熱帯で進む森林破壊や火災に関する報道を目にします。
このまま南米アマゾンや東南アジアの森林が失われると、地球規模ではどのような影響があるのでしょうか?
気候変動適応センター /
地球環境研究センター
物質循環モデリング・解析研究室長
(現 地球システム領域 客員研究員)
熱帯林は地球の気候を維持する上で非常に重要です。熱帯林は地球の肺とよくいわれますが、一方的に二酸化炭素(CO2)を吸収し、酸素(O2)を大気に供給しているわけではありません。それでも、酸素や炭素の循環を調節する機能があり、人間活動が放出した CO2 の一部を吸収し、生物多様性を育む役割を果たしています。現在、開発、火災や温暖化によってその存在が失われる危険性が指摘されています。熱帯林が失われると、地球の炭素の貯蔵庫としての機能や大気の調節機能が損なわれ、温暖化を加速させてしまうでしょう。熱帯林の監視と保護は喫緊の課題であり、さらなる研究が求められています。
1. 熱帯林のはたらき
熱帯とは、おおむね緯度が 25 度より赤道側にある年中温暖な気候に属する地域を指し、東南アジア・中央アフリカ・南米アマゾンなどがその中に含まれます。年間を通して降水が多い地域には、熱帯雨林と呼ばれる森林が分布し、その周辺の降水がやや少ない(乾季がある)地域には熱帯季節林と呼ばれる森林が分布します。さらに降水が少ないと、植生は徐々にまばらになり、サバンナや草原、砂漠へと移行していきます。熱帯林(主に熱帯雨林)が占める面積は、人間活動の影響で縮小してきましたが、それでも合計 1700 万平方キロメートル以上(陸地面積の約 12%に相当)1)に及んでいます。
熱帯林には様々なはたらきがあります。なかでも注目されているのが、熱帯林の植物は年間を通じて温暖湿潤な条件にあり盛んに光合成を行うことができる点です。大気から多くの CO2 を吸収しバイオマスにすることで森林は大きく発達し、日本では見られないような高さをもつ(個体によっては 50mを超える)森林となることもあります。そこにはオランウータンをはじめ大型の動物や昆虫などの小動物、さらには微生物にまで豊富な食料や住み処を提供し、数十万種ともいわれる多様な生物から成る大きく複雑な生態系を育んでいます。
成熟した熱帯林は、年間の光合成量が 1 平方メートルあたり 3キログラムにも及んでおり、日本の森林(温帯林)と比べるとほぼ 2 倍にもなります。貯まっている炭素の量も大きく、樹木や土壌には 1 平方メートルあたり 20 キログラム以上の炭素が存在し1)、その構造と機能の大きさを物語っています。
2. 失われつつある熱帯林と温暖化
これまで熱帯林は利用されにくい条件にありました。しかし、近世以降は植民地が作られ、現代でもグローバリゼーションとともに急速に利用が進んでいます。特に 20 世紀以降の森林破壊は激しく、ニュース等にも取り上げられてきました。その結果、生物多様性や現地住民の文化を守るため熱帯林の保護が進められるようになりました。それでも木材の伐採やアブラヤシ栽培などのため、なお日本の国土面積の数分の 1 に及ぶ熱帯林が毎年失われています1)。それは森林に貯められていた炭素が大気に放出されて温暖化を加速し、気候調節などの機能が弱められることを意味します。
熱帯林は気候変動からも影響を受け、短期的なストレス(例えば少雨による光合成の低下)から長期的な植生変化まで様々な現れ方があると考えられます。将来の気候モデルによる予測では、低緯度にある熱帯での温度上昇は比較的小さいとされています。しかし、降水量の変化は地域によって大きなばらつきがあり、予測が難しいと考えられています。もし気候変動が進んで降水量が大きく減少すれば、熱帯林を構成する樹木が乾燥のストレスに耐えられなくなり、熱帯林の存続が脅かされるかもしれません。実際には、乾燥が進むことで森林火災が起こりやすくなることの影響も大きいと考えられます。現在でもエルニーニョなどの気象変動で乾燥した年には、多くの熱帯林で火災が頻発する傾向がありますが、将来的にそれが増幅される可能性があります。通常の火災では影響は比較的弱く、森林が元の状態に戻ることは難しくありません(図 1 左)。そのため、火災で炭素が放出されても、回復する過程で再び大気から吸収されて最終的には収支が釣り合うことになります。しかし、乾燥が進んで森林が壊滅するような火事が頻発すると、その森林の回復力(レジリエンスと呼ばれます)を超えて森林への回復が困難なほどの影響を受ける可能性があります(図 1 右)。その結果、森林に貯められていた炭素が CO2 として大気に放出されるほか、多くの機能が損なわれることが危惧されます。森林破壊の影響を受けた部分を除くと、熱帯林は正味の CO2 吸収源と考えられてきましたが、その吸収量が近年徐々に低下しつつあることを示す研究結果もあります。程度の差はありますが、熱帯林が減少する影響は世界中に及ぶでしょう。近年、ブラジルやオーストラリアなど各地で火災による森林の焼失が報じられておりますが、その原因、影響、対策に関する地球規模での研究が待たれています。
3. 熱帯林は「地球の肺」か?
