インタビュー適応策Vol.26 富山県

富山で生まれた水稲の高温耐性品種『富富富』の普及を目指す

取材日 2020/12/21
対象 富山県農業研究所 育種課 課長 小島洋一朗

稲が受ける気候変動影響について、現在感じていらっしゃることはありますか。

夏が非常に高温になってきている、という事実がひとつあります。さらに夏から秋にかけて、局所的に強い雨が降る機会も増えてきました。50年スパンで天気予報の数字を眺めていても、少しずつ増えてきていることがわかります。

しかし農水省が発表したように、収量が大きく減るような状況ではないのです。「日照りに不作なし」という言葉があるように、この高温は日射量の増加とともに収量にはまだプラスに働いているのですが、あまりにも暑すぎると不稔(米粒が実らない)が起こったり、米が白濁したりしてしまうという報告が特に日本の南の方から聞かれています。さらに穂が高温に当たり、収穫のときに乾いたり雨で湿ったりを繰り返していると、米は最終的に割れてしまうのです。

米の新品種を開発するうえで目指すべきは「高温不稔にならない」「白濁しない」「割れない」が揃った最強の品種を作ることだと考えています。 さらに高温や激しい雨に加えて、風を伴うときは稲自体が倒れて、米の胚の部分から芽が出てしまいます。そして非常に刈りにくく、収穫皆無になる可能性もあるため「倒さない」ということも、栽培上重要です。

不稔
不稔
いもち病
いもち病
穂発芽、胴割れ
左:穂発芽、右:胴割れ

富山県で開発された新品種『富富富(ふふふ)』の特徴について教えてください。

およそ15年の開発期間を経て、平成30年秋にデビューしました。大きく3つの特徴があります。ひとつは、穂が出てから高温に遭ってもお米が白濁しにくい ことです。試験では30度以上でも極めて白濁が少なく、高温下でも品質が良いという特徴があります。

また、背丈が短くて雨風に強く、倒れにくいという特徴もあります。この利点だけでも、生産者からは非常に作りやすいと高評価をいただきました。

富富富とコシヒカリの背丈の比較

もうひとつは、いもち病に強いということです。いもち病の全国の被害面積は、稲の病害のなかでもトップ。富山県ではほとんど発病がみられませんが、いもち病に対する強さも、生まれながらに持っています。また、稲の体が小さく、コシヒカリに比べて2割少ない肥料で生産できます。病気にも強いことから、農薬も3割削減が可能です。

名称は全9411通にもおよぶ一般公募のなかから選ばれました。「富山の水、富山の大地、富山の人が育む富山づくしのお米」という意味、そして食べたあとの幸せな「ふふふ」という気持ちを込めています。

新品種の、生産者への普及はどのようにおこなっていますか?

これまで富山県で開発されてきたオリジナルの水稲は、早生品種だと平成15年に開発された『てんたかく』、晩生品種は平成19年の『てんこもり』、そして中生品種である『富富富』は平成29年に誕生しました。

まったく新しい品種なので、最初は生産者に栽培方法を指導することが難しかったんです。そこでマニュアルを作りました。現在はそのマニュアルを持って普及員が生産者を訪ね、作り方をお伝えしています。
新品種は、こちらの作り方に納得していただけるように、生産者登録制にしています。私たちが示す通りの作り方をしないと品質が落ちたり、収量が減ったりするということをようやく理解して、実践していただけるようになってきました。

早生、中生、晩生それぞれの品種開発が実現したことから、作期分散も可能になると思われますが、実現できそうですか。

早生、中生、晩生と違う品種を設定することで、作業的に無理なく適期収穫が可能になりました。早生、中生、晩生品種を2:6:2の割合で生産するのが理想ですが、災害などのリスク回避に大きく貢献します。
富山県で栽培される中生品種は、いままでほぼコシヒカリでした。現在栽培されている早生、中生、晩生品種の割合は1:7:2(7がコシヒカリ)です。高温耐性のある品種を導入しても、コシヒカリは根強い人気。生産者にも作期分散は大事だと伝えていますがなかなか難しく、富山県水稲作付面積3万7,100ha(令和2年産)のなかで、『富富富』の作付面積は約1,300haです。令和5年産の『富富富』の作付面積は約1,632ha(見込)です。※2023年11月現在

育苗中の苗

今後、育種家としての夢や目標はありますか。

根強い人気のコシヒカリから、富山生まれの高温耐性のある新品種に置き換わるのが理想ですが、どう変化していくのかいまのところは様子見です。

今後気候変動が進むことを加味して、西南暖地や九州、四国、中国地方の新品種や栽培方法を研究し、二期作などをはじめとする技術を取り入れていけたらと考えています。また降水量も減ってきていますので、畑で作る陸稲も復活する可能性があるかもしれません。実際に、もち米ではありますが茨城県でも取り入れられているようです。そういった、新しい可能性についても目を向けていきたいです。

日本の米の消費量は、毎年10万トンずつ減っています。今後、富山県の面積の何倍もの米が不要になる時代が来るでしょう。都道府県にこだわらず、もう少しボーダレスに自治体同士が協力しながら効率的に品種育成を進めなければいけない時期にきているんじゃないかと思います。

なおかつ、生産者の高齢化も大きな不安要素となっています。さまざまな問題がありますが、新品種で解決できるところはしていきたいです。

小島さんにとって『富富富』は理想の稲ですか?

『富富富』は世に出ましたが、これがゴールだとは思っていません。生産者および消費者の評価を得つつも、改良できるところはピンポイントに改良するやり方を身につけていますので、ネームブランドを活かして、同じ名前で今後もマイナーチェンジを続けていけたらと思っています。

いまはまだ、富山ブランド米のラインナップのひとつですが、将来的には『富富富』をトップブランドに育てたいです。

この記事は2020年12月21日の取材に基づいています。
(2023年11月28日掲載)

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