほどの残渣が毎日出るんですね。だから、もらってくれてうれしいと言っていただけて。みなさんのご好意で、ありがたくいただいているという状況です。

たとえば和紙の原料と食品廃棄物を合わせたとき、原料の使用量はどのくらい減らせるのですか?
五十嵐さん:実は息子は、100%食品廃棄物の和紙を作っていたんです。しかし商品として販売するには、やはり強度に問題がありました。それで、ある程度コウゾを混ぜなければいけないという話になったんです。
コウゾとの配分は使う食物によって変わりますが、最大で50%まで食品廃棄物を入れることができています。半分とはいえ、コウゾの使用量が減らせているのはすごいことだと思います。



残渣は、乾かすなどして保存しておくのですか?
五十嵐さん:もらってきたらすぐに漉いてしまうケースがほとんどですが、タマネギ、ゴボウ、ジャガイモはお天気のいい日に一気に乾かして、使うときに水で戻しています。
食品廃棄物の調達先のひとつが、ベストアグリフーズの福井工場とのことで、お話を伺えたらと思います。御社と五十嵐さんとの出会いは、どのような流れだったのでしょうか?
野村さん:弊社社長の知り合いから五十嵐さんのことを聞き、これは素晴らしい取り組みだということで、直接メールなどで連絡させていただいたのがきっかけです。
弊社は福井工場で毎日500キロ、金沢工場で1トンにものぼる残渣をどう処理するかという問題を、ずっと抱えていました。むいた皮を生産者に戻して、堆肥化して使ってもらい、育った野菜をまた購入する、という循環作りや、飼料を作って牧場に渡すなど、さまざまな方法を考えているなかで、五十嵐さんのことを知ったんです。これは私たちにとってもありがたい話ですし、素敵な取り組みなのでぜひ協力させていただきたい、とお答えしました。

五十嵐さんには、月にどのくらいの残渣を渡していますか?
野村さん:月に1回、あるいは2か月に1回の頻度で、多いときは車がパンパンになるほどお渡ししています。下処理でジャガイモが多い日、タマネギが多い日など差があり、内容はそのときによって変わりますが、五十嵐さんから欲しいものを事前に伝えていただくこともあります。
野村さん自身は五十嵐さんの取り組みについて、どうお考えですか?
野村さん:最初は「そんなことができるんだ」という驚きがありましたね。それを考えたのが息子さんというのもすごいと思いましたし、ストーリーを詳しく伺って、ますます弊社社長も興味を持ち、社会貢献として携われることにワクワクしました。
私たちも先ほど申し上げたような循環作りや飼料化といった取り組みをおこないたいと思っていますが、残渣の量が多いため限界もあります。そこで弊社内にラボを設置し、むいた野菜の皮を乾燥させて、薬草とブレンドした薬膳茶などの商品開発に着手しています。今後も、商品開発に力を入れていく予定です。

和紙の原料が手に入りにくくなっているなか、廃棄作物のような代用品を使って伝統工芸を受け継いでいく姿勢はとても大事ですよね。しかも、廃棄作物を引き取って喜んでくれる人がいるというなら、なおさらです。五十嵐さんの、今後の展望について教えていただけますか。
五十嵐さん:弊社はもともと、ふすま紙や壁紙を主力にしている工房でした。しかし住宅環境の変化により、現在、和紙の販売数量が右肩下がりになってきています。会社として成り立たせることも大事ですが、紙漉き工房も減ってきているなか、和紙業界のためにも、いま動かないと将来的にダメだと思っていました。それで、県主催の講座に出席するなどして、次の手立てを考えていたんです。
Food Paperをきっかけに、需要に合った商品が漉けるようになりました。今後はさらにFood Paperを知ってもらうことで大量に注文をいただいて、「もう紙漉きに使う廃棄作物がない」というような世の中になることが、一番いいですね。
さらにFood Paperが、和紙ファンを増やすきっかけになればうれしいです。越前和紙にはさまざまな技法や技術があると申し上げましたが、やめてしまうと、越前和紙でしかできない漉き方が失われてしまいます。それは悲しいことなので、なんとか次に繋げていきたいと思います。

この記事は2024年7月23日の取材に基づいています。
(2024年11月20日掲載)