光合成では CO2 を吸収して同時に酸素(O2)を放出するので、一見、熱帯林のはたらきは大気の CO2 を減らし、私たちの呼吸で使う O2 を供給してくれるように思えます。そのため、熱帯林は「地球の肺」と呼ばれることもあります。しかし、その本質を理解するためには、いくつか注意すべきことがあります。
まず、地球全体として熱帯林の光合成の割合を見てみましょう。下の図 2 は、植物のはたらきを推計するモデルで計算した、陸上植物の光合成量の分布(国際モデル相互比較 ISIMIP2a 参加モデルの平均)です。光合成量が大きい(赤色の)地域は南米アマゾン河流域、東南アジア、アフリカのコンゴ盆地などの熱帯に集中しています。陸上全体の光合成(年間 1200 億トン炭素前後)のうち約 60%が熱帯で行われているのです。なお、「アマゾンが光合成の20%以上を担う」と表現される場合があります。アマゾン川流域を中心とする南米は熱帯(陸地全体の光合成の約 60%相当)の1/3 以上を占めるので、この地域はだいたい 20%を担うことになります。ただし行政的に定められた「法定アマゾン」など中心部の限定した地域で考えると 20%に満たない場合もあります。また海洋の光合成生産まで含めると 20%には達しないと考えられます。また海洋で行われている植物プランクトンの光合成を加えると、その割合は少し下がりますが、熱帯林が地球の光合成や炭素循環において重要な役割を果たしていることが分かります。
ここで炭素循環の基礎に立ち戻ってみると、別の面が見えてきます2)。光合成で固定した炭素のうち、ある部分は樹木そのものの成長に使われて、新しい葉や幹を作るのに使われます。しかし、樹木自身の呼吸によって、実は光合成で固定された炭素の半分以上は再びCO2 として大気に戻ります。樹木からは枯葉や倒木となって徐々に炭素が土壌に移り、土壌では微生物によって枯葉や倒木が分解されていくため、さらに相当な量の CO2 が大気に放出されます。これまでの研究によって、十分に育った森林では光合成による吸収から、呼吸による放出を差し引いた勘定は、ゼロに近づくことが分かっています。これは O2 にとっても同じで、光合成で放出するのに匹敵する量の O2 が、同じ場所の生物の呼吸で消費されています。このように、熱帯林のように光合成が大きい森林だからといって、どんどん CO2 を吸収し O2 を放出するわけではないのです。
それでは、熱帯林には大気や気候を調節するはたらきは期待できないのでしょうか? それも正しくはありません。第 1 に、差し引きで釣り合うといっても、熱帯林が盛んに CO2 や O2 を大気とやりとりしていることが重要です(図 2)。これは、大気の変化に対する応答能力が高いことを意味しており、同じ差し引きゼロといっても植生が何もない地面とは大きく異なります。現在まで大気中の CO2 濃度は上昇しているため、成熟したものも含め熱帯林の光合成はそれに応答して徐々に増加しており、その結果としてCO2 の正味の吸収源になっていると考えられています。その増加幅は光合成の全体量から見ればわずかですが、大気 CO2 の増加を和らげており、地球の CO2 収支を考える上では無視できない大きさです。第 2 に、光合成で大気から得た炭素は、生態系に平均して数十年間は主に炭水化物の形で留まり、その間は大気から隔離される点も重要です。その結果、植物や土壌の中には数千億トンにも及ぶ大量の炭素が貯まっています。第 3 に、ここでは炭素の循環を主にとりあげましたが、水やエネルギーの循環にも多大な役割を果たしており、地球スケールの気候(温度や風、雲や降水など)を維持する上で不可欠な存在です。熱帯林は、ここであげた以外にも有機エアロゾルと呼ばれる微粒子の材料となる有機物質を放出して雲の形成に影響を与える、地面の湿潤な部分から温室効果であるメタンを放出する、など複雑なプロセスで大気・気候に影響を与えると考えられます。例えば、熱帯林が日射を吸収して得たエネルギーを用いて大気に放出する水蒸気は、広い地域の降水の源となっており、そのため森林破壊は降水の変化をもたらすとも考えられています。
このような熱帯林のはたらきは、動物の肺(体にある CO2 を放出し、大気にある O2 と交換して体に供給する)とは明らかに異なります。また「地球の肺」という表現からは、O2 を常にたくさん供給することがイメージされがちですが、科学的には正確ではありません。しかし熱帯林が炭素や酸素の循環において重要なのは確かで、そのはたらきを象徴した比喩のようなものと考えると良いでしょう。
熱帯林は、その特殊性や重要性のため、気候変動や生物多様性の喪失を防ぎ、社会の持続可能性を維持できるかという問題において特に注目されています。しかし、熱帯林の多くは発展途上国や中進国に分布し、保護政策だけでなく基礎的な研究データの蓄積も十分ではありません。現在では人工衛星を使ったモニタリングによって、森林の分布やはたらきをほぼリアルタイムで監視できる時代になりました。それでも、熱帯林のはたらきを正確に予測しそれを守るための対策を講じるには、熱帯林の機能や構造に関する基礎データを蓄積するなど、さらなる取り組みが必要なのです。