「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」は、気候変動による悪影響をできるだけ抑制・回避し、また正の影響を活用した社会構築を目指す施策(気候変動適応策、以下「適応策」という)を進めるために参考となる情報を、分かりやすく発信するための情報基盤です。

ネイチャーポジティブと気候変動適応

近年、気候変動対策の失敗や生物多様性の損失は、世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書で高いリスクとして指摘され参考1)、TCFDやTNFDコラム1)といった、気候変動や自然資本(森林、土壌、水、大気、生物資源等、自然によって形成される資本(ストック)のこと)に係るリスクが企業経営に及ぼす影響を評価・開示する動きが国際的に活発になっています。自然の損失を止め回復基調に乗せる「ネイチャーポジティブ」は、気候変動への緩和策と適応策の両面に貢献しうる取組みと言えます。この記事では、ネイチャーポジティブと気候変動対策(特に適応策)との関係、関連する概念、具体的な対策とその留意点、自主的取り組みを支える認証制度等の動向について紹介します。

ネイチャーポジティブと気候変動適応の関係

ネイチャーポジティブは、2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」参考2で、2030年ミッションとして掲げられた目標です。

同戦略において、ネイチャーポジティブとは、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」、と定義されています。そして、そのネイチャーポジティブを実現する五つの基本戦略の一つとして、「自然を活用した課題解決(Nature-based Solutions(NbS))」が挙げられ、「自然の恵みを活かして気候変動緩和・適応、防災・減災、資源循環、地域経済の活性化、人獣共通感染症、健康などの多様な社会課題の解決につなげる。」ことを掲げています。(詳しくは令和5年版環境・循環型社会・生物多様性白書 第1部第2章第3節を御参照ください。参考3)

一方、気候変動適応計画(2021年10月閣議決定)参考4)では、第1章第1節の「目標」 の項で、次のように自然を活用した解決策の考慮について触れています。

人口の減少やアフターコロナなどの社会経済的視点に加え、自然の性質を活かして災害をいなしてきた古来の知恵にも学びつつ、土地利用のコントロールを含めた弾力的な対応により気候変動への適応を進める「適応復興」や NbS(Nature-based Solutions:自然を活用した解決策)といった新たな視点についても考慮することが重要である。

自然を活用した解決策の中でも、生態系の機能を気候変動適応に活かす取組を、Ecosystem-based Adaptation(EbA)と呼びます。気候変動適応計画に掲げられた国の施策でいうと、森林や農地などの多面的機能の活用、グリーンインフラを活用した防災・減災や暑熱対策などがEbAに該当します。

また、気候変動により自然生態系が劣化すれば、人間生活にとって不可欠な広範な生態系サービス(あるいは自然の寄与ともいうコラム2))が損なわれます。下図は、2020年に公表された気候変動影響評価報告書(総説)参考5)からの抜粋ですが、複雑な影響の概略図が示されています。

生態系を活用した適応策の利点と課題

前節で述べたとおり、気候変動適応と自然の寄与又は生態系サービスは、深い関係があり、自然を守り育みつつ活かしていくことで、気候変動による影響を和らげ、対応することができます。この生態系を活用した気候変動適応策(Ecosystem-based Adaptation: EbA)は、以下のような利点と課題を有しています。

【利点】

複数の課題の同時解決につながる

住民のQOLや地域の魅力に寄与する

脱炭素などグローバルな目標の達成に貢献できる

低コストで導入できる

状況の変化にあわせて柔軟に対応できる

将来に幅広い選択肢を残せる

【課題】

機能の定量化が容易でない;しかし研究・技術が急速に発展中

機能発揮まで長い時間がかかることがある;既存の生態系活用で短縮も

広い面積が必要な場合が多い;一方で人口減少により合理的な地域づくりが可能に

出典:生態系を活用した気候変動適応策(EbA)計画と実施の手引き(環境省, 2022),
02生態系を活用した適応策の利点と課題, p.9-13よりCCCA作成

EbAの利点と課題、地域での導入のポイント、導入手順や具体事例については、「生態系を活用した気候変動適応策(EbA)計画と実施の手引き」参考6)に詳しく掲載されています。

