適応に関する世界全体のとりきめはあるのでしょうか?
社会環境システム研究センター 環境政策研究室
(現 社会システム領域 地域計画研究室 主幹研究員)
パリ協定には、2020年以降、国際社会が気候変動対策にどのように取り組むかが書かれています。その中で、適応については、世界全体で気候変動の悪影響に適応する能力と気候変動した世界にしなやかに対応する力(レジリエンス)を強化すること、そして、温室効果ガスをなるべく排出しないかたちでの発展の促進を目指すこととされています。そして、各国が気候変動の悪影響や適応に関する情報を提出するように促しています。さらに、緩和だけではなく、適応についても、世界全体の進捗状況を定期的に評価することになっています。
1. パリ協定:2020 年以降、国際社会が気候変動対策にどのように取り組むかについてのとりきめ
パリ協定は、2020年以降、国際社会が気候変動対策にどのように取り組むかを規定した国際条約です。
パリ協定の意義は3つあります。
第1に、国際条約の中で、長期目標を設定したことです。同協定は、産業革命前と比べて、世界全体の平均気温の上昇幅を、2℃を十分に下回る水準に抑制することを目的としています(2℃目標)。さらに、気候リスク及び影響を著しく減少させることにつながることから、上昇幅を1.5℃未満に抑えるように努力することも記されています(1.5℃目標)。
第2に、包括的かつ持続的な国際制度を実現したことです。すべての国が長期目標の達成のために気候変動対策を前進させ続けることになりました。緩和策だけではなく、適応策、資金支援、技術開発・移転、能力構築、行動と支援の透明性といった要素をバランスよく取り扱っています。
第3に、気候変動枠組条約の「共通だが差異ある責任」原則を一部修正したことです。「共通だが差異ある責任」原則とは、地球環境問題については、すべての国に共通の責任があるが、先進国と途上国とでは寄与度と対処する能力とは異なっているという考え方です。気候変動枠組条約では、先進国、経済移行国のリストが附属書に含まれており、このカテゴリー別に果たすべき責務が定められています。パリ協定では、先進国と途上国とで異なる責務を設定することを回避しつつ、排出削減や、各国が行った気候変動対策に関する情報のモニタリング・報告・検証について、それぞれの国の事情に違いがあることを認めつつも、原則として、すべての国が共通の枠組みの下で実施することとされています。
2. 適応に関する国際制度の役割と適応の特徴
適応計画の策定及び実施は、基本的に地方が対応すべきことが多く、国際制度が果たす役割は限定されています。他方、途上国は、先進国に対して、適応策への資金・技術支援を求めており、国際制度に非常に大きな期待を寄せています。途上国は、先進国と比べると、気候変動による影響が大きく発現し、適応策を実施するための、資金や技術が不足しているからです。
また、気候変動影響の内容や規模は、気候や地理的な条件、社会経済状況等の地域特性によって大きく異なり、早急に対応を要する分野等も地域により異なることが特徴です。適応はこの特徴を踏まえて実施する必要があります。
パリ協定の交渉中、途上国が強く求めていたことの一つは、適応を緩和と同等に扱うことでした。適応に関する規定であるパリ協定7条は、緩和策についての規定である同4条と並列されていますが、先進国の意向を踏まえ、緩和とは異なる適応の性質が考慮されています。
3. 適応について、パリ協定にはどのようなことが書かれているか?
