自然生態系における影響のメカニズム
自然生態系における気候変動による影響のメカニズムは、下図のように想定されています。
気候変動は、分布適域の変化や生物季節の変化、及びこれらの相互作用の変化を通し、生態系の構造やプロセスに影響を及ぼします。加えて、自然生態系分野における気候変動影響は、生態系から人間が得ている恵み、すなわち生態系サービスを通して、農業・林業・水産業分野や国民生活、産業経済分野へも影響が波及することが特徴です。人間社会は食料や原材料、極端な気候現象による被害の緩和、水質や大気質の向上、文化的・美的価値等の生態系が提供する様々な生態系サービスに依存しています。気候変動等の影響によりこれらを提供する生態系が効果的に機能しなくなると、提供される生態系サービスが劣化したり、喪失したりする恐れがあります(気候変動影響評価報告書p.106を一部改変)。
自然生態系の現在の影響と将来予測
気候変動によって変化する陸域の植生や野生動物の分布
人間社会や生活様式などの要因とともに、気候変動によって、陸域の植生が変化しています。
例えば、ハイマツの伸長量は夏の気温上昇により促進されますが、高山帯における1990~2017年のハイマツの年枝伸長量のデータを用いた研究結果(北海道と本州の合計8ヶ所の調査地)において、長期的に全ての調査地で大きくなっています。今後も夏の気温上昇により、ハイマツの年枝伸長量が大きくなることが推測され、その結果、ハイマツの分布も広がると考えられます。
また、雪解けが早くなり、土壌が乾燥することで、チシマザサなどの分布が広がる一方で、乾燥に適していない高山湿生草原は縮小しています。
また、人間社会や生活様式などの要因とともに、気候変動によって、陸域の野生動物の分布も変化します。特に、積雪量や積雪深の減少が生息適地の増加に影響していると考えられます。
近年ニホンジカやイノシシによる農作物への被害に対する懸念が高まっていますが、昭和53年度から平成30年度までの40年間で、ニホンジカの分布域は約2.7倍に拡大、イノシシの分布域は約1.9倍に拡大していることが示され、全国的にニホンジカ及びイノシシの分布域が拡大していることが分かっています。ニホンジカやイノシシの分布拡大には、耕作放棄地の増加や、山間部での住宅開発といった土地利用の変化が要因となっている面もありますが、気候変動も影響を与えていると考えられています。ニホンジカの生息適地の増加について、増加したほとんどの生息適地で、気候変動による寄与の方が土地利用変化よりも大きかったとする研究結果も示されています。野生動物の分布域の拡大は農林業へ被害をもたらし、農業経営への意欲減退を加速させ、それが野生動物による更なる被害を招くという悪循環も危惧されています。
将来、このような陸域の植生や野生動物の分布の変化は、さらに顕著になることが予測されています。
今後100年間、気候変動や土地利用が現状のままで維持された場合(現状維持シナリオ)であっても、2103年にはニホンジカの生息域が国土の8割以上にまで拡大すると予測されています。さらに、温暖化が進行し積雪期間が短くなるとともに(人口減少+温暖化シナリオ)、人口減少によって人間の居住域が縮小した場合、現在はまだシカがほとんど生息していない地域(過疎地域や多雪地域)でもシカが生息するようになり、2103年にはその生息域が国土の9割以上にまで拡大すると予測されています。
また、気候変動シナリオRCP2.6及びRCP8.5の条件下で示したニホンジカの全国5㎞メッシュの分布予測図(2025年、2050年、2100年)や、RCP2.6条件下のイノシシの分布予測図を以下に示します。ニホンジカとイノシシ、どちらにおいても気候変動が進行するほど分布が拡大するという予測になっています。
海水温の上昇等によるサンゴの白化
海水温の上昇などの原因によって、海域における動植物の分布や構造に大きな影響が生じています。
例えば、サンゴへの影響があげられます。水温が通常よりも高い日が続くと、サンゴと共生している褐虫藻は光合成がうまくできなくなり、正常な褐虫藻がサンゴの体内から減ってしまうことでサンゴの色が白くなったり薄くなったりするというサンゴの「白化現象」が発生します。この状態が長く続くと、サンゴは十分な栄養が得られないようになり、死んでしまいます。
2016年のサンゴ礁モニタリングの結果から、大規模な白化現象が日本各地で起こっていたことが確認されています。これは、2015年から2016年にかけてエルニーニョと呼ばれる異常気象(熱帯太平洋の東部で海水温が高い状態が長く続く現象)が起こったことで、世界各地に異常高水温が発生したことが原因とされています。特に、宮古島から西表島周辺のモニタリングサイトでは夏に海水温が30℃を超える日が続き、サンゴの約80%が白化しました。また宮古島周辺では、全体の半分に近いサンゴが死亡するという大きな被害を受けています。
将来、このようなサンゴの白化については、ますます深刻化することが考えられます。
CO2の高排出を仮定(SRES A2)した予測では、熱帯・亜熱帯の造礁サンゴの生育に適する海域が水温上昇と海洋酸性化により日本近海から消滅すると予測されています。一方、CO2の低排出を仮定(SRES B1)した予測では、今世紀末においても生育適域が一定程度残存するとされています。生育に適した海域から外れた海域では白化等のストレスの増加や石灰化量の低下が予測されています。
海水温の上昇等による藻場の衰退
国内の温帯域において、1950〜2010 年代における海藻及び植食性魚類、造礁サンゴの分布変化(海藻の分布南限における分布域の縮小、サンゴ及び植食性魚類の分布北限の拡大)が検知されています。
これらの結果から、温帯域における造礁サンゴ群集の分布拡大と海藻藻場の減少のメカニズムとしては、サンゴと海藻に対する温度による直接的な影響に加え、アイゴ類などの魚類が迅速に分布を拡大し、海藻への捕食圧が高まることでサンゴへの置き換わりが促進されることが示唆されています。
IPCC 海洋・雪氷圏特別報告書によると、将来、温帯域における温暖化に伴う藻場の減少は今後も継続し、地域的な絶滅のリスクを上昇させると予測されており、この傾向は特に海洋熱波の強化が予測される地域において顕著であるとされています(RCP8.5シナリオ)。
国内の温帯域においても、水温の上昇や植食性魚類の北上に伴う藻場生態系の劣化や熱帯性のサンゴ礁生態系への移行がいくつかの研究から予測されています。
海水温の上昇と海流輸送による海藻・造礁サンゴの分布変化速度のモデリングにより、温帯における海藻藻場からサンゴ群集への移行のメカニズムを検証した研究から、食性魚類の北上に伴う食害の増加や、サンゴの北上による競争の発生等により、現在から近い将来(2009-2035)、大型の海藻藻場がサンゴ群集へ移行する可能性が現状よりも増加することが示されています(RCP4.5シナリオを仮定したMIROC4hによる予測情報を使用)。