また、生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)について詳しく学びたい方には、環境と災害リスク削減のためのパートナーシップ(PEDRR)と天然資源開発センター(CNRD)が開発したEco-DRRに関するMOOC(大規模公開オンライン講座) が無償公開されています(大学院修士課程レベル、英語)。また、2022年に総合地球環境学研究所Eco-DRRプロジェクト において、PEDRRとCNRDが開発した修士課程モジュールに関連する資料の日本語訳版が公開されています。

EbAとNature-based Solution(NbS)など関連する概念

EbAに関連する概念として良く取り上げられるものに、以下があります。

  • NbS:Nature-based Solution……社会課題に効果的かつ順応的に対処する方法で、自然および改変された生態系を保護し、持続可能に管理し、回復させることで、人間の福利と生物多様性の両方に利益をもたらす行動(IUCN,2016)参考7)
  • Eco-DRR:Ecosystem-based Disaster Risk Reduction ……生態系を活用した防災・減災
  • グリーンインフラ:社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能(生物の生息の場の提供、良好な景観形成、気温上昇の抑制等)を活用し、持続可能で魅力ある国土づくりや地域づくりを進めるもの。(国土形成計画(平成27年8月閣議決定)における整理、国土交通省HPグリーンインフラポータルサイトより)参考8)

これらの関係を図に示すと次図のとおりです。

これらの取り組みの中には、ネイチャーポジティブになるもの、ならないもの、いずれも考えられますが、一般的にはこれらNbS, EbA, Eco-DRRはいずれもネイチャーポジティブと両立させやすいアプローチと言えるでしょう。気候変動リスクには対応できたが別のリスクを上げてしまった、ということにならないよう、実際の対策を進めていくためには、トレードオフを適切に管理し、関係する様々な目標・課題対応へのシナジーを最大化する取組が重要です。

2023年4月、日本生態学会の生態系管理専門委員会では、グリーンインフラ・NbS に関する国内外の動向や考え方を整理、自然の資源や機能を持続的・効果的に活用するための生態学的見地からのポイントを議論した結果として、「自然の賢明な活用を目指して:グリーンインフラ・NbSの推進における生態学的視点参考9)と題した提言を発表しました。同提言では、地域計画や事業の立案・実施に関わる実務家や研究者に向けた「グリーンインフラ・NbS の推進において留意すべき 12 箇条」が提案されています。実務を担当される皆様には、是非リンク先から原文を御一読下さい。

また、事業者が、生物多様性の保全や自然資本の持続的利用を目指す際に参考になる資料として、「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-」(2023年4月、環境省)参考10があります。

このガイドラインには、生物多様性に関する最近の動向(事業者に関する生物多様性・自然資本への依存と影響、リスクと機会等の解説を含む)、実際に取り組むに当たっての基本的プロセス、定量的な影響評価・目標設定の方法等が取り込まれています。

2023年5月に開催されたG7広島サミットでも、気候変動、生物多様性の損失及び汚染を3つの世界的危機と述べ、ネイチャーポジティブ経済への移行促進、企業が漸進的に生物多様性への負の影響を削減し正の影響を増大させることを求める旨が合意されており、事業活動を行うに当たり気候変動と生物多様性に配慮し対処することの必要性がますます高まっています参考11)

気候変動適応とその他の課題とのシナジー・トレードオフ

IPCC AR6 WGII報告書参考12)は、「適応は、農業生産性、イノベーション、健康と福祉、食料安全保障、生計及び生物多様性保全の向上に加え、リスクと損害の低減など、複数の追加的な便益を生み出しうる。」と述べています。

下図では、森林ベースの適応策やアグロフォレストリー(植林と農業又は畜産を組み合わせた複合的な土地利用システム参考13))生態系管理と生態系の接続性(生態系ネットワークの保全・再生)は、緩和との相乗効果が高く、その確信度も高いものと評価されています。