パリ協定は、1.5℃/2℃目標と並ぶ、その目的のひとつとして、①気候変動の悪影響に対する適応能力とレジリエンスの強化、並びに、②温室効果ガスをあまり出さないかたちでの発展の促進を掲げています(2条)。
また、気候変動への適応に関する能力の向上並びに気候変動に対するレジリエンスの強化及び脆弱性の減少という適応の世界全体目標が設定されています。「目標」というと定量的なものを思い浮かべるかも知れませんが、この目標は定性的なものです。そして、各国が適応に関連して実施したことを国別適応計画、国別報告書や、適切な場合には、国別約束の中に盛り込むかたちで策定し、定期的に更新することを求めています(7条10項及び11項)。
気候変動枠組条約では、先進国と途上国とを分け、提出する情報もカテゴリーによって異なっていました。他方、パリ協定では、気候変動の理解と気候変動対策の透明性の向上を目指して、新たな透明性枠組みが設立され、原則として、途上国と先進国とで共通のルールが適用されます。提出する情報も原則として同じで、専門家レビューを受けることも同じです。
さらに、パリ協定では、2023年以降、5年ごとに、同協定の目的及び長期目標の達成に向けて、世界全体で気候変動対策がどれくらい進んでいるかを評価することになっています。この手続きをグローバルストックテイクと呼びます。グローバルストックテイクは、緩和だけではなく、適応についても、行うことになっています(14 条)。具体的には、途上国の適応策に関する情報を確認し、適応や、適応策実施のために提供された支援の妥当性及び有効性を検討し、適応に関する世界全体の目標の達成に向けた進捗状況を検討します(7条14項)。
4. 各国が提出することが求められる情報の違い
パリ協定には、パリ協定の目的や長期目標の達成に向けて、より高い目標に自ら引き上げていくメカニズムがあります(図)。この「より高い目標に自らステップアップしていく」ことを、気候変動交渉の文脈では、「野心(度)を引き上げる」と表現します。
緩和策について見てみると、各国は、5年ごとに国別約束(Nationally Determined Contributions: NDCs)を更新します。NDCsには、緩和について書くことは必須ですが、適応について書くかどうかは各国に委ねられています。
各国は、2 年ごとに隔年透明性報告書を提出します。この報告書には、各国の温室効果ガスの排出量や、NDCs とその達成に向けての取り組み状況などを書きます(詳しい内容については、表参照)。気候変動影響や適応に関する情報も隔年透明性報告書に記載する項目として立てられていますが、これを提出するかどうかはこれも各国に委ねられています。
各国が提出した隔年透明性報告書と、気候変動に関する政府間パネル((Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC))の報告書等を情報源として、グローバルストックテイクが行われます。これは、上述の通り、適応についても行われます。
グローバルストックテイクから得られた示唆は、各国にフィードバックされます。この情報を、各国は、次期の NDCs 更新や国際協力促進に活かし、パリ協定の目的や長期目標達成に向けて気候変動対策を進めていくことになります。
このように、パリ協定において、緩和と適応は2つの大きな柱とされており、同じ枠組みが採用されていますが、気候変動影響や適応については、その特性に鑑みて、NDCsや隔年透明性報告書に書き込むかどうかは任意とされています。パリ協定ができる以前と比べると、気候変動影響や適応に関する情報提供のしくみは整ったといえますが、このメカニズムをうまく働かせられるかどうかは、今後の各国の取り組み次第です。
5. 適応を超えて -損害と損失-
パリ協定には、適応に加えて、気候変動枠組条約にはなかった、気候変動による損害と損失に関する規定が置かれました。気候変動による損害と損失とは、適応できる範囲を超えて発生する気候変動影響を意味します。具体的には、異常気象等による被害や、海面上昇に伴う土地の消失・移住・コミュニティーの崩壊などが想定されています。
島嶼国を中心とする途上国は、このような損害と損失の救済のための国際的な仕組みを作るべきだと強く主張してきました。この途上国の主張に対し、先進国は強い抵抗を示してきました。それは、いったんこのような仕組みを作ったら、非常に幅広い「損失と被害」を救済することになり、先進国にとって、非常に重い負担となりそうだからです。
パリ協定では、この損失を独立した問題として認識し、この問題に対応するための国際的仕組みを整えていくことになりました(8条。ただし、同条は、法的責任や補償の根拠とはならないことが明記されています)。
1)パリ協定(和文)
2)亀山康子(2016)ココが知りたいパリ協定 (1) COP21 とパリ協定(動画)
3)久保田泉(2018)国際/各国/サブナショナルの各レベルにおける適応策 及び適応支援策の現状と課題.環境法政策学会誌 , (21):50-61