一方で、同報告書では、例えば、農地を森林に転用する場合などは飢餓をなくそうとする世界目標(SDGsゴール2)に対して便益と不利益が混在していると評価されているなど、トレードオフの存在も指摘されています。

出典:IPCC第6次評価報告書第2作業部会報告 『気候変動 - 影響・適応・脆弱性』
「政策決定者向け要約」環境省による確定訳【2023年8月】, p.25, 図 SPM.4(a)

「気候変動の代表的な主要リスクに対応するために実行可能な気候への対応と適応オプションが多様に存在し、緩和とのさまざまな相乗効果を伴う。短期的かつ地球規模で 1.5℃以下の地球温暖化に関する気候への対応や適応オプションの多面的な実行可能性及び緩和との相乗効果」

各ネイチャーポジティブ技術の概要、留意点、期待される効果、活用事例

自然を活用した適応策の事例について、ネイチャーポジティブに貢献し得るものについて、気候変動影響との関係、期待される効果、適用上の留意点、適用事例を整理して「国内外の適応策事例集」に掲載しています。(下表から個別の事例にリンク。)

生態系区分 技術の種類 適応策の区分
森林・草原生態系 森林の計画的な管理 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
採石場跡地等での緑化 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
草原の保全・再生 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
農地・農村生態系 耕作放棄地の再湿地化 水環境・水資源 / 自然生態系
屋敷林の保全・再生 農業・林業・水産業 / 自然生態系
ため池の保全・活用 農業・林業・水産業 / 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
都市生態系 雨水貯留・浸透空間の整備 水環境・水資源 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
空き地の維持・活用 国民生活・都市生活 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
屋上緑化・壁面緑化 国民生活・都市生活 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
街路樹の維持・活用 国民生活・都市生活 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
陸水生態系 湿原の保全・再生 水環境・水資源 / 自然生態系
氾濫原湿地の保全・再生 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
沿岸・海洋生態系 サンゴ礁の保全・再生 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
マングローブ林の保全・再生 自然災害・沿岸域 / 水環境・水資源 / 自然生態系
砂丘・海岸林の保全・再生 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
干潟の保全・再生 水環境・水資源 / 水産業 / 自然災害・沿岸域 / 自然生態系
アマモ等の海草藻場の保全・再生 水環境・水資源 / 水産業 / 自然生態系

導入を支える社会的取組:認証制度等の例

環境省の環境ラベル等データベースを見ると、環境負荷低減に資するモノやサービスの選択を支援する情報として、様々な環境ラベル(マークや目印)があることが分かります。その中には、この記事で紹介してきたネイチャーポジティブな取組に関係する認証(例えばFSC®認証(森林認証制度)参考14や海のエコラベルと呼ばれるMSC認証参考15)などが見られます。

また、民間緑地の評価認証制度としては、SEGAS:社会・環境貢献緑地評価システム((公財)都市緑化機構)参考16、JHEP:ハビタット評価認証((公財)日本生態系協会)参考17、ABINC:いきもの共生事業所認証((一社)いきもの共生事業推進協議会)参考18などがあります。

さらに、緩和の分野では、 REDD/REDD+(森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減;途上国での森林減少・劣化の抑制や森林保全による温室効果ガス削減に経済的なインセンティブを付与する取組。)参考19などとも絡んで、削減量を評価する取組が京都議定書の時代から脈々と開発・実施されてきており、Jクレジット参考20などの制度として発展してきています。

一方、適応についてみると、ISO14091:2021(Adaptation to climagte change – Guidelines on vulnerability, impacts and risk assessment) 、ISO14093:2022(Mechanism for financing local adaptation to climate change -  Performance-based climate resilience grants –Requirements and guidelines)参考21などのガイドライン規格はありますが、それに関する第三者認証の制度は整っていません。しかし、「(特定地域の)水源涵養」や「不動産のレジリエンス」などの分野別認証は見られます。

このように分野別の取り組みはあっても、生物多様性と緩和策や適応策などを組み合わせて評価する制度の開発は黎明期にあります。以下に添付した資料では、令和4年度の調査事業の成果から、生物多様性の正味の増加を評価・認証しようとする英国の生物多様性ネットゲイン政策参考22、NbSの効果を評価・認証しようとするVerra VCS/CCBS参考23, The Peatland Code参考24, Jブルークレジット参考25、フォレストック認証参考26などの先進的な事例の概要を紹介します。

 ■ 参考:諸外国における評価・認証制度の概要

コラム1:TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)及びTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)

気候変動は、多くの企業にリスクと機会をもたらします。金融分野では、気候変動は、物理的リスク、賠償責任リスク、移行リスクの3つの経路から金融システムの安定を損ない、金融機関の脅威になるとの認識が広がりました。このような認識の下、2015年4月、G20財務大臣・中央銀行総裁会議は、主要国の中央銀行や金融監督当局、金融関係の基準策定主体などが参加する金融安定理事会(FSB)に対し、「官民の参加者を招集し、金融部門が気候関連問題をどのように考慮できるかをレビューする」ように求めました。これを受け、FSBは、2015年12月、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)を設立しました。TCFDは2017年6月に最終報告書を公表し、気候関連リスクと機会による、財務上の影響を把握して財務報告書等で開示するよう各企業に求めました。その後、多くの企業・政府・国際機関・民間団体がTCFDへの賛同を表明し、取り組みは瞬く間に広がりました。特に日本は世界第一位の賛同数を誇り、さらに2021年のコーポレートガバナンスコードの改定により、2022年4月からプライム市場上場企業には「TCFD又はそれと同等の枠組みによる開示の質と量の充実」が求められ、実質義務化された形になりました。

自然資本や生物多様性の分野でも、自然の損失によるリスクを金融面から把握して情報開示を行おうとする動きが開始されています。商品の原材料や各種サービスの多くは、自然の恵みによって支えられています。したがって、自然の損失は、経済活動への大きな脅威となります。加えて、事業活動は、その自然の恵みの持続可能性に影響を与えています。このため、2021年6月、事業活動における自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価するための枠組みを構築する自然関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Nature-related Financial Disclosures:TNFD)が発足しました。TNFDでは、2022年3月に試行版がリリースされており、2023年9月には最終版が公表される見込みです。関係者の努力により、このTNFDの枠組案を様々な言語で見られるWebサイト(https://framework.tnfd.global/)が開設されており、日本語でも閲覧することができます。

【参考文献】

コラム2:自然の恵みと気候変動適応

2019年に公表された「IPBES生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」政策決定者向け要約参考27)のキーメッセージには、自然と自然の寄与(NCP)について、以下のように記しています。

  • 自然(Nature)は、生物多様性や生態系、母なる地球(Mother Earth)、生命システムなど、人それぞれに違う捉え方をされている概念を包含する。
  • 自然の寄与(nature’s contribution to people:NCP) は、 生態系の財やサービス、自然の恵みのような概念を包含する。
  • 自然と自然の寄与(NCP)は、人間の存在と良質な生活(人間の福利、自然との共生、母なる地球と調和した豊かな生活など)に欠かせない。

NCPは、自然がもたらすものとも翻訳されます。下図は、NCPの種類と、それを維持する自然のキャパシティが1970年以降どう推移しているかの傾向を示したものです。Regulating NCP(大気質、水の量と分配、災害と極端現象等:調整サービスと生息地サービス)、Material NCP(エネルギーや食糧、原材料等:供給サービス)、Non-material NCP(学習・インスピレーション、アイデンティティや身体的・心理的経験:文化的サービス)に将来の選択肢の維持が挙げられています。

近年では、自然の恵みと災害リスクを定量化し、地図に示す取り組みも進められています(総合地球環境学研究所J-ADRES)。

出典・関連情報

(掲載日:2023年10月20日)